ペルソナQ ~資質ゼロだったはずの少年の物語~   作:甲斐太郎

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幕間―⑧

総司くんがレベル上げによく倒していた金色のカブトムシを倒しに第一の迷宮である『不思議の国のアナタ』の最奥へとやってきた私たちは番人シャドウよりは弱いだろうと高をくくり挑み、物の見事に返り討ちにあった。雷属性が弱点であったが、中々ダウンせず、金色のカブトムシの攻撃は一撃必殺級の威力を持ち、定期的に全体に毒攻撃をしてくる強敵であったのだ。

 

「久々に痛い目にあったねー」

 

「弱点をついてもダウンしないため、総攻撃によるダメージは諦めた方がいいであります」

 

「総司はあいつをクマとだけで倒している。何らかの方法があるはずだぜ」

 

多種多様のペルソナを扱える総司くんは当初、仲良くなったクマくんと2人だけで迷宮に潜っていた。ありとあらゆるFOEと戦い、倒しても復活する金色のカブトムシと戦って経験地を稼いでいたという。そんな総司くんのやり方に危機感を覚えたクマくんが巽くんを巻き込み、善くんは総司くんの危うさに気付いて自ら参加した。

 

「なぁ、総司が時々使用している3色の鎖による拘束は俺たちには使えないのか?」

 

フードコートでの会議なので出店で購入してきたのか、たこ焼きを頬張っている真田先輩がふと思いついたように質問を投げかけてきた。その場にいた私たちの脳裏に赤・青・緑の鎖を使って敵を封じ込める総司くんの姿が思い浮ぶ。

 

「スキル名が『ナイアーム』、『マカジャマ』、『スケアスロウ』の3つのことですね。元の世界で総司さんが僕に作ってくれた銃の特別弾と同じ名前です」

 

「……ああ。あの“死神”の時の物か」

 

「総司がそのスキルを使う度『どっかで見た覚えがあんなぁ』って思ってたら天田少年の戦う姿をはじめて見たあの時の起死回生の一手か」

 

天田くんが嬉しそうに手振りを付け加えながら笑みを浮かべてそう言うと、荒垣先輩が疲れたような表情を浮かべて肩を竦める。それを聞いて順平が発言するとゆかりも納得するように『ぽん』と手を打って頷く。

 

「そういえば、姿を見た瞬間に『私たち死ぬんだ』って本能で感じるような相手が、あの鎖を巻かれたことで普通のシャドウと変わらないくらいの気配に弱体化するくらいだもん。そりゃあ、F.O.Eいえども抗えないよね」

 

「となると、我々もその効力を持つ攻撃スキルを積極的に使っていく必要があるだろう……って、八高の彼らはどこに行ったんだ?」

 

「さっき、花村くんと白鐘さんが、八十稲羽市で起きている連続殺人事件について重要な話があるって連れて行っちゃいましたからね」

 

美鶴先輩が総括を述べた後、肩をすくめながら八高メンバーの不在のことを呟くと風花が苦笑いしながら答えた。そう、この場に優ちゃんたちの姿はない。丁度善くんも玲ちゃんも席を外しているため、奇しくも月高メンバーだけが残っている状態なのである。

 

「……彼らのいる未来において影時間は無くなっているのが分かっているとはいえ、我々も話し合いが必要なのではないかと思うのだが」

 

「いや、でもそれは……」

 

少し間を置いた後、美鶴先輩が呟くように切り出した話題に反応を示した私たちの様子を見て、荒垣先輩と天田くんの2人が首を傾げた。

 

「何の話なんですか、皆さん?」

 

「……俺と天田だけが知らない話みたいだな。どういうことだ、アキ」

 

凭れ掛かっていた壁際から離れた荒垣先輩はまっすぐ真田先輩のいる場所に向かい彼の胸倉を掴みあげた。自分を掴む腕を振り払った真田先輩はベストを調えるとひとつ溜息を吐いた後、荒垣先輩をじっと見つめながら口を開いた。

 

「……。これは起こりえる可能性のひとつだという前置きをした上で話す。シンジ、お前。自分が死んだ時、どれくらいの人間が悲しむと思う?」

 

「なんだ、藪から棒に」

 

「少なくともここにいる全員は悲しむし、その引き金を引くことになった奴もいらないことを抱え込むことになる。この際だが言って置くが、ここにいる全員がお前と天田の確執を知っている。天田が母親の仇を取ろうとしていることも、お前がその敵討ちに殉じて死のうとしていることもな」

 

「なっ……」

 

「どういうことですか!?」

 

真田先輩のはっきりとした物言いは時として鋭利な刃物となる。確かに天田くんのお母さんの命を奪ったのは、タルタロスの外に現れたシャドウを討伐するために向かった荒垣先輩のペルソナが暴走したことによって起きた事故であった。母子家庭で育った天田くんにとってお母さんを失うってことはとてつもないショックな出来事であっただろう。復讐したい気持ちも分からないでもない。けれど……

 

「これはお前たちの問題だ。ただ、俺はお前たちに命を奪い合うような選択はして欲しくない。天田に母親の復讐を諦めろと言うつもりはない。だが、シンジは生きることから逃げるな。天田が復讐を果たした時、こいつの生きる目的が無くなってしまう。新たな目標を見つけるにしても、こいつは幼過ぎるだろ!」

 

「お前らには関係ない話だ。これは俺と天田の問題で」

 

「私たちは仲間ではないのか、荒垣?」

 

「……桐条?」

 

自分の思いをまっすぐぶつけてくる真田先輩から逃れるように私たち全員に告げるように言う荒垣先輩であったが、美鶴先輩が落ち着いた声色で話しかけたことによって彼もまた冷静になったようだ。何かを言いたそうにしている天田くんもまた席に座りなおす。

 

「成長した優から未来に影時間は残っていないという話を聞いて喜んだ私に言うべき資格はないのかもしれないが、自分の悩みが自分だけのものと考えるのは止せ、荒垣。明彦も言ったが、お前が死んで悲しまないものがいると思っているのか?そんな非情な人間の集まりなのか、私たちは」

 

荒垣先輩は美鶴先輩に向けていた視線を逸らす。彼女はそのまま天田くんに視線を向ける。

 

「天田、私たちは確かにお前たちのことを知ろうともしなかったし、力になろうともしなかった。誰かの言われるままに、何も考えずに突き進んだ結果が、あんなにも変わり果ててしまった優の痛々しい姿だった。私たちに対して敵意を剥き出しにして、総司に縋りつき甘えるあの姿」

 

「でも、今では……“僕たち”の知る優さんの姿ですよね」

 

天田くんが恐る恐る言うと美鶴先輩は大きく頷いた。そして、言葉を紡ぐ。

 

「10月4日、荒垣にとっても天田にとっても因縁の日だな。元の世界では巨大シャドウが現れる満月の日でもある。優が経験した過去の世界では『お前たちが争う場にストレガの2人が現れ危機に陥ったが、明彦を始めとした私たちが現場に駆けつけるのが間に合い、幸いにも命に支障を来すような重傷を負う事はなかった』」

 

「……それじゃあ、別に僕たちのことは放っておいてくれても」

 

「話には続きがある。影時間が終わって荒垣や天田が無事な姿でいることに安堵した私たちに理事長からとある一報が入る。優の兄である総司がアイギスと共に巨大シャドウと戦闘を行い、剛毅のシャドウと相討ちになって死亡したこと。ぼろぼろになった彼の遺体を目の当たりにした優のペルソナが暴走し、巌戸台駅前広場を破壊したことが」

 

誰かの息を呑む音が聞こえるほど、私たちがいる一角は静まり返った。

 

優ちゃんが私たちに告げた時は、彼女自身の感情が入り混じっていたので優ちゃん自身を気遣う気持ちが大きかったが、今回は話を聞いた美鶴先輩が客観的に聞いたことを自分たちの現状を踏まえた上で述べているため、結構ショックが大きい。ゆかりと順平は優ちゃんの異変に気付いて一緒に向かっているからどうとは言えないけれど、私はきっと混乱して取り乱すだろうな。「悪い冗談はよして下さい」って言っちゃうかも。でないと、事実を事実として受け入れることなんて不可能だと思うから。

 

「桐条、その話は本当のことなのか?総司はペルソナを使えない、影時間だって……っ!?」

 

「まさか、この世界に総司さんがいること事態がその未来に行き着く証明だっていうんですか!?」

 

自分たちのいざこざが総司くんの死に繋がると聞いた荒垣先輩たちは疑問をぶつけようとしたが、何かに気付いたのか押し黙った。

 

私たちにとって総司くんが影時間に適性が無くて棺桶のようなモニュメントになることは当たり前だ。しかし、彼がペルソナ使いとなったのならば話は別である。私たちは総司くんが無為自然というスキルを使って、誰にも知られること無くレベル上げや資金稼ぎを行っていたことを知っている。それを応用すれば、元の世界で影時間内に総司くんが活動していても気にも留めない可能性がある。

 

天田くんが荒垣先輩に対して復讐する気持ちは背景を知っているから分からないでもない。けれど、総司くんがアイギスと2人だけで巨大シャドウに挑む理由や背景が私たちには分からない。私は皆にこの世界に来た頃にエリザベスさんから告げられた話をすることにした。

 

「このことは黙っていようと思っていたんだけれど、私だけじゃどうすればいいのか分からない。だから協力をして欲しいの」

 

私はそう言って、総司くんのアルカナが“逆位置”の『世界』であること。そこから考えられる総司くんの行動原理に関して話した。『何か避けられない運命を変える為に、自らの命を終わらせ、その人生を捧げる覚悟を持って行動している』ことを。

 

「……何それ。たった15歳の男の子が考えるようなことじゃないじゃない!」

 

「いくら総司が大人びているとはいえ、さすがにそれはおかしくないか?」

 

「我々は、何か重要なことを見落としているのはないか?」

 

私がエリザベスさんに聞いた話だけであったのなら、考え過ぎじゃないのかっていう話になっていたと思う。だけれど、実際に総司くんが死んでいることが優ちゃんの口から話された後であるため、皆が受けた衝撃が大きかった。中でも天田くんは総司くんのことを本当の兄弟のように慕っているため、涙目で俯いている。しかも、総司くんの死に少なからず自分が絡むことになっていると知ればなおさらだと思う。

 

「どうして、アイちゃんだったんでしょうか?」

 

「風花?」

 

「どうして、総司くんはリーダーの湊ちゃんでも、仲の良い順平くんでもなく、アイちゃんを相棒に選んだんでしょうか?荒垣先輩と天田くんの確執を知る真田先輩は無理だったとしても、打倒巨大シャドウを掲げる桐条先輩やゆかりちゃんといったメンバーいたにも関わらず。まるでアイちゃんにはシャドウと戦う他になんらかの能力があるみたい」

 

風花の言葉を聞いてその場に居た全員の視線が静かに佇むアイギスに向けられる。しかし……

 

「私にも分からないであります。どうして、未来の総司さんが私を選び、私自身が皆さんに黙って総司さんと共に戦う手段を選んだのか、全く見当がつかないであります」

 

「それもそっか……。ごめんね、アイちゃん」

 

「……いえ。私も何か思い出したら、皆さんにいの一番に伝えるようにします」

 

風花とアイギスのやり取りを見ていた皆に目配せをすると頷く。青い顔をしている天田くんを慰めるようにコロマルが寄り添う。荒垣先輩は外の空気を吸ってくるとフードコートから出て行ってしまい、この場はこれでお開きになった。それと同時に優ちゃんを始めとした八高メンバーが入れ違いになるようにフードコートへやってきている。その中に話題に上がった人物はいなかった。

 

 

 

 

「あ、クマさん、完ちゃん。今ヒマ?」

 

「よよっ、どうしたクマか。シーフー?」

 

花村先輩と直人の話を聞き終わった俺たちが腹ごしらえをしにフードコートに向かう途中、声を掛けてきたのは総長だった。俺が餓鬼の頃に悪さをする高校生の相手をする際に見せた凶悪な笑みを浮かべるでもなく、詐欺行為を図ろうとした大人たちを脅す時のような無表情でもなく、春のぽかぽか陽気のような優しげで暖かな笑みを浮かべている。

 

今回、総長は取り決めを破り無断で迷宮内に入り浸り、レベル上げや資金稼ぎを行ったとして罰を受けている。しかし、そのことで特に行動に制限が出ているわけでもなく、割とのんびり過ごしているようだ。

 

「お腹が空いているのなら僕がご馳走するからさ、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだ」

 

「手伝いっすか?」

 

俺はクマと顔を見合わせる。総長は現在、ペルソナカードを全て姉御に預けている状態だから、迷宮関係ではないと思うのだが、さっぱり見当がつかない。そうこうしていると総長はポケットから第二の迷宮の奥で手に入れたおもちゃの指輪を取り出した。

 

「それって、玲ちゃんのものクマ?」

 

「本人は否定してたけどな。それで、総長その指輪をどうするっすか?」

 

「2人とも手先が器用でしょ?フェルトで人形や迷宮の様子とかを作って、大きめなポップアップカードを作って玲さんに送ろうかなって思うんだ。第一の迷宮のウサギのぬいぐるみはそれ自体をデコレーションしようと思っているよ。主人公のアリスのように青いドレスを着せてあげるとかさ」

 

総長の提案を聞いて俺は頷くしか出来なかった。

 

宝箱から出て来た指輪を払いのけた彼女の様子は凄く記憶に残っている。その指輪に対し、怯えのようなものを感じ取れた。それだけ、あの指輪が彼女に関したものであることは間違いがないと思われる。

 

しかし、それをやたらに刺激するのはいかがなものかと思っていたが、総長の提案は辛くて苦い記憶があるのならば、ここで俺たちと過ごす事によって手に入れた楽しい思い出を上書きしてしまえばいいのではないかっていう気遣いだ。

 

「それはいい考えクマ!材料はあるクマか?」

 

「うん、テオドアさんに売らずに残っている素材は山ほどあるしね。やっぱり作るからには現実世界では絶対に手に入らないものにしたいじゃない?」

 

「加工が難しそうだけど、遣り甲斐はあるっすね」

 

「じゃあ、家庭科室に行こうか2人とも」

 

そう言って総長は先導するように歩き出した。クマはすたこらさっさと総長の横に行って、世間話じゃねぇけれども姉御たちと迷宮に潜った時のことを話している。総長はにっこりと笑みを浮かべながら、クマの舌足らずの話を聞いて感心したり、驚いたりして聞いている。そんな巧い聞き方を総長がするもんだから、クマは一生懸命になって色々な話をしていく。

 

姉御の従妹である菜々子ちゃんのこと、

 

叔父さんのこと、

 

花村先輩の家でお世話になっている事、

 

夏休みはジュネスで汗だくになって働いたこと。

 

総長が知ることの出来ない未来の、色んなことを。総長とクマの話を後ろで聞いているうちに目的地の家庭科室についた。総長は躊躇うことなくさっと引き戸を引いて中に入っていく。

 

「さて、まずはウサギさんからだね。静寂のマリアから奪ってきた聖母のベールとかワンダーマグスをひん剥いて手に入れて来たローブでしょ、クラリスダンサーを蹴飛ばして仕入れてきた靴もあるし、装飾品は金甲蟲の殻をじっくり丁寧に剥がしてきたからこれを砕けばいいものが作れる……」

 

「なぁ、クマ。あいつ、そんなもの落としたっけ?」

 

「いや、経験値だけクマ」

 

「ということは……」

 

「シーフーの言ったとおり、生きた状態で剥ぎ取られ……」

 

俺とクマはさらりとえげつないことを言う総長におっかなびっくりしながら、玲さんのために作ることになるプレゼント全体の案を練ることになった。そして、大体の構図が浮かび上がったところでクマの腹が盛大になったので、総長が言っていたように料理を作ってくれることになった。

 

家庭科室と銘打っているだけあって、調理器具もちゃんと揃っており、パパッとまるで魔法のように用意されたのはオムレツであった。ただし、総長が作ったオムレツがただのオムレツであるはずがなく。一口食べたクマの“中身”が半裸で飛び出てきた。

 

「美味し過ぎるクマァーーー!!」

 

「大げさだよ、クマさん。材料は卵とバターとケチャップだけの簡単オムレツなんだし」

 

「いや、総長。少なくともオムレツ作るのに、卵を角が立つまでかき混ぜないっすよ」

 

スプーンで押せばプルプル震え、適度な弾力が残っていることが窺える。口に入れればふんわりと解けていく感触がなんともいえない。オムレツとは名ばかりで、もはやスイーツと読んでも過言ではない出来映え。

 

さすがというべきか、やはりと言うべきか、たまたまこの世界に来て年上の状態で総長と再会したのに、高校1年の自分がまだまだ餓鬼なんだって思えちまうほど、総長は色んなものがでかい。器もそうだが、考え方も。

 

「総長、花村先輩に聞いたんすけど、どこら辺で気付いたんすか?姉御のような能力者が他にもいることに」

 

「それは言い方が悪くなるけれど、ゆっきーや完ちゃんが生きている時点で、変だなって思ったんだ。殺すことが目的であるならば、テレビの中から救出された以降も狙われていないと同一犯であるならばおかしいし。だから少し見方を変えてみようって。被害者が死んでしまった2件の事件と、ゆっきーや完ちゃんたちが狙われた誘拐事件を分けて」

 

総長はそう言うと卵の殻の半分をテーブルの上に並べる。

 

「これは陽介たちにも言っていないんだけれど、ペルソナ能力というかテレビに干渉する力を自ら覚醒した完ちゃんたちを除いて持っているのは優を含めて3人だったんだじゃないかなって思っている。1人は山野アナと小西沙紀さんを殺した奴、もう1人はゆっきーや完ちゃんたちを誘拐した犯人。その根拠はさっき言った通り、同一犯ならありえない行動をしている点だよ。その考え方に至ったもうひとつのヒントが堂島家に届いたって言う脅迫状。『コレイジョウ タスケルナ』、これは山野アナや小西沙紀さんを殺した奴がゆっきーたちを救出している優や完ちゃんたちの行動を面白くないと感じている証拠なんだと思う」

 

「ちょっと待つクマ、シーフー。それじゃあ……」

 

「俺たちが追っている犯人の他に、高みの見物をしている野郎がいるってことっすか!」

 

「あくまで僕の考察だってことを忘れないで完ちゃん。殺人事件の犯人っていう常識では考えられない相手を探しているんだから、広い視野を持たなきゃ駄目だ。周りの状況に流されるだけじゃ駄目なんだ。ちゃんと踏みとどまって、普通ではありえない行動をしている人の言動に気をつけたりしないと大事なことを見落としてしまうよ」

 

「普通ではあり得ない行動っすか……」

 

「優が居候している堂島家には叔父さんという現役の刑事がいる。下手すれば、その脅迫状だって見られていた可能性がある訳だよ。それでも犯人は出してきた。相当捕まらない自信があるのか、それとも優の動きを制限させようとしたのか分からないけれど、そこに付け入る隙はあるはずだよ。それと、美津夫の件なんだけれど。いくら自暴自棄になって模倣して殺人を犯したとしても、長々と隠れていられるような奴じゃない。早々に自首したと思うんだ。元の世界に戻ったら、そこら辺を叔父さんに聞いてみるといいよ」

 

総長はそう言うと卵の殻を片付ける。そして、食べ終わった食器も洗おうとして、ふと顔を上げた。直後、頬を引き攣らせた。

 

何事かと思って振り向くと家庭科室内を覗き込むように膨れっ面で窓に顔を押し付けている玲さんの姿があった。視線は総長が自分で食べようと思って用意していたオムレツへ注がれている。

 

「完ちゃん」

 

「合点承知」

 

俺は彼女に送るためのプレゼント案を書き記した画用紙を丸めて、家庭科室脇に設置されている用具入れに隠そうと移動する。いざ扉を開けて、画用紙を突っ込んだ俺は、棚の上にカードらしき物が置かれてあることに気付いた。画用紙を隠しつつ、そのカードを手にとって絵柄を見ると大きな鉄板を持ち上げる自分と大人びた姿をした総長が大きな斧を持ってニヒルな笑みを浮かべている姿が描かれていた。絵柄の下には『雷神爆砕撃』という技名が書かれている。

 

これが何なのか分からない俺はそれとなく総長に聞こうと思ったのだが、振り向いて絶句した。

 

いつの間にか家庭科室内に侵入した玲さんに山のようなオムレツを作り続ける総長の姿があったからだ。出来た傍からどんどん消化していく彼女に圧倒された俺はカードをズボンのポケットに入れてその場を後にするしかなかったのだった。

 


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