ペルソナQ ~資質ゼロだったはずの少年の物語~   作:甲斐太郎

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幕間①

面倒を見て来た可愛い妹分の口から放たれた一撃は、私を動揺させるのには十分な威力があった。

 

花村くんたちが『自分たちは高2だ』と言っていたので、彼らは2年後の世界から来たことになる。つまり、この2年以内に『純粋無垢な優ちゃん』から『女番長な優ちゃん』にジョグレス進化するようなことが起きたということだ。それにしても……

 

「……いらない。私たちとの絆……いらないんだ」

 

私は目の前が真っ暗になるような錯覚を覚えるほど、衝撃を受けていると自覚する。正直、女王との戦いの折、彼女が助けに来てくれた時は本当に嬉しかったのだ。自分のことを成長しても『湊先輩』と呼んでくれたことが嬉しかったのだ。それなのに……。

 

「何があったっていうの……優ちゃん」

 

 

 

 

優ちゃんの衝撃発言を受けて私がショックを受けている間に、月光館学園の特別課外活動部と八十神高校の自称特別捜査隊の面々はこの世界から脱出することを目的として協力することを決め、互いの戦力というかペルソナの能力について把握していく。単純に計算して戦闘要員18名にナビ専門が2人の合計20人の大所帯になったから、結構覚えるだけでも一苦労だ。

 

そうこうして過ごしていると、走り去った優ちゃんを連れて総司くんが戻ってきた。そして総司くんはそのまま、私たちのところには来ないで八十神高校の人たちと交流を始めた。面識のあるメンバーもいるようで話は盛り上がっている。その様子を連れ戻された優ちゃんが寂しそうに眺めるという意味深な行動を取っていた。

 

それに気付いた風花とゆかりが優ちゃんに近づいていったけれど、気配に気付いた彼女は『キッ』と2人を睨みつけると総司くんたちとの会話の輪に入れずに、手持ち沙汰になっていたクマと呼ばれるキグルミの中味の彼の頭をアイアンクローすると問答無用で引き摺って行く。

 

「センセェー!?クマが何かしたかクマー?」

 

「……。黙ってついてきなさい」

 

「イエス、マム!クマー」

 

背筋が凍るほどの冷たい瞳で見下ろしてくる優ちゃんに、クマと呼ばれた彼は抵抗することを咄嗟に止め、市場に水揚げされたマグロのように固まったまま、連れて行かれた。その様子を眺めていると肩を落とした風花とゆかりが寄ってくる。

 

「取りつく島もない、ってこのことよね」

 

「一体全体、どういうことなんでしょう。湊ちゃん、彼女は本当に私たちが知る優ちゃんなんですか?」

 

「そうだと思うよ。でないと召喚器のことが説明できないし、あそこで八十神高校の彼らと会話を弾ませる総司くんを見れば、一目瞭然じゃない」

 

私の言葉を聞いてゆかりと風花が振り返って確認すると、総司くんは千枝ちゃんや雪子ちゃんと一緒になって巽くんをからかっていた。からかわれている本人も嫌そうな感じじゃないので、本当に彼らと面識があることが窺える。すると私たちの視線に気付いた総司くんが手招きしてくる。私はゆかりと風花と顔を見合わせると頷いて、彼らの下へ向かった。

 

「優がすみませんでした、結城先輩。一応、説得はしたんですけど、先輩たちと仲良くすることは出来ないって、頑なに拒否するんです。一体、どうしたんだか……」

 

総司くんは腕を組んで首を傾げている。彼の後方でも普段の様子とかけ離れた優ちゃんの行動に疑問を抱いているらしい雪子ちゃんたちの様子が窺える。

 

「あれ?花村くんと白鐘くんの2人がいないね」

 

「あ、ホントだ。花村はともかく直人くんはどこに行ったんだろ」

 

「クマくんは優が連れて行ったしね」

 

私の疑問に答えたのはナビゲータの久慈川さんと雪子ちゃんであった。

 

「花村くんも白鐘くんも男の子なのに、扱い方が分かれるんだね」

 

風花がそう言うと千枝ちゃんたちはキョトンとした様子で顔を見合わせた後、口元に手を当てた後に笑った。眉を寄せてクエスチョンマークを頭の上に浮かべる私たちに、目尻に溜まった涙を拭き取った千枝ちゃんが教えてくれた。

 

「直人くんは男装しているけれど、れっきとした女の子なんですよ」

 

「マジでっ!?」

 

「どっから湧いてくんのよ、アンタは」

 

私たちが驚く暇もなく、真田先輩たちと一緒にいたはずの順平が話に割り込んできたのを見たゆかりが即座にチョップとツッコミを順平に与える。チョップが叩き込まれた額を押さえて蹲る順平を見て、雪子ちゃんが大爆笑している。

 

「イテテテ、ヒデェよ。ゆかりっち……、そうだ」

 

順平はチョップを討ちこまれた額を擦りながら半泣きの状態で周囲を見渡し、キョトンとした様子の総司くんに狙いを定めると話しかける。

 

「総司は直人クンが女の子って気付いていたか?」

 

「え?……ああ、白鐘先輩の話ですね。僕も最初は気付きませんでしたよ」

 

「ん、最初って?」

 

「乾くんがシークレットシューズを指摘した後、白鐘先輩を下から見上げた時に、服の裾をまるでスカートを押さえるような仕草を見せた瞬間にティンってきました」

 

あの一瞬のやり取りで白鐘くんは……いや白鐘“さん”はそんな仕草をしていたかなと私は周囲にいた皆に目配せするが、ゆかりも風花も順平も首を振って気付かなかった様子。相変わらず細かいところを良く見ている総司くんには感心するしかない。そう思っていると総司くんの姿がダブって見えた。目を擦るといつの間にか彼の後ろに優ちゃんが立っていたのだ。彼女は背後から総司くんに話しかける。

 

「兄さん、ちょっといい?」

 

「あれ、優。どうかしたの?」

 

「うん。保健室でエリザベスさん……だっけ?彼女が呼んでいるの……その……」

 

「……ああ、“なるほど”。結城先輩、優と一緒に保健室に行ってくれませんか?……分かった、分かったからそれ以上引っ張らないでよ。僕も一緒に行ってあげるから」

 

ジト目で見てくる優ちゃんに負けた総司くんが肩を竦めている。頬を『ぷくっ』と膨らませ、総司くんに甘える姿は正しく私たちの知る優ちゃんで間違いが無いのに、一体全体どうしてこんな感じで成長してしまったのだろうか。それとも、彼女がああなることがこれから起きてしまったのだろうか。

 

「けど、エリザベスさんの保健室か……あの毒々しいところには正直な話、行きたくないんだよね。飾り付けかどうか知らないけれど、ジャックフロストが首吊っている姿はあんまし見たくない」

 

「兄さんはショーケースにぎゅうぎゅう詰めにしているけどね。私はあっちの無機質なつぶらな瞳の大群の方がトラウマだよ」

 

「えー、あれはあれでいいじゃないか。ああしていればいつか、“キングジャックフロスト”に進化するかもしれないんだし」

 

「兄さん、混ざってる!なんかのゲームと混ざっているよ!」

 

年齢的には優ちゃんの方がお姉さんになったはずなのに、相変わらず仲の良い兄妹だなぁ。

 

 

 

 

“ヤソガミコウコウ”1F保健室にて

 

「ようこそ、エリザベスの部屋へ。お薬?お注射?そ・れ・と・も……」

 

「どこの新妻三択ですか?」

 

というエリザベスさんと総司くんの漫才から始まった『依頼』についての説明。

 

エリザベスさんが言うには優ちゃんたちが通っている八十神高校には七不思議というものが存在していたらしく、それを参考に依頼ノートというもの設置するという。ちなみにその八十神高校の七不思議は、『保健室のノートに願い事を書くと、その願いは叶う』といったものであったが、初回はエリザベスさんが書いた願いを私たちが叶える必要があるらしい。

 

「七不思議って、そういうものじゃないけれど。この“ヒト”に言っても無駄だしなぁ」

 

と、総司くんはまるで昔からエリザベスさんのことを知っていたかのような言葉を呟いた。そのことを聞こうとした私だったが、丁度視線が合った優ちゃんに睨まれ、口を閉ざすことになる。エリザベスさんに言われて私を呼びに来た優ちゃんは総司くんを挟んだ向こう側にいるけれど、時折私を色んな感情を織り交ぜた複雑な視線で見つめてくる。しかし、決して話しかけてくることはない。

 

「つまり、エリザベスさんの言う依頼を達成することで強力な装備やお金などの報酬を得られるってことですね」

 

「その通りでございます」

 

私が優ちゃんのことを話している間も、エリザベスさんの話は進んでいた。依頼の中には期限を設けているものもあるらしいが、仲間の中にはしっかり者も多いし依頼を達成せずに終わるって言うことはないと思う。

 

3Fにある、もぎてん通りの“キッチンなまやけ”の前に皆が集まって話をしているとコロマルとアイギスに伝えられ、そこへ移動すると皆が真面目に話し合っていた。私に気付いた美鶴先輩が手招きするので近寄って行く。

 

「やっときたか、湊。我々と彼ら、互いの“総称”を決めておいた方が、何かと話し易いのではないかと思ってな」

 

「初めて会ったんですし、少しでも連携を良くしたいですね」

 

美鶴先輩が切りだした話題に対して雪子ちゃんが微笑みながら頷いた。他の皆も同意見の様なので私としては反対する理由にはならない。ただ、私たちから少し離れた場所から様子を窺っている優ちゃんの視線が痛いのが気になるけれど。

 

「では、そうだな……我々には既に“S.E.E.S”という呼称があるから、それを……」

 

美鶴先輩は私たち、特別課外活動部の通称を持ちだした。ちょっと長いけれどいいかなっと思っていたのだが、意味を分かっていないとただの横文字でしかないので、こんなことも予想していないといけなかった。高校1年生の巽くんが悩み悩みながら呟く。

 

「えす、いー……?えす、いー……“せ”!せ、せ……セーフ!?」

 

「ぶっぶー。アウトー」

 

千枝ちゃんのツッコミが入り、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた巽くん。そんな彼の姿を見ていた美鶴先輩は額に手を当てて、「これは駄目だな」と小さく呟いた。するとやり取りを見ていた真田先輩が言った。

 

「なら、学校名はどうだ?俺たちは月光館学園。お前らは八十神高校……だったな」

 

「月光館学園さんと、八十神高校さん……?」

 

「呼ぶたびに舌を噛むな」

 

真田先輩の意見に首を傾げる天田くんと巽くん。そんな中「ふっふっふ」、と意味深に笑う真田先輩がパチンと指を鳴らして続ける。

 

「縮めればいい。月光館学園は、月高ともよばれたりしている」

 

「つきこう?何かカッコイイっすね!ウチはね、八十神の“八”を取って、“はちこう”って呼ばれてる」

 

真田先輩の意見を聞いていた千枝ちゃんが諸手を挙げて、八十神高校の略称を言うと2人は拳をぶつけ、周囲にドヤ顔を見せてくる。

 

「じゃあ、月高組と八高組ですか?」

 

「うん、それでいいんじゃないかな?」

 

出た意見をまとめた天田くんの言葉に私が頷くと、話を聞いていた他の皆も口の中で言葉を転がし、問題ないと頷いたので私たち月光館学園の出身者は月高の誰々、八十神高校出身者の優ちゃんたちは八高の誰々と名乗ることで話がついたのであった。


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