俺はボッチである。かの有名な作家だって吾輩はにゃ~んであるとか言ってるくらいだから別に俺はボッチであるなんて言っても通じるだろう。
友達が1人もいないのだ。それは社会の大人からすれば悪しき事態と言われてしまうがむしろ逆であって本来、人間というものは1人でも生きていけるのだ。というか選択肢として一人で生きるという事も入っているのでボッチだけがマイナス評価をされるのは聊か納得がいかない。
さて、俺――比企谷八幡はボッチだ。一人も友達と呼べる奴はいない……だが恋人と呼べる奴ならばいる。
そう……。
「不良みたいなやつだけどな」
「なんか言った? ていうか口動かさずに手動かしてくれる?」
「……あいあいさ」
俺は今、アルバイトに精を出しているのだ。もともとやる気はなかったのだがどうしても人手が足りないと言う事で急遽、駆り出されたのだ……俺の彼女である川崎沙希にな。
青みがかった黒髪をシュシュで1つにまとめ、眉間に皺が寄っているその表情はどこからどう見てもヤンキーにしか見えない。
ではなんで俺がそんな彼女と付き合っているのかというとなれそめは遡ること3か月ほど前の12月のことだ。あれはとても寒い日だった。
「手、動かして」
「すみません」
沙希に咎められながらも俺は小さな段ボール箱に商品とチラシを1枚入れてそれをテープで止め、大きな段ボール箱に綺麗に積んでいく。
さて、続きだ。寒い日、家へ帰ろうとしていたんだがそんなときに金髪、茶髪のものほんの悪いお兄さんに絡まれている沙希の姿が見えたのだ。もちろん俺とて男……逃げる時は逃げる。あぁ、逃げたさ……未遂だけどな。
ハンドル操作を誤って最悪なことにそのガラの悪いお兄さんを思いっきり轢いてしまったのだ。
まぁ、その後はお察しの通り俺はガラの悪いお兄さんにボコボコにされ、近所の人に警察と救急車を呼ばれるほどの騒ぎになってしまったのだ。
それで俺は3日ほど検査入院を余儀なくされたんだがその時に沙希がお見舞いに来てくれ、そこからなんやかんやで交流が始まり、2か月後に付き合い始めたのだ。
「ふぅ。終わった……そっちは」
「あんたの5分前に終わってる。あんた遅すぎじゃない?」
そりゃそちらさんは1カ月以上、俺よりも長くやっておりますからね……と言えばまた睨まれるので心の中にとどめておくあたり、俺はヘタレだ……自分に関してはな。
本日のやるべきことを終え、俺は店長から日給を貰い、先に支度を済ませて店の出口で沙希が出てくるのを待っていると制服姿にカバンを肩からかけている沙希が出てきた。
「ありがと、助かった」
「もう金輪際やめてほしいけどな」
「……そんなにあたしといるのは嫌?」
若干哀しげな瞳で小首を傾げながら上目づかいで俺を見てくるあたり、策士だ。こいつは俺がこんなことに弱いことをわかったうえでやっているのだ……そうに違いない。そうでなければ俺はおかしいのだ。
「べ、別に嫌ってわけじゃねえけど……」
「ならいいじゃん……ん」
「……」
手を伸ばされたので俺は少し考えながらもその手を握り、指を絡ませていわゆる恋人
繋ぎをしながら自宅までの道のりを歩いていく。
「あんた部活はよかったの?」
「良いんだよ……お前の頼みの方が重要だし」
「……バ、バッカじゃないの」
そう言いながらも沙希は嬉しいのか顔を赤くしながら若干、笑みを浮かべる。
沙希の家は兄弟が多い。だから沙希がこうやって自分の分は自分で稼いでいるわけだ。
土日も入っていることが多いからたまにしか……というか俺が出かけるのが嫌だからたまにしか外に出られないけどまあ、こんな帰り道も良い。
そんなことを思っているといつの間にか沙希の家が見えてきた。
「じゃあ、ここでいい」
「……毎度毎度そんな悲しそうな顔するなよ」
「う、うるさい」
沙希はそう言い、俺の手を離して玄関へ入ろうと俺から背を向けた瞬間、沙希の肩を軽くつかんでこちらへ向けさせるとそのまま彼女の唇を奪った。
「っっっ!?」
一瞬、沙希は驚きから肩をびくっとさせるがすぐに落ち着き、腰に手を回してくる。
学校ではやたらとツンツンしてるけどキスした時とか2人っきりの時は甘えてくるんだよな…………まあそのギャップがまたたまんなく可愛いんだが。
一度顔を離し、少し見つめ合った後またキスをする。今度はとびっきり深い奴を。
「んん……」
俺の舌と沙希の舌が絡み合い、水音が時折聞こえ、沙希の鼻息が俺の頬にあたる度に興奮してきてもっと深くに舌をねじ込ませる。
「んん!」
沙希をそのまま壁際まで追い込み、彼女の太ももの辺りを撫でるとくすぐったいのかそれとも快感を感じているのか身を捩らせるがそんなことで俺が彼女を解放することもなく、彼女と指を絡ませ、手を壁につき、彼女の股に足を入れる。
どちらのとも言えない唾液が俺達の密着している部分から流れてくる。
「ぷはぁ! ハァ……ハァ」
顔を離すと顔を赤くし、目を潤わせながら物足りなさそうな顔をしている沙希の顔が見えたが時間も時間なので今日はここらへんにしておこう。
「…………じゃ、また明日な」
「……う、うん」
顔を真っ赤にし、恥ずかしそうにそう言いながら沙希は家へと入っていき、それを見届けた俺も自宅に帰るべく、帰り道を歩き始めた。
翌日の放課後、定期試験も迫っているので真面目な俺はファミレスで勉強しようと勉強道具一式をもってファミレスへと向かい、空いている一人席に座った。
さてと……数学はまあもう諦めるとして……社会でもやるか。
「じゃあ今度はゆきのんが問題だす番ね!」
そんな聞き覚えのある声が聞こえ、そちらの方を向いてみると奉仕部メンバーと戸塚が6人テーブルに座って勉強会を行っていた。
……戸塚がいるのは良い。ていうか寧ろ俺の視界に毎日入っていてほしいくらいだ……1つ気になるのは何故、奉仕部のメンバーである俺を誘わずして戸塚を誘ったのだろうか……まあ、キングオブボッチの俺が考える必要などないことだけどな。
「あ、八幡!」
勉強しようとした時に戸塚に呼ばれ、再びそちらの方を向くとやけに笑みを浮かべ、こちらへ来いと手を振っている戸塚と気まずそうな顔をしている由比ヶ浜、そして我関せずの態度の雪ノ下が見えた。
戸塚の誘いを無碍にできないのでとりあえずそちらへ向かう。
「おっす」
「おっす。八幡も勉強しに来たの?」
「まあな」
「比企谷君は勉強会に呼んでないのだけれど」
「人の傷抉るような確認は止めろ。1人で勉強しに来たんだよ。そっちの方が効率いいだろ」
「え~なんで~? みんなと一緒に勉強した方が楽しいじゃん」
「そのみんなで一緒にやる勉強会から外したのはどこのどいつだ」
「ア、アハハハハ」
そう言ってやると痛いところを突かれたのか由比ヶ浜は乾いた笑みを浮かべる。
「八幡もここ座ってやろうよ」
「いや俺は」
そこまで言いかけた時、戸塚が目をウルウルさせて小首を傾げ、さらに小さく「ダメ?」と言いながら上目づかいで見てきた瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「お、俺も参加しようかな~」
「意志の弱いこと」
「うるせぇ」
戸塚に詰めてもらい、彼の隣に座って勉強道具を広げてさあ、勉強を始めようとした時。
「あ、お兄ちゃ~ん!」
妹の小町の声が聞こえ、振り返った瞬間、思わず握りしめていた鉛筆をテーブルに叩き付けてしまった。
妹の隣に見たこともない男子が立っている。
な、な、なん……なんだあのどこの馬の骨とも知らない男はぁぁぁぁぁぁ!
「こ、小町。お、お前そいつは」
「この子は大志君。ちょっと悩んでて小町が聞いててさ~。お兄ちゃんも聞いてあげてよ~……あ、妹の小町です。よろしくお願いします」
自己紹介をしながら小町はぺこりと頭を軽く下げる。
「私は…………私は誠に遺憾ながら彼と同級生の雪ノ下雪乃です」
「ひでぇ……とりあえず座れよ」
1つ座席を積めて小町を座らせようとしたのだが俺の隣にあのどこの馬の骨とも知らない男子が座り、俺の顔を見るや否や会釈してくる。
…………ていうかこの男、誰かと雰囲気が似てるんだよな。
「それで悩みとは?」
「あ、はい。俺には総武高校にいる姉がいるんすけど実は最近、その姉が……色々とおかしくて」
「色々って何?」
「たとえば化粧なんて興味もくそもなかったのに急に最近になって母さんに習い始めたり、香水つけたり……あ、あと最近夜遅くまで誰かと電話してるみたいなんすよ……なんかめちゃくちゃ楽しそうっていうか……」
……いやいや! 偶然だろう……た、確かに沙希は最近、化粧してきたり、夜遅くまでLineで夜遅くまで無料通話したりしてるけど! 偶然だ……うん。
「あ、それきっと彼氏できたんだよ! あたしの友達も彼氏出来たら急に化粧とかイヤリングとかしてきたもん! 絶対にお姉さんに恋人出来たんだって!」
「そうね。高校2年生という年齢を考えればそう考えるのが自然じゃないかしら」
「いや、そうなんすけど…………でも姉ちゃんは恋愛なんか興味もなかったんすよ!? イケメンの男見ても何も言わないような姉っすよ!? そんな姉に恋人なんて……絶対に悪い男っす!」
「なんでそうなる」
「だってよく言うじゃないっすか! 恋愛に耐性がない子ほど悪い男に捕まったら依存度が高くなるって!」
大志が鼻息を荒くしながらそう言うと雪ノ下は小さく頷き、由比ヶ浜も合点が行く個所があったのか頷き、あの小町でさえ同意を示している。
「確かに~。あたしの友達も初彼氏が暴力振るう人だったんだけどなかなか別れることが出来なかったな~」
「耐性が無ければ依存度が深まるのは理解できるわ」
「うんうん。小町も美味しいものいきなり食べたらずっと食べたくなりますし」
それは関係ないとは思うが……。
「その姉ちゃんどんな感じなんだよ」
「えっとっすね。シュシュつけてて眉間に皺寄せたら不良みたいな顔つきっす」
…………。
「な、名前は?」
「川崎沙希っす」
はい撃沈! どう考えても大志が考えているお姉さんを騙している悪い男っていうのは俺のことですねー! でもそう言われて見れば若干、沙希と雰囲気が似ている。
「あ、川崎さん? あたしと同じクラスじゃん。ね、彩ちゃん」
「うん。ちょっと怖い感じだけどね」
「何か目に見えて変わった点とかはあるかしら」
「ん~。川崎さんって大体一人でいるしな~」
「……あ、でもこの前、玄関で八幡と一緒に歩いてるの見たよ」
戸塚がそう言った瞬間、全員の視線、特に大志の視線が俺にものすごい深さまで突き刺さり、ジワジワとダメージを与えてくる。
そ、そんな殺さんばかりの視線を俺に向けてくるなよ……。
「た、たまたまだ。たまたま隣同士になった瞬間を戸塚が目撃したんだ」
「それもそうね。この人物に友人はおろか恋人もいないのだし」
「それもそうだよね。あ、大志君。安心して。お兄ちゃんはそんな人じゃないから」
「…………そう言えばなんすけどこの前、たまたま姉ちゃんの携帯を見ちゃったんっすけど……八って漢字がある人の名前が表示されてたっす」
はい、核爆弾落とされました…………。
「小町さん。お兄さんの名前は?」
「八幡だよ」
俺の名前を知るや否やさっき以上に鋭い目線で俺を見てくる。
……もうここまで来たら無理だな。
「というわけで俺と沙希は付き合っています」
10分後、沙希を電話でファミレスに召喚し、何故か全員に向かって付き合っていますと報告すると小町は驚きのあまり目を見開き、由比ヶ浜は呆然、大志に至っては机に突っ伏したまま動かない。
「大志。あんた人様に迷惑かけんじゃないよ」
「……ごめん……でも姉ちゃん、悪い男に捕まったんじゃないかって心配だったんだよ」
「安心しな……そ、その八幡は…………わ、悪い奴じゃない」
顔を赤くしながらテーブルの下で俺の手をギュッと掴みながらそう言う沙希に思わず胸がきゅんとなってしまった。
「お、お兄さん!」
「お、おう」
「……姉ちゃんのことよろしくお願いしまっす」
「は、はい」
と、こんな感じで俺と沙希の関係性は大っぴらになったわけである。
「なんかあたしたち蚊帳の外だね。ゆきのん」
「そうね」