平面に近いくらいに勾配がつき、所々に木々が群生している。
一人の旅人が立ち尽くしている。ふわふわとした茶髪に優しげな雰囲気をしている。カーキ色のコートに黒いパンツを履いている。
「きれいだね」
旅人の左肩にハムスターが乗っている。
「世界にはこんなにきれいなところがあるんだね」
〔私も初めて目にします〕
このハムスターこそが私“クーロ”だ。そしてこのお方は私のご主人様“ハイル嬢”である。
「……ぼくもしっかりと目に焼き付けておかないとね」
ハイル嬢は歩き出す。
何も我々は目的もなくここへ訪れたわけではない。一週間ほど前に痩せた旅人の男から近くに国があると情報をもらい、それをあてにここまで来たのだ。
とても綺麗だし長閑だし、動物たちもたくさんいる。しかし実際に来てどうだろう。とても国とは思えない。
別の驚きでお喜びのご様子だが、私の目からしても、ハイル嬢の落胆は露わだ。久しぶりに休めるとお思いだったのに。
〔ハイル嬢、お疲れではありませぬか?〕
「ん? 大丈夫だよ」
にこりと笑う。道中で狼藉と争ったこともあり、表情が硬かった。
ふとして林の中に入る、すると、
「あ」
人がいた。三十代くらいの女で、額に汗してざくざくと掘っていた。傍に黒包みの荷物が置いてある。
こちらに気付く様子が全くないので、ハイル嬢が声を掛けられる。
「こんにちは」
「……」
無視している? いや、それくらいに無心で掘っているようだ。
しかしこの女はどうしてこんなにも必死で掘っているのだろう? ハイル嬢もそう思わずにはいられず、わざと荷物を調べようと、
「触らないで!」
して、気を引かせた。
「こんにちは」
「え? ……ああ、こんにちは」
女も申し訳なさそうに、返事をする。
「一体何をしようとしてるの?」
「決まってるでしょ? それを埋めるためよ」
「う、埋める?」
「あんただって埋めるためにこの国に来たんじゃないの?」
「いや、ぼくはただ近くに国があるっていうから……」
やや高圧的に言い放つ女。ハイル嬢も少したじたじされている。
だが埋めるために入国なんて、そもそもここが国だと言うのか。
あっそう、と女は興味なさげで、ハイル嬢を無視して再び作業に戻った。しかもそれ以降は話も聞こうとさえしないようだ。
ハイル嬢はその場から離れるしかなかった。ただ、
「!」
包みがはらりと取れて、見えてしまう。青ざめた男の顔が覗いていた。
その後も同様の老若男女と出会うも、全員が同じように穴掘り作業をしているだけだ。だが、全員が全員、人を埋めようとしているわけではないようだ。時計だったり写真だったり、紙だったりと様々だ。しかし、ここが国というだけあって、目的は同じではある。
「不思議だねぇ。こんな所なのに、それを荒らすように掘ってるなんて」
〔どちらにしても物騒なことこの上ありませぬ〕
「確かに! きっと何かあるんだね。でなきゃ怖すぎるっ」
全くもって同感だ。
ハイル嬢のお力でも、相手が埋めたいという思いしかないなら、それしか読み取れないだろうし……。
夕方に差し掛かろうとしている。どことなく西空が日の色に染まり、夜空へグラデーションを描いていく。先ほどまで翠玉色の景色が一転して夕空に彩る。
大平原の中でハイル嬢の人影が小さく伸びていく。夕日を眺められ、柔らかい面持ちであられた。
きっとここは特等席だね、とハイル嬢と談笑していると、遠くから、
「おい! そこの旅人!」
「ん?」
黒い制服を着た男たちに呼び止められた。見たところ、国の警備隊だろうか。
ハイル嬢は一応交戦の準備だけ、とりわけ右太ももへそっと手を伸ばされる。
「お前か? 入国者や住民に隠す物を尋ね回っているのはっ?」
「あ、やっぱり国なんだ。よかったー! ……のかな?」
内心、笑ってしまった。
だが、男たちは冗談を受ける余裕もなく、
「この国ではそのような行為は一切禁じられている! これ以上続けるようなら、抹殺も断じないぞ!」
「そ、そんなに重要なことなの?」
「決まりは入国時に説明したはずだが……まさか、不法入国者か?」
う……。
この剣幕だ。不法入国(?)だと判断されれば、強制退去どころの話ではなくなる。ハイル嬢もそれを感じ取られているから、態勢だけは崩さない。
「そうか。……おい、リストを持ってこい」
一人に命じ、リストとやらを持ってこさせた。丁寧にそれを読み、
「名は?」
「……ハイル」
問う。偽らずに答えたのはせめてものつもり。
「不法入国で間違いないようだな」
来る。しかし、
「しっかりと案内せねばならないな」
「……え?」
予想外の言葉が出てきた。
「お前たちは引き続き監視をしろ。俺は旅人を案内する」
「はっ」
男たちはぞろぞろと散り散りになっていった。
「……さて、ようこそ我が国へ、迷いし旅人さん。この国を案内するから、楽しんでいってほしい」
「は、……はぁ……」
困惑するしかない。この男の豹変ぶりに。そして怪しいことをしている者たちを野放しにしていることに。
ただ、ハイル嬢は敵意なしと思われたようで、交戦態勢を解かれた。
「あの、ここを国って言ってたけど、住民はどこにいるの?」
「この国に住民はいないんだよ」
「え? 人がいなきゃ国って言わないんじゃ?」
「正確にはここは国が管轄した無人区域と言った方が適切かもしれない」
「あー、そっか。じゃああの人もそっちを言ってくれたのかぁ……」
「?」
「あ、こっちの話、……えへへ」
国ではあるが、まさか人のいない場所へ来てしまうとは。教えてくれた旅人を一瞬でも疑ってしまって申し訳ない。
「仕切りも作ってないのもあって、不法入国する旅人さんが多いんだ。それにあんな光景見たらますます不審がるだろう?」
「うん。あれ見たら、誰だって怖くなるよ」
「あれも歴とした理由がある。それは居住区域に入ってから説明しよう」
「どのくらいかかる?」
「歩いて三十分くらいはかかる」
居住区域に着いた。街並みとしては城下町に近いが城はない。ブロック毎に縦長の家が並び、間を道が通る。道と言っても里道のような整えられていない土の道だ。
どこを境にして国と定めているのか、判断が難しい。関門や関所といったものはないし、仕切もないし。しかし、警備隊の男はそれらしき区域に入ってから説明をしてくれた。
「さて、ここでいくつか説明をしておこう」
形式は入国審査だと言うが、手荷物検査や銃器没収などは全くない。ただ先ほど言っていた“決まり”とやらの説明だけだ。
隠した物や出来事についての言及、その経緯の追及、そして誰かに話す事を一切禁じている。破った者は国外追放もしくは死刑。ただし、この決まりを厳守する者は外来人であっても、国として完全に保護される権利を有する。要約するとこのようだ。早い話が“漏らさずは守られる”と。
ここで一つ、ハイル嬢は気になられる。
「みんな笑ってるね。楽しいのかな?」
「それはストレスが極限に少ないからだ」
「?」
と、話している警備隊の男は張り詰めている。
「もう何百年前にもなろうことだが、俺たちの先祖にあたる人物が、他の国に観光した時の話だ。住民の表情が陰鬱としていたそうだ。仕事や人間関係に頭を悩ます事が多すぎて、見た目に現れていたからだ」
「うんうん」
「実際、この国も昔は同じようだったらしい。それでどうにかできないかと考えた矢先、帰りの途中で見つけてしまった」
「なにを?」
「ある会社の重役が、粉飾決算の情報を埋めようとしていたんだ」
「ふ、“ふんしょくけっさん”?」
「まあ、悪いことを隠そうとしたってところだ」
それがどういうことか具体的に良く分からない。私もだが。
警備隊の男は段々と声に“ハリ”が出てきた。
「人間というのは自分じゃ抱えきれない物を抱えると、人に託すよりもまずは隠すことを考える」
「燃やしたり破いたりしないの?」
「“隠す”というのがキモでね。隠すだけなら復元可能なモノはある。バレたりなんだりしても、モノを公開することができるんだ。しかも隠しただけなら、まだ“マシ”だと思えてしまう。消滅させてしまうよりは」
「……」
「あるいはそのまま隠し通せれば問題は問題でなくなる。時間が経ってから発生したって“今まで知らなかった”と
「じゃあ、あそこでやってたのは……」
「そう! 証拠隠滅大会だよ」
「……」
ハイル嬢は言葉を失った。この男が話している事もそうだが、あの場所で行われていた悍ましい事に。
「だが悪い事ばかりを埋めて隠す人だけじゃない。自分の思い出や大切な物をしまう人もいる。それを決別と言うか継承と言うかは人それぞれだが」
「なんであんなに綺麗な所でそんなことを?」
「国が管轄すると言ったろう? あそこは国立公園で、部外者は立入禁止なんだ」
「……」
つまり、より証拠隠滅しやすいように、そして探させないようにするため、か。
「だからなんだね。この国の人たちがまぶしいくらいに笑顔なのは」
ハイル嬢は宿を紹介してもらい、そこに宿泊される。久方振りのシャワーを浴びられた。今はバスタオルを巻いてベッドで髪を乾かされている。
「んー」
私はひょこっとハイル嬢の太ももに乗る。ほかほかだ。
「ねぇ、クー」
〔なんでしょう?〕
「ヒトって隠したがる生き物なのかな?」
〔それこそハイル嬢が良くご存知なのでは?〕
「私は隠してるわけじゃなくて、話す相手がいないってだけだからなぁ」
〔例えば……あの時のことはいかがです?〕
「!」
ぼん、と顔を真赤にされた。私の想像していることも手に取るように分かるようで。
「へ、へんなこと言わないでよっ。っていうか見てたのっ?」
〔いえ、まさか。主の秘め事を覗くほど野暮ではありませぬ〕
「聞いてたってことでしょっ!」
〔正確には聞こえてしまったという方が、〕
「どっちだっていいっ。恥ずかしいことには変わりないんだからっ!」
〔やはりヒトは隠したがる生物のようですな〕
「もう!」
あっつい! やめてっ! 熱風は止めてくだされ!
……ふう。特にヒトには当てはまるだろう。ハイル嬢を見ているとそう思う。布切れ一枚でも、自分の身体を何が何でも隠したいくらいなのだから。まぁ、だからと言ってそのままでも問題でしかないのだが。
翌朝。日が昇りきってからハイル嬢は起床された。ご自慢の癖っ毛も寝癖で四散し、それを一生懸命整えられる。その後は手持ちの武器の点検と衣類を整理整頓された。
今日の昼頃には出立される予定だそう。それまでは散策と買い物だ。
私はハイル嬢の右肩に乗り、ご一緒に散策した。
昨日の夕方見たように、住民たちは楽しそうに笑顔で生活していた。ハイル嬢はさり気なくその光景を目にする。
「ふーん、そっか。頑張って笑ってるんだね」
「?」
ハイル嬢のお手にかかれば、隠し事も通用しない。だがその全容は教えてくれないし、聞こうとも思わない。ハイル嬢が口を開く時、その時が一番のタイミングだから。……ちょっと気になるが。
よって私は特に尋ねることはせず、ハイル嬢のご用事を優先する。
「いらっしゃい、……あ……」
「あ」
とある店に入ったのだが、顔を知る人物がいた。あそこで男を埋めようとしていた女だった。
ハイル嬢は反応に困り、思わず苦笑いをされた。
「あはは……あの、……ドーモ……」
私はそそくさとハイル嬢の胸ポケットに隠れることにする。余計なイザコザを招かないように。
ハイル嬢の苦笑いに対し、女は、
「いらっしゃい! 旅人さん!」
ぱぁっ、と蛍光灯のように明るく笑う。
「何をお求め?」
「……」
てっきりあの時のことを指摘されるかと思ったのだが、様子が違う。まるで気にしていないというか、あの出来事が抜け落ちたように忘れているというか。
それはハイル嬢を窺えば一目瞭然だ。開いた口が塞がらず、しかも表情が険しかった。
「……ぼくを覚えてる?」
「……いや?」
こんなこと、私でも分かる。女は嘘をついている。
「でも今ぼくのことを“旅人さん”って言ったよね? どうして旅人って分かったの?」
「それは、身なりを見ればだいたいそうでしょ? こんな所だから旅人かそうでないかの区別は付くわ」
「じゃあぼくを見た時にどうして驚いたの?」
「そりゃ、こんな可愛らしい子が旅人だなんて信じられなかったからよ」
「信じられなかったのに旅人って判断したのはどうして?」
「そ、それは……」
この手のやり取りは相手に勝ち目がほぼない。しかしハイル嬢は決して逆上させないように、自分から話し出すように促す。
「もっと言ってあげようか?」
「……」
ハイル嬢は押し黙る女を尻目に、欲しい物を選び始めた。そもそも、当初の目的から外れていて、女を責め立てる必要もない。それなのに、ハイル嬢はなぜここまで問い詰められたのだろう。
私の疑問も尻目に、ハイル嬢は女のいる会計に品物を出される。はっとして本来の仕事をこなす女。物々交換か金銭か尋ね、後者だったので代金を支払われた。
どう見ても女は動揺していた。
店を出て行く間際に、ハイル嬢は尋ねられた。
「本当にあれで良かったの?」
「……」
昼。昼食も取らないまま、ハイル嬢は終始お硬い表情のまま、出国手続きをされる。“入国”の時と同様に、簡単な質疑応答だけだった。犯罪や違反はしていないか、何か埋める物はあったか、の二つだけ。
入国審査官は案内してくれた警備隊の男とは別だった。ガタイのいい三十代中頃の男で、岩のようだった。
「後は……忘れ物はないかな?」
「うん。ないよ」
「よし、これで出国手続き完了っと、」
証として押印しようとした時、
「!」
あの男共……。ハイル嬢を再三襲った野盗共が待ち伏せしていた。一体どこから情報を仕入れてきたのか、確実に我々の行く先にいる。く、ようやく休められたと思ったこれか……。ハイル嬢は既に右太ももの銀銃に触れていた。
その中の一人がハイル嬢の方へ歩いてきた。
「よお、また会ったな」
話し掛けたのが合図。野盗共はすぐに戦闘態勢に入る。中には重火器、大男が持ちそうなガトリング砲まで持っている。いよいよ本腰を入れてきた、といったところか。
「観念しな。俺らはお前がとっ捕まるまで追い掛け回すぜ? 一国の姫様とあれば、たんまり身代金が手に入るもんだ」
こいつ、こんな所で大々的に言うか。まさか他の者まで巻き込む気か。
「ぼくは姫でも何でもないって言ってるでしょ。もっと痛い目見ないと分からない?」
最初襲われた時は武器無しで舐め腐っていたから、素手でボコボコ。次は軽装備だったから、野生動物たちと連携を取りつつズタボロ。今回で三回目というわけだ。トドメという所で撤退されるから、こうして付け狙われている。
しかし審査官まで巻き込むわけには……。もう出国手続きを済ませ、厄介は掛けたくはない。
それを見越して、野盗共はこの場を動こうともしなかった。無言で圧力を掛けてくる。
ハイル嬢も重々承知されている。問題はハイル嬢の秘密がどこまで漏れているかだ。今いる七人だけならすぐに始末するが、そうでない場合は焼け石に水。拷問に掛けても徹底的に炙り出す必要がある。つまり、最低一人は生け捕りにしなければならない。
ハイル嬢は意を決する。今こそ銀銃が吠える時、と思いきや、
「え?」
最初に取られた行動は意外すぎた。
身を
ゆっさゆっさと揺れる私はハイル嬢のセーターにしがみつくしかできない! と思いきや急停止された。ぶあっ!
〔いったたた、……!〕
遠くで何かが起こっている。
「どけや!」
「なんで止める!」
先ほどの審査官が野盗共を足止めしていた。い、一体どうしてっ?
ハイル嬢は二十メートルほど離れて、遠くから見られていた。
「あの旅人を誘拐しようとしているのですね?」
「聞こえたろう? 一国の姫様だって情報があるし、一儲けできるんだぜ? あんたも協力しねえかい?」
「では、あなた方はこの国に入国することはできません」
「はあ? なんでだよ? お前には関係ねえだろうがっ」
「我が国では隠した情報をネタに、犯罪行為をすると疑われる人物は入国できない決まりになっています」
「き、決まりだあ? んなもん知るか! 通さなきゃ殺すぞ!」
男は審査官に銃を押し付けた。
「……」
ところが、審査官は全く怯まない。それどころか、手元のレシーバーから、
「刑法第三条、恐喝脅迫罪が適用されました。係の人間は入国審査所まで」
淡々と応援を呼ぶ。
「て、てめえ! 何してやがる!」
「ちなみに治外法権はないので、国外逃亡しても追い続けます。そしてここで銃器を使えば国際問題になりかねないことをお忘れなく」
「へ、へあっ?」
審査官はわざと銃口を額に押し付けた。
「!」
そのまま手首を掴んでは捻り、勢いで男を倒す。男は地面に伏し、腕を背中に回されてしまった。
無駄のない制圧に、野盗共は一斉に銃火器を乱射、
「ぐぼ」
「べ」
「あ」
されてしまった。警備隊が遠くから狙撃しているようだ。
肉塊と化したものは物々しく倒れる。蜂の巣にされ、その穴から漏れ出している。一切喋ることもなく、ぴくぴくもぞもぞと痙攣するのみ。それもやがて止まった。
ハイル嬢に駆け寄るのは、案内してくれた警備隊の男だった。
「なんだ、旅人さんだったのか。だがどういうことだ? 旅人さんは隠した物はないと報告を受けているが?」
「ああ、えーっと……」
そこへ審査官が駆け付けた。
「その話は私から。出国する直前にこの人らがいましてね。その時に旅人さんが隠す“モノ”を決められたようなんですよ。その手続きをしようとしたらこんな事に……」
「なるほど。では、その手続きを認めよう。続けてくれ」
「はい」
審査官が気を利かせてくれたようだ。と思ったら、出国証明書を見せてもらうと、印の“フチ”しか押されていない。まだ出国手続きが完了してなかったらしい。なるほど、それでここまでしてくれたわけか。
隠す“モノ”を聞かれ、ハイル嬢はその前に確かめることがあると、野盗の生き残りの方へ向かった。警備隊に拘束されている。
「なんだよ」
「聞きたいことがあるんだけど、ぼくのことを知ってる人ってあなたたちだけ?」
「へ。他の奴らにも広めたに決まってるだろ? ここで俺を殺しても、お前にまとわりつかせてもらうぜ?」
「……そう」
右太ももから銀銃を引き抜かれる。
「八つ当たりか? 憂さ晴らしか?」
力強く銃口を向け、
「安心したよ」
「?」
「嘘つきで」
躊躇いなく引いた。
「ぼくが隠したかったものはこれで全部だよ。でもいいの? 後、お任せしちゃって……」
「なあに。あくまでもこいつらは罪人として処分するだけ。旅人さんの隠したい物は我々が口を閉ざせば済む話だ」
「これが私たちの仕事でもあるからね」
ハイル嬢は最後に、と呟かれた。
「どうしてこんな国にいようと?」
「ふ……、それは……規則違反だ」
「!」
……ハイル嬢は、
「そっか」
なぜかにこりと笑われた。
「きっとそれは素敵な理由なんだろうね」
「なぜそう思う?」
「あなたの笑みがとても自然だから」
ハイル嬢はこの国を後にされた。二人の男はハイル嬢が見えなくなるまで、見送ってくれた。
最初は嫌悪感しかなかったが、どうしてここまで頼もしい国なのだろうと思ってしまう。
「あのさ、ちょっと寄っていいかな?」
〔いいですが、迷子になりませんよね?〕
「私だってそこまでじゃないよっ! 国を伝うようにしていけば着くでしょっ?」
それでも私は心配する。
どうにかして辿り着いたのは、最初に入ってしまった国立公園だった。しかも林の中へ入られる。まだ昼を迎えたばかりだから、日の光が優しく差し込んでくる。
「!」
すぐに発見される。急いで確認するが、
「……」
既に事切れていた。
あの女の遺体だった。死因は射殺。額に弾痕がくっきりと残り、今でも血を流している。足元を見れば何人かと争ったような足跡があった。原因どころか、全容まで想像に難くない。なぜなら、
「この人が……」
男の遺体が掘り起こされていたから。
「……あの国の人たちはみんな無理やり笑ってた。隠した物から逃げるように、見ないように……」
〔そうでしたか〕
モノは隠せても、気持ちや罪悪感までは隠せない、か。
そっと、両手を合わせられる。
近くに手紙が置かれていた。まるで誰かに見てほしいと言わんばかりに。
ハイル嬢は迷わずその手紙を見られる。
「……」
読み終えると、彼女の手元に置かれた。そして、お互いの遺体の手を握らせる。
〔どうされます? 遺体を二つ弔いますか?〕
「このままにするよ。せっかく明るみに出られたんだし、暗い所に閉じ込めるのはかわいそうだから……」
静かにその場を去り行く。二人の陽溜まりを邪魔しないように。