ペルソナQ ~資質ゼロだったはずの少年の物語~ 作:甲斐太郎
形容しがたいナマモノへと変貌を遂げた私たちであったが、第三の迷宮である放課後悪霊クラブの探索は恙無く進めることが出来ている。
ホラー要素にビビリもしなければ動じもしない鋼鉄の心臓を持つ優ちゃんに、喜怒哀楽がまったく分からなくなった総司くんに加え、西洋のドッキリに出てきそうな姿となったアイギスというメンバーが率先して前を歩いてくれるので、後方からついていく形になった私たちは何かがあっても心的ダメージは少なく済んでいる。
「皆さん、こんなん見つけたであります」
そう言いながらゴスロリを身に纏った西洋人形もといアイギスが駆け寄ってきた。絹の手袋をつけた掌に乗せられていたのは古めかしい年代ものの鍵。私はその鍵を受け取ってそれが何の変哲もない鍵であることを確かめる。情報を他のメンバーにも共有するために白鐘さんに鍵を渡した私は部屋の中をくまなく調べる優ちゃんと総司くんの兄妹の行動を眺める。
「トクニシカケハナサソウ」
「まぁ、序盤だしね。とりあえず、壁や床の雰囲気的に古い学校がモチーフになっているっぽいね。ということは、学校の怪談系か」
「ハシルジンタイモケイ!」
「音楽室の肖像画の目が動く!とかね」
鳴上兄妹は顔を見合わせてベタなものからマニアックな学校の怪談の候補を上げていく。私はそっと振り返る。すると案の定、千枝ちゃんとゆかりが手を取り合い涙目になっており、玲ちゃんも善くんに抱きついてガタガタブルブルと顔を青くして震えていた。会話しているのが、パッと見て外見がロボとのっぺらぼうだから尚更怖いし。
「優ちゃん、総司くん。考察はもういいから先に進もうか」
「…って階段を使わないといけな。っと、了解しました」
のっぺらぼうが会話を中断してこちらを見て敬礼してくる。うん、落ち着かないから変な仕草は心底やめて欲しい。そんなやり取りをしながら進むと開かない扉があった。手に入れた鍵を使うも開く気配がなく周囲の探索を行うことになったのだが、怖がりの3人が動きたくないと駄々をこね始める。
「もうやだぁ!ここでもふもふしてるー!」
「いや、だって私も手がこんなだし、シャドウとも戦えないしさ」
「なはは……。玲ちゃんに尻尾掴まれているし、私もここで待っているよー」
上から玲ちゃん、ゆかり、千枝ちゃんの発言である。玲ちゃんは変化していないけれど、こういったお化け屋敷系のアトラクションはダメっぽいし、ゆかりは両手が鳥の羽のようになってしまっていて身動きは取れない。千枝ちゃんは辛うじて人型であるものの、狸の耳と尻尾が生えている姿であり、妖狐となった雪子ちゃんと同様に玲ちゃんの精神を落ち着かせる癒しとなっている。
「まぁ、どちらにしてもこの開かずの扉を開けるために鍵か仕掛けを探さないといけないんですし、探索班と待機班に分かれて動いても問題なにのではないでしょうか?」
フランケンシュタインとなった白鐘さんが提案すると、それがいいとゆかりや千枝ちゃんたちが賛同したため、2チームに分かれることになった。
「じゃあ、僕とコロマル。善さんと陽介、あと完ちゃんが残ります。僕らがいれば戦闘で役に立ちそうにない、ちえきちたちをフォローしながらでも戦えますし」
総司くんに呼ばれた面々が開かずの扉の前に移動する。優ちゃんがじっと花村くんを見ている以外は特に問題は無さそうだ。唯一コロマルは立ち居地というか浮遊具合を掴めていないようでフワフワと天井付近を風船のように漂っている。
狼男と牛鬼となった真田先輩と荒垣先輩が左手で頭を押さえている順平を伴って進んでいく。私は悩むように腕を組んでいる優ちゃんロボを引き摺りながら探索メンバーと合流するべく駆けた。
「アア。ヨウスケヲヨウスケッテ、ニイサンガヨンデタ」
「うん?総司くんが花村くんを名前呼びしていたってことがそんなに不思議なことなの、優ちゃん?」
「ニイサンガナマエデヨブノハ、アルテイドナカヨクナッタショウコダカラ」
「私はまだ『結城先輩』なんだけど……」
「……。ジョセイハマタベツ……ダトオモウ」
優ちゃんロボはそっと私から目を逸らした。後で総司くんとお話しなきゃと意気込んでいると、一番後ろにいたアイギスが角を曲がった瞬間に遠くの方から赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。
「気のせいじゃ、……ないよな?」
「音が反響していて正確な位置までは分かりませんが……」
先頭を歩いていた真田先輩が振り返りながら言うと白鐘さんが頷きながら答える。
先ほどから一言も発しないなと雪女な美鶴先輩に視線を向けると、遠い目をしながら乾いた笑みを漏らしていた。近づいて独り言を聞くには、「年長者としてのプライドとかいい年なのにお化けが怖いというのは示しがつかないなんて言わずに、素直になってゆかりや千枝ちゃんたちと一緒に残ればよかった」と後悔しているようだ。
彼女を励まそうと声を掛け様とした瞬間、後方でドサッという重量のあるものが落ちてきた音がした。振り返っちゃいけないと思いつつも、ギギギッと錆び付いたブリキの玩具のように振り返った私たちが見たのは頭に白い袋を被せられ、水色の服を着せられた赤ちゃんだった。ただし、至る所に血飛沫を浴びており、普通の赤ちゃんでないことは確かだ。
天井から落ちたばかりで痙攣するような動きを見せた赤ちゃんであったが、次第に手足に力が入っていくのが見て取れる。体勢を整えた赤ちゃんは這い這いの格好で私たちに向かってくる。
「に、逃げろーっ!!」
美鶴先輩の切羽詰った声が響く。土煙を上げるような速さで私たちを追いかけてくる巨大な赤ちゃんは母親を呼ぶような大きな泣き声を上げている。赤ちゃんに追いつかれる前に次の部屋に入った私たちは扉を閉めて、赤ちゃんが入って来ないように全員掛りで扉を押さえつける。扉が壊れそうなほどの力で扉を開けようとしてくる赤ちゃんに負けないように全員の力を合わせ続けた結果なんとか相手が諦める方が先だった。ヘトヘトになった全員がその場でへたり込む。
「一体何なんですか、あいつ……」
「勝てる気がしないっていう点ではF.O.Eみたいだったが……」
『荒垣先輩の言う通り、今の赤ちゃんはF.O.Eです。名前は【かわいいあかちゃん】で』
「「「どこがっ!?」」」
風花の解析結果に間髪いれずのツッコミが入る。風花に悪気がないことは分かっているけれど、ツッコまずにいられない体験を現在進行形でしている今のわたし達には心に余裕がない。次の部屋に向かうのが億劫になる。そんな中、順平がとある物に気付いた。
「おい、湊っち!あの黄色いやつって、部屋を移動する奴じゃね?」
順平が見つけたものは正しくショートカットそのものであり、わたし達は精神の安定化を図るために一度ヤソガミコウコウに戻ることにしたのだが、待機組がいるはずの場所に誰もいなかったのである。
『お姉ちゃんっ!大変だよ、花村先輩たちがそこの扉の中に引き摺り込まれちゃった!』
久慈川さんの悲痛な叫びを聞いて私はドアノブに手を掛けたのだが、開かずの扉は相変わらずビクともしない。気配を感じて後ろを見れば、真田先輩と荒垣先輩が拳を握り締め殴りかかっていた。それぞれの拳がガラスと木枠にぶつかったがヒビが入ることもなく、毅然としてその場にあり続けている。
「クソがっ!」
「ちぃっ!」
「山岸、扉の先にいる岳羽たちの様子はどうだ!?」
真田先輩たちの行為が無に帰したのを見届けた美鶴先輩は中にいる総司くんたちの様子がどうなっているかを風花に尋ねる。返って来た答えは私たちを焦らせるものであった。
『総司くんたちは現在、その扉の先にある部屋で隣接する部屋から際限なく侵入してくる多数のシャドウの群れを相手に戦っています。正直、総司くんが残っていなかったと思うと……。それでもそう長く戦いは保てません、一刻も早く開かずの扉を開ける必要があります!』
風花のその言葉を聞いて私は開かずの扉に背を向ける。その場にいたメンバーたちに目を向けると彼らもまた大きく頷いてくれた。
「皆を助ける為に、先に進もう!帰っている暇はないよ」
私は武器を握りなおして、ショートカットをした場所に向かって走り出した。
◇
怖いのが嫌で進みたくないと駄々を捏ねた結果、その意見が採用されてしまい手持ち沙汰になった私たちが開かずの扉に前でおしゃべりをしていたら、突然開かないはずの扉が開いた。
その扉からは黒くて細い手が幾つも伸びてきて、まず月高の岳羽さんが黒い手に捕まって何を言うこともできずに引き摺り込まれた。その手は私や玲ちゃんにも伸びてきて、必死に抵抗しようとしたが、その手に掴まれていると力が吸われていくような感覚に陥った。
「里中ぁあああ!」
虚ろになる視界の中で見えたのは私の左手首をぎゅっと握って引っ張る残念妖怪へと変貌してしまった花村の姿と、コロちゃんを脇に抱えて黒い手が蠢く扉の向こう側に飛び込んでいくのっぺらぼうの総くんの姿だった。
誰かに揺さぶられているような感覚に閉じていた瞼を開けると泣き腫らしたような赤い目をした玲ちゃんが映った。身体を起こすと自分が小さな部屋の中にいることがわかる。部屋には私の他に岳羽さんと壁に凭れ掛かったままの善くんだけがいる状態。
「ここは……どこ?」
「千枝ちゃん、起きたっ!善……、千枝ちゃん。私たちはあの開かずの扉の先に引き摺り込まれちゃったんだよ。覚えてる?」
「開かずの扉の先?……花村や他の皆は!?」
玲ちゃんは言葉を出さずに視線を扉に向ける。耳を澄ませば、誰かがナニカと戦っている音が聞こえてくる。私は玲ちゃんに肩を貸してもらって立ち上がる。壁に凭れ掛かったままの善くんを見れば、手足の至る所から血が滲んでいて、顔も数箇所を殴られたような打撲痕が痛々しい状態。微動だしないのは気を失っているからみたい。
「花村や総くんたちはどのくらい戦っているの?」
「分からないよ。倒しても倒しても次から次に湧いて出てくるって善が言ってた」
私たちがどのくらいの間、気を失っていたのか分からない。けれど、彼らが愚痴を零すほどの量の相手と戦っているのが分かった。
私は玲ちゃんの肩に回していた手を離し、グーパーと手を握ったり開いたりする。体力的には問題無さそうだと私が気合を入れると同時に扉が開いて、勢い良く床を転がって反対側の壁にぶつかって停まる物体。それは善と同様にボロボロになって完全に気を失った後輩の巽完二の姿だった。
「千枝ちゃん、私は皆を回復させることしか出来ないから……。一緒に戦えないから……。だからっ!」
「分かってるって!玲ちゃん、善くんと完二を任せたよっ!」
私はそう言って軽く助走をつけると扉を蹴って開けつつ戦いの地へ飛び込んでいく。扉の先では宙を文字通り駆けるコロちゃんがシャドウに噛み付いたり、火炎スキルを使ったりして舞っていた。総くんはあらゆるペルソナを使って全体攻撃を中心に敵を屠り、花村がその攻撃で倒しきれなかったシャドウに止めを刺すように動いていた。
「里中、ぼーっとすんな、避けろっ!」
「うっひゃあっ!?」
カンテラを持ったカラスのように真っ黒なシャドウが、今まで私がいた位置に向かって突撃してきたのを花村の掛け声を聞いて前転して避ける。私が避けたため目標を失ったシャドウが右往左往していると、濃厚な殺気が飛んできた。咄嗟にそちらに顔を向けると総くんがペルソナカードを握り潰すところだった。
「ペルソナチェンジ、コジロウ!利剣乱舞!」
総くんの背後に浮かび上がった細長い長刀を構えた美丈夫が剣先を上げる動作をすると同時に、部屋の中に幾つもの剣筋が飛び交い、カンテラを持ったカラスっぽいシャドウや槍で横方向に貫かれている双子のシャドウを切り刻む。
「行くぜ、ジライヤ!マハガルーラっ!」
追撃と言わんばかりの花村の風系全体攻撃スキルが吹き荒れる。その結果、部屋の中にいたシャドウはほとんどが消え去った。
内心、格好良く出てきたのにと文句が漏れそうになったのだが、扉が開く音を聞いて発生源を見て唾をごくりと飲み込む。この部屋には3つの扉が在る。その内の私が入ってきた扉ではない残りの2つの扉が開け放たれ、総くんと花村が倒したシャドウの数以上のシャドウが流れ込んでくる。
「貪欲のマーヤとファントムメイジ、あとお守りレキシーか。コロマル!」
「ワォオーンッ!!」
総くんの合図で足を止めたコロちゃんはペルソナを発動させる。黒い身体に三つの首を持つ地獄の番犬、その名はケルベロス。部屋全体に闇系スキルの効果が及び、臨界点に達すると同時に力が解放される。マハムドの効果によって弱点を突かれたシャドウはそのまま闇に呑まれる様に消え去る。だが、仕留め切れていないシャドウもいて、そいつらは何故か総くんに向かっていく。
「里中、貪欲のマーヤは壊攻撃が弱点だ!」
「花村、ありがと!行くよ、トモエ」
意識を集中させずとも現れる私のペルソナ。全身黄色のジャージを着て、フルフェイスマスクに入りきらなかった黒髪を揺らしながら薙刀を振るう、もう1人の私自身。
「ソニックパンチ!」
花村の言った通り弱点の攻撃スキルを受けたシャドウはもれなく消滅していく。その間に私は花村と総くんの近くに移動する。
「花村、なんで総くんにシャドウが殺到している訳?」
私は花村と背中合わせになり周囲に警戒の視線をくべながら尋ねる。花村は服の袖で汗や血を拭いながら答える。
「決まっているだろ、気絶した善や完二、玲たちのいる部屋にシャドウを向かわせないためだ。それをしているのは魔寄せの札っていうアイテムの効果なんだけどよ、正直俺たちも限界に近い」
「……次が来たみたいだよ、陽介」
総くんの声を聞いて視線を扉へ向ける。開かれているのはひとつの扉だけで、しかも“何も入ってこない”。総くんの焦燥感たっぷりの発言で気張った私は何もいないじゃないかと、ふっと力を抜いた。しかし、
「ペルソナチェンジ!ラスプーチン、姿を現せ!メギド!」
私や花村の前に立つ総くんが新たなペルソナを召喚した。総くんの背後に現れたのは宣教師のような黒い衣服を着た顎鬚をいっぱい生やしたオッサンだったけれど、彼の目がカッと開くと同時に無属性でありながら強力な攻撃スキルが私たちのいる空間内で炸裂した。
すると、今まで何もいなかった空間から金色のシャドウが現れる。大きな顔だけのシャドウで、周囲にはギョロリと動く目玉を持った鳥のようなものが舞っている。
「なんで、この階層にソウルサーチャーがっ!?くっ、陽介・ちえきち・コロマル!サブペルソナを付け替えて!」
焦るような総くんが私たちにそれぞれ縁が黒いカードを投げ寄越す。花村やコロちゃんが総くんの言うとおりにサブペルソナを付け替えたため、私も急いで付け変える。
私に与えられたペルソナカードはキヨヒメ。火と闇に耐性を持ち、仲間の攻撃力を上げるタルカジャと魔法系スキルの攻撃力を上げるコンセントレイトを持つペルソナであった。
総くんの意図が分からなかった私は隣にいる花村に聞こうとしたのだが、金色のシャドウが目を見開くと同時に額にある蛇のような縦に割れる目が怪しく光った。目晦ましかと思われたが、特に異常は見当たらない。肩透かしかと思ったその瞬間、宙を浮いていたコロちゃんがゴトッという固めのものが落ちたときと同じような音を立てて床に落ちた。
「コロマルのことは二の次!来るよ、構えて」
総くんが言うのが早いか、金色のシャドウの攻撃に移る動作の方が早いか。気付いた時には悪魔の舌のような真っ赤な焔が自身の肌を舐めるように撫でた後であった。
「あっつぅーいっ!!」
「総司に貰ったペルソナをつけていなかったら拙かったぜ。で、これを使えばいいんだな?マナの恵」
花村が総くんに向かって目配せすると彼は大きく頷いた。花村は躊躇うことなく、スキルを発動させる。するとジライヤの背に掴まるように透き通った肌と海色の髪を持つ女性が現れる。彼女が両手を大きく天に向かって差し伸ばすと、上空から光の粒が雨のように降り注いだ。その光の粒に触れた私たちの身体はすぐに癒される。
そして、先ほど宙から床に落ちたコロちゃんも起き上がって、すぐにペルソナを発動させた。三つ首の地獄の番犬の前足に踏まれる赤いナマモノが見える。尻尾が2つあり、猫耳が生えていることから猫又っぽいのだが、妙に変な姿だ。
「ワォオーン!(ひゃくれつ肉球!)」
コロちゃんのケルベロスが赤いナマモノを踏んでいない方の前足を上げる。すると金色のシャドウが幾度となく繰り返される衝撃を受けて仰け反りながら壁に押し付けられていく。
「一通り味わったと思うけれど、奴の攻撃は状態異常攻撃と炎系スキル、そして闇系スキルによる気絶攻撃だ。3人に配ったペルソナはそれぞれ火と闇に対して耐性を持つペルソナだから、ダメージは最小限に抑えられる。地道に削れば何とかなる相手だから気に病むことはないよ」
総くんはそう言って苦笑いを浮かべている。花村もそうだが、総くんも足元がふらついていて私が起きるまでの間、ずっと戦っていたことが手に取るようにわかる。私は両手をぎゅっと握り締める。そして、深呼吸をひとつした後、総くんを押しのけて前に躍り出る。
「花村も総くんも休んでて、こいつを倒したらまたシャドウが一杯出てきてもおかしくないんだし。ここは私がやるよ」
「はぁっ!?ちょっ、ふざけんなよ。全員でやればいいだろうが!」
花村は強い口調で私に言ってくる。ペルソナの回復スキルで怪我は癒えたと思うけれど、体力が底を尽き掛けているのは肩で息をする花村を見ても分かる。浅い呼吸を繰り返す総くんが肩越しに私を見ながら呟く。
「……ちえきち。任せてもいいの?」
私は何も答えず、彼の目を見て大きく頷いた。総くんは肩の力をフッと抜くと、剣を鞘に入れて振り返って歩いてくる。そして、私の肩をポンっと叩いてそのまま歩いていく。総くんはこいつの相手を私に任せてくれた。
「えっ!?ちょっ、本気かよ……しゃーねぇ、分かった。けど、里中。ピンチになったらすぐに助太刀するからな」
そう悪態をつきながらも心配するような視線を向けてくる花村。総くんはすでに壁に背を預け、傷ついた身体を休めているのが呼吸を聞いていて分かる。ふよふよと宙を浮かびながらコロちゃんが私の傍に来るけれど、私の意を汲んでか力を貸すのは花村と同様のタイミングになりそうだ。
もう一度、深呼吸をする。
こうやって、何かを任せられることなんて久しぶりだ。この世界に来てからもそうだけれど、元の世界でも私は何をするにしても誰かの後を追ってばかりだ。優は率先して前へ前へ行ってしまうし、花村はそんな彼女を支えようと色んなことに手を出すし。雪子は将来に向けて勉強を始めた。完二くんは自分の長所を伸ばすようにチャレンジしている。りせちゃんは自分を支えてきたものを再確認してもう一度踏み出そうとしている。現状で燻っているのは私だけだ。
そういった焦燥感が私の中にあったのは事実だけれど、こうやって何かを任せられると自分が必要とされているって実感できる。
「とりあえず、ちゃっちゃと倒してしまいますかなっ!」
私の掛け声に反応するようにペルソナが顕現する。片方はトモエ、もう片方は淡い緑色の髪と同じ色彩の着物を纏った槍を持った女傑。名前はキヨヒメ。
私は床をしっかりと踏みしめ、手始めに得意の蹴り技を金色のシャドウの眼前にぶち込む。予期していなかったのは、日本の女傑武将の代表ともいえるトモエとキヨヒメのダブルペルソナによる力の相乗効果。
私が蹴った金色のシャドウはまるでピンボールのように部屋中をバウンドし、ダウンして目をクルクル回しながら転がった。これは追撃のチャンスだと思った私は、先ほどよりも大きく助走をつけて蹴り上げる。
「どーんっ!」
金色のシャドウは入ってきた扉を突き破ってどこかに星となって消え去った。
私がいい汗を掻いたと振り向けば、がっくりと肩を落とした総くんと花村の姿があった。
どうやら、私は匙加減を誤ったらしい。