やはり俺のネタは間違っている?   作:kue

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究極の専業主夫……それは猫になることだと思うんだ2

 猫の生活が始まってから2日目の朝、目を覚ました時には既に雪ノ下の姿はどこにも見当たらない。壁にかけられている時計を見てみると時間帯はまだ朝の10時前後。

 この時間から出かけるのか……にしても暇だな、ヒモと言えども。まあ猫と言う事もあって人がやるような暇つぶしも効かないわけだが……さてどうしようか。

 そんなことを考えていると固定電話が鳴りだしたが猫の俺にとれるはずもなく、ただ癖として電話の傍に寄ったところで留守電へと切り替わった。

『あ、ゆきのん? あたし、由比ヶ浜だよ……今日も病院行くよね?』

 病院? なんかあいつ体悪いのか。

『その……ヒッキーが入院することになったのゆきのんのせいじゃないよ。じゃ、またね』

 そこで電話は切れた。

 …………俺が……入院?

 その直後、俺の頭の中で映像が勝手に再生される。

 冬休みのある日に俺達奉仕部が平塚先生によって集められたこと。そこで奉仕活動という名の雑用として使えなくなった椅子や机を粗大ごみ置き場へ運んでいる時に階段の上から雪ノ下が落ちてきてそれを受け止めようとして俺は後頭部から落ちたこと。

 じゃあ昨日の晩、あいつが泣いていたのは……責任を感じていたから……。

 俺は答えを導き出すよりも先に玄関へと向かうがどう考えても届かない位置に鍵があるので玄関から出るのを諦め、ベランダの窓の鍵をどうにかして開け、外へ出るとともにちゃんと窓を閉めて柵の上に立つが15階のベランダから地上に飛び降りれる度量など俺にはない……が、行くしかない!

 一旦中に戻り、大きめのスカーフのようなものを探すとちょうどいいところにテーブルクロスが見えたのでそれを引き摺り下ろし、両手両足に括り付けてもう一度柵の上に立つ。

 …………よし。

 

「…………にゃー!(アイキャン・フラァァァァァァァァイ!)」

 

 心の中で叫びをあげながらムササビの様に両手両足を限界まで広げると想像通りにテーブルクロスが膨れ上がるが想像以上に大きく膨れ上がってしまい。

 

「ニャニャニャニャニャ!(イタイタイタイタイタイタイタイタイ!)」

 

 もうそれは素晴らしいくらいにエビぞりになり、凄まじい痛みを感じながらも空中滑空をしていると近くに生えている木の枝に素晴らしいくらいに引っかかるがその勢いでグニャン! といきそうなくらいにまでエビぞりがさらにひどくなってしまう。

 よ、よし……な、何とか生きてる。

 生きると言う事の素晴らしさを噛みしめながら結び目を解いて木を伝って地上に降り、高校から近い場所にある俺が前に事故った時に入院していた病院へと向かった。

 恐らくあそこに入院してるはずだ…………そうであってくれよっっっ!?

 病院に向かってダッシュしていると目の前を傷だらけの巨大な猫とその周りにいるいかにもガラの悪そうな目つきをしている猫に塞がれた。

 …………ま、まずい。

 

「おうおう! てめえ何こっち見てんだごらぁ!」

「え、あ、いや……べ、別にみてないっす」

「嘘つくんじゃねえよ! 今ボスのこと睨んだだろうがよぉ!」

 こ、こんなに猫の世界は怖いんでひゅか?

「おいおい。てめえら。見てみろよ。恐怖のあまり尻尾下がってんじゃねえか……ちょっと面貸せや」

 今にも肉球を叩きつけられようとしたその時!

「待て!」

「だ、誰だ!」

 勇ましい声が聞こえ、周囲を見渡すと傍にある高い塀の上に太陽を背に一匹の勇敢な猫が立っていた。

 太陽を背にしているせいであまりにも眩しい光が俺の目に突き刺さり、その勇敢なる猫様の顔を見ることが出来ずにいたがその猫は果敢にも高い塀から飛び降り、それは素晴らしいフォームでスタッと降り立つ。

「何もんだてめえ!」

「ふっ……貴様ら低俗な野良猫どもに名乗るななどないさ……なあ、八幡」

「ま、ま、まさか……」

 あの俺を見る時の見下したような目は間違いない! 奴は……奴こそは!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カマクラさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 そう! 俺の目の前に降り立った英雄は我が飼い猫のカマクラさんだった!

 な、なんて勇ましいんだ……普段、小町から猫かわいがりされている時のカマクラさんからは想像が出来ないくらいに眩い光を放っている気がする。

「八幡、行きな」

「そ、そんな……カマクラさん、あんたは飼い猫だ。喧嘩慣れしている野良猫相手にたった一人で挑むなんて」

「ふっ……オスには時として退いちゃいけねえときがあんのさ」

 カマクラさぁぁぁぁぁぁぁぁん!

「行けぇ! 八幡!」

「くぅ!」

 目からあふれ出てくる涙を我慢することなく流しながらカマクラさんに背を向けて後ろから聞こえてくる猫の甲高い声を聴きながらも俺は病院に向かって全速力で走り出す。

 カマクラさん! あんたの男気! 一生忘れねえ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が以前、入院していた病院に辿り着き、どうやって病室を知ろうかと思っていると雪ノ下の姿を見つけたので看護士さんや患者さんの奇異な視線を華麗なるボッチスキルで回避しながら後ろをついていき、彼女が入った病室に滑り込むようにして入り、即座にベッドの下に隠れる。

「ゆきのん……」

「……まだ……眠ってるのね」

「うん。先生は何も悪いところはないのにって……だ、大丈夫だよ! きっとヒッキーのことだからちゃんと……ちゃんとまた起きてくれるよ」

 そう言う由比ヶ浜の声は少し上ずったように聞こえた。

 …………由比ヶ浜が望んだ関係、雪ノ下が貫き通そうとした信念……それらは未だに俺は完全に理解できていないのかもしれない。分かったつもりで分かっていないのかもしれない……でも自分が欲した本物の正体くらいは完全に理解しているつもりだ。

 2人の足が見えなくなったのを確認し、ベッドに飛び上るとそれはもう鬱陶しくなるくらいにすやすやと健やかな寝顔を浮かべて寝ている俺の姿があった。

 ……自分の寝顔を見てイラつくなんてそうない経験だぞ……おい、さっさと起きろよ俺。いつまでそんな寝顔で寝てんだよ……そりゃたしかに猫なら一生、養われて夢のような専業主婦ライフを過ごせるだろうさ……でもそんなクソみたいなもんよりももっと大事なもんあるだろ……それにもうとっくに気づいてんだろ! 起きろよ……起きて……起きていつもみたいにあいつらと一緒に居ろよ!

 怒りのまま肉球を俺の頭に思いっきり叩きつけた瞬間、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆきのんのせいじゃ……」

「…………」

「……」

 病室に妙な空気が流れる。

 とりあえず……とりあえずこういうか。

「やっはろ~」

「ヒッキー!」

 目に涙を浮かべ、満面の笑みを浮かべた由比ヶ浜が世界記録狙えるんじゃないかというくらいに飛び上り、そのまま俺に抱き付いてくる。

「ヒッキーヒッキー! ヒッキーだよね!?」

「く、苦しい……俺以外に誰がいんだよ」

 チラッと雪ノ下の方を見てみると雪ノ下も若干、目に涙を浮かべながらも指の腹で涙が出てくるのを抑えていた。

「心配かけた」

「いいえ……もとはと言えば私が」

「まあ、その……あれは事故だったんだ。お前のせいじゃねえだろ」

 そう言いながら雪ノ下の頭に手をポンと置いてやるとついに我慢ならなくなってしまったのか雪ノ下は下を俯いて肩を震わせながら泣き始めてしまった。

「あ~。ヒッキーがゆきのん泣かしたー!」

「ばっ! 泣かしてねえよ」

「ええ、泣いてないわ。私がこの男の目の前で泣くなんて私が猫を嫌いになるくらいにありえないわ」

 そうは言いながらも晃に雪ノ下の目には涙が貯まりまくって少し溢れている。

 こうして俺はもとのボッチライフに……いや、元の生活に戻ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ! カマクラさん! これからお出かけっすか!? よろしかったら俺がお送りいたしましょうか!?」

「……お兄ちゃんがおかしくなった!」

「ばっ! カマクラさんがこれからお出かけになるだろうが! お前も早く挨拶しろ!」

 


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