フーと散歩   作:水霧

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「弱いからって何してもいいのか?」
「当然! 弱肉強食はどの世も常だろ?」
 暴漢に襲われていた女を助けた男。白昼堂々とんでもないことをする暴漢に、気持ちが昂る男は争うことになるが……。お人好しな男と辛辣(しんらつ)な“声”が送る変わった世界の短編物語、九話+おまけ収録。『キノの旅』二次創作。





-昼・出掛けて-
はじめ:みずいろのひる


 どうして空はこんなにも青いのだろう? どうして海はこんなにも青いのだろう? どうして大地はこんなにも澄み切っているのだろう? あの時の私はどんなことを微塵にも考えたことがなかった。

 私はとても愚かな男だ。後世に伝える必要のない、いや、後世に伝えてほしくない私の愚行を、ここに記しておきたい。後世に伝えなくてもいい。しかし、誰かに知ってほしいのだ。理想という光がどれほど眩しくて綺麗で、人を甘美にさせるのか。そして、現実という陰がそれほど暗く淀んでいて、人を……強くさせるのか。

 人は誰しも苦しみたくはない。自ら進んで苦しみを味わおうという者はいない。もし、そういう者がいたとしても、それはその先にある光を見出しているからだ。それがなければ、苦しみなど避けて当然なのだ。現実、この私もその光を見出していたはずだから、愚行を続けていたのだ。

 それを気付かせてくれたのは、他でもない現実にいる人間だった。とても大切な、かけがえのない人。私より若いのに、私よりずっと強い人。当然だ。その人は苦しみを自ら味わうことで、決してへこたれない、強い心を育て上げてきたのだ。それはある種の才能、天性とも受け取れる。私とは全く似つかない、理想の心だ。

 能書きはここまでにしておいて、私の愚行を書いていこう。とても愚かで、とても醜い私の人生を。

――

 

 

「……」

「……」

 男は困っていました。

「……えーっと……」

「……」

「あの~、そのー」

「……」

 とある一室に、男と女。男の反応からして襲おうという状況ではないことは明らかです。

 女、というより女の子という方が正しいです。緑を基調とした女の子らしい、でもお(しと)やかなドレスを着て、窓辺のテーブルに着いています。そして日向ぼっこしながら読書をしていました。

「あの、聞いてます?」

「……」

 男の問いは虚空に消えるばかり。

「オレ、何か君にしたか?」

「……」

 怒っているわけでもなく毛嫌いしているわけでもありません。ただ女の子はそこら辺のベッドや化粧棚、タンスと同等にしか関知していませんでした。つまり、男は眼中になかったのです。

 男は別段、怒らせるようなことや悲しませるようなことはなかった、と思っています。しかし、それでも心配になり、その原因になるだろう出来事を、頭の中で必死に探ることにしました。

「はぁ……なんでこうなったかねぇ……」

 男はうーんと悩みました。

 この始まりは数時間以上前から(さかのぼ)る必要があります。

 

 

 




昼は動き出す。あなたの体に光を包もうと……。



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