ペルソナQ ~資質ゼロだったはずの少年の物語~   作:甲斐太郎

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序章 【未知の学校】

ベルベットルームから放り出された場所は見知らぬ学校のようだった。

 

出し物であったり、手作り感満載の店舗であったり、飾り付けの様子から見て、この学校では文化祭が行われているようだ。

 

「文化祭…それは、学徒が年に一度執り行う、興奮と狂乱の祭事!およそ商売に成りえない水準の料理、手作りゆえに温かみあふれるアトラクション…。そしてフィナーレには、業火の回りを踊り狂うとか!」

 

「なんと…そのような祭事が!?素晴らしい瞬間に私たちは今、立ち会っているのですね」

 

青い服を着た姉弟2人が何かを言っているが、私はもう気にしない。彼らは、知識は豊富だけれど、人間社会の知識に関しては乏しいのは分かり切っている。

 

けれど、それを知っているのは私だけなので……

 

「えーと、ツッコむべき……?」

 

「まずもって、このいかにも怪しい文化祭を楽しもうとしてるっつーのが驚きだよ」

 

ゆかりと順平がエリザベスさんとテオドアの2人を見ながら言う。真田先輩と荒垣さんも腕を組んで、うんうんと頷いている。そんな中、桐条先輩が2人に近づき尋ねる。

 

「今一度聞くが、あなたがたが我々をここに連れて来たというわけではないんだな?」

 

「ええ、もちろんでございます」

 

エリザベスさんはにこやかに答えた後、まるで虫を見下ろすかのような瞳を向け告げる。

 

「この場所に心当たりもございませんし、お客人ではないあなたがたとは、お会いするつもりもございませんでしたから」

 

その言葉を聞いた桐条先輩はエリザベスさんを睨みつける。そのエリザベスさんは先ほどの冷たい表情をやめ、またにこやかな笑みを浮かべている。

 

桐条先輩が何かを聞こうと口を開けた所で、

 

「姉上…見てください。あの店舗の看板を……。“綿飴”…なんと、綿の、飴ですよ!一体どのような組成変化をさせているのでしょう!?」

 

テオドアがぶっとんだことを言った。これには桐条先輩も固まるしかない。

 

天田くんは組成変化とは何なのかを近くにいた風花に尋ねているが、緊迫した雰囲気は拡散してしまった。

 

その証拠に順平がテオドアの発言にツッコミを入れる。

 

「もうそのターン終わったよ!」

 

テオドアとエリザベスさんは顔を見合わせた。私は自然と天井を見上げていた。

 

私はテオドアの言動によってある程度、分かっていたのだ。

 

もし、皆と会うことがあったら面倒なことになるだろうなって。

 

「ともあれ…私どもの意思ではなく、ベルベットルームこそが、あなたがたをここへいざなった。ベルベットルームは、お客様の定めと不可分の部屋。そこで全く無意味なことは起こらない」

 

「我々がここに来たのは必然だと?」

 

桐条先輩が意味深なことを言ったエリザベスさんに再度尋ねる。すると微笑みを携えたエリザベスさんが答えた。

 

「運命といってもいいかもしれません」

 

「運命…ですか。この場所に、何があるっていうんでしょう」

 

天田くんは不安げに周囲を見回す。一見、普通の学校の文化祭だが、何があるか分からないのも事実。

 

「ここはいっちょ、偵察に行くであります」

 

「ワフッ!」

 

アイギスとコロマルが提案すると、戸惑うような感じで桐条先輩が応対し、皆に指示を出す。

 

「そ、そうだな。よし、皆で手分けして様子を探るぞ。山岸は岳羽と。明彦は私と、荒垣は伊織と、アイギスはコロマルと、それと天田は鳴上と一緒に動……け?」

 

桐条先輩の目が点になった。

 

様子がおかしいと彼女の視線を追うと、ありえない人物が天田くんの隣に立っていた。

 

「どういうことか分からないけれど、よろしく。乾くん」

 

「そ、総司さん!?優さんじゃなくて、どうしてあなたがここにいるんですか!?」

 

「えーと……さぁ?」

 

そう言った総司くんは肩を竦めるのだった。

 

 

 

 

ハプニングはあったけれど、学校の中を探索するだけなので危険はないだろうということで、真田先輩と荒垣さんの2人に天田くんと総司くんを入れたグループと、桐条先輩とアイギスとコロマルのグループ、2年生グループの3手に分かれ、探索するという。

 

私はエリザベスさんに誘われ、ベルベットルームの中に入ったのだが、私の知るソレとは風貌が変わってしまっていた。

 

「エレベーターが、いえベルベットルームが“止まって”います。こんなことは初めてです。それにこの大きな2枚の扉……」

 

私とエリザベスさんは扉の前に立って、それぞれ調べる。

 

「分かっていたけれど、開かないか……」

 

「2枚の扉には“4つの鍵”が掛っております。腕力には多少自信がありますのに、ビクともいたしません」

 

そう言うエリザベスさんは右手の人差指を口に入れて、悔しそうに俯いている。

 

「…………」

 

少しの間、俯いて考えているようだった彼女が顔を上げると先ほどまでの憂いの表情はなくなっていた。

 

「そろそろ、皆さまもお戻りになる頃かと、先ほどの場所に戻りましょう」

 

私はエリザベスさんの後について、ベルベットルームから外に出た。廊下に出ると探索にいった仲間たちが戻ってきていた。

 

「ここ、ヘンだぜ?誰に話しかけても、話が通じねーっつか質問に答えてくれねーんだよ」

 

「“ここ、どこですか?”って問いかけたら、“やそがみこうこう”って言うけど、“それはどこにあるの?って聞いても“やそがみこうこうの文化祭、楽しい”としか言わなくてさ」

 

なんだかロールプレイングゲームで町の入り口に立って「ここは○○のまちだよ」って言う人みたいな返答だなぁ。

 

「ワンッ」

 

私の足元に来たコロマルが見上げながら、一吠えする。すると近くにいたアイギスが説明してくる。

 

「コロマルさんについて、何かを言う生徒は存在しませんでした」

 

「普通言うよね。文化祭に犬が来ていたら」

 

皆、不安げに顔を見回している。桐条先輩は腕を組みながら窓の外を眺め、皆に尋ねる。

 

「学校の外は誰か確認したか?」

 

「したんだが、出れねえみてえだな」

 

「出られない?」

 

答えた荒垣さんの顔を見て首を傾げる桐条先輩。今まで不安げにしていたゆかりや風花たちも彼が言うことを待っている。

 

「校門があるんだが、一歩踏み出すと、中に戻ってる」

 

「どういう意味ですか?」

 

「そのままの意味だ。出たと思ったら、戻っている。要は出れねえ。門だけじゃない、フェンスをよじ登っても同じだ」

 

「えっと、じゃあ、来た方法で…」

 

荒垣さんが言うことを理解した風花は、縋るような気持ちで様子を見ていたエリザベスさんに視線を向ける。しかし、告げられるのは無情にも否定の言葉。

 

「ベルベットルームは、最早エレベーターとしての機能を停止しております。不可思議な“2枚の扉”がありましたが、頑丈な鍵が“4つ”も掛っており開けることができません」

 

「えーと…」

 

「ひょっとして…」

 

話を聞いていた順平とゆかりが恐る恐る確認するかのように尋ねる。しかし、答えは皆が予想した通りの言葉。エリザベスさんは飾らずに即答した。

 

「帰れません」

 

「「うっ…」」

 

「帰れません」

 

「…いや、いやいやいや!やべーっしょ!これやべーっしょ!?何この不思議体験、勘弁なんすけど!オレここにずっといるとか無理っすよ?チドリンの病室にお見舞い行かないと!チドリン、オレに来てほしいって…」

 

「うっさいな…あ、携帯は!?」

 

ゆかりの言葉に、特別課外活動部のメンバーは1人を除いて、それぞれ携帯電話を取りだした。

 

「…圏外?」

 

「……だな。通話もメールも無理ってことか」

 

ゆかりと順平は明らかに肩を落として落ち込んでいる。

 

「GPSも使い物にならないみたいです」

 

天田くんは別方向から切りこんでみたようだが、成果は芳しくなかった様子だ。

 

「このまま、ここを出られないという可能性も?」

 

桐条先輩の顔色はすぐれない。いや、皆も同じようなものだ。

 

通信手段も、外に出て助けを求めることもできない陸の孤島に取り残された状態の自分たちの行く末が不安になるなって言う方が難しい。

 

「ベルベットルームはお客人にとって、無意味な事が起こらない場所。そのベルベットルームが、あなたがたをここへといざなった。つまりあなたがたはここで“為すべきこと”がある」

 

「為すべき…こと?」

 

「あなたがたが為すべきことを為すまで、おそらくこのまま…。何を為すべきかは、ご自分でお確かめくださいますようお願いします」

 

「協力はしてくれるんですよね?」

 

私が尋ねるとエリザベスさんは向き直ってこう答える。

 

「このベルベットルームのお客人はあなた。ですからこの状況は、あなたの運命に紐づいているのです。私もテオも、変わらず“手助け”はさせていただきますが、……“手助け”は」

 

2度言わなくても分かっていますよーだ、それくらい。

 

私が頭を悩ませている中、順平たちが何かを言っているが聞いたところで意味のない話なのだろう。

 

私はそう割り切って、窓から外を眺める総司くんに近づいて話しかけた。

 

「総司くん、何か知っていることがあるなら教えてほしいな」

 

「結城先輩。……ここの人たちが言っている“やそがみこうこう”って、漢数字の“八十”の下に神社の“神”という字を書いて八十神高校っていうんです。叔父夫婦が暮らす八十稲羽町にある学校なんですけれど、こんな時計塔見たことがありません。優も一緒にいれば証言は得られたと思うんですが……」

 

「一応“やそがみこうこう”は実在するけれど、ここではないということ?」

 

「はい。順平さんじゃないですけれど、こんな不思議体験、夢なんじゃないかと何度か頬を捻ったんですけれど痛いばかりで目覚めないんですよね」

 

総司くんは捻って赤くなった右頬を窓に触れさせつつ、運動場に立つ時計台を見つめる。

 

「……結城!話は聞いていなかったようだな。こっちに来てくれ。鳴上、混乱しているのはよく分かる。だから、君は彼女らと一緒にいてくれ」

 

総司くんは桐条先輩の申し入れに頷き、エリザベスさんの元へ行く。

 

私は桐条先輩の後を追って、皆の所へ走った。

 

 

 

風花がシャドウの気配を感じるといった出し物の前まで来たのだが…

 

「不思議の国のアナタ……?」

 

「“アナタも手軽にアリス体験!”って、チラシに書いてあるから、体験型の出し物みたいだね」

 

風花は楽しそうにチラシを指差しながら言う。

 

順平が彼女に聞こえないように否定的なことを言ったので、私とゆかりは同時に肘鉄を腹部に叩き込んだ。どさりと何かが崩れ落ちる音がしたが気にせず、話を進める。

 

「女の子の夢だよね?」

 

と、問いかける風花には悪いとは思うけれど、“そんな暇”なかったしなぁ。

 

「私、女じゃなかったわ…」

 

ゆかりも肩を落として呟いた。

 

「よし、無駄な戦闘は避けたいが、今はここしか脱出のヒントはなさそうだ。慎重に進んでくれ、結城」

 

「分かりました。じゃあ、風花はここからバックアップをお願い」

 

そう告げた瞬間、コロマルやアイギスが警戒するような態勢を取ったため、私も振り向く。すると、その視線の先に男女2人組の姿があった。そして、男の方が口を開く。

 

 

 

「その中は危険だ……入るのは止めておいた方がいい」

 

と、忠告するように告げて来た。

 


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