「こんな絶景で食べるランチは最高だよ」
緑豊かな山奥に構えていたのは“海が見えるレストラン”。たまたま入店したある男と“声”はランチを美味しくいただいていた。そんな店を出た男に降りかかる衝撃の事実とは……! お人好しな男と辛辣(しんらつ)な“声”が送る変わった世界の短編物語、八話+おまけ収録。『キノの旅』二次創作。
はじめ:くろいうみ
海辺での暗い夜だった。曇り空なのか真っ暗で何も見えない。しかし、その中でぽつりとホタル火が灯っている。その近くに三角錐のテントが明かりに染まる。その周囲も一緒の彩りだ。
そこに
明かりに背を向けて、その波を誰かが見ていた。足を折り畳んで体操座りで。ただ、じぃっと見ていた。
「……す……す……」
どうやら眠っているみたいだ。
「…………す……」
顔は暗くてわからないものの、心地好く息をしている。
「ほら、駄目ですよ」
どこからか声がした。その人の方からだ。
「……ん」
「風邪を引きます」
「……」
優しい女の“声”だった。彼女はその人の肩に毛布をかけて上げた。それを愛おしむように、頬を擦り合わせる。ふにふにしている。
「相変わらず寝相が悪いですね」
「……んぅ……」
ゆらゆらと明かりが波打つ。
ふと、ひゅうっと風が吹く。唯一の明かりが風になびき、ふっと消えてしまった。
「消さないとぐっすり眠れませんものね」
ふ……、と“声”が声だけで微笑した。
再び辺りは真っ暗になる。
「ふあ……?」
明かりが消えたことを察し、誰かが目を覚ました。口元が緩んでいたのか、たらたらと
「……はれ……あかりは……?」
明かりがあったであろう方へ向く。
「消えましたよ」
「けしてくれたの……?」
「そうですね」
「……そっか……」
「少し話をしませんか? 暇です」
「ひいよ……」
「と言っても話題がありませんね。話し尽くしましたし」
「ふぁかんない……」
「あらあら、ほら、よだれを拭いてください。セーターに付いてしまっていますよ」
「いいょ……」
「?」
「いぃ……すぅ……」
「?」
「すぅ……すぅ……」
「話したいのか眠りたいのか、意外と欲張りさんですね。もしもう一回やったらどうなるのでしょうかね」
「……ふぬ……」
「これ以上はただの悪戯になってしまいますね。では、おやすみなさい、欲張りで優しい人」
「……かれぇ……いいなぁ……」
「そして面白い人」
それから、二つとも“声”はしなくなった。
それから、時が経って空が白けてくる。海は東側だったようで、少しもしない内に日が昇ってきそうだ。暗色が明色へ変わり、黒から緑、黄色へと変わり。ついに、太陽が顔を出した。黄金色に輝く朝日に、思わず目がくらむ。
その光も相まって、波も踊り出す。宝石を散りばめたような煌き。その煌きはとても温かく、優しかった。
海は叫んでいる。素直に、純粋にと……。