「お願いします」
「嫌だ」
体育祭が終わって数日が経ち、休みの日に皆でいつも通り学校で暗殺の技術を高めるために訓練をしていて現在は道具を片付けたり帰りの仕度をしたりとしてる中、華鎌は真剣な表情で楓に何か頼み事をしていた。
「楓の力が必要なんです。どうか考えを改めて貰えないでしょうか」
「考えた末の嫌なんだよ」
「お願いします「嫌だ」お願いしま「断る」お願いし「だが断る」おねが「頑張れよ」……待ってくださいよぉ!」
華鎌の頼みを悉く断り倉橋と帰ろうとすると華鎌は若干涙目になりながら楓にしがみついて懇願する。
「(なぁ渚、あれは何してんだ?)」
「(わからない……朝から華鎌君が楓君に頼み込んでるみたい)」
華鎌と楓のやり取りを遠巻きで見ている渚と杉野は小声で話している。
「どうしたんだよ華鎌。何か困り事なら手伝うぞ?」
そんな楓と華鎌のやり取りを見かねたのかクラスのリーダーでありイケメンの磯貝が声をかけてきた。
「実は……ちょっと家の大掃除を手伝って欲しいので楓に声をかけてるんです」
その言葉に楓はピクッと反応しそのまま帰ろうとする。
「まだ話が終わってないんで行かないでください!」
帰ろうとする楓をすかさず華鎌が手を掴み行かせまいとする。
「絶対に嫌だ!絶対にちょっとなんかじゃない!大規模な大掃除に決まってる!2度とこの件に俺を巻き込むな!
磯貝も他の奴も絶対に桐の頼み事を安請け合いするなよ!後悔するからな!フリじゃ無いぞ!」
華鎌の手を振り解きながら叫ぶ楓。
それに負けじと華鎌も大きな声で言う。
「お願いします!謝礼は出しますので手伝ってください!」
その言葉に反応した磯貝は楓の肩を掴み行かせまいとする。
「話ぐらい聞こうぜ九重」
「良いこと言ってるけど目が¥になってて説得力ねーよ!!」
「磯貝さんありがとうございます!時間も押してるので移動しながら話をします」
楓の言葉を無視した華鎌は磯貝に向けてそう言うと楓の両手と両足を掴み逃げられないようにするとそのまま学校を後にする。
「だれかたーすーけーてー!」
去り際の楓の言葉がやけに響き渡るのが印象だったと後に渚は口にするのだった。
「……帰りたい」
あれから心配になった渚、杉野、千葉、片岡、倉橋、矢田、茅野、速水、神崎が着いてきて現在はとある一軒家の前に立ち止まっている。
あれから何度も逃げ出そうとする楓を何とか引っ張りながら連れてきた一同。
ここまで嫌がる楓を珍しくも思いながら一同は玄関の庭を少し覗て見る。
其処には手入れが余りされていないのか雑草が少々延びてはいるが別段汚いと言う訳ではない。
「こんなにお手伝いに来てくれるとは思いませんでした!」
対する華鎌はこれでもかと言うほどの上機嫌。
学校を出る際、渚達も行くと聞いてから華鎌の足取りはとても軽くスキップまでする始末だ。
「では早速ですがやりましょう!」
そう言うと華鎌は玄関のドアを開けて扉を開けた瞬間、バシッ!と楓はおもいきり華鎌の頬を殴る。
この事に渚や倉橋達は言及も止めもしなかった……いや、出来なかった。
渚達は玄関の先にあるものを見て固まっており、楓はバタン!と勢い良くドアを閉め鍵をかける。
「…………さて暇だな…何処かで皆でお茶でもしないか?」
楓の言葉にハッ!と我に返る一同。
「そうだな。その後でお前の家の地下で射撃訓練してもいいか?」
「あ、私もそれしたい」
「それにそろそろ冬休みに向けて大きな暗殺の計画も練りたいしね」
「じゃあ皆行くか!」
千葉、速水、片岡、杉野は何も見なかったことにしてそう言うと渚達もそれにつられて歩いていき次の暗殺に向けて準備をするのだった。
「待ってくださーい!!」
……そうは問屋が卸さなかった。
渚達の前に立ち止まり手を大きく広げて行かせまいとする。
「磯貝さんや皆は手伝ってくれるって言ったじゃないですか!!」
「すまない華鎌。しかしあれは俺達じゃどうこうできる問題じゃ無いんだ」
先程とは打って変わって目をウルウルさせ、今にも泣きそうな華鎌の言葉に磯貝は真っ直ぐ華鎌を見据えてそう答え片岡達もウンウンと何度も首を縦に振る。
「諦めろ桐。あのゴミ屋敷は俺らじゃどうにもならないんだ」
楓は華鎌の肩をポンと叩きそう告げる。
そう、あの時みんなが玄関先で見たものはこれでもかと言う程のゴミが散乱した中の様子だった。
足の踏み場も無く無造作に積まれたゴミ袋が渚達を歓迎していたのだ。
「因みに聞くけどあれは誰の華鎌君の家なの?」
「いいえ……あれは美樹の家です。ここ最近、美樹の家に行ってなかったので昨日覗いてみたらご覧の有り様……いえ、あれよりも酷い有り様でだったんです」
片岡の問に華鎌は淡々と答える。
「だから嫌だったんだ……蚕野郎め」
苛立たち気味に口を開く楓。
以前、体育祭で芋虫はどんな環境をも生き抜く力を持っていると説明をしたがそれ故に自堕落な芋虫が存在する。
それが鱗翅目・カイコガ科・カイコガの幼虫、蚕。
野生の回帰能力を持たない世界で唯一の家畜動物。
元は野生種だったが効率良く絹を生産するための人工の飼育環境に“適応”した結果……木枠無しでは繭も作れず腹脚が退化し樹木を這うことが出来なくなり自力で生きる術を失ってしまった芋虫であり、外敵のいない環境に適応してしまったことによりとことん堕落してしまった芋虫である。
外敵のいない場所=自宅では美樹は自堕落になりこのようなゴミ屋敷が完成してしまった。
因みに以前、楓が捲き込まれた時は文明が住める空間になるまで3日も費やしていたことをここに記す。
「昨日1日で庭を綺麗にしたんです。
今日も逃がさずにゴミ屋敷を何とかしようとさせたんですが“用事が出来た。後は任せる”と書かれた置き手紙を残して何処かに行ったんですよ。
……お願いです。皆さん……少しでも良いから…手伝ってください」
俯き加減でお願いする華鎌。
所々で嗚咽を漏らしながら言うのに磯貝達は居たたまれない気持ちになる。
「…………わかったよ。俺達で綺麗にしよう」
磯貝の言葉に片岡達は仕方無いと言った表情で首を縦に振り、皆で楓を見る。
楓は腕を組ながら俺はやらないと言った態度を醸し出しながら視線を合わせないようにする。
「…………あー!わかったよ!今回だけだ!今後、2度とやらないからな!」
皆の無言の視線に耐えきれなくなったのか楓は投げやりな感じで言うと華鎌はパッと明るい表情になる。
「その代わり、晩飯は桐の全額奢りな。そうじゃないと割りに合わん」
「勿論です!」
「よし!そうと決まれば早速取り掛かろうぜ」
磯貝がそう仕切ると皆は頷き、行動に移す。
(…………計算通り…ですね)
皆の後を追って歩いてる華鎌はニヤリとバレないように笑みを浮かべるのだった。
その後、皆で一通りの掃除用具を(華鎌の金で)買い各々の役割分担に別れて掃除を再開する。
矢田と倉橋は台所の掃除、渚と杉野は外の草刈り、楓と華鎌、神崎と茅野は室内のゴミを分担、速水と片岡は洗濯&風呂掃除、磯貝と千葉は家の窓拭きを開始するのだった…………
「お…終わった」
綺麗になったフローリングの上に横たわる楓。
お昼前に始めた超大掃除も気が付けば18:00となっていて辺りは薄暗くなっており、周囲の家からはポツポツと灯りが灯されていた。
渚達も疲労からかソファー等でクタクタな様子で座っている。
「皆さん、今日は本当にありがとうございました」
「出来るだけこの綺麗な状態を維持させるよう美樹さんに言って欲しいわ」
片岡の言葉に一同は激しく首を縦に振る。
「安心してください。近々、私はここに住み込むことにしますので」
2日も大掃除をした華鎌は誰よりも疲労の様子を見せながらそう言う。
どうやら自堕落した芋虫は
その後、皆は流石に疲れたのか華鎌に奢ってもらうのは日を改める事にして皆は其々の帰路に着くのだった。
時間が遡り、お昼頃……
華鎌が楓達を説得して大掃除をしている間、とある病院の一室では重苦しい空気が流れていた。
その病室では喫茶店・九条の従業員である源三郎、ユウ、ニナミと孫娘の唯にアリス、めぐみ、美樹がいてベットには咲和が横になっていた。
ここにいる一同は体育祭の夜、咲和が何者かにやられたと聞き集まっていた。
「おめーさんが倒れたと聞いた時は驚いたぞ」
「私じゃなかったら恐らく死んでたわ」
源三郎の言葉に咲和はふざけることもなく真面目に答え、あるものを皆に見せた。
「10口径の弾とは随分小せえ弾だなそれがどうした」
「この弾が私の心臓付近の大動脈にあったわ」
源三郎の問に咲和は答えると源三郎はピクリと反応する。
「良く無事だったな」
「肋骨って隙間だらけで刃物や銃弾からは護れないから重要器官には鋼鉄のカバーで覆ってたのよ」
兜蟲の防御装備で内蔵型外骨格“
カブトムシは“鞘翅”と呼ばれる2枚の翅で背面を覆い重要器官を保護している。
昆虫の体構造は脊椎動物と違って表裏逆で心臓などは背中側に位置する。
カブトムシの外骨格は弱点を覆い隠した完全無欠の鎧であり咲和はそれを参考に自身の重要器官を鋼鉄で覆い隠していた。
「まぁ、流石に心臓近くだったから撃たれたときは衝撃で気絶しちゃったけどね」
「咲和ちゃんを襲った人って誰だが解らないの?」
ニナミの問に一同は咲和に視線を移す。
「それが来てもらった本題よ。
そいつはこう言ったのよ『恐れるなかれ“死神”の名を』ってね」
死神と言う単語に一同は大きく反応する。
殺し屋の業界で死神を知らない人物はいないと言われている最高の殺し屋。
「そーいやここ最近、死神が再び現れて殺し屋達を狙ってるって情報耳にしたな。
それとここ数日、殺し屋の何人かが日本に来てるって情報があった。
そのなかには“孤人要塞”も混ざってるって確実な情報を耳にした」
不意に唯が思い付いたような口振りで口を開く。
「“死神”に“孤人要塞”……そんな奴等が日本に来るとしたら……」
「
ユウの後にめぐみが重ねるように口を開く。
「おめーら暫くは仕事を控えてろ。
それとアリス、美樹お前さん等は楓達の様子をそれとなく観察しておけ。
ガキ共の相手にしちゃ荷が重すぎる」
源三郎の言葉に一同は頷く。
「ったくこの心配が杞憂に終わってくれれば幸いなんだがな……」
源三郎の呟きに答えるものはいなく、ただ虚しく掻き消えていったのであった。