境界線上のクルーゼック   作:度会

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そして俺たちは……

「倫太郎さんっ。何してるんですか?」

 

「わ、悪い」

 

俺達は結婚式当日、式場の中にいた。

 

今日他にも結婚式を行うカップルもいるのだろうが、まだ姿は見えない。

 

式場の職員達がちらほら見える程度だ。

 

俺達の呼んだ参加者の人達には迷惑かもしれないが、普通の結婚式よりも少し早めに時間を設定したのだ。

 

……もし、泣いてしまったら見ず知らずの人にその顔を見せたくないしな。

 

俺達は別々に着替えを済ます。

 

とはいえ、俺は服を着替えるだけなのだが。

 

鏡に映った自分の姿を見つめる。

 

無精髭も剃り髪をしっかり整えたそこには別人がいた。

 

別に自分を褒めているわけではないのだが、どうにも普段は髭こそ剃るようになったが、たまに寝癖がついていたりするのだ。

 

「携帯に写真を撮る機能があればな」

 

懐から携帯を取り出して写真を撮ることが出来たのに。

 

昔は出来たと言うと変な表現ではあるが、2010年であれば問題なく出来ただろう。

 

ダルや、まゆり。それに紅莉栖にも見せてやりたいものだ。

 

まゆりは、かっこいいと褒めてくれそうだな。

 

紅莉栖はきっと、興味ないふりをしながら小さな声で褒めてくれるのかもしれない。

 

鈴羽の方はやはりドレスを着るだけあって時間がかかるのかまだ部屋から姿を見せない。

 

俺は鏡に映る自分を見ながら少し感傷に浸る。

 

2010年。本来では絶対に会うはずのない俺達だった。

 

片やただの厨二病な男子学生。

 

もう片方は2036年から来た未来を変えるという使命を持った18歳の少女。

 

普通に聞いてれば一笑に伏される所なのにな。

 

そんな未来から来たなんて漫画やゲームの世界じゃあるまいし。

 

まさか。とは思っていたが事実は小説よりも奇なりとも言う。

 

鈴羽は正真正銘未来からきた人間だった。

 

それもまさかダルの娘だったなんて。

 

鈴羽がラボメンに名を連ねるのはある意味当然の行動だったのかもしれない。

 

彼女は任務を兼ねてラボメンに入ったのだから。

 

最初に会った時は紅莉栖を露骨なくらい敵意をむき出しにして睨みつけていたのを覚えている。

 

それも次第に薄くなり、彼女は任務を忘れて束の間の時を過ごした…と思う。

 

実際の所は俺の知らない所で苦労があったのかもしれないが。

 

そんな俺達は気づいたら1975年に来ていた。

 

「今は1986年か……」

 

鈴羽に入った部屋のドアをチラリと見る。

 

まだ出てくる気配はない。

 

ならば、まだ回想に耽るとするか。

 

秋葉との出会いが俺達の今までの人生を支えてきたと言っても過言ではない。

 

当然今日の結婚式には呼んである。

 

今は生まれていないがフェイリスの父。

 

そして、俺がかつていた世界線ではIBN5100を柳林神社に寄贈してくれた人。

 

本人にはもう恥ずかしくて言えないが感謝している。

 

「ん?世界線?」

 

自分で言った言葉であったが少しその言葉がひっかかった。

 

世界線……

 

確かにこの時代1975年にタイムマシンで遡った時に俺の『リーディング・シュタイナー』が発動したのは覚えている。

 

しかし、今がいくつの世界線かは知覚出来ない。

 

ダイバージェンスメーターなんて都合のいい話はない。

 

俺しか知覚出来ないし、別に知覚出来なくても困るわけではないんだが……

 

「まさかな……」

 

そんなことは…。

 

その時どこかのドアが開く音が聞こえた。

 

「り、倫太郎さん。これ…どうですか?」

 

「お……」

 

俺は思わず言葉を失った。

 

それまで考えていたことなど忘れて目の前の光景に目を奪われた。

 

純白のウェディングドレスに身を包んだ鈴羽は俺が今まで見てきたモノのどれよりも美しかった。

 

この姿が見れたなら今日死んでもいい。

 

そう思えるほどだった。

 

「いや、死なれちゃ困るんですけど」

 

ウェディングドレスに身を包んだ鈴羽が冷静に指摘をする。

 

「あぁ、スマン」

 

「って、倫太郎さん。もう泣いてるんですか?」

 

早すぎですよ。と鈴羽はため息を吐く。

 

いや、確かに自分でも早いとは理解しているのだが、いかんせん自分の意志とは無関係に溢れてくるものは止めようがない。

 

「止めて下さいよ。私もつられてちゃうじゃないですか」

 

鈴羽は鼻を擦る。

 

「じゃ、行きましょうか?倫太郎さん」

 

鈴羽はそう言うと俺に手を差し出す。

 

全くこういう時くらいは男らしくかっこつけて鈴羽をリードしていきたいものなんだがな……

 

俺は苦笑しながら鈴羽の手を取る。

 

会場の入り口前にやってきた。

 

中の騒がしさが外にまで聞こえる。

 

『それでは、新郎新婦の入場です』

 

中から司会の声が聞こえると、急に喧騒が止んだ。

 

そして扉が開かれる。

 

会場から鈴羽の姿を見るとおおという声が上がる。

 

見知った顔ばかりだ。

 

俺達は拍手の雨に包まれながら歩く。

 

この時点で俺は涙がギリギリまで溜まっていた。

 

ヤバいヤバい。

 

せめて何か話すまで耐えなければ――。

 

――結局俺はボロ泣きして秋葉に大声で笑われた。

 

「いや、傑作だった」

 

ケーキ入刀が終わり、友人達と話していると秋葉に肩を叩かれた。

 

「お、秋葉。悪かったな」

 

流石にもう涙は止まったが目が少し腫れぼったいかもしれない。

 

「しかし……ま。橋田さん可愛いな」

 

「そうだろ」

 

「いや、本当に……って痛いから耳を引っ張らないでくれますか?」

 

「幸くんは私じゃ満足できないんですか?」

 

秋葉が鈴羽を見ているのを感じたのか秋葉の後ろから副島さんが耳を引っ張っていた。

 

傍から見ていると手加減している様子が無いから千切れそうで少し怖い。

 

「そ、そんなことない。次は俺たちの番だろ」

 

「え…あっ……」

 

副島さんはその意味を理解して秋葉の陰にさっと隠れてしまった。

 

「結婚するのか?」

 

「さぁな……まぁ岡部たちを見て羨ましくなったのは事実だ」

 

仲人は頼む。と言って秋葉は他の友人達と談笑に消えた。

 

「なんで僕まで来てるんだろうね。一応神職なんだけど……」

 

「文句言ってもしょうがない。知らない仲じゃないでしょ?」

 

「いや、ほとんど知らないのだけれど」

 

「ごちゃごちゃ言わない」

 

そんな会話が聞こえて振り返ってみると渡井さんと漆原さんがいた。

 

渡井さんを誘った時に、渡井さんから『漆原も誘っていいか』と聞かれ一応名簿に入れておいたのだ。

 

漆原さんと渡井さんはどうやら付き合い始めたらしい。

 

らしいというのは、渡井さんが酒の席でうっかり漏らしてしまったからだ。

 

翌日素面の渡井さんに尋ねるとそんなことはないと顔を赤くして否定されたが。

 

渡井さんが嫁いだら、巫女さんの服を着るのか……。

 

少し想像してしまった。

 

「二人とも元気ですね」

 

「あ、岡部くん。おめでとう。彼女可愛いね」

 

「そうですね。岡部さんおめでとうございます」

 

「漆原が言うとどうも気持ち悪いんだよね」

 

どうにも渡井さんが漆原さんに対する扱いが酷い気がするのは気のせいだろうか。

 

「じゃ、私達も秋葉と一緒に挨拶してくるね」

 

バイバイ岡部くん。そう手を振ると知人を見つけたのか手を振っていた。

 

「なぜです!?」

 

一際大きな声が聞こえた気がする。

 

その声には聞き覚えがあった。

 

何故招待したのか俺には理解に苦しむのだが、鈴羽が招待していた人物だ。

 

俺はその人物の後ろに立ち、勇んで高笑いをする。

 

「この、鳳凰院凶真の前に再び現れるとはな、命知らずとは貴様のようなことを言うのだな中鉢」

 

俺の声を聞くと鈴羽の方を向いていた中鉢が俺の方を振り向く。

 

「きっ、貴様。あの時忠告したはずだ。俺に殺されたくなければ橋田助教から手を引けと」

 

「そんなことよりどうしたのだ?その目?やけに赤いが?まさか泣きはらしたのか?」

 

ぐっと中鉢は歯噛みする。

 

正直俺もさっきまで泣いてたから人のこと言えないが。

 

言い返さない辺り図星なのだろう。

 

意外に純情な奴かもしれない。

 

というかきっと俺に似ている。

 

「貴様見ていろよ。俺もいつか……」

 

そう言うと中鉢は鈴羽に一礼をして研究室の友人であろう人達と話始めた。

 

「そっちは終わりました?」

 

鈴羽は挨拶が終わったのか、俺の隣に来た。

 

「まぁ、あらかたな。しかし、どうして中鉢を呼んだんだ……」

 

「中鉢?あぁ、牧瀬くんのことですか?いいじゃないですか。教え子を招いても」

 

まぁ、そうなんだがなぁ……。

 

ひょっとして鈴羽は中鉢の思いに気づいていないのだろうか?

 

こうして結婚式は幕を閉じた。

 

「いやー疲れたな」

 

「そうですね」

 

結婚式をその他諸々を終わらせた後俺達は家にいた。

 

ジャーという風呂に水が流れ込む音が聞こえる。

 

秋葉とかにはホテルにでも行くのか?

 

と囃されたがそんなことなく二人で家路についた。

 

「私お風呂入ってきますね」

 

鈴羽は一息つくと洗面所に行く。

 

服を脱ぐ絹摺れの音が聞こえる。

 

柄にもなくドキドキする。

 

俺もやることがないので布団でも敷く。

 

勿論二人分だ。

 

「倫太郎さん出ましたよ」

 

「あ、あぁ」

 

鈴羽は早く入ってきて下さいよ。と俺を催促する。

 

俺は風呂には長く浸かるタイプではないのですぐに風呂から出た。

 

風呂から出ると部屋が暗かった。

 

鈴羽が消したのだろう。

 

俺は手探りで布団まで歩いていく。

 

足が布団を触った感触があったので布団の中に潜る。

 

布団に入ると隣から柔らかさを感じた。

 

「わざわざこっちに入ってくるなんて倫太郎さんなかなかやりますね」

 

「わ、悪い。鈴」

 

慌てて布団から出ようとしたが鈴羽に掴まれた。

 

「鈴?」

 

「逃がしませんからね」

 

俺は諦めて布団の中に戻る。

 

「倫太郎さんは私の体嫌いですか……?」

 

「いや、決してそんなことは」

 

正直大好きだ。

 

「鈴……」

 

俺は鈴羽の方を向く。

 

酒は入ってないはずだが、目が潤んでいた。

 

心なしか顔が赤い気がする。

 

もしかしてそれを隠すために電気を消したのかもしれないな。

 

俺はギュッと鈴羽を抱きしめた。

 

あっという声が聞こえた。

 

柔らかい。

 

愛しい。

 

離したくない。

 

この晩俺達は一つになった。

 

 




激動ですねぇ。
幸せになってもらいたいものです。
さて、次章からはまた時代が跳びます。
そろそろ目的を果たさねばならないですしね……。
それでは。

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