ペルソナQ ~資質ゼロだったはずの少年の物語~   作:甲斐太郎

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放課後悪霊クラブ編―①

2年4組の出し物、“放課後悪霊クラブ”前にやってきた私たちであったが、入る前からナイーブになって肩を落としているメンバーがいれば、突入はまだかと期待を篭めた眼差しを向けてくるメンバーにはっきりと目に分かるほど分かれている。

 

前者はゆかりと千枝ちゃん、後者は鳴上兄妹と天田くんだ。

 

教室内が見えないように暗幕が掛けられ、妖怪を模したキャラクターが貼り付けられたり、不気味な提灯が下がっていたりしておどろおどろしい雰囲気が漂っている。

 

「自力歩行型のお化け屋敷アトラクションと思われます」

 

「見た目はそんなに怖そうじゃないですね」

 

アイギスの見も蓋もない一言に天田くんの率直な感想が述べられる。私たちの世界の優ちゃんには前科があるから背後にも気を配らないといけないなぁと思っていたら、千枝ちゃんががっくりと肩を落としながら消えそうなほど小さな声で呟く。よくよく見れば手足が小刻みに震えている。

 

「……入んなきゃダメ?」

 

「里中サ~ン、もうビビッてんの?たかが文化祭の出し物じゃんか」

 

「だといいけど……ね」

 

茶化すように言うのは花村くんだった。普段であれば千枝ちゃんの物理的なツッコミ返しがあるのだけれど、ちょっと今の彼女にそんな余裕はない様子で花村くんもまた調子が狂ったような仕草を見せている。ゆかりもまた、文化祭レベルのものであったのなら、大丈夫と言いたげな感想を漏らす。

 

「でも、ちょっと入ってみたかったな」

 

ナビゲーター役の風花がそう発言すると羨ましそうに千枝ちゃんとゆかりが視線を向ける。八高のナビゲーターである久慈川さんも意外なものを見るように風花に怖くないのか尋ねているが、彼女の場合『怖いのが楽しい』というこういったものが好きな人の一般的な意見が出る。そんな風花を見て優ちゃんの視線が千枝ちゃんとゆかりに向いたのを私は見なかったことにして、他のメンバーに視線を向ける。

 

クマさんや巽くんは特に怖がっている様子はない。玲ちゃんが不安そうにしているのは、今までの迷宮と同じであるし、善くんは表情では感情を読みにくいのは相変わらず。先輩たちは幽霊であってもシャドウと同じなら殴れるから怖くないという真田先輩に呆れた様子だし、順平がいつかのネタの時の様に懐中電灯を鞄に入れるのは、今のところとりあえず害はなさそうなので流しておく。

 

「「……」」

 

他の皆のテンションが上がって行くと比例するように、怖がっている千枝ちゃんとゆかりが行きたくなさそうに入り口の方を見ていたので、何か声を掛けるべきと思い近づく。

 

「うぅ……やっぱり行かないとダメ?」

 

「こんなにも一杯いるんだから、私たちが抜けても大丈夫だよ。きっと」

 

「2人とも大丈夫だって、いざって時はちゃんと守るから。総司くんが」

 

「えぇー。今の流れで僕に来ますか?」

 

鞄の中身のチェックをしていた総司くんが顔を上げて寄ってくる。千枝ちゃんとゆかりも総司くんを見て大きく頷く。

 

たぶん、ここにいるメンバーの中でペルソナ能力的にも幽霊を怖がらない意味でも、常識人である面でも頼りになるのは間違いなく総司くんだろう。この世界に来てからはちょっと無鉄砲な一面が出ちゃっているけれど。

 

周囲を見回して善くんと玲ちゃんの会話に割って入ったクマくんがゆかりたちに窘められるのを見届けた後、私たちは迷宮に足を踏み入れる。

 

 

 

 

お化け屋敷系のアトラクション特有の薄暗い上に壁や床に飛び散るように広がる赤い染みを見て雰囲気出ているなぁと順平が呟く。予想できた世界観であったが、千枝ちゃんとゆかりは総司くんに左右から抱きつきながら周囲に注意を向けている。怖がる玲ちゃんが善くんに怖くないか尋ねる場面があったけれど、善くんは無表情で怖くないと断言する。その発言に反応する天田くんとクマくんであったがここでは置いておくとしよう。

 

「第二の迷宮の時の様に男女別になることもなく、恐怖感を煽るような雰囲気だけで特に問題はなさそうだな。おい、さっさと進むぞ」

 

真田先輩がそう言ってずんずんと歩き出すと呆れた様子の荒垣先輩と美鶴先輩もそれに続くように歩き出した。その後を総司くんたちが動き難そうについていく。

 

これだけの人数で進めば、怖く感じるものも怖くないんじゃないのかと私が思った矢先のことだった。ピシっという効果音を発しそうな程、石像のように千枝ちゃんとゆかりが足を止めてしまったのは。

 

「おいおい、通路のど真ん中で止まるじゃねぇって」

 

そう言って順平が3人を避けるようにして前に出た後、振り向いた瞬間、腰を抜かして尻餅をついた。様子がおかしいことに気付いた先輩たちも足を止めて振り返ったら、その場から急に飛びのいて武器を構えた。武器を向けられているのは総司くんだ。

 

「ちょっ!どうしたっていうんですか!?」

 

最愛の家族に武器を向けられた優ちゃんから発せられる殺気が恐ろしいと思いながら質問を投げかけると、先輩たちは微妙な表情を浮かべ、何と言えばいいのかを躊躇っているように見える。どういうことなのかと問おうとした私よりも先に総司くんが振り向くのが早かった。

 

「結城先輩、優。僕はどうやら、……顔を落としちゃったみたいです」

 

いつもの温和な笑みを浮かべる総司くんの顔がない“のっぺらぼう”の彼がそこにいた。私も含めた後続のメンバーが絶叫したのは言うまでもない。

 

白鐘さんは立ったまま気絶し、玲ちゃんは泣き叫び、優ちゃんはペタペタと総司くんの顔を触る。どうやら、視覚的な認識阻害的なものらしく、総司くんの顔は触れると普通にあるらしい。

 

「なるほど、今回のギミックはこんな感じかー。ペルソナ召喚は普通に出来るっぽいので“僕は”問題ないかなぁ」

 

のほほんと自身のペルソナカードをシャッフルしながら、そんなことを言う総司くんから千枝ちゃんとゆかりはすでに離れている。総司くんの発言で気になることがあったのか、優ちゃんが近づいて行ったのだが、すぐに足を止めた。

 

何事かと見れば、総司くんの後ろに赤黒い筋肉隆々の上半身を持ちニット帽の横から角を生やした牛の顔を持った男と鋭い牙を持ち青い毛並みを持つ上半身裸の狼男がいたのである。

 

「「なんじゃこりゃぁあああ!?」」

 

「お、師匠は『牛鬼』。明彦先輩は『狼男』みたいですね」

 

混乱する2人?を余所に冷静に分析する総司くんのいつもの調子に頬を引き攣らせていると、順平の頭がぽろっと落ちた。床を転がっていく頭が目覚ましく変わる状況についていけず目をぐるぐる回す千枝ちゃんとゆかりの足元に。自分の身体に起きた異常事態にも関わらず、順平は視界に入ったあるものを言おうとして、

 

「あ、ゆかりっちのぱん『しゅーとっ!!』へぶっらっ!?」

 

サッカーボールのように蹴っ飛ばされた。迷宮の天井や床、壁に当たってどこかに飛んでいく頭を追って、首ナシの身体も走り出す。その光景は非常にシュールである。

 

「順平さんは『デュラハン』ですか。……ちえきちに生えているのは狸の耳だし『化け狸』、ゆっきーのは妖狐かな?」

 

顔なし総司くんの解説で順平が何なのか分かったと思ったら、千枝ちゃんと雪子ちゃんにも身体的な特徴の変化が現れていた。確かに千枝ちゃんの頭には丸っこい茶色の耳が生え、雪子ちゃんの頭には黄色い三角の耳がピンと立っている。

 

男子組の変化と比べると明らかな差がみられる。男子の変化がリアル系だとすると、女子の変化は可愛いファンシー系だ。玲ちゃんも2人の変化は大歓迎なのか、彼女のお尻付近にあるしっぽに触れて大興奮の様子。

 

「ねぇ、湊……」

 

「何かな。ゆかり」

 

「……あれは誰で、何の妖怪?」

 

「知らない振りをしていたのに、何故に私に振ったの!?」

 

ゆかりの発言を聞いて、分散していた視線が1人に向けられる。

 

「おいおい、皆どうしたって言うんだよ?俺の身体には何の変化もねぇって……なんだよ、その目は?」

 

声は間違いなく八高メンバーの参謀的立ち居地にいる花村くんである。彼の言うとおり首から下は彼の身体のままであるが、顔部分は別物と化している。変化だけでいえばトップクラスの恐ろしさであるが、誰も花村くんが変化した妖怪の名称が分からないのでコメントのしようがないのだ。

 

「ニイサン、ヨウスケノヘンカシタスガタガナニカワカル?」

 

「すっごい片言になっているね、優……。って、うわぁ、アイギスさんよりロボになってる。アイギスさんはアイギスさんでフランス人形っぽくなっているし」

 

総司くんの驚くような声に導かれるように私たちは優ちゃんとアイギスに視線を向ける。そこいたのは手足に小さな歯車をつけて、伽藍堂のような無機質な瞳を持つ優ちゃんに良く似た人形と、ゴスロリファッションで長い金髪を揺らすふっくらとした質感を持つ人形となったアイギスの姿。何がなんだかもう訳が分からない。

 

「ちなみに陽介が変化したのは、時計台をモチーフとしながら屋根の部分に開閉する大きな口、歯は鋭く、目は悲しげ。たぶん『時計GUY』かなぁ。北海道の時計台の怨念が具現化した姿の妖怪」

 

「怨念て……」

 

「日本三大“がっかり”名所として名を馳せていることから……」

 

「っておいぃいいいい!?ここでもがっかりに支配されんのか俺の個性ぃいいいいい!?」

 

花村くんは総司くんの説明を聞いて天を仰ぎながら崩れ落ちた。現実世界でも、ちょっとおかしなこの世界でも『がっかり』という称号から逃げることが出来ない花村くんに皆から同情の視線が注がれる。しかし、唯一そんな花村くんに陽気な声で話しかけたのがクマくんだ。

 

「しょうがないクマよ、よーすけのがっかり属性は誰にも勝てんクマ。その点、クマはこんなぷりちーな姿のままクマ」

 

「「「「「……」」」」」

 

「あれ、皆どうしたクマか?」

 

知らぬのは自分だけという状態がようやく分かったのかクマさんは不安そうに周囲にいる人間に声を掛ける。しかし、皆は目を背けるだけで何も言わない。そこでクマさんは総司くんに駆け寄って、自分が今どんな姿なのかを問いただす。

 

「シーフー!クマは、クマはぷりちーな姿クマよね?」

 

「うん。まぁ、プリティーなんじゃないかなぁ。ただ首に縄が巻きついていて、片目が飛び出ていて、臓器っぽいものが外に飛び出ている以外はいつものクマさんだよ。あえて今の状態に名前をつけるならば、『チッソククマ』さんかな?」

 

「がびーんっ!?」

 

総司くんの飾らない評価を聞いて花村くんの隣で落ち込むクマくん。頭が時計台のお化けと臓器が前後から飛び出しているクマというシュールな光景が繰り広げられている。

 

「とりあえず、総司くん。残り全員が何になっているか、言っていってくれないかな?私は、もう諦めたよ……」

 

視線を下に向けると扇情的な衣類を身につけている私の身体。背後に向ければ腰の辺りにパタパタと動く蝙蝠の様な羽が見える。隣にいるゆかりもいつの間にか手の部分が鳥のような羽になり動き難そうにしていた。

 

「とりあえず、ざっと行きますよー」

 

結城湊……夢魔/女性体なのでサキュバス。睡眠中の男性を襲って誘惑し、せ……この説明はいいって?うーん……。

 

岳羽ゆかり……姑穫鳥/出産で死んだ妊婦が化けるとされ子供を誘拐する。え?語弊があるからやめろ?……はい。

 

伊織順平……デュラハン/えっと頭がないイコール……ちょっと泣かないで下さい、順平さん。ジョークですって!

 

桐条美鶴……雪女/ペルソナの関係上だと思います。逸話の中には人間を凍死させる場合も……。はい、黙ります。

 

真田明彦……狼男/師匠もそうなんですけれど、この迷宮ではペルソナ召喚は無理っぽいですね。

 

アイギス……フランス人形/なぜ、こうなったんでしょう?

 

天田乾……コロポックル/うん、文句ならこの迷宮の奥にいる番人シャドウに言ってね!

 

荒垣真次郎……牛鬼/明彦先輩と一緒で物理が効かない相手には突っ込まないで下さいね。何で微妙そうな顔するんですか!

 

コロマル……狛犬/浮いてるね、コロマル。ちゃんと動ける?いい機会だから頑張ってみるって、凄いね。

 

鳴上優……デウス・エクス・マキナ/なんで機械の体になっちゃったのさ……お腹の中を開けて見せるな、歯車だらけじゃんか!

 

花村陽介……時計GUY/ごめん、掛ける言葉が見つからないよ。

 

里中千枝……化け狸/「赤いきつねと緑のたぬき」のたぬきの方だね。

 

天城雪子……妖狐/「赤いきつねと緑のたぬき」のきつねの方だね。

 

巽完二……百々目鬼/完ちゃん、手足にも目が出ているけど酔わないように気をつけるんだよ。目薬いるかい?エリザベスさん製だけど。

 

クマ……ゾンビ/チッソククマ

 

白鐘直人……フランケンシュタイン/八高の皆は納得していたけれど、思い当たる節がありますか?何故、顔を逸らすんです?

 

鳴上総司……のっぺらぼう/顔がないだけでペルソナ召喚などに支障はないです。

 

 

「とまぁ、こんな感じですけど、善さんも玲さんも大丈夫ですか?」

 

「ああ。問題ないと言ったら嘘になるが問題ない」

 

「私は怖いから千枝ちゃんと雪ちゃんのしっぽを握っとく!」

 

「「やめてっ!動けなくなるっ!!」」

 

「何なの、このカオス」

 

「あははは……」

 

百鬼夜行状態の私たちは自分の身体に起こった変化に戸惑いながらも第三の迷宮の探索を開始するのであった。

 


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