俺の名前は比企谷八幡。総武高校という県下有数の進学校に通うリアルボッチの男子高校生だ。
所詮、世の中にいるボッチなど真のボッチではない。何故ならば名前を知ればそいつは確実に覚えているからだ。人間の記憶はそんな簡単に消えることはない。たとえ正解の名前を忘れても『佐藤? じゃないな。高梨だっけ?』みたいな感じで人の名前らしきものが出てくる。
だが俺は別だ。俺はとある障害を抱えている。分類的には精神的なものになると思う。その障害とは眠りに着けばその翌日には自分以外の記憶がすべて無くなるからだ。もちろんちゃんと人間としての生活の仕方などの記憶は残るし、自宅の場所も残る。俺から消えるのは人間関係だ。名前はもちろんだが顔も忘れてしまう。だから両親の名前などもう何度忘れてしまったことか。だからこうやって俺はメモ用紙を持ち、名前を……このメモ用紙によれば俺には小町という名前の妹がいるらしい。
俺には妹がいるなどという記憶はない。遊んだ記憶もないし、顔も覚えていない。
そんな俺こそがリアルボッチだ。
「だ、誰だ」
「小町は比企谷小町っていう女の子でお兄ちゃんの妹なんだよ」
4月8日・火曜日・晴れ。
今日もお兄ちゃんは私のことを覚えていなかった。仕方がないよね。そういう障害を負ってしまっているんだから。だから今日も小町はお兄ちゃんに教えてあげる。小町が妹だってこと、ずっと傍に居たことを……ずっと昔の楽しかった記憶はお兄ちゃんにはない。だから小町はお兄ちゃんと一緒にその日、1回は必ず楽しいと思えることをすることにしている。そうすればお兄ちゃんに話せることがいっぱいできるから。
4月9日・水曜日・雨。
今日はお兄ちゃん、雨が降ってるからってことで学校を休んじゃった。人の記憶がなくなってもやっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんだったみたい。だから今日は小町も休んじゃった☆
今日1日、お兄ちゃんと一緒に遊べたから明日、お兄ちゃんに話すことがいっぱいできてよかった。
4月12日・土曜日・晴れ。
今日は1日お兄ちゃんとゲームセンターに行ったり、カフェに行ったりしてとても楽しかったな。
なんだか今日はお兄ちゃんのことを知ってる人が話しかけてきたけどお兄ちゃん自分以外の人間の記憶がないってことを知らなかったみたい。
まあ、教える気もなかったんだろうけどさ……戸惑っているお兄ちゃんを見たら少し、悲しくなった。
お父さんもお母さんも小町のことも1日ごとにリセットされる。それは小町たちにとっても哀しいことだけどお兄ちゃんからすれば毎日、空っぽの状態で知らない人といるんだもんね……もしも……もしも神様がいたらお兄ちゃんのこの障害を無くして欲しいな……だったらずっと楽しいままお兄ちゃんといられるのに……。
俺には小町という妹がいるらしい。今日も1日その小町という妹とゲームセンターに行ったり、カフェに行ったりした。知らない奴と一緒に行くのは正直、怖かった……ただ、何故かはしらないけどこの子と一緒にいると楽しかった。一緒にゲームするのもお茶飲むのも……行動の一つ一つが可愛いし、愛らしいし……何より楽しかった。
「……小町……」
「なに? お兄ちゃん」
「俺…………小町のこと忘れたくない」
「…………」
「お前と一緒にいた今日1日は本当に楽しかった……またその思い出がなくなるんだろ? そんなの俺は…………嫌だ。小町のことずっと覚えていたい」
「お兄ちゃん…………大丈夫だよ」
「え?」
「たとえお兄ちゃんの中から小町のことが消えても小町はずっとお兄ちゃんの傍に居るよ。忘れるたびにお話しをして、その度に楽しいことをして……そのことを……楽しかったことをお兄ちゃんに話したい。だから…………だからお兄ちゃんは怖くなんて思わなくていいんだよ。小町が楽しくしてあげるから。ずっと一緒にいるから」
「……小町……ありがとう」
この日のことは寝たらすぐに忘れる。だから俺は日記に書いていく。たとえ俺の中からこの楽しかった記憶がなくなったとしても事実はそこに残るから。
4月13日・日曜日・晴れ。
今日もお兄ちゃんは小町のことを覚えていなかった。
でも小町は悲しくない……なんて言えないけどずっとお兄ちゃんの傍に居てずっとお兄ちゃんに楽しかったあの日のことを話していこうと思う。
だからお兄ちゃん。
――――――――大好きだよ。