フーと散歩   作:水霧

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第一話:なまなましいとこ

 ついつい見上げてしまうほどの晴天。しかし、突き刺すように鋭い日光が辺り一帯を焼き付ける。岩石地帯に近い、荒野に近いこの砂漠は灼熱地獄と化していた。そこにもうもうと砂埃(すなぼこり)が立ち込め、空気を汚し、視界を荒らしていく。

 突然の爆音。乾いた重低音が太鼓のように鼓膜を叩く。砂埃と黒煙が追加され、さらに視界が悪くなった。音はそれだけではない。連射音や拡散音など、やはり乾いた破裂音が聞こえてくる。

 よく見れば、大きく(えぐ)れたクレーターが形成されており、その周りには豆粒のように小さく見える黒点があった。黒点はいたるところに、目の届く範囲に散らばっている。しかも盛り上がった土の影に潜んでいる。

 その空間から数キロ離れたところに断崖絶壁があった。高さはビル五階建てに相当する。その崖の真ん中辺りに浅い洞穴があり、

「はぁ……」

 中に人がいた。

「どうですか?」

 凛とした大人っぽい女の“声”だ。

「どうって……気分は最悪」

 人はため息をついた。

 その人は若い旅人で、気候に似合わない全身黒尽くめの格好だった。フード付きの長いセーターにタイトなジーンズ、スニーカー。蒸し風呂のような場所で自殺行為に等しい服装だった。(かたわ)らに登山用のリュックサックとウェストポーチ二つが置いてある。

 頭から滝のように汗を零し続けている。

「ろくな連中じゃないよな。だってさぁ……ぶつぶつぶつ……」

 男は愚痴を零し続けた。

「断ればよかったではないですか」

「そうなんだけどさ……」

 男が気乗りしない理由はもちろんあった。

 

 

 それは同日の昼頃の出来事だった。旅人である男がこの一帯をふらふらと訪れると、

「手をあげろ」

「え? どこから、」

「喋るな。殺すぞ」

 低く勇ましい声。背後から聞こえた。

 土色の男にあっけなく拘束されてしまった。土色の男は迷彩服ではなく、衣服全てブーツまで土色だった。

 拘束された旅人は両手を前に、縛り上げられた。

「いつの間に……!」

「擬態だ。静かにしろ」

 彼曰く、服装やボディペイントすることで、カメレオンのように地形に一体化していたらしい。素直に感心した反面、悪い予感しかしなかった。

 手を腹の前で縛られて連行された先には、巨大な岩壁があった。そして太陽の光を遮った所に、薄汚れた簡易式テントがいくつも張られている。中からは呻き声しか聞こえなかった。

 土色の男はここで拘束された男の荷物を置いていく。

「何だここ……」

 旅人の言葉に耳を貸さず、奥へ進む。そこにもテントが一つあった。

「ここだ。入れ」

「押すなって、いたた」

 わざとらしく(あえ)いだ。しかし、

「! これは……」

 すぐに血相を変えた。

 両手を後ろで拘束されている子供が十余人いた。衣服と言い難いボロ布を羽織っているだけの姿で、中には怪我をしている子供もいる。眼に青タン、頬に腫れ、身体に切り傷、脚に火傷と。

 子供たちは二人の顔を見るや、テントの中いっぱいいっぱいまで離れていった。ふるふると身を震わせ、怯えた眼を男たちに向けている。肩を寄せ合い、涙を流している。

「捕虜だ」

 土色の男を睨む。

「俺たちはここから反対側にある敵軍と戦争している」

「何の目的で?」

「お前が死ぬ代わりなら教えてもいいぞ」

 目の前に銃口。ぞくり。心臓が一回だけ高鳴った。

 息が激しいが、恐怖によるものではなかった。

「……いい目つきだ。死ぬと分かっていても、なお抗うか」

「……」

「ふ……お前は使える」

 すっと銃を腰にしまう。革製のホルスターがかけられている。

「この戦争に必要なのは蛮勇だ。容赦なく敵を殲滅できるかどうか……それだけだ」

「……」

「付いて来い」

 テントを出る前に旅人はもう一度子供たちを見る。子供たちはぱくぱくと口を動かしていた。何かを伝えようとしていたのは分かったが、首を横に振った。その代わりに、

「早く出ろ。指示を与える」

「ちょっと待って。靴ひもが(ほど)けた」

「後にしろ」

「ほんの少しも待てないほどに状況は悪いのか?」

「……ふん。早くし、」

「軍将、ちょっとよろしいですか?」

「なんだ?」

 軍将と呼ばれた土色の男は旅人の目の前で話し込む。重要な情報のようで、二人ともそちらに集中していく。

 その隙に靴を脱いで中敷きをめくる。間には掌サイズのナイフが一つだけ入っていた。それをさり気なく置き、足で踏みつけながら立ち上がった。

「……旅人、お前に特殊任務をやってもらう。拒否すれば……分かっているな?」

 軍将が子供たちを一目する。了承するしかなかった。

 子供たちにウィンクして、テントから出て行った。

 

 

 軍将と同じような格好の兵士三人と合流し、別のテントに向かった。作戦本部のようで、様々な機器や重火器が置かれ、兵士たちがごった返している。

 軍将たちがやって来たのを見るや、一番奥の会議スペースに招かれた。テーブルが置かれているだけだが、軍将が地図を広げる。

「その前に渡しておく物がある。持って来い」

「はっ」

 一人の兵士が旅人にイヤホンと無線機を手渡した。連絡はこれで行うようにときつく指示する。

 地図に描かれた地形はとても単純だった。楕円の中に二つの巨大な高台が左右に分かれているだけ。他は抜け道として、小さい道が外へ伸びているのみ。つまり、広大な乾燥地帯にある渓谷の中で戦争が勃発していることになる。

「敵軍は真正面から我々の陣地を攻めようとしている。お前ら四人はそれぞれ戦場を迂回するように敵陣地を攻めていけ。敵は総力を上げていて、こちらの細かい動きを捉えられん」

「たった四人? そんなの無茶だ」

 旅人が声を上げる。

「大丈夫だ。切り札がある」

「?」

「その切り札のために旅人、お前が先陣を切れ」

(おとり)か」

「話が早いな。では、もう少し細かい話をしよう。……お前たち三人は準備に取り掛かれ。遂に長年続く戦争を終わらせる作戦だ。慎重にな」

「了解」

 三人はどこかへ散っていった。

「まずはここ」

 指差したところは味方陣地の高台だった。

「ここに行け。双眼鏡で戦場を偵察しろ。我々が少しずつ片側へ戦場を移す」

「空いてる方に行けばいいんだな?」

「そうだ。おそらく敵はそちらへ来ると読むだろう。当然だ。だからこそあえて行く。我々の切り札は……地下道だ」

「!」

 つつっと味方陣地から指でなぞっていく。

「我々の陣地から敵陣地へと向かう地下道を作っているのだ。もう八割方できている。まさか、こんな古典的な戦術でくるとは思わないだろう」

「奇襲作戦?」

「その通り。戦場に大人数の兵士を割いている隙に、少人数精鋭部隊で敵陣地を直接叩く! ……この布石のためにお前の働きが重要だ。具体的な偵察場所は無線で報せる。作戦チャンネルは“14”だ」

「その前に教えてくれ。何のために戦争をしてるんだ?」

「……」

「……?」

 軍将は一向に話そうとしない。

「……旅人風情に話すことでもなかろう」

「それなら協力しない」

「……あの捕虜たちがどうなってもいいのか? そして自分も死ぬことになるんだぞ?」

「訳も分からず死ぬのはゴメンだ。それにオレがここで暴れれば、敵軍が相当有利になるだろうな。何せ、大将のあんたがここで死ぬんだからな」

「! ……なるほど、そうきたか」

 ニヤリと口元が緩む。

「いいだろう。ただし時間はないから偵察しながら話す。昔話のためにチャンネル“16”を増設する。これはこの一回きりで、他では無用だ」

「分かった。……あと一ついいか?」

「なんだ?」

「水をくれない? のどかわいた」

「生憎、蓄えが少なくてな。自前で用意してくれ」

「……きっついなぁ……」

 

 

 左耳についているイヤホンから、

〈ダメ男、今のうちに逃げればいいのではないですか?〉

「……」

 女の“声”がする。

 “ダメ男”と呼ばれた旅人は双眼鏡で視察していた。

「逃げたいけど、あの子供たちを見捨てるなんてできないよ」

〈気持ちは分かりますが、ダメ男まで巻き添えになる必要はないはずです〉

「そうだけど……」

 ダメ男はぐるっと見渡した。豆粒のようなサイズだったゴミは拡大されて、実態を明かす。胸を剣で何度も突き刺されて血を滲ませていたり、おでこの左半分を消し飛ばされて中身を露にしていたり、細切れにされていたり、見るも無残な元人間が散らかっている。

 その近くにはいくつもの穴があり、兵士がそこに身を隠して応戦している。見晴らしのいい平坦な地形なので、自分たちで穴を作って身を潜めている。もちろん、その中にも、まるでゴミ箱に集められているかのように、いろいろと入っている。

 そして、

「!」

 負傷した男の兵士を二人の子供の兵士が追いかけているのを、ダメ男は双眼鏡で追いかける。足が覚束ないようで、転んでしまった。そして、その二人は転んだ兵士を取り囲んでダメ男の視界を塞ぎ、凄まじい血飛沫を周辺に撒き散らした。

 二人が去ったところに放置された血まみれの肉片。ごろりと首だけがダメ男に向いている。

「……」

 別のところに移ると、そこでは味方の大人兵士が子供兵士に突き殺されていた。その後、醜悪な顔つきで何度も突き刺している。ところが、その子供の頭が一瞬で四散した。身体だけの死体は頭を求めながら地に伏す。

「……ふぅ」

 ダメ男の脳裏には今のシーンが音声付きで勝手に浮かんでくる。肉を裂かれ夥しい血を吹き出し、助けを求めても死体にされるために激痛をプレゼントされ、悲鳴を上げながら絶命する。

 鼓動が早く大きく動く。

〈ダメ男、少し休みましょう〉

「うん。……!」

 ダメ男の右耳に音が飛び込んでくる。そちらにも同じようにイヤホンがあった。無線用だ。

〈まだ生きているか?〉

「何もしてないからな」

〈これからは死ぬ気で働いてもらうことになる。戦果を上げればお前を解放する。軍人としての誇りに懸けて誓おう〉

〈一番価値の無いものを差し出されても困る〉

〈ふ……じゃあ昔話でもするか。一気に話すからな? 用意はいいか?〉

「いいよ」

 ひとまず、偵察は中断した。

〈……この戦争は今から百十二年前から始まったとされている。俺の(そう)祖父から続いているってことだな。……以上だ。質問は?〉

「え? 終わり?」

 思わず聞き返してしまう。

〈謎だらけの戦争ですね〉

「全くだ。……そうだな……」

 マイクスイッチを押す。

「戦争のキッカケと敵軍との関係を知りたい」

〈それは……〉

 やはり口ごもっている。

「何か話しづらいことなのか? 今ならオレとあんた二人だけだろ?」

〈いや、話しづらいのではない。……分からないのだ〉

〈分からない、ですか〉

 “声”が口を挟む。軍将には聞こえていないようだ。

「どういうこと?」

〈我々は小さい頃から戦争を教えられてきた。理由や目的、意義といったものを聞いたことがない。ただ勝つために戦え、としか〉

「教えたのは誰なんだ?」

〈上の世代だよ。昔の文献や資料を残していなくてな。そういったものを墓まで持っていってしまったようだ〉

「そういうことか。ごめん、無駄に責めた」

〈無理もない。それと敵との関係だったな。それも不明だ〉

「……それなら戦争やめてもいいんじゃない? 戦う理由もない、争う意義もない、何のために戦うんだ?」

〈旅人には理解し難いことだろう。ただ闇雲に殺し合っているとしか思わないだろう。しかし勝つことで何かが分かるのかもしれない、つまり真実のために戦っているのだ。我々はただそれに向かっているだけだ〉

「……なるほど。とすると、当初の目的とは大分ズレてるのかもな」

〈まず間違いないな。だがそれも全て判明するだろう。……さて、昔話はここで終わりだ。機会を窺って作戦に入ってくれ〉

「はいよ」

 そこで無線を切った。

 気持ち悪さに加え、じめじめとした疑問が浮かぶ。

 ダメ男は双眼鏡をまた覗く。

〈果たしてダメ男は、時代の寵児(ちょうじ)になれるのでしょうか。続く〉

「ふざけたこと言ってると叩き潰すぞ、“フー”」

 “フー”と呼ばれた声は、

〈叩き潰せば痛いです〉

「……なんかゴメン」

 謝られた。

「しっかし、何回目だろうな。こんなの」

〈これで四回目です。そのうち三回は敵前逃亡です。本来なら、〉

「余計なことは言わんでいいっ」

 ダメ男は立ち上がった。

「初めてだよ。何のあてもない戦争なんて」

〈こういうものは些細な事が切欠になるものです〉

「そういうもんかな?」

〈はい〉

「……さて」

 ダメ男は双眼鏡をポーチにしまい、無線機をもう一度手に取った。

「これから、っと」

 無線機のチャンネルをカチカチと回す。

「えっと、これから作戦に入るよ」

〈了解。まずは前衛と合流せよ〉

 リュックを背負い、二つのポーチを腰につけた。

「命綱なしのロッククライミングとか、二度としないかんな……!」

〈頑張ってください〉

「ホントに気楽なヤツ」

 断崖絶壁を自分の手足のみで降りていく。地上からその洞穴までの間に等間隔に窪みがあって、それを使って(くだ)ってっていった。

 太陽が南中を過ぎ、ようやく傾き始める。それでも直射日光はじりじりと照りつけている。それとあいまって、大地からの放熱で暑さを増していた。額からどろりと茶色の汗が(にじ)み出る。

 ダメ男は改めて服装の選択ミスと荷物の多さに悔いた。仕方なくもう一度ロッククライミングして、監視をしていた洞穴に戻り、最小限の荷物だけを持っていくことにした。あと、上着は長袖の黒いジャケットと黒のノースリーブのシャツに着替えた。

「手際が悪すぎて頭が痛くなります」

「仕方ないだろ。半袖で行ったら肌焼けるし」

「そうですね。しかもこんな灼熱地獄だというのに、全身真っ黒とは呆れてモノも言えません。正に“馬鹿は死ななきゃ直らない”ですね」

「……そういうのは普通に言えるんだな。ここから思い切り下に投げ、」

「ぐだぐだ言わずに、早く降りましょうよ」

「……」

 もう嫌だ……、心の呟きも汗と一緒に下に零れていった。

 

 

 ところどころにクレーターができている。焼き焦げた跡と立ち上る煙から、爆発によるものだと想像に難くない。

 地上に降り立つと、雰囲気がまるで違っていた。地震でも起こっているのではないかと思うくらいに大地が振動し、大気が(うごめ)く。その振動が戦慄に震える足と混じり合っていた。

 自ら死にに行く感覚、ダメ男はぼそりと漏らした。

 歩き始めて十数分後、ようやく味方軍の最後尾が見えてきた。既に銃撃戦が展開され、激しさを増している。

「!」

 穴の中から兵士が手招きしている。ダメ男は身を(かが)めて、急いでそちらに入った。

「あんたが例の作戦要員かっ?」

 男はどろどろになった顔を手で払い落とした。

「そうだ!」

「既に指示は来ている! ここより東側へ遠回りしつつ行け! 我々が反対へ引き付ける!」

「分かった!」

「あんたの遅れがそのまま作戦の遅れになるからなっ! 任せたぞ!」

「あいよっ!」

 ダメ男は周りを慎重に見渡して、穴から猛ダッシュした。兵士たちが必死に銃を撃ちまくって、援護射撃してくれていた。しかし、

「え?」

〈あ〉

 鼓膜が破れるくらい馬鹿でかい重低音とともに、地面が爆裂した。爆風で土埃が凄まじく、

「っ……!」

 ダメ男は咄嗟(とっさ)にしゃがみ込んで耳を閉じる。

「……うぅ……」

 バサバサとジャケットがばたつき、身体が吹き飛ばされそうな風圧。それが収まるのに数秒かかった。

〈大丈夫ですか、ダメ男〉

「……みみ、ちょいやられた……」

 ウェストポーチから耳栓を取り出し、丁寧にはめ込む。

 爆発した地面は大きく抉れていた。土埃で視界が悪い。ポーチから透明なゴーグルも取り出す。

「……!」

 振り返ると、先ほどの穴がさらに大きく深くなって、煙を立ちのぼらせている。

「あ……あぁ……」

〈走ってください! 止まってはいけませんっ!〉

「!」

 フーの(かつ)に、ダメ男ははっと意識を取り戻した。そして、流れてきた銃弾から何とか走り抜け、戦場から離れていった。

 

 

 もう少しで絶壁という距離まで縮めている。

〈敵陣までまだまだありますね〉

 ダメ男は安定しない足取りで再び歩き出した。

「う……」

 ダメ男は絶壁にたどり着いて、背中をもたれた。

「はぁ……はぁ……」

 土の混じった汗がどろどろと滴り、頭がくらくらする。ダメ男はポーチから水を取り出して、(むさぼ)るように飲んだ。生き返った感覚がした。

〈大丈夫ですか?〉

「……気持ち悪い……」

〈吐いては駄目ですよ。余計に気持ち悪い気分になりますから〉

「……」

〈ダメ男、行きましょう?〉

「……あぁ」

 ダメ男が立ち上がって、歩き出した瞬間、

「!」

「うりゃあ!」

 ダメ男はジャケットの袖から掌サイズの小型ナイフを取り出し、振り向き様に、

「!」

 空を切り分けた。ダメ男の下半身にタックルしてきたところで、

「ぎゃっ!」

 渾身の膝蹴りをお見舞いしてやった。敵は蹴られた方に砂埃を上げて転がっていく。その勢いがなくなると、ピクリとも動かなくなった。子供だった。

 ダメ男の足元には人一人入れるくらいの大きい穴が空いていた。

〈クリーンヒットですね。コメカミに直撃しました。重度の脳震盪(のうしんとう)を起こしているはずです〉

「あのオッサンの時の経験が()きたな」

 ダメ男はすぐに敵のもとにむかい、容態を確認する。死んではいないようで、フーの言うとおり気絶しているだけだった。

〈気をつけてください。気絶している“フリ”かもしれません〉

「それなら話ができる」

 少年の頬をぺちぺち叩く。しかし、反応がなかった。

「……」

〈行きましょう、ダメ男〉

 水を浸したタオルを顔にかけて、その場から離れた。

 その後も次々と少年少女がダメ男に襲い掛かってくる。しかし、それを意に介さずに適当にあしらっていく。致命傷を与えない程度に迎え撃った。念のために、所持していた拳銃やマシンガンなどの銃器と銃弾、手榴弾はできるだけ持ち去る。余ったものは無駄撃ちしたり解体したりして使えなくした。フーは素直に(けな)していた。

 そして日没を迎えた。太陽を中心に橙色を放ち、及ばないところは夜に染まっていた。日差しが弱まったが、地上からの放熱でまだ暑く、熱帯夜になりそうだ。その代わりに音がなくなった。

 ダメ男はようやく本来の調子に戻ってきた。勇敢とも蛮勇とも受け取れるくらいに、大胆に歩き続けていた。途中で休憩をはさみつつも、足を止めることはなかった。そしてフーは純粋に貶していた。

〈地雷を踏んだらどうするつもりですか?〉

「死ぬな」

〈むしろ死んでください。地雷を確認しなくていいのか、ということです〉

「“主人公”ってのは死なないもんなんだよ」

〈脇役のやられ役の巻き添え役は黙っていてください〉

「地味なのかも分からないなっ。たぶん重要だと思うけどっ」

〈上手く顔面を隠しているので絵面も問題ありません〉

「隠し方ヘタすぎるだろっ、ってか隠す意味あるのかっ?」

〈地雷を隠すほどに重要です〉

「うわ、上手くまとめたと思い込んでドヤ顔してるのが浮かぶわ」

〈えへん〉

 ダメ男は歩くペースを上げた。片手には水の入ったボトルが握られている。

「……ねむい……あちゅい……」

〈キモイ……ウザイ……くさい……〉

「なに、もう一回電源落とすか? 永遠に放置してやろ、……!」

 ピタリと足を止めた。

〈顔面崩壊男“ガメオ”、どうしましたか?〉

「見られてる」

〈自意識過剰ではなく、ですか?〉

「うん」

 ダメ男が冗談に釣られずに、息を整える。

〈熱探知はしますか?〉

「いい。多分夜営の兵士たちも紛れるだろうし」

〈しかし、なぜそう感じたのですか?〉

「強烈な視線を感じる。ピンポイントにオレだけを見てる感じ」

〈ダメ男がそこまで言うのなら、何者かに監視されているのでしょう。しかし敵“同士”ダメ男を監視していても何ら不思議はありません〉

「……そうだな」

〈何もしてこないなら続行するしかありません〉

「とりあえずこの辺で休もう。フー、頼むよ」

〈分かりました〉

 ダメ男が運よく安眠できたのは、身を隠せそうな穴を見つけてからだった。

 

 

 ダメ男は日の出の前に起きた。敷いておいたレジャーシートにポーチやらジャケットやらが置いてある。いつもの寝起きの訓練はせずに、水で濡らしたタオルで体を一通り(ぬぐ)った。

「ダメ男」

「おはよ」

「久しぶりに全身凶器人間になった感覚はどうですか?」

「さすがに(なま)ってるな。相手が子供だから通用してるようなもんで」

 衣服の中身を確認している。

「意外に謙虚ですね。それで、今日は敵陣に乗り込む予定ですか?」

「多分、この壁沿いに行けば……あると思う」

「そうですね。あと、作戦はあるのですか?」

「当たって砕けろ」

「命がいくつあってもたりないさくせんデすね」

「でも実物見ないことには始まらないっと」

 レジャーシートをピッタリに折りたたんでポーチに入れた。

「行こうか」

 ポーチを腰につけて、ジャケットを羽織る。

「ダメお、でんちがきれそぅデス……」

「! それを早く言わんかぃ!」

 

 

「念のために連絡してみてはどうでしょう?」

「あ、すっかり忘れてたな」

 ダメ男はトランシーバーを取り出した。

「こちらオレ、思った以上に敵陣に潜り込めたんだけどどうしたらいい?」

〈……〉

 しかし、返事はなかった。

「何かあったのか?」

「全滅しているのではないですか?」

「そういうこと言うなよ。フーがそういうこと言うと、フラグが立っちゃうんだから」

「そうですね。多分、トランシーバーが電池切れなのでしょう」

「……」

 ダメ男はすぐに電池を確認した。すると、切れていた。

「これでは連絡できないはずです」

「でも、これの電池なんか持ってない……」

「では、無視でいいと思いますよ」

「んー……どしたらいいんだろ?」

「手っ取り早く敵陣制圧ではないでしょうか?」

「一人で?」

「一人で」

「……」

 深く息をつく。

 ダメ男はフーにイヤホンを取り付け、左耳に装着した。

「その信用はどこから?」

〈死んでもどうでもいいという使い捨て感です〉

「悲しすぎるっ」

 ダメ男が壁沿いに歩いていくと、

「……!」

 だんだんと臭いがしてきた。

〈ダメ男!〉

「この臭い……!」

 ダメ男は急いで来た道を引き返す。まるで卵が腐ったような臭いが溢れ出していた。

「! あそこなら!」

 絶壁にちょうど上に上れるような穴があった。そこはダメ男が監視していた穴と同じような造りになっていて、足を引っ掛けられそうな小さな穴が通じている。なりふり構わず駆け上がった。

「はぁ……はぁ、うぇっ」

〈大丈夫ですか?〉

「大丈夫。……ふぅ……ふぅ……」

〈それにしても、あの特徴的な臭いは間違いようがありませんね〉

「温泉の臭いだった」

〈硫化水素と呼ばれる気体です。風に流れてきたようですが、どうしてこんなところで発生していたのか分かりません〉

「その答えはこの先にありそうだよ」

 ダメ男の目先には道があった。この洞穴は洞窟で、どこかに通じているようだ。しかも一直線で奥に外の光が漏れていた。

 念のために懐中電灯で足元を照らしながらそちらに向かう。そして左手にはナイフが握られていた。あと十数歩で外に出られるくらいの距離になった時、

〈何も聞こえませんね〉

 ダメ男たちはゆっくりと出口に近づき、そこから外に顔を覗かせた。本陣と同じようにテントがいくつもあり、人がいた。

「毒殺……? これが作戦……?」

 死体。兵士たちが入り乱れるように重なり合うように、そして息苦しそうに息絶えていた。

〈いえ、そういうことではないみたいですよ。左を見てください。ダメ男を捕縛した軍将がいますよ〉

 あの(いかめ)しかった軍将が。全身から何かを垂れ流して絶えている。

 奥には人一人通れそうな穴があり、そこに四角い鉄板が引っかかって落ちかけている。鉄板にしてはボロボロで、腐食の跡が見られた。

〈どうやらダメ男の陽動は成功したようですが、奇襲作戦は看破されていたようです。地下ということを利用して硫化水素をそこに流しましたね。硫化水素は空気より比重が大きいので下へ下へと流れていくのです〉

「じゃあどうしてこの一帯まで?」

〈あの鉄板で流し込んでいる最中に塞いでしまったのでしょう。そうなればこの辺一帯を硫化水素が流れることになります。そんなことをするのは道連れを選んだ軍将側の兵士だと思われます〉

「こんな形で戦争が終わるなんて、……!」

 背後で、金属が擦れたような音がした。

「動かないで」

 後頭部に硬い何かが押し付けられる。それは何回も経験したことのあるものだった。

「いつから?」

「ついさっき。違う所から声がしたから追ってみた」

 ぼそぼそと話し慣れないような口調で、女の声だった。

 洞窟内の蒸し暑さとは違う汗を垂れ流している。

「戦争は終わり。こっちの勝利で終わった」

「あんたは敵か?」

「分からない」

「分からない? じゃあどうしてオレに銃を向ける?」

「……あっちで協力していた敵。だけど私たちを助けてくれたから味方。よく分からない」

「……」

 ダメ男は、すくりと立ち上がり、対面する。

「! 女の子?」

 まだ年端もいかない小麦色の肌をした女の子だった。

「もしかして、捕虜の一人か」

「うん。あれのおかげでどうにか抜け出せた」

「他の子供たちは?」

「……」

 悲しそうに俯く。

 

 

 二人は洞窟から降りて、できるだけその場から遠く離れる。毒ガスから遠ざかりたいというのもあるが、

「大丈夫か?」

「……」

 女の子の精神が参っていたためだった。

 ダメ男は女の子を抱え、自分が休んでいた穴蔵まで移動する。もう銃撃音や爆発音はしなくなっていた。

 女の子の顔に水を浸したタオルをかける。寝息を立てていた。

「あの硫化水素ってやつを持ってきたのは誰なんだ? こんなとこじゃないものだろうに」

「分かりません。そこだけが謎です」

「んー……考えるのは後にして、今は荷物を取りに戻るか。この子の今後も考えなきゃ」

「その必要はない」

「!」

 声のする方に女がいた。背負った機関銃の上から黒いリュックを背負い、煙草をくわえている。この気候なのに黒のタンクトップに迷彩柄のパンツを履いていた。

「次から次へと出てくるな」

 苦笑のダメ男に、女は真っ黒のショートヘアを(なび)かせる。

「その子は私が引き取るよ」

「あんたに預けてどうなる?」

「それを教えてどうなる?」

「事と次第によれば、あんたを殺すことになる」

「ふーん。じゃあこれと交換ってのはどう?」

 リュックを見せつけた。ダメ男の持っていたリュックだ。

「いらない。荷物なんて後ででもいくらでも揃えられる」

「じゃあ、ここで起きた歴史と真実は?」

「!」

 突然、フーが横槍を入れる。

「この子の安全を保証すると誓いますか?」

「? 誰だこの声?」

「こいつだ。フーって言うんだ」

 首飾りを女に見せた。水色とエメラルドグリーンを混ぜた色をした四角い物体で、そこからフーの声が発せられている。

「話を戻します。安全を保証すると誓いますか?」

「もちろんだ。私のプライドにかけて誓おうじゃないか」

「……」

 ダメ男はとても不審がっていたが、フーの判断に委ねることに決める。

「交渉成立だな。……私たちはこの二つの戦争国の取り巻きだ」

「第三国?」

「いいえ。これにちょっかい出していたのは私たちだけじゃない。他にも知るだけで二十ヶ国以上も関わっている」

「ちょっかいとは何ですか?」

「思うに武力支援と人力、戦術指導ってあたりか」

「それではこの戦争はまるで代理戦争ではないですか」

「そうだよ。勝手に話を進めるな」

 ダメ男の前にリュックを置き、何気なくダメ男から離れる。

「元々、この二つの国は今から百五十年前、水を求めて争ったのがキッカケだった」

「水戦争か……」

「長い間戦争したが、ある時他の国が水の援助を申し出たんだ。そこで戦争が終わるかと思われた。でも、戦争は終わらなかった。恨みつらみもあるけど、金銀が地下に眠るという噂がどこからともなく流行り出した。戦争の目的が水から金銀に変わることになる。ところがそれはデマだった。援助していた国の地理学者が研究調査した結果、そんなものは存在しないことが証明された」

「……」

 そっと左手を服の中に忍ばせる。

「ここまで来ると戦争当事国は引っ込みがつかない。なぜなら資金と人手を相当突っ込んでいるからだ。そうなると次の目的はただ一つ、相手の領土を奪うこと。この時点で既に十年もの歳月が過ぎていたらしい」

「なんだか、目的が二転三転していますね」

「というか、そうやって変な噂を吹き込んでいた連中がいたんだ。戦争が長く続くことで、金儲けできる連中がさ。それがお前ら取り巻きなんだろ?」

「……」

 機関銃を下ろし、動作確認をする女。

「そうやって何度も振り回していれば目的を見失って、闇雲に戦争をするだけになる。それは周りの国から見ればとてつもなく美味しいだろうな。武器や新技術の開発と売買、交渉、そういった需要が尽きることがなくなるわけだし」

「つまり、二国をカモにして周辺国が長い代理戦争を続けさせていた、ということですか?」

「そう」

「それで用済みになったのを悟り、二国とも消した。外から毒ガスを持ち込んで、どっちも滅ぼした」

「……」

 ダメ男、フーがそう呼ぶのを躊躇う。

「で、今度はオレを消す気か」

「この情報は外部に漏れるとまずいからな。約束通り、その女の子の安全は保証する。ただ、部外者のお前をここから生きては返さない」

「旅人の誇りとして、絶対に口外しないと誓ったら?」

「そんな保証がどこにあるんだ?」

 ニタリ、と妖しく笑う。

 吹かしていた煙草を吐き捨て、女は機関銃をダメ男に向けた。

「じゃあな、哀れなたびび、」

 一発の銃声が一切の音を掻き消した。

「…………っ?」

 両腕と仕込み式ナイフで前方をかばっていたダメ男だが、自分が死んでいないことを悟る。

「え?」

 機関銃を持っていた女が頭から血を流して倒れていた。誰がどう見ても即死である。

 慌てて振り返ると、

「ふ……ふ……いつまでも、無抵抗のままって思うな……」

 女の子の手に拳銃が握られていた。憤怒の表情を露わにしていたが、重苦しげに“銃口”を見つめた。

「おい、何してんだやめろ」

「最後にやり返しできた。これで満足」

「や、やめろ、やめるんだ……」

「ありがとう、旅人さん」

「やめろぉっ!」

 女の子の頭が跳ねた。

 

 

「……」

 燦々(さんさん)と照り付く砂漠の渓谷。その谷間をダメ男が歩く。歩調に合わせて、胸に下げたフーがゆらゆらと動きている。

「あついなぁ……」

「ただいまの気温は四十二度です」

「なにそれお風呂の温度?」

「どちらにしても熱いですね。ダメ男の数少ない脳細胞が溶けないといいのですが」

「分裂するからだいじょぶだいじょび」

「役立たずが分裂したところで何の役にも立ちませんね。噛んでいますし」

「はは……」

 と、笑うも落ち込むダメ男。

「こればっかりは誰も責められません。そもそも、どうしてあのようなことをしたのかも理解できません」

「オレも分からない。あの人たちは最終的に何を求めて戦ってきたんだ? それも他の国に全滅させられて、全部闇の中……。あの子を助けることもできず……」

「元気を出してください、ダメ男」

 ぽつりとフーが呟くと、

「?」

 空が一変する。東から分厚く黒い雲が押し寄せてきた。地上の熱はその風で一気に押し流され、どことなく寒気がする。雨はまだ降らないにしても、いつ降りだしてもおかしくはなかった。

 重かった足取りを何とか戻して、早めに進む。

 そうして行くと、一人の男に出くわした。四十代前半の髭を生やした旅人で、気軽に挨拶をしてくれた。

「ちょっと尋ねたいんだが、戦争の国があると聞いたんだが、ここら辺か?」

「? 何か用事でも?」

「ああ。実は戦争体験をしたいと思ってな。ちょっと立ち寄ったんだ」

「……戦争体験?」

「なんだ、てっきり体験した帰りだとばかり思ってたよ」

「待ってくれ。一体どういうこと?」

 ダメ男が慌てている。

「このチラシを見て来たんじゃないのかい?」

 ピラッと一枚の黄色い紙を見せてくれた。

 ダメ男とフーは言葉を失い、立ち尽くすしかなかった。

 

 

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