世界の半数の人間はワームであるという予測が建てられたのはもう数年前の話し。
新宿に落ちた隕石から地球外生命体―――ワームが発生し、日本の奥底に隠れ、日々、人間を殺し、殺した人間の姿に擬態していると言われている。
しかし、人類もただ殺される立場ではない。対ワーム組織―――ZECTを結成するとともにワームを殲滅するための切り札であるライダーシステムを開発。
カブト・ガタック・ザビー・サソード・ドレイク、それぞれ五つのライダーシステムを開発したが変身者を選定するのは人類側ではなく、変身時に使われるツールの一つ・ゼクターが選定する。
よってZECTはゼクターが変身者に妥当であると判断したものを発見次第、ZECTへの強制入隊をさせるとともにその家族へ保障という名の給付金を送ることでZECTの支配下にライダーを置いていった。
しかし、ただ一つだけ、カブト・ゼクターが選定したであろう人物だけが発見できずにいた。
―――――☆――――――
いつもの静かな教室に紅茶の香りが漂い、本のページを繰る音、携帯のボタンを押す音だけがこの教室に響く音と言っても良いくらいに静かなこの場所は総武高校・奉仕部部室。
そこに俺は更生という名の無期懲役の刑を静かに行っていた。
「隼人君、今日も学校来なかったね。やっぱりZECTの仕事が忙しいのかな」
「そうでしょうね。日夜ワームと戦っている彼が私たちと同じように高校生の日常を送れるはずがないもの。昔からそうだったわ」
「あ、隼人君とゆきのんって幼馴染だったんだっけ」
「一応は」
「別にいいんじゃねえの。あいつが来たら来たでうるさくなるし。特に三浦が」
「うわぁ、名指し。それ優美子が聞いたらどうなるんだろ」
「……言うなよ?」
俺の言葉に由比ヶ浜はうんとも寸とも言わず、携帯の画面に視線を戻す。
……い、言わないよな? 絶対に三浦さんに言わないよな? 由比ヶ浜?
「総武高校一の人気者の彼に嫉妬を抱く男子は多いけど女子に嫉妬を抱くのは貴方くらいじゃないかしら」
「それはダイレクトに俺は女子に見られてないっていう事ですかね」
「あら? そう聞こえたのなら本望だわ」
「八幡悲しい」
「ま、まあまあ! そ、それにヒッキーのこともしかしたら見てる子だっているかも……」
葉山隼人―――対ワーム組織ZECTの一員にしてマスクドライダー・ガタックとして日夜、ワームと戦い続けている英雄的存在。
マスクドライダーシステムに選ばれた奴らはほとんどが東京にいる中、千葉県から出たシステム選定者に一時期は湧きに湧きまくった。
毎日、葉山隼人という人物はいったいどのような人物なのか、いかにして選定されたのかなどを耳に胼胝ができるくらいにドキュメンタリー方式で放送し続けていた。
そして葉山隼人がワームを撃退すればまるで何か偉業を達成したかのように毎日、飽きずにニュースで流し続け、葉山隼人の働きぶりを褒め称える。
葉山家はもうこの辺りじゃ知らぬ者はいないと言っても過言ではなく、お前はどこのファンタジー世界の貴族じゃと突っ込みたくなるくらいに家がデカい。
葉山の家にはZECTルーパーと呼ばれるライダーシステムを何段階もグレードダウンしたような装備をした奴らが警備している。
「そう言えば戸部っちもZECT千葉支部の隊員だったよね?」
「らしいな。俺は知らん」
「貴方はそんな情報を届けてくれる人がいないものね」
「そうだな。携帯にすら嫌われている始末だ」
「ヒッキーもZECTに入ったら?」
「バーカ。そんなことしたら専業主婦になれねえじゃねえか。それに俺は働いて保証されるんじゃなくて働かずに保証されたいんだよ」
「うわぁ、他力本願」
他力本願で何が悪いのかと毎度毎度思う。
いわゆるヒモと呼ばれている世の男たちは別に女性を無理やり働かせて金を貰っているのではなく彼女たちの方からお世話してあげるという事でお世話してもらっているのだ。
女性に無理やり働かせるのはあれだが養ってあげると言われているのだからそれは合法だ。
「そろそろ終わりましょうか。最近は何かと物騒だし」
「そだね~。ZECTがいるっていってもやっぱり、ワームは怖いし」
十月も末になればもうじき冬が来るということを知らせる冷たい風や低い気温が顕著になり、俺達の生活に吹きすさんでくる。
そろそろコタツ氏を引っ張り出すか。
「もしかしたらここにいる比企谷君はワームが擬態した姿だったり」
「ボッチの俺が化けられても分からねえもんなってヒデェ」
「冗談よ。貴方に擬態すればワームが可哀想だもの」
「けっ」
「まあまあ。じゃ、お疲れさま~」
「なんだ? もう帰るのか」
そんな声が聞こえると同時に部室のドアが開き、平塚先生が入ってきた。
「気を付けて帰るんだぞ。最近、ワームが活動しているらしいからな」
「は~い!」
先生に戸締りを任せ、俺達は奉仕部を出て普段なら職員室へ寄るが今日は寄らず、そのまま下駄箱へ向かい、そこで外靴へと履き替え、校門へと向かう。
既に時間帯は十月末ということもあってか六時だがそれにも拘らず空は暗く、冷たい風が吹く。
「寒~いっ!」
「そうね。そろそろ防寒具を出すべきかしら」
「あ、ゆきのん! 今度冬物バーゲン行こうよ! 近くの店でやってるんだ!」
「い、いえ私は人が集まる場所は」
「良いから良いから!」
最近、由比ヶ浜の押しにめっぽう弱くなってしまった雪ノ下だがどうも嫌な気分ではないらしく、呆れたように小さくため息をつきながらも小さく笑みを浮かべる。
いったい何に呆れているのかは知らないが恐らく、そんなに悪いことじゃないんだろう。
その時、向こうの方で弾丸が炸裂するような音が聞こえるとともに騒がしい音が聞こえてくる。
「な、なんだろ」
「……もしかして戦闘が始まったんじゃ」
チラッと空の方を見て見ると彼女たちからは見えない角度でカブトムシがブンブン飛び回っていた。
……はぁ。
「二人とも、とりあえず逃げるぞっ!?」
「きゃぁっ!」
その時、ブロック塀が粉砕したような音が響き、慌てて後ろを振り返るとぐったりとしたまま動かなくなっているゼクトルーパーとそれを石ころを蹴飛ばすように蹴る成虫のワームと数匹のサナギ型のワーム。
「さっさと逃げるぞ!」
二人の手を取り、ワームから離れるために走り出すと俺達とは逆方向からゼクトルーパーの部隊が走ってきてワームと交戦を始める。
曲がり角に差し掛かったところで俺達の足が止まる。
「……まだいたのか」
「ど、どうしよう!」
「だ、大丈夫よ。すぐにぜクトが」
あの雪ノ下でさえ、恐怖を抑えきれずに俺の手を強く握りしめる。
目の前には成虫型のワームが一体立っており、徐々にこちらへ近づいてくる。
……目の前で無くしたくないものを無くすくらいならば正体をばらした方がマシだ。
二人の手を離し、一歩前に出た瞬間、どこからともなくカブトゼクターが飛来し、成虫型のワームに体当たりを何度もかまし、攻撃を仕掛ける。
「な、何あれ」
「赤色のカブトムシ……どう見てもあれはゼクター」
そのゼクターがワームを軽く吹き飛ばしたところで俺の下へと飛翔し、カバンを投げ捨ててコートを止めていたボタンを外すとベルトが姿を現す。
「ヒッキーの手に止まっちゃった」
「…………比企谷君。貴方まさか」
「……変身」
『HENSIN』
ゼクターをベルトへ装着した瞬間、そんな音声とともに鎧が俺を包み込んでいく。
俺の姿を見た瞬間、こちらへ向かってきたワームに目がけてカブトクナイガンから弾丸を放つがクロックアップにより、高速移動へと入り、それらを交わす。
「ちょこざいな。キャストオフ」
『Cast Off』
「クロックアップ」
『Clock up』
ゼクターのホーンを百八十度倒した瞬間、俺を包み込んでいた重厚な鎧がキャストオフされ、マスクドフォームからライダーフォームへと姿を変える。
そしてベルトの腰の辺りを軽く叩いた瞬間、クロックアップが発動し、今まで姿が捕えられないほどの速度で動いていたワームと同じ速度軸へと突入する。
「はっ!」
カブトクナイガンを分離させ、クナイモードへと切り替え、飛びかかってきたワームの攻撃を避けながら相手の腹部をクナイモードで切り裂く。
突き出してくる腕をいなし、相手を切り裂く。
「おっ!」
『1』
「ほっ!」
『2』
「そいやぁ」
『3』
「はぁ! ライダー・キック」
『Rider Kick』
「はぁぁ!」
相手の口から放たれてきた蜘蛛の糸の塊を避けながらクナイモードで切り裂いていき、スイッチを三つ連続で押し、ゼクターホーンを百八十度戻し、再び倒した瞬間、ゼクターから頭部のホーンを経由して足へと電流が走る。
そして蹴り飛ばした相手めがけて跳躍し、空中で一回転した後、蹴りを撃ち込んだ瞬間、相手が吹き飛び、背中から地面に落ちる。
『Clock Over』
クロックオーバーが宣告された瞬間、ワームが大爆発を起こして消滅した。
「……ヒ、ヒッキーがラ、ライダー?」
「…………貴方だったのね。赤き英雄っていうのは」
ゼクターがベルトから離れ、ライダーの鎧が消え去る。
この瞬間、ボッチでライダーな俺が誕生した。