フーと散歩   作:水霧

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第二話:きびしいとこ

 とある街の一角。女三人が集まってひそひそ話をしていた。

「……またやるんですってえ?」

「そうなのよ。迷惑極まりないわ」

「あんなことして帰ってくると思ってるのかしらねえ。それに罪人でしょ? さっさと死ねばいいのよ」

「ほんとよねえ。まぁ、あたしらには何の関係もない話だけど……うちの犬が鳴きわめくのがストレスなのよねえ」

「それにまた来たんですって?」

「またなの? ほんとに物好きってのは減らないものね」

「“戻らずの街”って知らない世間知らずさんなのよきっと」

「えぇえぇ。変なことにならなきゃいいけど」

 女たちは適当に雑談して、適当に散らばっていった。

 

 

「そこのあなた、止まりなさい」

「はい?」

 緑の服を着た偉そうな中年男二人に呼び止められた。両肩に紋章のようなマークがついていて、胸ポケットにはホイッスルが入っており、右腰と左腰にはそれぞれ木の棒と拳銃のホルスターがかかっている。黒いつばの帽子にも同じ紋章がつけられていた。

 呼び止められた青年はその一連の服装を見て、

「どちら様?」

 返事した。

「私は警察だ」

「け、“けーさつ”?」

「とりあえず、一緒に来なさい」

「なぜに? ただ歩いてただけなんだけど?」

「全身黒尽くめだからだ。いかにも怪しい」

「おいおい、見てくれだけで判断してもらっちゃ困るよ」

 悪いな、と男は関係なさげに立ち去った。しかし、

「大人しくするんだ!」

 別の仲間に取り押さえられた。右腕を背中に回され、関節技をキメられている。

「いっづ、何すんだよ! は、なせよ!」

 最初の男は無線機を取り出して、誰かと話している。青年は咄嗟(とっさ)に左手で服の中をまさぐり、

「!」

 取り押さえていた男の腕を()(さば)いた。

「ぎゃあぁぁぁっぁぁ!」

 男を蹴り飛ばし、体勢を整える。

 両手でナイフを握っていた。黒い骨組みの(つか)に、その隙間には透明な膜が張られている。刃も黒く、刃渡りが拳三つほどの長さだ。柄も同じくらいの長さがある。仕込み式ナイフだ。

 刃から赤い液体が(したた)る。

「おい! 応援を呼べ! 今すぐに射殺するんだ!」

「!」

 それを聞いた青年は、

「射殺だってぇ……? イカれてるのかよ……?」

 たまげた。

 落ち着く間もなく、増援部隊がぞろぞろやってくる。全員ごつい銃火器を背負っていた。

 青年の顔色がサーっと冷めていき、

「あ、あんなの勝てるかっ!」

 脱兎のごとく逃げ去った。

 

 

 城下町だった。敷居の高い城壁に切り石舗装のされた道、頑丈そうな家がびっしり建ち並んでいる。街の真正面には城が続いていて、それを囲むように家が建ち並んで道を作っていた。そこは大通りと呼ばれているらしい。そこから離れていくにしたがって、小道、裏道へとなっていく。

 青年はとある裏道で壁に寄りかかっていた。全身黒尽くめで上着にフード付きのセーター、下はジーンズを着ている。セーターは裾も袖も長く、フードにはもこもこのファーが付いている。

 足元には山登り用の黒いリュックが置いてあった。棒状の黒い物体が横から突き刺さっている。

「噂通り、すごい街ですね」

 青年の声でない、大人びた女の清涼な声だ。

「……けーさつかぁ」

 お尻や裾を軽く(はた)く。

「警察とは、国民の生命・身体・財産の保護、犯罪の予防・捜査、社会秩序の維持を目的とする行政や組織のことを指します」

「……?」

「つまり犯罪やテロなどの予防とカウンター、国民の安全を確保するための組織です」

「……知ってるし」

「そうですか」

 青年は先ほどのナイフを取り出し、水に濡らしたタオルで丁寧に拭く。そしてナイフをセーターの内ポケットに、タオルをリュックにしまった。

「オレが犯罪者に見られたってわけか」

「警察には“職務質問”といって、不審者の素性や行為について問い(ただ)すことができる権利があるのです。ダメ男はおそらく不審者と疑われて、呼び止められたのだと思います」

「……ムカついて反撃したけど……悪いことしたな……」

 “ダメ男”と呼ばれた青年は鼻で笑った。

「ダメ男は犯罪なんてするほど高性能な頭はないのですがね」

「ぶん投げるぞ、フー」

 セーターの中から水色の四角い物体を取り出した。黒い紐で繋がっていて首に引っ掛けてある。ため息を漏らして、セーターの前にぶら下げた。四角い物体が左右に揺れ動く。

「それで、どうします? ダメ男のせいで、ゆっくり観光できなくなりましたね」

「オレ何かしたか……? 普通に歩いてただけなのに……」

「逃亡した方が安全だと思います」

「一週間かけてやっと到着したのに……一時間も居られないって何なんだよ……」

 ダメ男がしくしく泣いて、街から出ようとした時、

「君、先ほど逃げたよね?」

「……はい?」

 両手に何かがかけられた。

「えっと、公務執行妨害と傷害罪、銃刀法違反で……四時二十分ちょうど、逮捕!」

「なにいぃぃぃぃっ?」

 がちゃがちゃと揺れるそれは手錠だった。

「なるほど。現行犯逮捕ですか。これは言い逃れできませんね」

「だまらっしゃい!」

「君が黙りなさい!」

 ダメ男は六人の警察官と一緒に城に連れて行かれた。

 

 

 まるで下水道かと思うくらい薄暗い通路に汚い汚い(おり)が並んでいる。細かく立てた鉄柵があるだけの簡素な作りだが、巡回がいるせいでどうにもならない。

 いくつもある檻の一室に、ダメ男はいた。ジーンズに黒いシャツ姿で、荷物は全て没収されている。仕込みナイフや隠しナイフも取り上げられているのに、

「なんでお前は大丈夫なんだよ、フー……」

 首飾りとして繋がれている四角い物体“フー”は没収されていなかった。

「さほど重要視されていないようです」

「大した物じゃないってことか。よかったな」

「そうですね。ダメ男が没収されなくてよかったです」

「オレは物じゃないから。レッキとした人間ですから」

「人間は人間でも、ダメでゴミでクズで役たたずな存在ですからね。問題視されなく当然でしょうね」

「もうちょっと毒舌弱めない? 涙出てくる……」

「涙は先程流していたではないですか。さっさとこの城下町から脱出すればよかったのに、めそめそ泣いているからこうなったのです」

「……オッシャルトオリです。本当にごめんなさい。何とか脱獄します……」

「無理です。ダメ男はこの城下町の二つ名を忘れたのですか?」

「……あ」

 ダメ男は固まってしまった。

「“戻らずの街”です。変なことを仕出かせば、二度と外に出ることができないと、前日の遊牧民の方がおっしゃっていたではないですか」

「……まさか」

「はい。だから生きているうちに一杯会話をしておこうとしているのです」

「……」

 ダメ男の顔に血の気がなくなっていく。

「没収しないのはせめてもの情けでしょう。あるいは、ここの監獄は鉄壁だと誇示しているとも考えられますが」

「そ、そんな……」

 そこに緑の制服を着た男がやっていきた。

「よ、犯罪者」

「オレ……死ぬのか?」

「あぁ。この街では犯罪者は例外なく死刑にする鉄則がある。どんな小さな犯罪でもな。住民はそれを知ってるから何もせずに平和に暮らせる。逮捕されるのは、だいたいがお前みたいにアホな旅人や浮浪者だな」

「マジカヨ……」

 だらだらと汗が止まらない。

「オレは何も知らなかったんだよ……」

「それ、捕まった連中が口を揃えて全員言うぜ? そんなんが通じる街じゃないんだよ。諦めな。相棒も一緒に壊してやるから、安心して旅の続きをしてくれ。……あの世でな」

「……」

 男は薄気味悪く笑いながら立ち去っていった。

「くそ~! ここから出せ! 出せよ!」

 ダメ男は鉄柵をがつがつ揺らして騒ぎまくった。

「出さないと爆発するぞぉぉ! 出せ出せえぇぇっ!」

「意味が分かりません」

「うるさい! とにかく出してくれよぉぉ!」

「うるせえよ、ダメ男」

「?」

 後ろを見ると、壁にもたれている男がいた。かなり年を取っているようだが、肌黒く筋骨隆々としている。不精髭を生やしたダンディな男だ。

「あなたは?」

「俺もあんたと同じような境遇のもん……パークだ。……その首飾りがフーであんたがダメ男だな? 話はイヤでも聞こえたぜ。相当なマヌケだってこともな」

「……」

 ジョークだジョーク……、パークは呟いた。

 ダメ男はパークを睨み付けている。

「パーク、どうにかしてここから抜け出せないか?」

「無理だな。ここは“文字”で平和を守ってる街だ。そのくせ、武器も防御システムも最高レベル。もはや脱出は不可能だ」

「……文字?」

「つまり法律によって、ということです。だからダメ男なのです」

「なんだと? 壁に投げつけてやろうか?」

「なるほど、道連れにするわけですね?」

「……」

 ダメ男は深くため息をついて、鉄柵に寄り掛かった。

「さっきの看守も言ってたが、ほんのちょっとの出来心で悪いことしたら即刻死刑だ。基本的に情状酌量も冤罪も認められない。疑われた者は皆死刑、それがここの掟みたいなもんだ」

「じゃあ止むを得ず、ってのは?」

「ここは施設や制度が充実しているから、そんな事自体が起こらないらしい。例えば介護疲れでの殺害はまずない。もれなくお手伝いが世話してくれるからな」

「……なんでこうなったんだ……」

 頭をしゃくしゃく掻く。

「一番酷いのが強盗殺人と強姦殺人、もしくは未遂だ。被害者遺族が死刑の方法を決定することができる」

「……まじかよ」

「公衆の面前で加害者の“××”をぶった切って(なぶ)り殺し。……これでも軽い方だが、やはりそれ相当の死が求められるようだ」

 一筋の汗。額からあご先へ流れ、床に落ちた。

「フー、電池は?」

「三十三パーセントです。約二時間五分もちます」

「そうか……」

 ごろりと寝っ転がった。

「ちなみに死んだフリとかは無意味だからな。牢獄にぶちこれた時点で、むしろくたばってもらった方が好都合だから、ほっとかれるのが関の山だ。そのままだと焼却場に捨てられるぞ……」

 すくっと起き上がった。

「そうやって死んでいったやつが多かった」

「パーク様は詳しいのですね」

「ここに三十年もいれば嫌でもな……」

「さ、三十ねんっ?」

 ダメ男はビックリして飛び起きた。

「もう諦めてるけどな。脱獄するより、看守と仲良くなった方が案外面白いぞ。今までの話も全部連中の受け売りだしな」

「こんなところで朽ち果ててたまるか……!」

「……ふ」

 ダメ男はあらゆる脱出方法を模索したが、いい案が一つも浮かばなかった。しかし、フーとパークは、

「一体どんな仕組みなんだ、フーは?」

「それはお教えできません。何しろ極秘扱いで取引してもらっているものですから」

「そうなのか。無線機とは少し違うな。独りでに喋るタイプは初めて見る……」

「国や街によっては存在するらしいですよ。それでも、取引した所では極秘にとお願いされましたが」

「退屈しないだろうな」

「はい。カラオケ機能もありますよ」

「へ~。カラオケか……。ずっと昔、音楽が盛んな街でカラオケをしたことがあるんだが、知らない曲ばっかりで楽しさがイマイチ分からなかったよ」

 なぜか談笑していた。

「では、改めてカラオケしますか? パーク様がご存知の曲も検索できますよ」

「本当かっ? じ、じゃあぜひ、」

「何勝手にカラオケしようとしてるんだ、よ!」

 フーにデコピンをくらわせた。

「痛いです」

「電池もったいないからするな。しかもお前のカラオケは音痴なハミングしか……じゃなくて、なんで二人で馴染んでんだっ」

「“GOに入りてはGOに従っちゃいNA”というでしょう?」

「ノリかるっ」

「……」

 冷たい視線が一気にダメ男に向けられた。

 とりあえず、ひとまず、逃げるように外を眺めてみた。街の情景を見られる小さな窓で、大方全体を見渡せる。

「!」

「どうした?」

「どうしました、ダメ男?」

 パークもダメ男の所へ向かうと、

「……何かたくさんの人が押し寄せてる。こっちに向かってるみたいだ」

 険しい表情で見渡した。

「……デモか」

「そうみたいですね」

「で、“でも”?」

「“デモ”ってのはざっくり言うと、同じ思想を抱く人間が集団となって政府に抗議することだ。デモンストレーションの略語だ」

「そんなことも知らないのですか? ダメ男はやはりダメ男です」

 ダメ男が若干涙目になっていることに、誰も気に留めなかった。

 城へ続く大通りに溢れんばかりに人が敷き詰められている。中には文字を書いた帯を持って行進している集団もいた。しかも一声に何かを叫んでいる。

 三人は耳を澄ました。

「……」

「どうやら、死刑反対に抗議しているようだな。垂れ幕にも書いてあるし」

「混乱に上手く乗じれば、脱獄できるかも……」

「可能性としてはあるが……弾圧され、」

 その瞬間、

「!」

 耳を覆うほどの爆裂音とともに、集団の一部が焼き尽くされた。ごうごうと燃え上がる炎、黒ずむ道、何より肉片や人も焼かれ、やがて動かなくなっていく。それが二、三と続き、怒号と叫び声と金切り声が街中を埋め尽くした。

「実力行使に出ましたね。凄まじすぎます」

「……」

 パークはダメ男をちらりと見る。

「……」

 ダメ男は唇を噛み切って血を流し、手を握りすぎて手からも血を流していた。顔を真っ赤にしてふるふると震えている。

「ダメ男、落ち着いてください」

「何が死刑だよ、ふざけやがって……! あいつらだって人殺しじゃないかっ!」

「確かに、これはいき過ぎだな。でも確かデモ行為も禁止行為、つまり犯罪だったな。まぁ、簡略的死刑ってことに尽きるな。仕方ない……」

「仕方ないの一言で片付けるなよ!」

 パークの胸倉を思い切り突き上げる。しかし、パークは顔色一つ変えずに、むしろ鼻で笑う。

「ダメ男、落ち着きましょう。こんなところで争っても何にもなりませんよ」

 ダメ男はぱっと解放する。かと思えば、鉄柵の方に向かうと、殴りつけた。

「おい! お前らだって人殺しだろっ! お前らも死刑にされるべきじゃないのかよぉっ!」

 拳の皮がずるむけて、ぽたぽたと床を赤く濁している。鉄柵にもへばり付いていた。

「はぁ……、はぁっ、つう……ふざけんなよ……」

 しかしずっと殴っても誰も来ない。ダメ男は疲れ果てて、へたり込んだ。

「……若いな、ダメ男は」

「いや……フーの言う通りだな……。オレはダメでゴミでクズで役立たずなのかもな……」

「そんなことはありませんよ、ダメ男。そのおかげで、脱出できそうですし」

「……へ?」

 パークがダメ男の殴った一本の鉄柵を、力任せに引っ張ると、

「……」

 抜けた。

「“デカの校長”ですね」

「……正義の味方の校長先生みたいな……、イジメは絶対に許さんぞって言ってそうな、」

「だからダメ男なのですよ」

「うっさい。“怪我の功名”だろ」

 二人は鉄柵が抜けた隙間を何とか通り抜け、檻から出ることに成功した。

 左右に通路が続いている。パークは迷わず右に走っていく。ダメ男もそれに続いた。

「なんでこっち?」

「まずは荷物の奪還だな。こちらには死刑囚の荷物が保管されている部屋がある」

「さすがですね」

「まぁ、とりあえずその手をなんとかしないとな」

 流血が激しくなってきた。

 一本道を走っていくと、突き当たりに部屋があった。窓もなく表記もないが、パークはドアを思い切り強引に蹴破った。恐ろしく(へこ)み、遂にはドアの蝶番がへし折れた。

「……」

 ダメ男とフーは何も言えなかった。

 部屋を見渡すと、広大なスペースとそこに配置されている膨大な数の金属製の棚、ダンボール箱しかなかった。ダメ男は目についたダンボールを調べてみる。

「……名前……ってことは……」

「間違いない。ダメ男のは多分こっちだ」

 そう言ってパークは奥に向かった。いろんなところを曲がっていき、あっという間にいなくなってしまった。ダメ男は仕方なくフーの指示を聞きながら突き進み、

「広すぎるだろ……」

「何千人の単位で保管さていますね。よほど罪を犯した人が多いのでしょうね」

「しかも即刻死刑だもんな。そりゃあ物も多くなるだろうな」

「しかし、なぜ保管しているのでしょうね。処分すれば、こんな部屋も必要ないはずでしょうに」

「さぁ。むしろオレが捕まったことに疑問を感じるよ」

「まるで極悪犯のような台詞ですね。一回生まれ変わってはどうですか?」

「それ、さりげなく死刑を受け入れろって言ってるよな?」

「別に死んでくださいとは言っていません。ダメ男の捻じ曲がった根性と性格を叩き直したら、」

「ちょいまち!」

 急に足を止めた。二、三歩後退して、右の棚に目を向ける。

「これはパーク様の荷物みたいですね。三十年前にしてはダンボール箱が新調されているようにも見えますが、」

「そんなことはどうでもいい。持っていこう」

 フーの言葉を遮って、ダメ男は入口に戻って行った。すると、

「それは俺のみたいだな。ありがとう」

 パークが既にいた。足元にダンボール箱がある。お互いにそれを交換し、

「よかった~。丁寧に仕舞ってある。壊してたらショックだった……」

「早く準備しろ」

 いつものスタイルになった。ダメ男は黒いシャツの上から黒いジャケットを羽織り、リュックを背負い込む。一方のパークは白い長袖のシャツに青いジーンズを着て、小さなショルダーバッグを持っていた。

「行くぞ」

「ちょっと待ってっ」

 ダメ男は強引にパークを引っ張った。反論しようとしたパークだが、瞬時に状況を把握した。そのまま部屋の奥へ逃げていった。

 入口の方では看守が一人、こちらに来ていた。本来閉まっているはずの保管室がなぜか蹴破られているのに不審がっていた。すぐに無線を飛ばすが、

「こちらパトロール。何者かが脱走しているようだ。至急、応援を頼む」

〈こちらは国王の護衛とデモ隊を追い返すので人員を()いている。脱走者は放っておけ。お前と残り二名は犯罪者の監視と巡回を続行せよ〉

「? 了解」

 なぜかその場を離れていった。

 ひょっこり入口から顔を覗かせるダメ男。とても怪訝(けげん)そうだった。

「早く行くぞ。今がチャンスだ」

 ダメ男を尻目に、パークは颯爽(さっそう)と走っていく。

 ダメ男も彼についていくのだった。

 

 

 外はすっかり夜更けになっていた。ただ、まん丸の月が目映(まばゆ)く照らしてくれている。その圧倒的な存在感のせいで、つぶつぶの星が目立たなくなっていた。その月の直線上にあの国があり、煙が舞い上がっている。しかし、何も音はしなかった。

 そこから遠く離れた所に森があった。

「久しぶりにこうして地上に立てたな……」

「オレは何時間ぶり」

「そうですね」

 二人はその森の中で木を背もたれにして座っていた。ちょうど木々や葉の隙間から月光が差し込んだ所にいた。光のない周りは暗黒と化している。

 二人とも頭から汗を滝のように流している。

「今思えば、パーク様はよく死刑にされなかったですね」

「人数が多くてな。俺の死刑執行は約一ヵ月後だったんだ」

「……それにしても、運が良かったなぁ……。何で簡単に脱出できたんだろう?」

「ダメ男の言う通り、デモの混乱に乗じて脱獄したまで。どうやら相当悪運が強いみたいだ」

 パークはショルダーバッグを漁ると、

「!」

 ダメ男にそれを向けてきた。

「ぱ、パーク……?」

「そういうことですか」

 フーはいたって冷静に把握していた。“それ”は月光で黒光りする。

「そういうことだ。悪いが大人しくしてもらうぞ」

「そ、そんな……!」

 ダメ男が手を袖に引っ込めようとした瞬間、

「!」

 顔の横すれすれを何かが通り過ぎた。やがてじわじわと血と痛みが滲み、染み渡っていく。

「殺す気はない。同志だからな。荷物を半分置いてもらう」

「だからパーク様の荷物が少なかったわけですね」

「計算してたわけじゃない。本当はもっとあったんだが、使い物にならないものは看守に処分するように頼んだんだ」

 パークがダメ男の元に近づき、近くにあったリュックを物色し始める。しかし、銃口がダメ男から離れることはない。

 汗一粒が勢い良く傷跡に伝い、血を含んであごまで伸びていった。赤い軌跡が新たにできあがる。

「大丈夫だ。何度も言うが殺す気はない。残した物だけでも十分生きのびれるから心配するな。……それと、」

 今度は直接ダメ男に向かい、胸元を(まさぐ)る。

「フーはもらっていくぜ」

 フーを繋ぐ紐を引きちぎり、持っていかれた。

「じゃあな」

 パークは闇の中に消えていった。ダメ男は安堵のため息をつくと、その場に横になった。

 

 

「う、うぐ……」

「遅かったですね、ダメ男」

「……」

「おっまえ、しょくりょ……に毒を、」

「じゃあな」

「ぎゃっ!」

「……」

「ダメ男」

「……」

「ぎゃ、ぎゃ、あ、ああっ! がっ! ヴ! ヴ! ヴ! ぅ…………」

「……」

「手を止めてください」

「……」

「も、もう死んでいます! ダメ男!」

「……」

「ダメ男!」

「はぁ……はぁ……はぁっ」

「ダメ男」

「……確かにパークの言うとおり、オレは悪運が強いらしい」

「ダメ男らしくないですよ。どうしたのですか? しっかりしてください。泣かないでください」

「……泣いてない。汗かいてるだけだ。それに、ほっといても毒で死んでた」

「確かにそうですが、何もめった刺しにしなくとも、」

「ごめん。……少しまいってるかもしれない」

「こうなることは見越してはいましたが。とにかく、ダメ男の応急処置を施しませんか? ただでさえ怪我をしているのに、握る力が強すぎて掌からも出血しています。もう痛みを感じないのではないですか?」

「いい……」

「ダメ男、痛くないのですか?」

「大丈夫」

「大丈夫というのは、痛みがあるけど我慢できる程度だ、ということに、」

「いちいちうるさい! 黙ってくれ!」

「す、すみません」

「……いや、ごめん、ごめんな。いつも心配かけて……」

「そういえば、こうやって裏切られるのも久しぶりですね。でも、パーク様は恐喝と強盗、傷害の罪で死刑で、」

「フー、ここはあそこじゃない」

「そうですね。それでダメ男、落ち着きましたか?」

「あぁ……。今日はもう疲れたよ」

「それならもう少し先に行きましょう。死肉を貪りに動物たちがやってきますし、この森は危険です」

「……そういえば、村があったっけ?」

「正確には遊牧民の集落です。もう一度そこにお邪魔しましょうか」

「そうだな、そうしようか。今日は散々な日だなぁ……」

 

 

 一方、その頃。

「……よく来てくださった、旅人さん」

「いえ」

「でも、警備隊隊長直々ってことは何かのお願いがあるってことだよね」

「いかにも」

「それって何ですか?」

「実は二日ほど前、男が二人脱走してしまいまして、その捕獲を依頼したい」

「生死のほどは?」

「こだわりません」

「そうですか。では、こちらに任せていただいてもいいんですね?」

「もちろん」

「その前に、見返りはなんなのさ? 極悪犯を捕まえるんだから、それなりじゃないと困るよ」

「あなた方に必要な物を全て取り(そろ)えましょう」

「一応、三日間の内に必要な物は補充させてもらいましたけど……」

「それならば返金をした上で、豪華な食事とスイートルームを三日分ご用意しましょう」

「引き受けました」

「はやっ」

「それはありがたい! これを使えば連中の居場所は分かるでしょう」

「ありがとうございます。それじゃあ早速行ってきます」

「頼みましたぞ」

「絶対に成功させます」

「現金だなー」

 

 

 


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