境界線上のクルーゼック   作:度会

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こんばんは


二人ぼっち

「ん……」

 

どうやら俺たちは寝ていたらしい。

 

タイムマシンの中にいると時間感覚が狂うようで今が朝か夜かすら分からなかった。

 

「すー……」

 

隣を見ると鈴羽が規則正しく寝息を立てている。

 

その頭を軽く撫でると起こさないようにそっとその場を離れた。

 

ここに来て恐らく二日目。

 

俺たちの目的であるIBN5100を手に入れる前に衣食住を確保しなければなない。

 

住は最悪ここでも良いだろうが、食と衣はどうにかしなければならない。

 

ふと、2010年の鈴羽は虫とか草を食べるとか言っていたいたことを思い出すが、恐らくその記憶もどこかに消えてしまったに違いない。

 

ここで悩んでいてもしょうがないので俺は意を決してタイムマシンの扉を開いた。

 

人間の習性とは見事なもので、どうやらちゃんと朝に起きれたようだ。

 

太陽が俺の目を刺す。

 

「ここは……どこだ?」

 

辺りを見回すと俺の周りには緑が広がっていた。

 

鈴羽の理論によると座標は移動出来ないはずなのだが、ここはどう見てもラジ館ではない。

 

とりあえず、近場にあった看板を眺めてみる。

 

「秋葉原……」

 

そこから先は掠れて読めなかった。

 

どうやらここは秋葉原であることは間違いなかった。

 

「岡部さん?」

 

鈴羽の声が聞こえた。

 

その声に振り返ると鈴羽がタイムマシンからひょっこりと顔を出していた。

 

「あぁ、おはよう。鈴。起こしてしまったか?」

 

鈴羽はその問に首を横に振る。

 

「いえ、自然と目が醒めてしまいまして」

 

「……」

 

いや、記憶を失ってるから当たり前なんだが、鈴羽が俺に対して敬語を使っているのはむず痒い気がした。

 

「どうかなされましたか?」

 

不安そうに鈴羽は、俺のことを上目使いで見た。

 

……むず痒いというか、この鈴羽も悪くない気がする。

 

こういう鈴羽も悪くない。

 

「い、いやなんでもない。それよりは、腹とかは減ってないのか?」

 

平気です。と言ってタイムマシンから出てくる。

 

「しかし、岡部さんは起きるのが早いですね」

 

寝惚け眼を擦りながら鈴羽は体を伸ばす。

 

鈴羽の体から小気味のいい音が聞こえた。

 

さて、まずは今の状況を冷静に把握するが先決か。

 

「鈴羽。MTB借りるぞ」

 

少し見てくると言って俺はMTBを走らせた。

 

何を思ったか2010年の世界からMTBだけ持ってきていたのだ。

 

太陽の高さから考えて、朝のようだが、秋葉原はやけに静かだった。

 

「それにしても、この時代の秋葉原は本当に電気街だな……」

 

まぁ、当たり前と言えば当たり前なのだが、俺が初めて秋葉原に来た時は既に、オタク街として機能していたので少々据わりが悪い。

 

「……俺が初めてここに来たのは何年後の話だよ」

 

そう皮肉気に笑うと、もう開店している店があった。

 

俺はその店の正面にMTBを停めると、その店に入った。

 

なにやら電気機器の部品関連を取り扱ってる店らしい。

 

ブラウン管が入り口のところに鎮座していた。

 

それを見て俺はおお、と、少し感激を覚えた。

 

まぁ、この時代はブラウン管が主流だから当たり前なんだが。

 

俺が入り口にいるのを気付いたのか店主が顔を出してきた。

 

店主はいかにも店主みたいな髭面をして、しかめっつらをしていた。

 

「お客さん……学者さんかい?」

 

俺の白衣を怪訝そうな目で店主は見つめた。

 

「いかにも、俺は…」

 

「あぁ、別にいいよ。難しいこと言われても分からないから」

 

そう言うと店主は引っ込んだ。

 

久々に鳳凰院凶真を披露してもよかったのだが……

 

少し残念ではある。

 

しかし、考えてみるとこっちで鳳凰院凶真なんて披露する必要ないのかもしれない。

 

この時代にはきっと厨二病などは流行ってないだろうし……

 

もしかしたら奇人、変人扱いされてここらにはいれなくなってしまうかもしれない。

 

「すみません」

 

「……なんだい?」

 

奥に引っ込んだとは言え一応客が来ているので話は聞こえるようだ。

 

「IBN5100ってパソコン知ってますか?」

 

おう。という反応が返ってきた。

 

「なんか、もの凄く重そうなパソコンだよな?プログラミング言語が使われてるとかなんとかの」

 

そんなものより俺は軽くて薄いパソコンが欲しいねと店主はぼやいた。

 

「そのIBN5100は最近出たものなんですか?」

 

「さぁな。少なくともアポロが月に行ったのよりは後だと思うがな」

 

なにせ、情報なんてこんな専門誌でしか手に入らないしな。と店主は、薄い冊子を俺に投げた。

 

パラパラと目を通すと確かにIBN5100の情報が少し書いてあった。

 

「やはり高いな……」

 

当然俺の持ってきた新札なんて偽札と同じ扱いで逮捕されるに決まってる。

 

かと言って盗むってのも変な話である。

 

最低限2010年までは俺か鈴羽の下に置いておかなければ俺達がここに来た意味がない。

 

「しかし、学者さん……あんた随分若そうなのにそんなものに興味があるなんて珍しいな」

 

「どういうことです?」

 

「いや……大した意味は無いんだが、あんた位の年でそんなPCを知ってるのが珍しくてな」

 

「ええ……良く知ってますよ」

 

俺は口を歪めた。

 

へぇ、なんか因縁がありそうだね。と店主は興味深そうに俺を見た。

 

「少しこのPCには縁がありましてね……」

 

俺の言い方にただならぬ雰囲気を感じたのか店主は、面倒事はごめんだな。と言ってそれ以上聞いてこなかった。

 

ありがとうございました。と俺は一礼して本を近くの机の上に置くと店を出た。

 

少し話しすぎたな……

 

別にこの程度話したとしても未来になんら影響を与えないだろう。

 

俺が携帯を見せたわけでも、新札を見せたわけでもない。

 

ただ、あの店主がIBN5100に少し興味を持つだけだろう。

 

俺は、MTBを借りてから大分経ったので一度鈴羽のもとに戻ることにした。

 

「なにをやっているんだ鈴羽?」

 

「あ、おかえりなさい。岡部さん」

 

俺が帰ってくると鈴羽が何かを焼いていた。

 

「いえですね。このタイムマシンの中にライターが落ちてたんですよ」

 

「それで何を焼いてるんだ……?」

 

「さぁ……?」

 

そういえば2010年の鈴羽も草やら虫を食べてたと言っていたが、まさか覚えていたのか……

 

「あれ?どうされました岡部さん?」

 

「い、いやなんでもない」

 

「そうですか。あ、焼けましたよ」

 

岡部さんもお一つどうですか?鈴羽はソレを俺に手渡してくる。

 

やはり、なにか動物のようだった。

 

「う……」

 

俺はそこまでアウトドア派では無かったので、そんなに刺激的なものを食べたことは無い。

 

ゴクリと生唾を飲む。

 

しかし、腹が減ったのも事実でさっきからたまに腹が鳴っていたのもまた事実だった。

 

「まぁ、何事も経験だな」

 

ここで、病気にかかって死んだらこの時代に来た意味無くなるよな。と自嘲気味に笑いながらソレにかぶりついた。

 

ん……?

 

「意外にいけるな」

 

思ったより不味くは無かった。

 

ただ少し焦げすぎて苦い程度だ。

 

「そうですか。それは良かったです」

 

鈴羽は嬉しそうに目を細めた。

 

その顔を見て思わず俺は照れくさくなって目を逸らした。

 

その様子にふふ、と鈴羽は笑うと自分の分も食べた。

 

「で、だ」

 

「はい」

 

俺と鈴羽は食べ終わったあと公園の隅に二人していた。

 

「とりあえず当面の目標は家を探そう」

 

「はい」

 

俺は決まったことをそこら辺に落ちていた枝を使って地面に書いた。

 

傍から見たらいい年した二人が公園で地面に絵でも描いて遊んでるようにも見えるだろう。

 

「まずは、お金をどうするかですね……」

 

「そうだな……」

 

色々話して結局そこに行きついて、俺はため息を吐いた。

 

何かいい案は無いかと俺は顔を上げた。

 

「あ」

 

見つけた。

 

これは、盲点だった。

 

しかし、と俺はまた下を向き頭に浮かんだ考えを消そうとする。

 

確かにアレを売れば大分金になるだろう。

 

でもそれでいいのか?

 

「鈴……」

 

「はい?」

 

 

「タイムマシンをばらして売ろう」

 

 

俺の提案に鈴羽は少し驚いたように目を丸くした。

 

確かにこの時代に存在しないものは売れないだろうが、中には売れるものがあるだろう。

 

ただ、あのタイムマシンは、鈴羽とダルの親子の血と涙の結晶なのだ。

 

鈴羽は記憶を失った。

 

この状況でタイムマシンを失ってしまったら鈴羽とダルを繋ぐものは無くなってしまう。

 

俺は神じゃない。

 

多分強引に売ってしまうことは簡単だろう。

 

でも、俺にはそんなことは出来なかった。

 

唯一父と娘を繋ぐ絆を……

 

「いいですよ」

 

答えは――

 

俺の予想していたものと違っていた。

 

その言葉に俺は鈴羽を見つめる。

 

「岡部さんは相変わらず優しいですね。私は記憶を失いました。きっと岡部さんがそこまで言いだし辛かったってことはきっと私の記憶に関係しているものなんですね」

 

ですけど、と鈴羽は続けた。

 

「アレがタイムマシンか判然とはしませんが、もし本当だったら、私と岡部さんは未来から来たってことですよね」

 

俺は何も答えなかった。

 

「岡部さんがいなかった時に中を観察してましたけど、もう燃料がなくてあのタイムマシンは動きそうにないです」

 

驚いた。俺がいない間にそんなことをしていたのか。

 

「岡部さんも未来から来た。タイムマシンが動かない。未来に帰れない。つまり私達は……」

 

因果の輪から外れてしまいましたね。

 

そう鈴羽は言った。

 

確かにその通りなのだ。

 

俺達は本来この時代には存在してはいけない存在。

 

いるだけで世界はいびつに歪む。

 

「だからですね……」

 

俺の頭を鈴羽の腕が包んだ。

 

「一人で悩まないで下さいよ」

 

 

 

 

私達は孤独な二人ぼっちなんですから……

 

 

 

 

そう言って俺の頭を包んでいる力が強くなった。

 

「過去も大事ですけど、私達は今を生きていますからね」

 

失った過去にしがみついて死ぬのなら今を生きますと鈴羽は俺を諭すように言った。

 

「そ、それにですね。さっき調べた時にバッジとか私物みたいな物は回収したから平気ですよ」

 

「……あぁ、ありがとう」

 

なんでお礼を言うんですか。

 

そう言って鈴羽は笑った。

 

「いや、辛いはずなのに……」

 

「もう、岡部さんはしつこいですね。私の記憶は私の物です」

 

いつか思い出しますって。と鈴羽は立ちあがって両手を広げた。

 

それに……

 

鈴羽は急に俺に背を向けた。

 

「……記憶が戻らなくても、岡部さんがいてくれれば…私は……平気です」

 

俺の方から表情はうかがえなかった。

 

泣いてるのか、はたまた笑っているのか見当もつかなかった。

 

しかし、俺は今の台詞を思い出して少し口が緩んだ。

 

そして俺は深く息を吸い込む。

 

「流石ラボメンなだけあるな!!自らの記憶を犠牲にしてまでこの俺、鳳凰院凶真と破滅の混沌の世界を共にすることを選ぶとは。バイト戦士よ。今一度聞く!!本当に……いいんだな?」

 

「オーキードーキー。当たり前じゃん」

 

「え?」

 

今なんて言った?

 

一瞬で鳳凰院凶真の仮面が外れる。

 

鈴羽の方もなぜ自分がそんな言葉を口走ったか不思議そうな顔をしていた。

 

「今の言葉なんでしょう?やけに自然と口に出てしまいました」

 

不思議そうな顔をしている鈴羽の頭を俺は撫でる。

 

「これもまたシュタインズゲートの選択か」

 

「なんですかそれ?」

 

鈴羽が上目遣いで俺を見た。

 

 

 

「なに、大した意味はない」

 

 

 

そう言うと俺は笑みを漏らした。

 




なるべく今月中に投稿を終わらせたいですね。

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