『怠惰』なリアスは苦労が少ない。 作:ふぬぬ(匿名)
若いうちの苦労は買ってでもしろ。
貧しくとも幸せだったころ、姉さまにこう言った。
「もっと、おいしいものが食べたいな」
言ってしまった。
「ごめんね、白音。ひもじい思いをさせて……私にもっと力があったら……、力があったらよかったのにね……」
私は、なんてバカなことを言ったのだろう。
姉さまは私を食べさせるために一生懸命だったのに。
父の顔も母の顔も知らない。私には姉さましかいなかった。
寝るときも食べるときも遊ぶときも、いつも一緒で、いつも面倒をかけて、いつも甘えていた。私の帰るところは姉さまのところで、私の頼れる相手は姉さまで……。
だけど、姉さまに頼る相手はいなかった。
「白音。私、悪魔になるね。転生悪魔、上級悪魔の眷属になって、うんと強くなって、たくさんお金をもらって、それでおいしいもの食べようね」
頼る相手のいない姉さまは、自分を悪魔に売り渡した。
そうして、大きな大きな悪魔の家に住んで、暖かい寝床とおいしいご飯をもらえるようになった。飼い猫になった私達はすこしの間だけ不自由なく暮らすことができた。
飼い猫になって、帰る家と、安全に眠ることのできる場所と、満足な食事を手に入れた代わりに、姉さまとあまり一緒にいられなくなった。
強くなるのだと言っていた。うんと強くなって独立するんだと。
「そのために、私はいろいろなことを覚えなくちゃいけない。妖術の扱い、魔力の運用――仙術も使えるかもしれない」
そう言って、姉さまは私と遊んでくれなくなった。
『はぐれ』が四回目の追撃部隊を壊滅させたと聞いたころ、サーゼクスさまがこう言った。
「妹の眷属になる気はないかい? 才能はあるんだが、どうにも面倒くさがりな子でね、助けになって欲しいんだ」
どうでもよかった。どうなってもよかった。私なんか死んでしまってもよかった。そのときはそう思っていた。
だから、その言葉にうなずいた。
姉さまに捨てられた、置いていかれた私を拾ったのはサーゼクスさまだから。
連れて行かれたお城で出会った、私の新しい飼い主。サーゼクスさまの妹のリアスさまは、私に何も言わなかった。
何をしろとも、強くなれとも言わなかった。
それは、とてもありがたかった。そのころの私は心がぐちゃぐちゃで、とても何かをできる状態ではなくて、何かをしようとも思えなかっただろうから。
何もしない、何も話さない日々が過ぎて、私はふと気付いた。
何もしなくてもおなかは空くんだと。
何の役にもたっていないのに、毎日ご飯だけは食べていた私。
死んでもよいなんてウソだった。
それに気付いたら、急に怖くなった。役に立たないと捨てられて、ひとりぼっちになってしまうことが怖かった。ひとりで死んでしまうのが怖かった。
もう、姉さまに会えなくなってしまうことが怖かった。
怖くなって、リアスさまに聞いてみたところ。
「あなたがここにいるということ、それだけで意味があるの。何もしなくても充分役に立っているから、気にしなくてもいいわよ」
姉さまは強くなれと言われて、強くなろうとして、強くなって。そうしてあんなことになってしまったから、もし強くなれと言われたら怖かったと思う。
でも、何も言われないことも怖かった。
私はどうしてここにいるのですか?
あなたは私に何も望まないのですか?
何も言われないのは、私が役立たずだから?
それとも私が「主殺しの黒歌」の妹だから?
サーゼクスさまに言われて引き取っただけで、本当は邪魔だと思っているのですか?
数年前のあの日、リアスさまにこう言った。
「私の姉は主殺しのはぐれ悪魔です。それでもここにいていいのですか?」
返ってきた答えは思ってもみなかったもので、
「どうせなら姉も連れてきたらよかったのに……」
びっくりした。
主殺しのはぐれ悪魔。追撃の部隊を何度も壊滅させた最悪のはぐれ。はぐれの中でも最大級に危険で、ついには悪魔たちが追いかけるのやめた黒歌を連れて来いだなんて。そんな風に言われるとは思わなかったから。
びっくりしたから、どうしてそんなことを言うのか聞いてみたところ。一緒に来ていれば姉妹一度に眷属にできて楽だったのに、と返されて私はまたまたびっくりさせられた。
凶悪犯な裏切り者で、悪魔の世界の犯罪者な私の姉さま。リアスさまは、それを眷属に迎えても良いと言ったのだ。
むしろそんなに優秀な悪魔なら大歓迎で、元の主の親族などが何か言ってきても、魔王サーゼクス・ルシファーの妹という立場を利用して黙らせてやるとも言ってくれた。
そんなことをしたら、きっと悪魔の貴族社会での評判はとても落ちてしまうはずなのに、全然気にした様子も無く、当たり前のようにそう言ってくれた。
――グレモリーの一族は身内に甘い。
そんな話をどこかで聞いた事があるけれど。もしかして、リアスさまは私のことも身内だと思ってくれているのだろうか? だからそんなに優しい言葉をかけてくれるのだろうか?
「ありがとうございます。いつか姉さんを捕まえてきます」
泣いてしまいそうになるのをこらえて、私はリアスさまに誓った。いつかきっと姉さんを連れてくると。
数年前のあの日、リアスさまはこう言った。
「白音の駒は『兵士』八個ね」
びっくりした。
リアスさまにはいつも驚かされてばかりだ。
悪魔の駒にはそれぞれに価値がある。『女王』が九で、『戦車』が五、『僧侶』と『騎士』が三で、『兵士』は一。リアスさまが私に与えると言った『兵士』の駒は一番価値の低いものだが、八つ全部となると駒価値の合計は『女王』に次ぐものとなってしまう。
私は一応はそれなりの上級妖怪なので、『兵士』一つでいいとはいかないのだろうけれど、それでも八個は多すぎる。
多すぎると言ったのだけれど、リアスさまは「面倒だから」と聞き入れてくれなくて――『兵士』八個の眷属悪魔となった。
これは『僧侶』二つの姉さまよりも大きな価値を認められたということ。私は、私を認めてくれたリアスさまに恥をかかせないよう、与えられた駒に見合うだけの働きを示そうと思った。
「黒歌の妹の白音」として色々と言われることもある私だけれど、「リアス・グレモリーの『兵士』を全部もらった白音」となってからは、少なくともグレモリー領内では陰口を言われることがなくなったのだから。
きっと、多分、これはそういうことなのだろう。
だから私は、リアスさまのため、自分と姉さまの将来のため、精一杯頑張ろう。
数年前のあの日、リアスさまから仕事をもらった。
「すごく……たくさんです」
リアスさまが、グレモリー家の次期当主として任されている仕事の内、眷属にやらせても問題のないもの全部を渡された。
領地の経営に、悪魔の人事(?)、税金その他いろいろ。リアスさまは「父上に押し付けられた」と言っていたけれど、それだけ期待されているのだと思う。
そして、その中からたくさんのことを任された私も、リアスさまから期待されているのだ。
期待に応えようとは思うのだけれど、これまでの私は長い野良猫生活では姉さまの世話になってばかりで、飼い猫時代にも特に何かを学んでこなかった。
やるやると言っておきながら、いざ任されると何もできないことに気付いた。恥ずかしい。
どうしようかと困っていたら、グレイフィアさまが暇を見つけては色々と教えてくれた。あの方もいろいろとすごい、魔王のメイドは伊達じゃないのだ。
いろいろと迷惑をかけて、いろんな方に習って仕事を覚えた。
そうして、リアスさまに渡された仕事の中から「はぐれ悪魔の調査」という項目を見つけた。
「白音が自分でやるって言ったのよ?」
確かに言った。「
私がグレモリー家の仕事として、姉さまを探すことができるようにしてくれたのだ。予算もある、人員を手配することもできる。
あの日と違って、今日は涙を止められなかった。
数年前のある日、リアスさまにこう言った。
「ライザーさまの眷属は女性ばかりみたいです。ハーレムを築いてやりたい放題にされているとか」
ライザーさまは名門フェニックス家の方で、不死身の資質を強く受け継ぎ、悪魔としては比較的まともな性格をされているが、それでも、
「婚約者がありながらあのような振る舞い。リアスさまが軽んじられているようで気になるのです」
そんな私の憤りに対して、リアスさまから返ってきたのは、男ならむしろそれぐらいの方が良いという答えだった。
相手を縛り付けても良いことなどないし、ある程度好きにさせておけばいいのだと、最後には自分のところに帰ってくるに決まっているのだからと。
本当に、なんとも思っていないような余裕の表情で、リアスさまはそう言った。
その後、来週は出会って一年の記念日だからライザーさまが何か用意するだろう、とリアスさまが言っていたのだけれど、本当にそうなった。
ライザーさまは結構マメらしい。
リアスさまは余裕があってカッコいいなと思った。
少し、憧れた。
記念日から少したったころ、私は秘密を知ってしまった。
「リアスさ……ま?」
リアスさまのすっぴんを見てしまったのだ!
びっくりした。
リアスさまにはいつも驚かされてばかりだ。
とんでもない魔力の塊、うかつに近寄ればそれだけで死んでしまいそうな恐ろしい雰囲気。あらゆるものを消し飛ばす滅びのオーラの集合体。それがリアスさまの本当の姿だった。聞けばその魔力は、大戦で亡くなった先代ルシファーさまの五倍にもなるのだとか。
驚いて、それから納得した。
なるほど、こんなにすごい力をもっているのなら、「はぐれ悪魔の黒歌」やその妹なんか怖くもなんともないだろうと。
「あの……ライザーさまはこのことをご存知なのですか?」
リアスさまの回答は肯定。
尊敬した。すごいと、単純にそう思った。
リアスさまの「これ」を知っていて抱きついたり、キスしたり、そういうことをしたりできるって……ライザーさまはなんて度胸があるのだろうか。
私の中でフェニックスの評価は急上昇だ。
駒王町にコカビエルがやって来たとき、リアスさまから逃げる準備をするように言われた。
「堕天使の幹部ということですが……リアスさまなら問題ないのではないですか?」
リアスさまはいつもの口癖の後に、サーゼクスさま達と長年やりあっている堕天使の幹部に勝てるわけが無いだろうと言った。
それもそうだと思った。
聞けばサーゼクスさまは、先代ルシファーさまの十倍もの魔力を持っているのだとか。さらに、そのサーゼクスさまとライバルだったというベルゼブブさま、見渡す限りの平原を凍りつかせてしまうレヴィアタンさま、リアスさまがとても尊敬していると言うアスモデウスさま。
これだけの方々がいて何百年も決着がつかないのだ、きっと堕天使の幹部というのは指先一つで町を吹き飛ばすくらいするのだろう。
私も少しは強くなったつもりでいたけれど、世の中にはまだまだとんでもない怪物がたくさんいるのだ。
冥界に向かう道中に、リアスさまがレヴィアタンさまに連絡していた。「念には念を」ということらしい。
帰って来たとき、駒王町は原型を留めているのだろうかと心配になったが、そのあたりは「ソーナに任せておけばいい」らしい。
私は知らないのだけれど、もしかしたらソーナさまもリアスさまのような力を持っていて、先代レヴィアタンさまの五倍くらい強いのかもしれない。
リアスさまの親友ということだし、きっとそうなのだろう……なのだろう。
椿姫さん、ごめんなさい。後はおまかせします。
ようやく姉さまを見つけた日、私は暴れ回った。
「どうして……! どうしてなんですか姉さま! はぐれ悪魔なだけではなくて、テロリストになってるなんて!」
調べてきてくれた部下に八つ当たりをしてしまった。情けない。謝らないと……。
各地の神話群に戦いを仕掛けている無法者の集まり「
面倒ごとを嫌う方だから「やっぱりダメ」と言われるかもしれない。リアスさまが良いと言っても、周りの反対がよりいっそう強くなるかもしれない。
「バカ! バカバカバカバカバカバカバカバカバカ……、姉さまのバカッ!」
結果として、姉さまがテロリストになっていたことが後々良い方向に働いたのだから、世の中というのはどうなるかわからない。
調査員を介して、姉さまと何度か話をした。
『ゴロゴロしているだけでご飯にありつけて、お給料もでるとか……そんな美味しい話は信じられないわね』
「本当、なんです。姉さまなら、きっと、リアスさまとも気が合います」
『世間知らずの、苦労知らず、おまけに無能と評判よ? そのリアスさまはさ』
「世間ずれして、苦労して、おまけに凶悪な犯罪者と評判です。私の姉さまは」
『いつも私の後をちょこちょこついてきてたくせに、生意気なことを言うようになったわね』
「そうでなければテロリストとなんて、怖くて怖くて話せません」
『ね、ね、白音。そのライザーとかいうフェニックス家の男。実際のところどうなの?』
「どうなのって?」
『強いの? 顔は? 性格は? 私相手に怯えたりしないかにゃ?』
「強さはそれなり。顔は好みによるけど整っているって言ってもよいかな。性格は……スケベで、それなりに覇気があり、女性にはマメ。姉さまくらいに怯えたりはしないと思う」
『不死身の特性って遺伝するのかしら?』
「多分……詳しいことは聞いていないけれど、ライザーさまのお母さまはフェニックス家の方ではないはずだから……」
『純血悪魔同士なら確実ってことね。転生悪魔だとどうなのかわからないけど、頭を何度も吹き飛ばされても平気な再生能力っていうのは魅力的ね』
「姉さまには、その……裏切り者になってもらわないといけないんだけど……」
『
「うん……」
『いいわよ。白音がそこまでお膳立てしてくれたんだもの。
「ありがとう、姉さま」
『お礼を言うのは、私の方のなんだけどね。ありがとう、白音』
冥界でパーティーのあった日、姉さまとようやく再会した。
「久しぶりね、白音」
通信でのやりとりではない、姉さまの声。
嬉しくて、また泣いてしまった。
私は今日も苦労を買って出る。
「リアスさま! なにか仕事はありませんか?」
仕事と苦労と面倒はやりたい相手に押し付けるもの
丸投げとも言う