ペルソナQ ~資質ゼロだったはずの少年の物語~   作:甲斐太郎

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今回の視点は善くん。


幕間―⑤

『煌めく果実のパンナコッタ』をようやく手に入れ、玲は頬を桃色に染めながら幸せを噛みしめるようにそのデザートを味わっていた。第二の迷宮である“ごーこんきっさ”内で私も総司から勧められたが、甘い物に興味を持てなかったのでもらうのを断った。結果、玲に渡して喜んでもらうというチャンスを一度、棒に振ってしまった。

 

このヤソガミコウコウ内には、まだメンバーの誰にも発掘されていないデザートや食べ物があるのだろう。何か玲の為に人とは違う物を準備しておきたいと思い、私は玲をリーダーやサブリーダーたちに任せ1人探索していた。すると保健室からホクホク顔の総司が出て来た。彼の手には金色の装飾が施されたペルソナカードがあった。

 

「それは、彼女たちが持っているものとは違うな」

 

「へ?……善さん、何故ここに!?」

 

総司は今まで私たちに見せてきた中で一番の笑顔を引っ込めて、カードを私から見えない位置に隠した。その行為に首を傾げていると、総司は嘆願してきた。「今、見たことは誰にも内緒にしておいてくれないか」と。私が返事をしないでいると、総司は焦ったように考え始め、こんな提案をしてきた。

 

「うぅ……分かりました。玲さんが絶対に喜ぶだろうと思われる、ヤソガミコウコウ内にある模擬店全てに使用可能な容量増強の食券で手を打ちませんか?」

 

どうやら総司は先ほどのペルソナカードのことは秘密にしておきたいらしい。私は別に誰にも言いふらすつもりはなかったのだが、こうやって玲が喜びそうなものを得られるというのなら話に乗らないという選択肢はなかった。私は総司に向かって大きく頷く。すると、総司もまた『ほっ』と溜息をついた。

 

「じゃ、一回校舎から出ましょうか」

 

私はそう言って先導するように歩き出した総司の後をついていくことにした。総司と共に校舎の外に出ると総司はおもむろに手を差し出してきた。行為の意味が分からず、私が首を傾げていると総司は小声で告げてくる。

 

「今から行くところはまだメンバーの誰も知らない場所なんですが、山岸先輩と久慈川先輩はペルソナの能力で僕らがどこにいるのか自然とわかっちゃうんです。けど、ペルソナの中には気配を消すことが出来るスキルもあったりするので、ここからはそれを使います」

 

そう言うと総司は左手で私の右手を掴み、右手でペルソナカードを握りつぶす。彼の上に現れたのは体育館で見かけた特徴的な頭を持つ『ぬらりひょん』というペルソナだった。

 

「無為自然(むいしぜん)」

 

そう総司が呟くと、不思議な光が私たちを包み込む。くいっと、手を引かれるのに気付く。総司は「こっちです」と歩みを進めるので、私は彼に手を引かれる形でついていくことになった。途中、廊下を歩く月高の岳羽と視線があったような気がしたが、あちらは何も見なかったかのように歩き去っていた。

 

「ぬらりひょんを手に入れてから、行動に制限がなくなったんですよね。今までは山岸先輩たちがいて自由に動けなかったし」

 

「……総司」

 

「なんでしょうか、善さん?」

 

振り向いて首を傾げる総司に私は躊躇いなく告げた。

 

「このぬらりひょんを使って、迷宮内に“1人”で入っていないか?」

 

「なっ!?……そそそそそ、そんな訳ないじゃないですかー、いやだなー」

 

「こっちを見ろ」

 

明後日の方を向き、口笛を吹いて誤魔化そうとする総司。私は繋いでいる彼の右手を力任せに握り締める。

 

「いたたたたっ」

 

私は左手にボウガンを構えると総司の後頭部に宛がう。

 

「私もこういうことはしたくない。だが、総司。君のそのやり方は他の皆の心を傷つける。いらない心配をさせるな」

 

「……一応、肝に銘じておきますよ」

 

それだけを言って、総司は私に顔を見せずにまた歩き出した。私もボウガンを所定の位置に戻し彼に手を引かれ連れられたまま、歩いて行く。そして、連れて来られた雑木林の中にポツンと食券販売機が一機設置されていた。

 

「えっと、とりあえず善さん。サイズはどれにしますか?」

 

私は総司に促され、食券販売機のラインナップを見てみる。

 

大盛り(500円)、特盛り(1000円)、メガ盛り(3000円)、ギガ盛り(5000円)、デカ盛り(10000円)の5つ。

 

サイズは大盛りが2倍、特盛りが3倍、メガ盛りが5倍、ギガ盛りが10倍、デカ盛りが20倍とまるで想像が付かない単位で自分でも頬が引き攣るのが分かった。

 

「善さんはいくら持っていますか?」

 

「…………」

 

「お金ないんですね。とりあえず、今回は僕が代わりに払います。特盛り……いやメガ盛り券を買いますから、さっきの話とペルソナカードの話は内緒でお願いしますよ」

 

総司はそう言って、券売機にお金を入れメガ盛りの食券を手にし、私に渡してくる。所謂口止め料という訳だ。しかし、彼が持つお金は1人で迷宮に潜った際に手に入れた、言わば結城や鳴上たちが知りえないお金。

 

現在、迷宮で手に入れたシャドウが落とす素材や取得物は一旦リーダーとサブリーダーである彼女たちがまとめ上げ、テオドアに売りお金に換えている。その後、私たちが食事やゲームなどに必要な分を彼女たちに言うとその額をもらえるというシステムになっている以上、自由に使えるお金はないに等しい。今後、この券売機を使用しようと思うとどうしても私自身が自由に使えるお金を幾らか保有しておきたい。

 

「総司、頼みがある」

 

「ええっ!?さすがにデカ盛りは無理ですよ、僕だって大金を持っている訳じゃないんですから」

 

「いや、私も迷宮に連れて行ってくれないか」

 

「はい?」

 

 

□□□

 

最初は渋っていた総司も私が秘密を共有する共犯という存在になると告げたことで態度を軟化させた。それと私の目的が玲にサプライズプレゼントを贈ることだということも効いたようで、渋々ながら同行を許可してくれた。

 

そして、一度保健室に寄って欲しいということだったので、私は総司と別れた後にまっすぐに向かった。保健室の主であるエリザベスが物珍しそうに私を見ていたが、次々と入ってきたメンバーを見てにんまりと笑った。

 

「シーフー、今回も秘密の特訓クマね!」

 

「そうだよ、クマさん。でも、どうして完ちゃんがいるの?」

 

「うっす、総長。男を上げる特訓と聞いたからには、この巽完二付き合わせてもらうっすよ!」

 

入ってきたのは総司の他に八高メンバーである巽とクマの2人であった。彼らの話からすると総司と特訓をしたことがあるのはクマ、巽は私と同様に初参加の様子だ。

 

「ぎゃーす!なんでお前がいるクマかっ!?」

 

保健室を見回していたクマが私を見つけると同時に叫ぶ。歯を食いしばって睨みつけた上に指差してきたので、私はボウガンを手にしようとしたのだが、

 

「今回は善さんも同行するよ。僕の目的はペルソナのレベル上げ、クマさんは女性陣にモテるため、完ちゃんは男を磨くため、善さんはお金を稼ぐため。皆、それぞれの目的があるけれど、力を合わせて頑張ろう!じゃあ、エリザベスさん“裏ノート”お願いします」

 

「かしこまりました。私、出番はいつなのでしょう。いつなのでしょうか、と待ち過ぎてメギドラオンを放つ寸前でした」

 

エリザベスは残念そうに怪しい光を放つ辞書のようなものを机の上に置きながら告げる。【メギドラオン】が何かを私は知らないが、非常に拙いものだったのだろう。クマと完二の2人は震えあがっている。そんな中、総司は気にすることなく依頼ノートの横に置かれていた本棚から黒い背表紙のノートを取り出すと開いてページをめくっている。

 

「まずは『甲蟲殻を30個集めよ』でしょ。それと『封じられた大蛇皮を10個集めよ』で5000円も貰えるのか!あとは……『財宝の欠片を5個集めよ』でいっか」

 

そう黒い依頼ノートを見ながら総司は頷くと、エリザベスに告げ依頼を受けた証であるタグをもらった。そして、私たちに向き直った総司は説明を始める。

 

「今回はエリザベスさんが用意した依頼をこなしながら迷宮を探索するよ。挑むメンバーが4人になったから、前回よりは倒し易くなった分、得られる経験値は低くなるからその分を数でカバーします。甲蟲殻は第一の迷宮『不思議の国のアナタ』の第3章に出る熱甲蟲を倒せば出るから、階段を降りた先にいる金甲蟲を倒して、第3章に戻って熱甲蟲を狩るって方法を取るよ。けど、まずは『封じられた大蛇皮』と『財宝の欠片』を集めるために第二の迷宮“ごーこんきっさ”に潜るよ。じゃ、移動するから皆僕の体に触れてね」

 

私たちが総司の肩や手に触れたのを確認した彼はぬらりひょんのカードを握りつぶしスキルを発動させる。保健室から出た我々はゆっくりとしたペースで目的地まで歩いて行くのだが、途中で他のメンバーとすれ違うことになった。私やクマは緊張して固まったのだが、彼らは私たちぶつかったにも関わらず、気付かずに去って行った。

 

「ぬらりひょんの【無為自然】はヤソガミコウコウ内で使うと一定時間、透明人間になるスキルなんだ。迷宮内では先制攻撃しつつ、回避と命中を上げるスキルで重宝するんだよね」

 

「つまり、これを使えば女の子たちにエッチないたずらし放題クマか?あんなことも、こんなことも……むふ。はっ!?じょ、冗談クマよ!」

 

クマは邪まな考えを抱いたのか悶えていたが、私と総司の無言の視線にビクつき、体裁を必死に取り繕った。総司はそんなクマの様子に大きくため息を付きつつ肩を竦めると迷宮内に足を踏み入れる。

 

「疑問に思ったのだが迷宮内では当然、他のペルソナを使うのだろう?それを彼女たちに察知されることはないのか?」

 

ごーこんきっさに入って早々、私は総司にそんな疑問をぶつける。総司はサブリーダーや伊織が使うような太刀を扱って、シャドウを一刀両断した後に振り返って答える。

 

「迷宮内にいる間は存在自体が揺らめいた状態になるみたいなんです。最初からナビゲータとして意識してついて行ったら問題ないみたいなんですけれど、一度迷宮内に入った人間を探し出すのは難しいみたいですよ」

 

「ふむ、それなら別に良いのだが……、ところで発見したシャドウは全部倒すのか?」

 

「勿論です。荷物がいっぱいになったら、単価が低い物から捨てて行きますけれど、4人いるので結構稼げると思いますよ」

 

私の疑問に笑顔で答える総司。その背後でガタガタ震えているのはクマだ。巽が理由を聞きだすと、第一の迷宮ではその理屈でF.O.Eを倒しまくったらしい。ペルソナの能力で動きを拘束し、状態異常で弱らせ、高威力のスキルで葬る。なんてことを繰り返すことになったと。私はちらりと視線を逸らし、その場でくるくると回って警戒する金色のF.O.Eに目を向ける。

 

「うーん、さすがに今の段階で『恋の使者』は無理ですね。金甲蟲を軽々倒せるようになったら、挑戦してみますか?」

 

「ちょっと待つクマー!!さすがにそれはちょっと早いクマよ!今はちゃんと依頼を終わらせることに集中するクマ!」

 

クマが私たちの会話に介入してきた。総司はクマの意見を聞いて、頷いて武器を構えなおして巽が戦っているシャドウの群れに突撃していった。そういうことで『恋の使者』と呼ばれるF.O.Eに挑戦するかどうかは有耶無耶になったのだが、

 

「善、ああいうことはシーフーに言っちゃクマ。あの人はクマたちが思ってもいないようなことをやるのが常クマ。むしろ今回は完二や善がいたから自重したのかもしれんクマ」

 

そう言ったクマは前回の特訓で嬉々としてF.O.Eに向かって行った総司のことを話す。目の前を通り過ぎるF.O.Eに回し蹴りを打ちこむ総司。正面から立ち向かっていく総司。シャドウの群れを追いかけまわして行った先にいたF.O.Eにとび蹴りを喰らわせる総司。

 

「お前、よく生きていたな」

 

「はっちゃけたシーフーは手がつけられんクマ。クマが死なないためには危険行為を繰り返すシーフーについていくしかないっていうのはまさに修羅の道だったクマ」

 

迷宮の壁に凭れかかって遠い目を浮かべるクマの姿に選択を誤ったかもしれないと心身恐々としていたら、情欲の蛇と呼ばれるシャドウが何かに怯える様に私たちの下に逃げて来た。ただ動きはすごくノロノロしている。見れば情欲の蛇たちには一様に緑色の鎖が巻きついていた。

 

「逃げるなー!!」

 

「俺らが他の奴らと戦っている間にいなくなっているんじゃねぇ!!」

 

そう言いながら迷宮の先から情欲の蛇を追ってきた総司と巽の2人、の背後にはそれぞれペルソナが浮かび上がっていた。

 

総司の背後には白い頭巾を被った大柄の僧兵だ。背中には様々な種類の武器を背負っている。

 

完二の背後に浮かんでいるのは人間の骨格が描かれた黒く逞しい体を持つタケミカヅチと呼ばれるペルソナであった。2人はそれぞれの方法でペルソナのスキルを発動する。

 

「ベンケイ、剛殺斬!」

 

「タケミカヅチ、閃電砕!」

 

2人から必死に逃げていた情欲の蛇たちは私たちの所に辿りつく前に攻撃スキルを受け消滅していった。消滅していく情欲の蛇たちの嘆きの声が耳に残った。

 

「よしっ、倒した奴らが落とした素材で依頼達成!あとは財宝の欠片だけど、無理っぽいし今回は諦めて、不思議の国のアナタに移動しよう!」

 

「うっす!総長、ガンガン行きましょうぜ!」

 

総司の喜びの声を聞いて同調する巽。そんな2人を見ながら私はクマに声を掛けた。

 

「人選を間違えたんじゃないか?」

 

「完二が脳筋なのを忘れていたクマ……」

 

その後、私たちはやけにハイになってしまった総司と巽の2人に引き摺られ、第一の迷宮を訪れ、シャドウ討伐マラソンに強制参加となった。倒しても倒しても何故か復活するトランプ兵と金甲蟲、それと普通のシャドウを延々と倒しつつ迷宮内を走り回り、総司が満足して保健室に帰ってきた頃には、秘密特訓に参加したメンバーは私を含め死に掛けていた。

 

私は腕がパンパンで肩以上の高さに上がらず、前に進もうとすると全身の筋肉が軋む。クマは歩いて移動することを諦め、転がって移動する程だ。巽は戦っている最中に正気に戻ったようで情けない叫び声を上げていたが、今は魂が抜けてしまったようで人形のように呆けてしまっている。

 

「ただいま、戻りましたー。あれ、善さんも完ちゃんもどうしたの?」

 

秘密特訓の主催であり参加者である、総司だけはケロリとしていた。様々なペルソナを入れ替えつつ戦っていた彼だが、とあるペルソナを出した後に戦いを終えるとたちまち元気になっていた。それが何のペルソナで、何のスキルの効果であるのかは教えてくれなかったのだが。

 

「はい、善さん。今回の依頼と倒して回ったシャドウの素材を売って得たお金を4等分にしたものです」

 

そう言って総司は16800円を渡してくれた。同じように参加したクマと巽にも渡している。私は総司から貰ったお金を懐になおす。すると総司に声を掛けられた。

 

「エリザベスさんの依頼の報酬でモノクル改をもらったので、善さんにあげますね。命中率が上がるみたいですよ」

 

「そうか、ありがたくもらっておく」

 

私は総司が渡してくれたアクセサリーを受け取る。すると総司は秘密特訓に参加していた他の2人にもアクセサリーを渡している。どれも彼らの役に立つものだったようで喜びも一塩のようだ。私は今回の特訓で得たお金で何を買おうかと思いつつ、玲の姿を探すために保健室から出る。このお金が無くなりかけたら、また総司に頼むとしようと思う。

 

「……だが、次回もあんな強行軍になるのだとしたら、更に力をつけなければな」

 

私はそんなことを言いながらバカ騒ぎをしている総司たちを尻目に保健室から離れたのだった。

 


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