フーと散歩   作:水霧

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「……ここどこ?」
 男が目覚めてみると、そこは見たこともない所だった。頬をつねっても誰かを呼んでも何も変わらない所。そんな場所で男が見出した活路とは……? お人好しな男と辛辣(しんらつ)な“声”が送る変わった世界の短編物語、八話+おまけ+Request Story収録。『キノの旅』二次創作。





-夜・寝付いて-
はじめ:だいだいいろのよる


 西空に赤みが帯びてきた。そちらの方に雲が多いためか、夕陽に照らされた表は橙色に、その陰となる後方は濃紺系が濃淡で染まる。

 辺り一面に森林が広がっている。地平線彼方まで、その端が見えないくらいだった。夕陽に染まり、葉は橙色に、その陰を色濃く映し出している。

 どうにかして進んでいくと、その端っこが見えてきた。と同時に、せり上がる大地。そして平原。起伏の激しいこの地帯は陰の濃淡も激しかった。

 その先には国があった。立派な城壁に太い城門。鈍重で丈夫そうな木門は大の大人数人ではとても上げられそうにない。

 その中では、

「……」

 二人の男女が対峙していた。男の方は真っ黒のセーターに藍色のデニム、履き慣らした黒いスニーカーという格好だ。荷物であろう登山用のリュックは壁に立てかけるように置かれている。なお、そのリュックには黒い棒状の物が横から貫いていた。

「……」

 女の方は見た目からして騎士だった。銀色の装飾にところどころ剥げた甲冑、頭部は露出し、固く強張った表情が窺える。金色の長髪を左右に束ねつつも編みこんでいる。よく見ると瞳の色が微妙に違っていた。左目は黒茶色だが、右目はそれに赤みが強い。

 女が黒い男に近寄る。背中に背負った身長大の剣が甲冑と接触し、金属音を奏でる。

「……どうしても行ってしまうのか?」

「……ごめん」

 思わず、足が止まってしまった。どう受けとめていいか曖昧だった。

 もどかしそうに目を伏せる女騎士。

「目的は……なんだ?」

 不安そうな表情を見る黒い男。黒い男にもその不安が伝染(うつ)る。

「……言えない。……それだけは、絶対……」

 しかし、その瞳には決意があった。

「!」

 きらびやかな金属音。女が背中の剣を抜いた。ずっしりと重そうなその剣は軽く当たるだけでも首が飛んでしまいそうな、そんな恐怖感を煽るようだ。

「……行かせない」

 剣を握る両手に力が込もる。

「……どうしてもか?」

「行かせん……絶対に……」

「……どうして……どうしてそこまでオレに……気をかけてくれるんだ?」

 夕空がだんだんと夜空に移り変わっていく。ほのかに温かみを感じた色も灯火が消えるようにそっと消えた。

 少し経ってから、城下町に明かりが灯る。どういう仕組みなのか、透明な筒の中の燭台から、炎が吹き出ている。

 明かりが二人の影を作る。

「……」

 小さく、でも気負ったため息。喉から掻き出したい言葉を押さえつけているようだ。

 それを促すように、黒い男が続ける。

「恩返しは満足にできなかったから、またこの国に戻るよ。……それじゃ駄目なのか?」

「……駄目だ」

「……」

「お前を信じてはいるが、そんな言葉……何の確証もない。片時も……離れたくないのだ」

「あんたは戦争でこの国から離れるのにか?」

「私は死なないからいい。だが、お前は違う」

 片方の陰が一つになりたそうに、動き出す。

「お前は私が守る。……だから、ずっとこの国にいて……」

「…………」

「私は……お前が好きなのだ……」

 

 

 




夜は包み出す。あなたの心の光を守ろうと……。



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