ドMかな?ドMだね、うん。
バッッッ…………タァアアアアアアアアアアアアンンン!!!!!!!!
轟音!
木製の板の軋む音、金属の蝶番の擦れ合う音、それら全てを飲み込んだのはドアが閉まる音。
━━━━━━━………………。
訪れる静寂、流れる沈黙、冷えた空気、飲み会の一発芸が滑った時みたいな嫌な雰囲気に似たアレ。
「咲世子、壊れていたら修理を業者に頼んでくれ」
「音が派手なだけですので大丈夫かと、ナナリー様がツキトさんと夜に致すアレと同じです」
「なるほど…………おい待てなんつった引っ叩くぞコラ」
「おやめください死んでしまいます」
流れるようなコントを炸裂させた咲世子とツキト、観客0人のクラブハウスに悲しく木霊する。
「………………いや待て待て待て待て待て待て!!??」
ただ1人、反応したのは斜に構えた厨二病の高校3年生、ルルーシュだ。
「さっきのツキトの罵倒はなんだ!?親善試合の話から流れるように移ったからまったく間には入れなかったんだが…………あそこまで言うか普通!?」
普段の斜に構えた態度やフハハハ系男子的な様子はさらっさら、微塵も、全くもって、一欠片も感じない様子のルルーシュ。
この原因はおよそ4分から6分ほど前に遡る。
クラブハウスにていつものように夕食と団欒を楽しんでいたルルーシュたち4人。
4人とは、ルルーシュ、ナナリー、咲世子、そして
夕食を終えてリビングにて和気藹々とおしゃべりにこうじていた4人だったが、ナナリーが親善試合の話を持ち出した時、空気が変わった。
緊張感がない…………というのは良い意味で取られることが多いが、こと勝負の世界ではそれはない。
緊張感がないということは、気を巡らせあらゆるシチュエーションに対処できないということに他ならず、また相手からしてみれば手を抜かれているようにしか思われない、あってはならない行為のひとつ。
親善とはいえ試合、すなわち『勝ち』と『負け』が存在する【勝負】であることは間違いようがない。
それのリミットが1週間しかなく、ナナリーにとって未知である鎧装着下での試合というのもあって、非常に不利な状況なのだ。
それを理解した上で余裕を保っていられるのはそれこそマリアンヌのような傑物くらいのものであり、ナナリーのようなヒヨッコがするような態度ではない。
ツキトがプッツンするのも当然の流れだった。
ツキトは己が持つ話術スキルをフルに動員した身の毛もよだつ悪魔がデスメタルを歌うより酷い罵詈雑言を叩きつけた。
だがナナリーは負けん気が強い、油断は禁物ということを身に染みて理解したが、温厚な性格にも限度があった。
激昂である、逆ギレではない、ツキトの挑発めいた罵詈雑言が原因なのだから当然であるが…………。
アーニャのように襟首をつかむことはなかったが、自室に戻る際に力一杯ドアを閉めたため、あのような音が鳴ったのだ。
その大きな音が、ナナリーの怒りの大きさを表していた。
その大きさたるや、冷静沈着に見える咲世子に一瞬のみ冷や汗を流させるほどだった。
原因であるツキトは、自身の言葉がこうさせたのを理解しているし、謝りたいとも思っている。
しかしそれは試合の後に、であって、今のツキトは…………。
「真剣を用い、騎士甲冑を装着した原始的で最も古い決闘ルールによる闘いに望む剣士として…………あの態度は好ましくないものでしたので、少々口を出させていただいたに過ぎません」
静かな怒りを燃料に、炉に炎を灯しそう言った。
最愛の人であるナナリーを深く傷つけながら、一切の罪悪感を感じさせず、むしろ圧倒的に正しいのは自分であると開き直って公表するが如く平静であった。
というのも、そう見えるのはツキトの考え方が他2人とは異なるものであるからだ。
敗北即ち死、その価値観の元で全てを考えるツキトにとって、此度の決闘ルールほど戦場を強烈に感じさせるものはなかった。
生と死が同時に存在し、それらが仲良くタップダンスを狂い踊る場所、リズムが外れて足元狂えばひっくり返って地獄行き…………それが戦場だ。
騎士甲冑を纏い真剣で打ち合うならば、それが
どちらでもない、そもそも遊びですらない、命を取り合う殺し合い。
それはツキトにとって馴染み深いものであり、多くの生物にとって忌避すべきものである。
死に向かう行為は自殺に他ならず、嬉々として望む者がいるならそいつは既に人でなしでしかない。
ナナリーは、その一線をあと数歩で飛び越えてしまいかねない場所に立っていたのだ。
一度越えれば闘いを求め殺し続けるマシーンへと変貌してしまう魔の国境線だ。
多くの死を経験し、多くの死を招いてきたツキトはそれがどこか知っている。
その生物が越えてはならない一線を、デッドラインを、ツキトにはよく見えていた。
闘いに挑むには軽率なナナリーの態度から察したツキトは、罵詈雑言でもってナナリーをデッドライン間近の場所から首根っこを掴んで引っ張るように引き離した。
代償は大きかった…………ナナリーから自身への信頼や愛、それらすべてを捨ててでも、ツキトは罵詈雑言を浴びせ、嫌われる覚悟で実行した。
ルルーシュとの違いはここだ。
ツキトはその人のためなら、例えそれが唯一の理解者であるC.C.であれ、同郷の友であるクレアであれ、最愛の婚約者ナナリーであれ、愛してやまない可愛い妹であれ。
彼ら彼女らの敵に回ってでも、そのすべてを守護せんと動ける者なのだ。
しかし…………。
「私も………こう見えて剣士でありますので、真剣の勝負の前であのような態度をとられますと…………」
誤算があったとすれば…………。
「主であっても斬り捨ててしまうでしょう」
その剣にかける信念の重みが違ったことだろう。
彼の前世は剣と共にあった。
今世においてはルルーシュやナナリーといった守るべき対象がいて、彼ら彼女らの主張は基本的に自身の意見よりも優先・尊重するべきだと決めていた。
しかし、だからといって剣に掲げた誓いを曲げるほど妄信的な人間ではない。
頭も腰も低い男として知られるツキトだが、そんな彼が鉄や鋼すら柔いと思えるほどの超合金頭をしているのは、この曲がらぬ信念ゆえであった。
ルルーシュも咲世子も、その鉄の意志を知るが故に何も言えない。
2人もまた、並々ならぬ覚悟をもってことに望む戦士である。
己が望むものの実現のために闘うのが戦士であり、決して━━━━━決して、無意味な死を受け入れるだけの中身のない人生のために生きているわけではないのだ。
それに、ここに集った3人の望むべきものは共通しているのである、今更どうこう議論するまでもなく、結論は出ているのであった。
ツキトが険しかった表情を戻し、心を平静にするよう努め、落ち着かせると言った。
「では、ルルーシュ様、キョウトとの会合は如何でしたか?」
皇神楽耶はツキトとの秘密の会議にて信頼には遠いが信用にはたるものだと評価し、少しの間を開けてゼロを呼んだのだ。
いつもの如くゼロサマーゼロサマーと迫る幼い少女である皇神楽耶を、いいように利用している自分自身が心底嫌いになっていたルルーシュだが…………その時ばかりは様子が違った。
真剣な表情に覇気を纏った、日本の皇家の女、皇神楽耶がそこにいたのだ。
話す内容も至って真剣、おふざけの雰囲気はなく、ゼロは別の意味で胃痛がしていた。
「あぁ、ツキトに色々と聞いた結果、ツキトの考える日本エリアの自治区化や医療技術特区構想に賛同してくれるとのことだ」
「それはそれは━━━━実に嬉しいですねぇ」
ツキトのこの言葉は本心であった、いや、本心というにはあまりにも邪に過ぎたし、本質を捉えきれていない。
正しく言うならば、『ナナリーのの願いが叶う目処が立って実に嬉しい』であり、極論してツキトにとってはそんなことはどうでもよかった。
強いて興味を示すとすれば、どのようにしてより良い立地を確保し、研究所の規模を大きくしていくか、というような現実的なことばかり考えていた。
「命名は早い方が良さそうですね、【ナナリー医療研究所】というのは…………」
「気が早いにもほどがあるぞツキト……」
「冗談です、さすがの私でももう少しマシな名前にします…………騎士団の状況は如何でしょうか?」
「良くない方向に進んでいる、過激派と思わしき者たちの素行不良は当たり前だし、ツキトが不在の時にKMFの訓練中に衝突があってな………」
渋い表情で騎士団の崩壊の序曲の様子を語るルルーシュ、そして言い辛そうに口をつぐみ、暫しの間を置いて再び語り出す。
「ユートピアでツキトが次々に拘束連行するのを知ってから、少し疑心暗鬼になってしまっているのも原因のひとつではあるが…………そんなことはないと思い」
仲間同士で疑いあう様は見ていて気持ちの良いものではない………ルルーシュは汚物を見て唾を吐き捨てるようにそう言った。
「言い訳のつもりではありませんが…………私としても穏やかに済ます予定でした、私の大々的な命令として発してしまった私に落ち度がございます」
「そう小さくならんでくれツキト、結果としては日本エリアも幾分か
「ルルーシュ様に励まされてしまうとは…………私もまだまだ
ツキトはあえて嘘をついた、最初から大々的に粛清をやるつもりでいたし、本当はもっと目立つようにやる予定だった。
しかし、あまりにも部下が有能すぎるのが大きな誤算を生んだ。
長期による粛清の波によって民衆への恐怖を与える予定だったのだが、たったの数週間ももたずにリストの人名すべてにレ点がついてしまった。
ツキトに心から従う者は自分にできる全力を出してその義務を果たした、そこに遊びはなく誰もが真剣だったのだ。
ゆえにツキトは、その異常なほどに尽くす者たちに困惑の感情を持った、次第にそれはツキト自身の洗脳という名の能力への恐怖を募らせた。
しかし、それもすぐに崩れた、ツキトが納得したからだ、『今回は命令の仕方を間違えてしまったから反省して次に生かそう』と心をポジティブな方向に転進させたに過ぎない。
反省して次に生かす、言葉にすれば簡単だが、事柄を見ればどれほど恐ろしいか理解してしまった。
理解してなお、さらなる研鑽を積まんと反省したのだ。
『人の心を支配して思うがままに【使う】』、という能力をさらに高めるために。
時は経ち、3日後。
アーニャとナナリーを煽りに煽ってしまったため、親善試合当日までスザクのマンションにて居候させてもらうツキト。
今日もまた、帝国は実に平和な朝を迎えた、スザクのマンションで目覚めたツキトは、スザクとともに総督府へ。
淡々と仕事をこなしていくツキト。
今日も今日とて、実に平和…………とは、いかなかった。
ユーロピア復興支援のために物資・人員を様々な空輸ルートを駆使して高速輸送の最中のこと。
中華連邦の哨戒機が異常接近を繰り返しているという、車で言えば幅寄せやゆらゆら運転をされているのと同じことであり、非常に危険極まりない。
輸送機には大事な大事な人的資源が満載されていると伝えてあると言うのに、それでも異常接近を止めることはなかった。
そしてついに、いや、ツキトの心象を写すならば、『ようやく』と言った方が良いのかもしれない。
そう、ようやく起こったのだ、不謹慎にも待ちに待った、待ち焦がれたと言い換えても良い
異常接近の際、警告を無視して護衛機に物理的に接触してしまったのだ。
急激なパワーが加わったジェット機は高度3000mにて時速400kmで乱回転、錐揉みしながら急降下
いや、墜落していった。
しかし、我がブリタニアのパイロットは世界一!冷静な操作で即座に立て直し、機体が十全でない状態にもかかわらずそのまま滑走路まで自力で飛行、僚機とともに無事着陸した。
危うく墜落していたかもしれないということもあり、輸送機および残存護衛機はその場でUターンして引き返した。
幸運にもパイロットは錐揉み中に頭を打つなどの軽い軽傷ですんだ、乗っていた愛機たる戦闘爆撃機の翼は破損、中程から先が綺麗に消し飛んでおり、配線や燃料管が丸見えだった。
機関周りの損傷はなかったことは実に幸運よ言わざるを得ない、が。
最大の幸運はパイロットの精神のタフさだ、パニックに陥り座席を射出していたら、乱回転する愛機の翼に切り刻まれていたことだろう。
「フッ……フフッフフフハハハハハハ!!さすがだクレアァ!お前のその
「自分で言うのもなんだけど……反則的な能力だしね、ま……こういうときくらいしか役に立たないけど………あと、仮にもそれなりの被害が出たのよ?パイロットの人だって、一歩間違えば死んでたわ」
その事故の一部始終、全てをビックイベントとしてクレアは
「フフフフフフッ………あぁ、すまないなクレア、なに、久方ぶりに戦争ができそうなんでな、ほんのちょっぴりの間だけ、心臓が3倍速で動いただけさ」
それを知ったツキトは、知りながらも発進許可を出した、なぜか?
「それにだクレア、あの輸送機には何ひとつ荷物は積んでいない」
たとえ輸送機に接触したとて、積荷がないのであれば世間からすればまったく問題ない…………ツキトはそう考えたのだ。
たとえ人が乗っていたとしても、むしろ同じ帝国の臣民を殺された臣民たちは、中華連邦への怒りに燃える、パイロットたちへの深い尊敬と羨望の目を向けることだろう。
「だからって見殺しにするようなことをするなんて……」
「クレア、私は彼らパイロットの強さを信じている、そして彼らも私を信じてくれている…………ならば、その信頼に応える策を講じるのが私なりのやり方よ」
「…………いろんな黒いものを見てきたけど、ツキトほど黒いのはいなかったわね」
「クレアにそう手放しに褒められては、少し照れるな……」
「うわきも」
「おい、私の心砕くなよ、おい」
もちろん、すべての臣民が100%中華連邦への怒りを燃やすわけがない。
これを機にしてツキトと対立する派閥が攻勢をかけてくることは想像に易い。
しかし、それはありえない。
なぜなら大多数の対立者たちは拘束されているのだ、ツキトの【優秀な従者】たちが見つけ出せず、隠れ潜むことを選んだ者が、仮に、仮にだが、アリの鼻くそほどでも生き残っていたとしよう。
そうであったとして、わざわざ隠れ潜むような真似をした者たちが、表に出てツキトを弾劾しようとするだろうか?
そうなれば即座に従者たちが行動に移るだろう。
それが分からない者から順に喰われる…………それだけの話だ。
すでにツキトによる監視網は全世界に浸透済みだ、もはやどこで何をしていようと、ツキトには全て見えている。
死角のない監視カメラを配置したようなもの、誰も逃れることのできない【神の目】は完成している。
そこにクレアの予知能力を組み合わされば、ツキトはただそこに座しているだけで、世界を変革させられる、その力を得た。
多くの人々にとってツキト自身はそれほど脅威ではないだろう、どれほど対人戦闘で強かろうが所詮は人だ。
角の生えた化け物でもないし、ましてコミックのヒーローのように空を飛んだりしない。
等身大の人間そのものなのだ。
だからこそ、真に恐るべきはツキトの忠勇なる従者たちであることを正しく認識しておかなければ、命はない。
「ようやく我が主に世界を捧げることができる」
だが決して、決してツキト・カーライルを侮るなかれ。
それは邪悪にして純真、暗く淀んだ深淵にして明るく晴れやかなる浅瀬、視界にあるもの全てを魅了する魔性。
「終戦記念日はルルーシュ様の誕生日にしよう!その日はお祝いもひときわ豪華にしていかねばなるまいな!」
人の可能性が反転したような存在がいるとするならば、ツキトはそれに近しい別のナニカだ。
「そのためには、早めにプランの作成をやっておいたほうがいいだろう、焦土作戦ではあるが誕生日まで長引かせんといかぬゆえ、多少の遊びを持ってド派手にやらねばな!」
『中華連邦なぞ1週間もあれば灰燼となってしまうからな!!』━━━━と、中華連邦を嘗め腐ったことを言いつつ、『作戦計画A』というタイトルでプランの作成を始めた。
「見えるわ………たぶんどれだけ時間を伸ばしても、誕生日前には終わるわ……」
「ぬっ…………ならばその運命、変えて見せねば従者の名が泣くな!」
「………………嬉々として戦争を始めようとする男だなんて、ナナリーが知ったらどうするのかしら」
高笑いを続けるツキトを前に、小さくつぶやいたクレアの声を聞くものはいなかった。
さぁて、どんどん壊しちゃおうね〜(世界)。
テイコクニアダナステキナド、フヨウラ!