ペルソナQ ~資質ゼロだったはずの少年の物語~   作:甲斐太郎

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幕間②

―エリザベスの依頼①―

 

エリザベスに渡された印の入った割り箸を両手で持った月高メンバーの1人であるクマはもぎてん通りの廊下の隅で途方に暮れていた。保健室から勢いよく飛び出して玲ちゃんにプレゼントする食べ物をゲットしに来たのはいいけれど、割り箸と食べ物に交換する手立てが思い浮かばなかったのだ。

 

「……よよよ。これからどうすればいいクマか」

 

そうやってクマが1人廊下で項垂れていると、丁度彼の前を通りかかった少年が声を掛けて来た。

 

「うん?こんなところで割り箸持って、何をしているの、クマさん?」

 

「およ……、センセイのお兄さんクマか?」

 

クマが顔を上げるとそこにはお日様のような暖かな笑みを浮かべる総司の姿があった。彼が差し伸べる手を取って立ち上がったクマは、直面している問題について相談することを決めた。何せ、頼りにするはずだった優が玲ちゃんとの仲を争う好敵手である善につくことに決めてしまったからだ。

 

「うん。名前は総司だよ。割り箸を持っているってことは、何かを食べに来たの?」

 

「違うクマよ。玲ちゃんに何かプレゼントがしたいクマ……」

 

そう言ってクマは黙った。自分が割り箸を持ってもぎてん通りにいる状況だけで、玲ちゃんにプレゼントを贈るという行為には繋がらないことに気付いたからだ。事情を最初から説明をしないといけないと口を開こうとしたクマであったが、それよりも前に総司が口を開いた。

 

「なるほど……、大方エリザベスさんの提案で割り箸を使って『わらしべ長者』をすることになったのかな?よく見れば、その割り箸には印が入っているし。交換は何回まで、オーケーなの?」

 

クマはキグルミの中であんぐりと口を開けて固まった。総司に与えた情報はたった2つしかなかった。

 

『玲ちゃんへのプレゼントを必要としていること』

 

『自分が割り箸しか手段に持たないこと』の2つ。

 

そのことから、そこまでのことを推理したのであれば、自分では想像できないことも簡単に為してしまうかもしれない。そう思ったクマは咄嗟に総司に抱きつき、助けを求めた。

 

「クマっ!?す、すごい……クマは何も言っていないのに。さすが、センセイのお兄さんクマ!ムムム、クマはこれからお兄さんのことをシーフー(師夫)と呼ぶことにするクマ!」

 

「別にそこまでのことではないと思うけれどなぁ……で、交換は何回までオーケーなの?」

 

「3回までクマ」

 

クマがキグルミの手を上げながら言うと、総司は顎の下に手を当て、周囲を見渡す。すると数人、もぎてん通りに月高と八高のメンバーがいるのに気づいた。

 

「クマさん、とりあえずここら辺にいるメンバーの皆に話を聞きに行こうよ。エリザベスさんが作ったルールに則って行動しよう。それで得られた物が何であれ、それで勝負しようよ。……それにエリザベスさんは怒らせるとラスボスよりもヤバいから」

 

総司が最後に呟いた言葉を聞き逃したクマは首を傾げたが、彼が「何か質問があるの?」と首を傾げたのを見て、気のせいだったと思うことにした。

 

「分かったクマよ、シーフー」

 

「気にいっちゃったの、そのフレーズ?」

 

総司は呆れつつもクマと一緒に歩み始める。クマは頼れる八高メンバーのリーダーであり、自分を外の世界へと連れ出してくれたセンセイとして慕う優の助力を得られなかった代わりに、総司というこの世界では“反則級”の力を持つ仲間の助力を得る事に成功したのであった。

 

 

□□□

 

依頼①『わらしべ対決を手伝って』。

 

記念すべきエリザベスさんが運営する保健室での依頼の第一号となったのは、玲ちゃんと仲良くなろうとしたクマくんの行動が気に障った善くんとの勝負の手伝いであった。エリザベスさんが提案した勝負方法は割り箸を使った『わらしべ長者』。

 

印をつけた割り箸をそれぞれ3回まで交換し、玲ちゃんの要望である『大きくて美味しい』食べ物を手に入れなければならない。そのことを聞いたクマくんは勢いよくもぎてん通りに向かって飛び出して行ったが、善くんは私たちに助力を求めて来た。私と優ちゃんに。

 

「えっと、クマくんの手伝いはしなくていいの?」

 

「……いい。偶にはお灸をすえてやらないといけないから」

 

「そっか。じゃあ、善くん。私たちが手伝うよ」

 

「すまない。助かる」

 

そうやってフードコートを訪れた私たちは一通りメンバーの言い分を聞き、模擬店で買ったラーメンをどう食べようか悩んでいた順平に箸を渡してお礼にアイスクリームをもらい、甘い物が欲しいと言っていた天田くんにアイスクリームを渡してお礼にコーヒーをもらう。そして、巨大なパフェを食べきって豪華賞品をゲットしたはずなのに、胃もたれと豪華賞品の内容にノックダウン状態の花村くんと巽くんのペアにコーヒーを渡して、ジャンボパフェの引換券をもらった。

 

ジャンボパフェは花村くんたちが食べているところを見た限り、私の身長でも見上げるほど大きなものだったから、善くんとクマくんの『わらしべ勝負』は勝てただろうと思っていたのだが、自信満々のクマくんの横に総司くんがいることに気付いた瞬間、背筋に冷たい物が流れた。

 

「むっふっふ……、逃げずによく来ることが出来たクマな」

 

「ふん。こちらも負けるつもりはない」

 

クマくんと善くんが睨みあう。そこに保健室に待機していたエリザベスさんと玲ちゃんをつれた優ちゃんが戻って来た。エリザベスさんが2人の間に立ち、ジャッジするようで商品を持ってくるように告げたため、私たちは善くんに引換券とジャンボパフェを交換してくるように伝える。クマくんの方もゲットした商品を取りに総司くんと向かった。

 

「ちっ。……まさか、兄さんを味方につけるなんて」

 

「そうだね。正直、クマくんだけだったら負けるなんてありえなかったけれど」

 

ちなみに会話する間も優ちゃんは視線を交わそうとしないで壁に凭れかかっている。しかし、総司くんの説得で心境の変化があったのか、会話だけは出来るようになっていた。それでも、以前の優ちゃんとは違い、抑揚は無く事務的な感じですごく寂しい。

 

そうこうしている内に善くんはジャンボパフェ、クマくんは自分と同じくらいの大きさの綿飴を持ってきた。丁寧に小さい綿飴を使って耳や手足まで再現されたクマくん型になっている。

 

「わぁ!」

 

玲ちゃんはそれぞれが持ってきた物を見て、『キラッキラ』な笑みを浮かべている。それは正に大輪の花が開いたような輝いた笑顔である。

 

「私、ルール違反がないようにお二方の動向を調べておりましたが、どちらも問題なく既定の回数で目的の物を取得されましたのを見ておりました。では、早速。実食とまいりましょう」

 

エリザベスさんはそう言って、善くんが持ってきたジャンボパフェを玲ちゃんの前に置いた。

 

両手を合わせて元気いっぱいに「いただきます」と言った玲ちゃんは、フードファイターも真っ青なスピードで生クリームのホイップ、色とりどりのフルーツ、嵩を増やすスコーン、甘いアイスクリームを次々と平らげて行く。花村くんと巽くんの2人がヒイコラ言いながらやっとで食べ終えた代物が物の2分ほどで無くなってしまった。

 

「美味しかったよ、善」

 

満面の笑みで善くんに告げる玲ちゃん。その姿に善くんは目を細め、静かに喜んでいる様子だが、私たちと総司くんは玲ちゃんの驚異の胃袋に戦慄していた。

 

「玲さんの胃袋はブラックホールかっ!?」

 

「あの身体のどこに入ったって言うの!?」

 

私たちの反応は余所に、勝負は進行する。二番手はクマくんの大きな綿飴である。

 

「はい、玲ちゃーん。どうぞクマー」

 

「ありがと、クマさん。あーん……『はむ』」

 

クマくん型の綿飴の耳部分が玲ちゃんの口に入ったかと思うと、いつのまにか本体部分も消えていた。お腹を撫でる玲ちゃんがいるっていうことは食べ尽くしたってことだろうと思うけれど、いくら何でも早すぎないだろうか……って、クマくんが泣いている。

 

「よよよ、“シーフー”と一緒に作った『綿飴クマ次郎』が一瞬で食べられてしまったクマー……。クマ次郎ーー!」

 

そう言ってクマは玲ちゃんのお腹に向かって抱きつこうとしたのだが、

 

「はい、ストップー。見え見えなのよ、アンタの行動は」

 

「ひえっ!?センセイ、じょ、冗談クマよー……」

 

玲ちゃんに抱きつこうとしたクマくんの背中にあるジッパーを掴んだ優ちゃんはフードコーナーの窓のひとつを開けると、そのまま『ポイッ』と窓の外に彼を放り捨てた。視界の端に映っていたクマくんの姿がヒュッと掻き消える。

 

「あっ――」

 

「「クマさーん!!」」

 

玲ちゃんと総司くんがほぼ同時に叫んだが、無情にも優ちゃんは『ピシャッ』と窓を閉めた。そして、つかつかと善くんの横に立つと彼の右手を大きく天に向かってあげさせた。

 

「ウィナー、善。はい、終了」

 

彼女はそう言うとフードコートから去って行った。キョトンとしていた私たちにエリザベスさんが依頼の終了を淡々と宣言した。私に報酬であるアクセサリーを渡すと彼女もまたフードコーナーから去って行った。フードコートに取り残された私たちが再起動したのは、3階から落下したはずなのに、ピンピンとした様子のクマくんが再度玲ちゃんにちょっかいを出した直後であった。

 

 

 

□□□

 

―マリーとの出会い―

 

フードコートの一角に私たち月高のメンバーが3年生を除いて揃っている。数人、八高のメンバーもいたりするけれど、重要なことではないので割愛する。

 

「さて、ベルベットルームに現れた2枚の扉を実際に見て検証して、八高メンバーとの顔合わせも粗方終わった訳ですけれど……。私には気になることがある!そう、ベルベットルームにいた“マリーちゃん”について!」

 

八高組は知っている素振りがあり知り合いであることが窺える。彼らが2年後の世界から来ている事は成長した優ちゃんを通して分かっているので、マリーちゃんもまた2年後の世界からここに来た事になるのだろうけれど。

 

そんな彼女のことをどうして、総司くんは知っていたのか。八高組も最近になってようやく知り合ったようだし、これは大きな謎の予感がする。

 

 

『回想』

 

2枚の扉の様子を見るためにベルベットルームに足を踏み入れた際、そこに青い帽子を被った少女がいることに気付いた。彼女は気だるそうに私たちを見据えると首を傾げた。マーガレットさんはそんな彼女の存在を無視したまま、ベルベットルームに現れた2枚の扉について思考している。その姿に業を煮やした少女が話しかけてくる。

 

「ねぇ、なんで無視!?」

 

マーガレットさんは本当に今いることに気付いた風に装っているが、エリザベスさんと同類の彼女がそんな訳ないだろうなと思って、優ちゃんたちに目配せしようとすると1人だけ、憧れのスターに会ったファンのように身体をうずうずさせる人物がいることに気付く。

 

「うわぁ、本物だ」

 

と、彼が小さく呟くのを私は見逃さなかった。私は疑問に思って、見知らぬ少女をじっと見つめる。しかし、見当もつかないので尋ねる事にした。

 

「あなたは、誰なの?」

 

尋ねられた少女がじっと私を見返してくる。当然、見覚えの無い私を見て首を傾げ、話が進まない。その様子を見ていたマーガレットさんが間に入って話を進める。

 

「ああ、……申し訳ございません。ご紹介が遅れましたが、この子はマリー。一応、ベルベットルームの住人として、我々と共におります」

 

見知らぬ少女の名を聞いた私たちは聞き覚えのある名前に「ん?」と首を傾げる。“マリー”という名前に聞き覚えがあったからだ。具体的には7月末の屋久島へ向かうフェリーの上で、心理ゲームをした際に総司くんが書いた名前が確か“マリー”だったはず。項目は『好きだけど叶わない人』だったと思う。

 

「え、マリーちゃん!?何でここに……って、住人!?どゆこと?」

 

八高メンバーの千枝ちゃんが戸惑いつつ尋ねると、バツを悪そうにしながらだがマリーは答える。

 

「住人とかじゃないもん。たまたまいるだけ……。で、何なの?人多すぎ、キャラ被っている」

 

マリーという名の少女はベルベットルームにいるメンバーを眺める。そして、視線を足元に向け、行儀よくおすわりしていたコロマルが目に映るとピタッと身体の動きを止める。

 

「……犬ふさふさ」

 

「ワン!」

 

コロマルの可愛さにやられてしまうのは万国共通なので良く分かる。

 

「この通りの子ですが、少しは皆さまのお役にたてることもございますでしょう。今から、ここではない世界との交流はこのマリーに任せますので、どうぞ、ご遠慮なくお申し付けください」

 

「はぁ!?またあの仕事すんの?聞いてないんですけど」

 

無茶ぶりされた少女はマーガレットさんに抗議の声をあげるが、マーガレットさんは眉ひとつ動かさずに返答する。

 

「今、初めて言ったのだから当然よ。暇な時はいつものようにポエムでも書いていたらどうかしら?」

 

「な……ポエム?は、知らないし!あ、あれは……他の世界のことをメモっただけで私のじゃないし、何で知ってんの?」

 

「そう、仕事熱心ね。それなら今回もお願いするわ」

 

「うぅ……ばか……」

 

マリーはその場で項垂れる。仕事を任せる事はマーガレットさんにとっては決定事項だったようで平然としている。そんなやり取りを見ていたら、後ろの方から『とたたたっ』とマリーに近づく影があった。その影の正体は玲ちゃんだった。

 

「ポエム……って何?」

 

「ポエムじゃないし。ココロの叫び(パトス)だし」

 

「ぱとす!!善。善、ぱとす、カッコイイ!」

 

「……そうか?」

 

カッコいいと言われたのは初めてだったのかマリーという少女は頬を紅く染め照れている。そして、善くんは嫉妬しているのか、玲ちゃんへの返事は若干冷める印象を受ける言葉であった。

 

「ところで、ポエムとはいったい何かを知っているか」

 

善くんはたまたま隣にいた総司くんに尋ねる。尋ねられた総司くんは自信満々に胸を張った。

 

「では、善さんのご希望に添いまして、一個披露しますね。タイトルは……『解放セヨ』」

 

総司くんの言葉を聞いて、玲ちゃんの言葉で照れていたマリーは表情を凍らせて彼を見つめる。まるで、その先を言わないでくれと懇願するように恐る恐る手を伸ばすが、無情にもその続きが発せられる。

 

「『解放セヨ!欲望ヲ!衝動ヲ!理由モ根拠モ臆病者ノ言イ訳ニ過ギヌ!』ってな感じです」

 

「ギャーッ!?……ばかきらいさいあくさいてー!って、何でキミが知っているの!?」

 

「照れツッコミ、ありがとーございまーす」

 

頭を抱えて蹲る彼女と裏腹にイイ笑顔をしている総司くん。黒歴史を暴露されるほど苦しいものはないもんね。ご愁傷様。

 

『回想終了』

 

 

「あの時はさらっと流しちゃったけれど、色々とありえないよね」

 

「うん。マリーちゃんを知っていたのもそうだけれど、彼女のポエムを知っていたのもね」

 

「千枝ちゃんたちも最近になって会ったって言っていたってことは、2年前の私たちの状況じゃ出会ったことがあるとは言い訳も出来ないよね」

 

悩みの種は総司くんの事だ。ちょっとしたことだけれど、この世界に来てからの総司くんの言動には皆、気になっているみたいだ。

 

「けど、あんまし関係ないだろ。総司がこれまで、俺等の邪魔をしてきたか?むしろ、総司がいなきゃ拙いってことが何回もあったじゃないか」

 

「うぅ……それもそうだね」

 

という順平の取りなしの一言で私たちは心にシコリを残したまま、解散する流れになったのだった。


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