フーと散歩   作:水霧

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第三話:らくなとこ

 雲の層が薄いのか、空は薄らと青みを帯びていた。南中に差し掛かろうと南の方では太陽が燦々(さんさん)と照りつける。すこし蒸していた。

 あるところに一つの橋があった。壊れるシーンを想像できないくらいに、どでかい丸太で頑丈に作られていた。長くはないが、対岸を繋ぐ唯一の橋だ。

 その下を激流が走っていた。理由は分からないが、飲み込まれたらまず助からない。そんな恐怖をかき立てる激流だった。音がサーっと静かに、でもパワフルに轟く。怖い怖い。

 そんな危険地帯を架ける橋のど真ん中には仕切りがされていた。しかも見張りまでいる。さらにさらに、反対側にもいる。まるでこの道は通さんと仁王立ちするが如く。屈強で肉厚な見張りだった。(やり)まで持っている。

 そこへ一人の男が軽い足取りでやって来た。黒いセーターにダークブルーのジーンズ、履き汚したスニーカーという出で立ちで、黒いリュックを背負っていた。見張りの男とは正反対で、見た目を表現するなら“モヤシ”だった。

 男は橋を渡ろうとした。

「おい」

 見張りの男はギラリと黒い男を睨み付けた。

「見て分からんのか? ここは通行禁止だ 通りたくば別の場所へ行け」

 ドスンと槍を置く。

 黒い男は頬をカリカリと掻いた。困り果てている。

「えっと……なんて言えばいいかな……他のとこも行ったんだけど、同じように追い返されたんだ」

「知らん。他へ行け」

「知らんって言われてもなぁ……」

「ならば諦めよ!」

 見張りの男は怒鳴り散らした。

「んー……じゃあせめて、ここを通行止めしてる理由くらい聞かせてくれよ。それくらいならいいだろ?」

「……」

 ふーっと息をついた。

「いいだろう。ただし、聞いた後は渡ろうとせぬよう、ここで誓え」

「いいよ。オレはここを通らない」

 黒い男はリュックを下ろした。

「我が国は今、隣国と戦争をしている。佳境なのだ。そのためにたとえ赤ん坊一人であろうと外へ出してはならん、と王がお触れを出したのだ。我らはそれを守っているに過ぎん」

「それって、国民を守るためにもなるのか?」

「無論。しかし、それ以外にも狼藉(ろうぜき)を国内に留まらせ敵国へ情報を渡さないため、というのもあるがな」

「ってことは……あんたは兵士ってこと?」

「うむ」

「まじか! それはカッコイイな! 国のために国民のために橋を守るってことか! 男としてまじで惚れるなぁ」

「よ、よせ……我らはただお守りしているに過ぎんのだ」

「そういうことを平然と言えることがすごいってことだよ。よっぽどの鉄の意志なんだろうな……」

「まぁ……さて、話はおわ、」

「ねぇ、兵士さんたちはどんな訓練だったり任務だったりやってたんだ? すごく興味が湧いてきたっ。教えてくれないかな?」

「え? ……まぁ……別に構わないが……」

 見張りの男はいろいろと話してくれた。国の情勢、問題、戦争の意見について、おまけに男の家族のことまで、こと細かく教えてくれた。黒い男は自分の意見を交えながらも、深い関心を持って話を聞いていた。

「なるほどね……お互いの領土を守る戦争か……」

「個人的には和平でも解決しそうな気がするのだが、……いかんせん王が疑り深い気性の持ち主でな。それで戦争状態になっているのだ……」

「やっぱり戦争ってしたくないものなんか?」

「そんなこと当然に決まっておろうっ! ……いや、すまない……」

「いいよ」

「今は小康状態だが、いつ始まってもおかしくない。だからこうして守っているのだ」

「……」

 黒い男は(あご)に手を当て、少し考える。

「どうした?」

 そして、うんうんと頷いた。

「あのさ、頼みがあるんだけどいいかな?」

「なんだ? ここを通せという以外なら」

「うん、通してくれ」

「! なんだとっ?」

「今の話を聞いてよく分かった。和平で解決できる戦争を見過ごせないんだ」

「? どういうことだ?」

 リュックを背負った。

「オレが王様二人を説得してみせるよ」

「! バカな! そんなことできるわけがないっ! 国の門で蜂の巣にされるだけだ!」

「そんなの、やってみなきゃ分からないだろ? それに、こういうことができるのは現段階だとオレしかいない。勝算はある。やらせてくれ」

「し、しかし……」

「頼む。オレも無視できないんだ」

「……」

 見張りの男は深く考えた結果、

「……分かった」

「ありがと! オレを信じてくれな!」

 仕切りのドアを開けた。

「向こう側にいる兵士は敵国の兵士だ」

「そうなんか。なら話は早いね」

 黒い男が橋を渡ると、すぐ脇に同じような体つきの兵士がいた。しかし、(よろい)の色が違う。

「話は聞こえてた?」

「あぁ! 旅人さん! 頼む! 王様を説得してくれ!」

「任せんさい!」

 黒い男は兵士二人に手を振って、進んでいった。

「あいつ……やってくれるかな?」

「あぁ。あれほどの強い意志を持った男は見たことがない。見た目とは裏腹に信念を貫く男だった」

 一方、黒い男の方は。

「何とか通してくれたよ……」

「あなたは時々嘘をつきますが、ロクでもない嘘しかつきませんね。誠実さを逆手に取った巧妙かつ下劣な作戦です」

「うーん、でもまぁ……やってみるだけの価値はあったな」

「もっと悪質なのは、その嘘を“嘘にできない”ことですけどね」

 

 

 真っ白い雲が空を占領する。光など遮断していた。かなり蒸していて、少し動くと汗が玉のように出てくる。

 あるところに一つの橋があった。古びているが、渡る分には全く問題がない。ぶっとい丸太が複雑に組まれ、あらゆる力を分散して耐久性を上げていた。距離は無いものの、対岸を繋ぐ唯一の橋だ。

 その下を川が流れていた。さらさらとゆったりと流れていて、泳いでも悠々(ゆうゆう)と向こう岸に渡れる。音がどことなく気持ちいい。

 橋には見張りが二人いた。こちらの岸と対岸とでそれぞれ一人ずつ。ガタイがよく、ごつい槍を背中にくくり付けていた。

 そこへ二人やって来た。

「疲れました?」

「いや……大丈夫だ」

「ほらほら、無理しないでください。ちょうど良さそうですから、ここで休みましょうか」

「……」

 一人は幼い顔つきの優男だった。無地の白いシャツに下半身をすっぽり覆う鋼鉄製の鎧を着ていた。腰に刀を(たずさ)えていて、ショルダーバッグを肩に掛けている。

「好きにしろ」

 優男はショルダーバッグを置いて、川で顔を洗う。

 もう一人は女だった。

「……ふぅ」

 黒い長髪に色白で泣きぼくろ、黒いメガネが特徴の二十代くらいの女だった。しかし、格好はというと、まるで戦争にいくかのような迷彩服と恐ろしい量の入ったリュックとバックパックだった。右の腰には“ホルスター”が付けられている。

 女はどさりと荷物を下ろすと、近くの木に腰掛けた。滝のような汗をかいている。

「私が持ちましょうか? それ」

 優男は女の荷物を指差した。

「いいと言ったはずだ」

「ですけど、それやばくないですか?」

「仕方ないだろう」

「だから持ちましょ、おっと」

 女は優男の眼前に銃口を突きつけた。ショットガンだった。

「ここでその軽い頭をぶちまけられたいのか?」

「分かりましたからやめましょうって……」

 すっとホルスターに戻した。安堵のため息をつく優男。

 空気が悪くなってまいったのか、優男は、

「えっと、すみませんね見張りさん」

 見張りに声をかけた。

「しかしいいところですねぇ」

「あぁ。本当に良くなったよ」

「? よくなった? 何かあったんですか?」

 見張りはこくりと頷く。

「半年ほど前まで、この先にある国と戦争をしてたんだ」

「戦争ですか。……でも、その様子だとそちらの国が勝ったんでしょうね」

「いや、私の国は勝ってないよ」

「あぁ……じゃあ……」

「いや、負けてもない」

「? じゃあどうなったんですか?」

 にこりと笑った。

「“和平”という形で終戦したんだ」

「へぇ……それはすごいですね」

 優男は女を一瞥(いちべつ)した。すーすーと健やかに眠っていた。内心、胸を撫で下ろす。

「よくできましたね」

「あぁ。俺の父がここの見張りをしていた時に、旅人がやって来たらしい。それであれこれと話しているうちに旅人が説得するって言ったそうだ」

「お父さんは話し上手な方だったんですね」

「いや、旅人が“そういう気性”だったらしい」

「一体どんな方だったんです?」

「写真とかはないけど……あっちの岸に石碑があるよ。良かったら見てってくれ。俺達の英雄なんだ」

 優男はささっと渡り、橋の近くにあった石碑を見た。

「……“ここに両国の誇りと友愛を記す”……そういうことでしたか」

 さささっと戻ってきた。

「よほど素晴らしい方だったんでしょうね」

「だが残念なことに、誰かがイタズラをして英雄の名前を削り取ってしまったんだ。だから名前を知っている人はいないんだよ。発表される前だったらしくて……あぁ、誰なんだろう。今でもその話題で持ち切りなんだ。……気になるなぁ」

「……」

 優男は会釈して、女を、

(あね)さん、姐さん」

 起こした。

「ん……ん?」

「荷物、持ちますよ」

「あぁ……頼む……」

 ぐいっと女の荷物を背負った。

 女は目を擦りながら立ち上がった。

「ねぇどっち……?」

「こっちです」

 女の手を取り、橋を渡っていく。

「近いですよ」

「うん、わかった……」

 無邪気に欠伸をして歩いていく女。

「その前にお腹へった……」

「もう少し先に国があるようなので、そこで昼食にしましょうか」

「うん……」

 二人はそのまま歩き去っていった。

 

 

 しとしとと雨が降っている。灰色の分厚い雲が空一面を覆い、どことなく心を掻き立てるような色合いをしていた。

 雨のおかげなのか、蒸し暑さは和らぐ。しかし、厚めの服装をしていれば自然と汗が滲む。

 目の前に一本の橋が差し掛かる。丸太でしっかりと組まれ、頑丈そうだ。

 その下には濁流と化した川が流れていた。雨音と相まって、轟音を走らせながら、あらゆるものを下流へと押し流していく。幸い、橋は増水分を計算した高さだったため、渡ることはできそうだ。

 そこへ一人がやって来た。透明のレインコートの下にカーキ色のセーターを着て、紺色のデニムに茶色のレインブーツを履いていた。

 辺りをきょろきょろとしている。

「……」

 まるで誰かを捜すようだったが、いないと分かると、そそくさと川を、

「わっ」

 渡れなかった。

 偶然、波打つように橋を飲み込み、水飛沫を上げる。その旅人は渡ることを断念した。

「これじゃ渡れないね」

 特に困った様子はない。むしろ橋の方を見て、にこりとする。

 こすこすと胸にあるポケットを撫でた。もそもそと動き出すのは、

「どうしよっか?」

 もふもふとした生物だった。

 人に話しかけるように、その生物に話しかける。

「……そうだね。でもなぁ……こんな雨じゃ、野宿するのもかったるいしなぁ……」

 旅人の全身を包む雨粒。その裾からもぽつぽつと雨を降らしていた。

 ふっと、後方にあった木々に視線を移す。根本はまだ乾いていた。

「あそこで一休みしよっか」

 旅人はそちらへ行き、レインコートを脱ぐ。ばさばさと扇いで水気を切る。

「もう、見張り番の必要がなくなったのかな? それとも、雨だからいないのかな?」

 ひょっこり伸びていた枝に荷物やレインコートを掛けた。

「ん」

 ずりずりとよじ登る生物。旅人の肩に乗り、すりすりと首にすり付く。よしよし、と頭を撫でる。

「……うん。ぼくもそう思う。そうであってほしいね」

 木の幹にもたれかかりながら、

「……雨、あったかいね」

 空を見上げていた。

 

 

 


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