「……ん、……んぅ……ぅは……ん……ん? んぅ~」
ぱちりと目を覚ました。
「はぁっ……よく寝た……あれ?」
男が目を覚ました。黒いタンクトップに黒いパンツを履いている。露出した部分は筋肉が盛り上がり、無数の傷が見えていた。
きょろきょろと男は辺りを見渡した。
「……」
呆然とする。
「……ここどこ?」
男は立ち上がろうとした。しかし、頭に何かがぶつかる。それは柔らかい“何か”だが、破れそうにない。しかも足を一歩も出せないほどに狭かった。顔が当たって前に行けない。
「……」
頭をわしゃわしゃと掻き出す男。
辺り一面真っ暗だった。遠く彼方まで続いていそうな暗闇。飲み込まれそうで足が
「はっは~ん……これは……夢だな? 夢オチってことだろ」
男は自分の頬を軽く
「いったたた……」
そして再び見回す。
「……」
特に変わらなかった。
「ちょっとよわすぎたんだな? いっでででぇ~!」
今度は半ば本気で抓った。離すと、抓った部分がヒリヒリと赤くなっている。
「これくらいなら、……!」
しかし同じだった。
「なんで? まさか……」
男は自分の顔を二発ほど殴った。左右それぞれだが、金槌でガンガンと打たれたかのように響き、倒れるのを堪えて、脚がぶるぶる震える。
「……これでもか……ってことは……」
ふぅ、とため息をついた。
「オレ死んだのかっぁぁぁぁ!」
がくりと倒れ込んだ。
「まじか、まじかよぉぉ! まだあんなことやこんなこともしてないし、世界だって全部見てない! でも、何が原因で……? 昨日は特に変なことはしてなかったぞ……。長閑な村に着いて二泊ほどして、……それで今日だし……。そうだ、おい! フー! フーぅぅぅっ!」
誰かを呼びかける。しかし、しんと静まり返るだけだった。
「……」
だらだらと汗が湧き出てきた。
「フーが返事をしないだと……? まさか本当にオレは死んじまったのか……? 嘘だろ? ってことは、ここは天国か? いや、まさか天国がこんな真っ暗なわけないはずだ。天国だったら美女とか天使とか、もっと華やかでいい感じの場所のはずだっ。……じゃあここは……地獄っ?」
男は
「し、しまった……。ナイフはセーターの中だ……」
仕方なく、そのまま身構えた。
「いや待てよ待てよ落ち着くんだオレ……人なんてそう簡単に死ぬわけがないんだ。昨日の行いをきちんと思い出せば、原因が分かるはずだ……」
男は
そこはいたって平凡で平穏な農村だ。田畑が広がり、牧場で家畜を育て、ほのぼのとした村人たちが笑い合う。人を騙そうとか殺めようとか、そんな物騒な考えの持ち主は絶対にいない。なぜなら他人を殺める意味がないから。それが断言できるくらいの平穏さだった。
男は全身黒づくめの、見るからに怪しそうな男だった。しかし村に入るや否や大歓迎され、性格や気質からか一気に村に解けこめた。新鮮な野菜や肉をふんだんに使った郷土料理やミルクで持て成され、色々な物を交換した。誰と話しても何を食べても、いや何をせずとも自然に笑みが出る。そんな夢のような時間を二日ほど満喫した。
旅立ちの日、男は村長と会った。ぜひ村に留まって欲しいと頼まれる。あなたほどの人は滅多にいない、だから黙って見送るわけにはいかない、どうかお願いだ。村長は男に最大の賛辞を送った。男にとっては嬉しい限りだ。しかし、
「すみません。ダメ男にはやるべきことがたくさんあります。そうですよね?」
冷淡でキツイ口調の“女の声”がシャットアウトしたのだった。男、“ダメ男”は渋々それに従い、村を後にするのだった。
「……」
ダメ男は黙りこくった。
「……」
そして、
「なんもねぇぇぇぇっ!」
叫んだ。
「あの料理に毒なんてなかったし、寝込みを襲われなかったし! 分からん……分からん……いや、待てよ……?」
ダメ男は立ち上がった。
「死ぬ原因が無いってことは、オレは死んでないってことじゃん! ってことは、オレは不意を突かれて誘拐されたか、どっかに落ちて暗闇に閉じ込められたってことじゃん! なーんだ、あっはっはっははははっ!」
一人で楽しそうに笑う。しかし、すぐに笑みが消えた。
「……で、どうすればいいんだ?」
振り出しに戻る。
「脱出、しかないよな……でも素手で?」
とりあえず、辺りを手探りで調べてみた。柔らかい“何か”は斜めに地面へ落ちるように伝っている。しゃがんでみると、思った以上にスペースがあった。一歩も踏み出せなかったのは下に広いためみたいだ。
がす、
「うわ!」
と何かを蹴ってしまった。暗闇で辺りは見えないが、物が散乱しているらしい。
今度は床を手探りで調べた。すると、
「お」
“何か”を拾うことができた。硬い。軽い。しかし、これで足の小指をぶつけたらそこそこに痛いだろう。ダメ男はそれを想像して悶絶した。
「これが鍵のようだな。よし調べよう」
まずは
「……」
ダメ男はアホ丸出しの顔で、
「あ」
思わず声を漏らしてしまった。
「……」
おそるおそる顔に手を掛ける。
「おはようございます、間抜けさん」
四角い物体が見えた。
「ふふふふっふふふふふふふふっ」
「笑うなよ! バカフーっ!」
「あっはははは! んふふふっ」
「あぁぁっぁぁぁあぁぁ! もうっ!」
薄い青から水色、白へと移り行く空。西の方では夕焼けで微かに橙色が
ダメ男は
「本当にダメ男っていう人は……あははははっ」
「だから笑うなあぁぁぁ!」
「まさか、“アイマスク”をしていることに気付かないなんて……ぷぷぷっふふふ……笑いが止まりません。独り言が喜劇にしか見えませんでしたよっくくくっふふふふぅはっはっははひっ!」
「一日中笑ってんな!」
「“笑う門には福来る”ですよっ! あっははははっ!」
「……もういい」
ぷいっとダメ男はそっぽ向いて全力で走り出した。まるで雑念を振り払うかのように。
「ダメ男、怒らないでください。ごめんなさい」
「謝る気なんかさらさらないくせに……」
むすっとしている。
「本当にすみません。もう笑いませんから、ごめんなさい」
「……」
ため息をついた。
「いいよ。もう」
「そうですか。では言葉にあま……ぷぷぷぷ……あはははっ!」
「そういう“いい”じゃないから! もぅっ! お前ってやつは!」
「でも、ダメ男が珍しく“アイマスク”で寝るなんてことしなければ、起こらなかったのですよ?」
「そ、そうだけど……」
「どうして……くひっ、アイマスクなんてしよ、あひっ、と思ったのですか……っ?」
「……れい」
ぽそりと呟く。
「え?」
「村の人からもらったんだけど、これなら幽霊も見ないかなって……」
「あぁ、なるほど」
「納得してくれた?」
「そうですね」
“フー”は、
「んー」
「?」
「あっはははははっ!」
また笑い始めた。
「そんな理由で、いひっいひひひっ! だめっおはワタシをコわす気ですカ?」
「いかん! おかしくなりすぎてショートしてる! このバカ!」
「壊れてないですよ! まったく、ダメ男は本当に面白い人ですねっ」
ダメ男はあたふたしながらも、
「……ふふ」
一緒に笑っていた。