コードギアス オールハイルブリタニア!   作:倒錯した愛

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初期の頃と比べると主人公の設定その他諸々が合致しなくなってきてしまった……。
まいっか!人間は変化する流動体だからね!(意味不)




『2人』の『剣士』、『邪聖の目覚め』

朝のユーロピア、仮の総督府の特設されたスイートにも並ぶ一室にて、ツキトは朝の紅茶を飲んでいた。

 

「ほう……」

 

ブリタニア本国で発行される新聞記事の一面に目をひかれ、面白いものを見たようにゆっくり息を吐く。

 

一面には、【ツキト・カーライル、強権発動か!?】とあり、ツキトの指示で強制連行される人達がツキトの顔写真と一緒にプリントされていた。

 

無理もない、ツキトはあの日、ジェレミアの部下を連行したのを皮切りに、多くの人を摘発、連行して尋問にかけていた。

 

ジェレミアの部下にも裏切り者がいるとわかった今、ツキトはジェレミアとの口約束を破棄、自身の手の届く範囲を『浄化』し始めた。

 

一見無害な人々が一斉に摘発され、銃を突きつけられ重犯罪者の如く連行される様を見て、初めこそジェレミアは反対していた。

 

しかし………摘発されたものが1人、また1人と尋問に屈し、自らの様々な罪を認めたのだ。

 

錯乱している…………などと言ったのは誰であったか、ツキトはすでにそんなことはもう覚えてもいない。

 

あえてそれを明らかにするなら、それを言ったのは新たに加わった親衛隊隊員の1人で、尋問のなかで喚くように言った、それがちょうど摘発を始めて3日目のことだった。

 

たったの1週間足らずで、捕らえられた主義者及びその協力者たちは400人を超えていた。

 

その様相はテレビでも伝えられており、ブリタニアの国営放送にて全世界へ配信されている。

 

「思った以上だ、実に素晴らしい」

 

カップをテーブルに置くと、テレビの電源を落とし窓を開ける。

 

窓からは爽やかな朝の風が舞い込んでくる、その風を浴びながら、デスクに溜まった書類に目を落とした。

 

黙々と書類を整理しつつ、思考に耽る。

 

今回の件について、ツキトは自分で何ひとつとして調べていなかった。

 

ただ、全世界に解き放った自身に狂信的な者達…………信者、とも言える彼らにひとつ頼み事をしたにすぎない。

 

ツキトにとっての敵、ブリタニアにとっての敵の調査を信者たちに頼んだだけなのだ。

 

それは摘発の1歩目とも言える1週間前のジェレミアの部下を連行した日の夜のことだった。

 

ロイドの管理するスーパーコンピュータに、ヘンゼルとグレーテルの二つのコンピュータを並列化して接続、特定を避けるべくダミーを経由させつつ信者の元へと送られた。

 

受け取った信者たちは色めきだち、ありとあらゆる手段を以って調査を行い、多くの主義者の摘発リストを各々で作成した。

 

リストはファックスや手紙、暗号文やモールス信号などによって思いつく限りの工夫を施され、ツキトの元へと機密性を保持したまま送られた。

 

あとはそれを照らし合わせるだけなのだが、全世界に散らばった数千から数万にも登る信者からの情報はあまりにも膨大だ。

 

アナログ極まるリストの統計を取って整合性を図ろうにもそれだけで数ヶ月はかかろうという量だった。

 

しかしここにはスーパーコンピュータにも並ぶヘンゼルとグレーテルがいた。

 

リストを記号化、複数のリストのメンバーを照らし合わせながら精度を高め、最終決定をツキトが下す事で、たったの1週間でこれほどの成果を得るに至った。

 

これだけ動けば怪しまれることは必至、しかしツキトに心配はなかった。

 

信者が決して口を割らないことを確信していたからだ。

 

それは信者達が、隣人、友人、兄弟姉妹、家族、恋人、凡ゆる神、そして時には皇帝陛下すら信用せず、ツキト・カーライルを絶対と信奉する狂信者であるからに他ならない。

 

彼らにとっての神とは、ツキト・カーライルに他ならず、また神はただ唯一絶対のツキト・カーライル以外に考えられないのだ。

 

そんな、欠陥があるとしか言えないような人間である彼らを、彼ら『だけ』を集め、能力を測定し、『教育』を施し、世界へと羽ばたかせたのは紛れもなくツキト本人であった。

 

羽ばたいた悪魔の手先達は、海を渡り、大地を越え、地上のすべてに『配置』された。

 

彼らは現地の日常に溶け込み、友好を結び偽りの信頼を積み上げ、通信のための拠点を築いた。

 

そして………………彼らの神(ツキト)啓示(命令)を下した。

 

すべては信じる神のために……………彼らは曇りのない目でツキトを信じているのだ、露ほども疑わず、ツキトのすべてを正義と盲信しているのだ。

 

しかし、彼らは……………その実、とても幸福であったのかもしれない。

 

『信じた者に裏切られるかもしれない』…………そんな心配を杞憂だと一蹴し、孤独を引き裂き、絶対的な安心感を与えてくれた人が存在する。

 

人は、それだけで幸福感に溺れることができるのだ。

 

だからこそ、彼らは世界で最も幸福な人間たちと言えるだろう。

 

例え彼らが、悪魔より邪悪な存在に諭され魂を売った、誰にも救われることがない、邪教の信徒であったとしても…………。

 

例え彼らが、ツキトにとって変えの効く便利なボイスレコーダーやメモ帳でしかなかったとしても…………。

 

彼らはそれで、幸福でいられるのだ。

 

ツキトは書類の整理を終えると、カレンダーに目を移した。

 

今日から数えて8日後にここを離れるのだと改めて認識する。

 

今日の仕事はほとんどないため、明日の午後からの会議に向けての準備をすることに決める。

 

ブリタニアは今日も平和だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2週間後、日本エリアのアッシュフォード学園。

 

「…………ケリをつける」

 

「…………受けて立ちます」

 

かたやスモールソード。

 

かたやレイピア。

 

それぞれが持つ得物に手をかける女子2人。

 

「待てナナリー!待ってくれ!頼むから!」

 

「そうよナナリー!相手はマリアンヌ様の手解きを受けた天才剣士、いくらあなただって勝ち目は………」

 

「おいおいちょっとちょっと!?アーニャさんや、ちょっと不味いからやめてくれほんと頼むからさあ!?」

 

ルルーシュとマリーとジノがそれぞれを制止する、だが彼女達はすでに向き合い、互いが互いを視線で以って射殺さんと睨みつけていた。

 

噴水の広場にて、決闘(正妻戦争)が始まろうとしていた。

 

規模が大きい修羅場に過ぎない?

 

いやいや、待ってほしい。

 

かたや、伝説的革命戦士であるマリアンヌの手解きを受けたアーニャ。

 

かたや、『剣聖』『英雄』と呼び声が高いツキトに剣を学んだナナリー。

 

その2人が真剣を交えて死合う、するとどうなってしまうのかというと…………。

 

確実に校舎が、いや、敷地内全てが無事では済まないだろう。

 

それほどまでに育てた、否、育ってしまった。

 

アーニャは生まれついての剣の天才だった、これに気づいたのはツキトに才能があると発覚した時、アーニャは当時6歳にも満たなかった。

 

8歳のころからマリアンヌの簡単な手解きを受けた、簡単とは言っても、エリートと言われる親衛隊や、1世代前の脳筋ラウンズでも根を上げるメニューだった。

 

これを耐えたアーニャは師であるマリアンヌと、ツキトの剣を研究し、腕を磨き、才能も手伝いツキトを上回っていた。

 

対するナナリーは『剣聖』とも呼ばれるツキトから直々に剣術を学び、日々メキメキと上達している。

 

ナナリーは才能こそあれど天才ではなく、あえて言うならば努力型の秀才であった。

 

教えたことはすぐに覚えて実践できる要領の良さ、負けず嫌いの性格、才能のスープの摂取、そして何より努力家であったからこそ、ツキトの剣を超えるのも自然な流れであった。

 

剣というものにおいてアーニャとナナリーはほぼ同格といって差し支えないだろう。

 

師は異なるが、その戦い方は似通っていた。

 

というより、ナナリーはツキトの剣を、アーニャは自身の剣をツキトの剣に近づけたためによく似ているのだ。

 

こと剣において見てみれば、2人は異母兄弟のようなものと言えよう。

 

見ようによっては同じ流派の剣士同士の決闘であり、さらに言えば片方は妹、もう片方は恋人と、世間の話題性も非常に大きいものだ。

 

重ねて言えば、アーニャは血の繋がった元妹でありながらツキトを男性として愛していると、公然たる事実としており、恋人であるナナリーと決闘を行うということは、それは男を奪い合うという意味に他ならない。

 

実際に2人はそのつもりでいたし、騒ぎを聞いて集まって来たギャラリーもそのように認識していた。

 

当然だが、ラウンズの突然の訪問に決闘騒ぎ、生徒会長ミレイ・アッシュフォードの後釜を任された新生徒会長リヴァル・カルデモンドは事態の収拾に奔走していた。

 

リヴァルにはミレイのような肝の座った考えはできない、ミレイのようにこの決闘を校内のイベントとして処理することもできないため、理事長に掛け合い総督府に連絡を取るなどして出来る限りの行動をとっていた。

 

しかし、そのどれもがお役所仕事、資料を作成して部署毎に許可をもらって…………なんて悠長なことはしていられない。

 

一度、2人が剣を抜けばその努力はすべて無意味になる脆いものでしかなかった。

 

そんなことはリヴァルも百も承知だ、だから協力を取り付けたのは『事後処理』、本命はただ一本の個人電話だった。

 

リヴァルはルルーシュほど賢くない、リヴァルはスザクほど強くない、リヴァルはミレイほどユーモアがあるわけではない。

 

しかし、ここ一番での根性だけは人並み以上にある、頭の回転も人並み以上にある。

 

そして何より天才ではない。

 

もしリヴァル・カルデモンドが天才なら、電話などかけようとは思わなかったであろう。

 

電話の相手である彼は天才を超える超常的存在、並居る人間など彼を輝かせるアクセサリーにしかならない。

 

そんな彼に泣きつき頼る(超常的存在に縋る)という選択は、天才にとってそのプライドを大きく傷つける行為でしかない。

 

だが、前述の通りリヴァルは天才ではない。

 

何かにつまずいた時、困り果てた時、リヴァルは彼のような超常的存在にすがることができる人間だった。

 

とても難しいことをリヴァルはやってのけた、故に幸運を呼び込むことに成功した。

 

だが、呼び込まれてきたのが神でも、天使でも、妖精でも、悪魔でも、ましてや人間ですらなく。

 

邪神(VooDoo)』としか形容できないものであること、彼の機嫌が秒単位で下降し続けていることなど、リヴァルのあずかり知るものではない。

 

最初に気がついたのはアーニャとナナリーとルルーシュ、そして咲世子とカレンだった。

 

春の心地良い日差しを与えてくれる太陽が━━━━黒雲に覆い隠された。

 

暖かい風は止まり、昼にもかかわらず薄暗くなっていく校舎。

 

雰囲気の変わり様、異様さ、異質さが、アーニャとナナリーの険呑な空気を解かせた。

 

一般生徒や教員の中にも気づいたものが徐々に増えて来た中で、アーニャとナナリーはいち早く更なる異変に気がついた。

 

『寒い』のだ、曇りではあるにしても今日の気温は18℃、昼の最低気温は13、14℃はあった。

 

だが、明らかにそれよりも低いと思うほどの寒気を感じ、鳥肌がたった。

 

直感で2人は察した、この寒気は『移動している』ことに。

 

そしてそれが、自分たちのいる場所に近づいていることに。

 

瞬間、そこにいるすべての人間に悪寒が走った。

 

寒気と呼ぶには優し過ぎる、冷気と呼ぶには生易しい。

 

言うなれば『凍血』、液体窒素のプールに突き落とされ、マイナス273℃の液体が筋肉と血管を凍りつかせ、血液の流れが止められてしまったかのような………もしくは、カラダ全身を氷柱で串刺しにされ絶命したかのような気味の悪い錯覚。

 

血液の循環を止められたようになったアーニャとナナリー、そしてそこに居合わせた多くの一般生徒と教員たち。

 

すべての人間が、いや、不運にもそこに水浴びに来ていた小鳥達や、ネコのアーサーもまた、動物としての危機管理能力ゆえか、彼らを含め、すべての生命は噴水広場を飾る石像と化した。

 

「電話を受けて来てみれば………なんだこれは?なんだこの騒ぎは?」

 

辛うじてその声の方向に目を向けることができたのはアーニャとナナリーのみ。

 

しかし、目を向けるという選択は彼女達に更なる不幸を振らせる行為に他ならなかった。

 

2人の目に写ってしまったのは、彼の右目、深淵を写す邪悪なる眼。

 

排水溝の奥のような、底の見えない落とし穴のような、そんな引きずりこまれるような恐怖、その具現。

 

深紅の瞳の奥深い場所に光は無く、血や汚泥によって濁った聖水がなみなみと注がれているようであった。

 

2人は直感より早く、生まれ持った別の、もっとなにか生命の根本的なモノが、『アレに触れてはいけない』と感じ取った。

 

視線を外そうにも、深淵の底から『ナニモノ』かに睨まれているように感じ、逸らそうとするもなぜか抵抗できず、強制的に眼球が彼の右眼へと固定されてしまった。

 

2人に巡る不快感は言葉で言い表すことが難しいものであり、強いて文字にするならば、背中を超低温の蛇の下で舐めくりまわされるような、ナマモノの味がする砂利を噛むような、やはり形容し難いとてつもない気持ちの悪い感覚であった。

 

今すぐにでも悲鳴をあげてうずくまり、助けを求めて誰でもいいからすがりつきたい気持ちになる。

 

幾多もの修羅場をかいくぐってきた2人でも、すり減らされ過ぎた精神はすでに限界を迎えており、これ以上の重圧がのしかかれば壊れることは容易に想像できる。

 

普通の生活を送って来た人間であれば、何不自由ない一般家庭で育った生徒や教員が直視しようものなら、精神を取り込まれてしまってもおかしくないのだが、なまじ頑丈すぎた故にまだそうなっていないのは、ある種の欠陥とも取れた。

 

正常な精神力と思考能力を失い発狂するのは人間として当たり前の防御反応、それができない彼女達は、精神をノーガードのまま晒してしまっていることに他ならず、それは言わば、弱点を見える位置に置いているようなものだ。

 

一歩、また一歩、ゆっくりと近づいてくる彼、そして、彼の右眼の深淵から覗く『ナニカ』も同じだ。

 

ゆっくりと、ゆっくりと彼女達に近づいていく。

 

これからどうなってしまうのか?あの深淵の先から覗いているのは一体誰なのか?

 

思考の悪循環、ネガティヴのループが止まない。

 

もはや自分が誰なのかさえどうでもよくなってきた2人。

 

その時であった。

 

2人を襲う形容し難い気味の悪さは唐突に掻き消え、一般生徒や教員たちも解凍された。

 

「こんなところで遊んでいるとは━━━━━いい身分だな、ナイトオブシックス」

 

ギャラリーを含めたすべての生命は、口を開く彼━━━━━ツキト・カーライルから怒気を感じることができた。

 

決して、恐怖の極限とも言えるあの得体の知れない雰囲気は感じられない。

 

そもそも、ツキトの右眼にはゴツくて装飾過多な眼帯があった、右眼を見ることなど不可能である。

 

ならば2人が感じたアレは、ただの幻覚だったのだろうか?

 

いや、そんなはずはない、自分は確かにあの恐怖を体験した、そしてそれを生み出していたのはツキトなのは間違いない。

 

だが…………だが、ならばあの恐怖は一体なにが原因だったのか?ツキトの怒気が原因として考えられるが………………彼の怒気は確かに怖いものの、あそこまで得体が知れないというものではない。

 

そう2人が考え込んでいると、ツキトは大きく溜息を吐いた。

 

「…………日本エリアに来るのなら総督府に一報くらい入れろ、それと、アッシュフォードに来たということは事前のアポくらいは取っていたんだろうな?」

 

呆れた表情でアーニャに聞いてくるツキト、アーニャは経験上ツキトが待たされるのが嫌いな性格であることを知っていた、この問いに答えなければツキトの怒りは烈火の如く燃え盛るのは確実だとわかった。

 

そのため、ひとまず先の恐怖への考察を取りやめ、兄の問いに答えることにした。

 

「総督府への連絡はジノに任せてた、学園への訪問はサプライズ」

 

「…………そういうことにしておく」

 

総督府への連絡はジノからきていたのは事実であり、学園への訪問もサプライズならば……と(一応)納得したツキトはそれ以上は追求しなかった。

 

「しかしだ、貴様もラウンズであるならば、非常の要件でもない限りこのようなことは慎め」

 

「わかった、お兄ちゃん」

 

「私は兄では………………いやなんでもない」

 

お兄ちゃん呼びに関して否定しようとした時、アーニャは一瞬だがツキトにだけわかるように悲しそうな、泣きそうな表情を浮かべた。

 

当然の如く気づいたツキトは否定しようと紡いでいた言葉を途中でやめて誤魔化した。

 

この反応からアーニャは、あの恐怖がツキトが原因なのかわからなくなってしまった。

 

アーニャは自ぼれすることなく、自らがツキトに深く深く愛されていることをよくわかっていた。

 

ゆえにわからなかった、自分の身に何かあれば全てを投げ出してでも駆けつけてくれる理想の兄が、自分の精神を壊しかねないほどの得体の知れない恐怖を醸し出していたのか。

 

「それはいいとして…………電話で聞いたが、なぜ彼女と決闘などしようと?」

 

「彼女は男女混合の日本エリアフェンシング大会でトップ、世界大会に参加した場合の予想は1位もしくは2位、お兄ちゃん直々に稽古もつけてもらっていると聞いたから、実力を確かめたかった」

 

アーニャは素直にツキトが納得するであろう理由を挙げてみた、というのも、ある種の凝り固まった伝統、というか、古風なものが好きなツキトなら納得してくれるはずだと踏んだのだ。

 

「剣士であるなら口ではなく、剣で語れ、と?」

 

「お兄ちゃんのお墨付きなら、私と互角以上の腕を持っているのは間違いないはず、鍛錬の相手に同格以上を狙うのは普通だと思うけど?」

 

「…………なるほど、道理は通っている、確かに競い合いより上を目指すならば鍛錬の相手に格下など不要であろうな」

 

一呼吸置いてからツキトはそう言った、一理あり道理はしっかり通っていると、アーニャの言い分を認めた。

 

しかし、ここでツキトの口は塞がらなかった。

 

「であるならば、なぜ防具を身につけぬ?なぜ真剣(スモールソード)を握っている?」

 

「じ…………実戦に近いほうが実になる」

 

ツキトから放たれる覇気のような強烈な威圧感に、アーニャの舌が一瞬動きを止める。

 

舌に痺れを感じるが、思い違い、気のせいだとすぐに持ち直し、言葉を続けた。

 

「………………ふぅ……今はそれで納得しよう」

 

溜息をひとつ、ツキトは目を閉じて納得の意を示した。

 

「だが生身では危険だ、アールストレイム卿はラウンズ、そして彼女は学生(将来有望の剣士)だ、ルールは双方で話し合って決めろ、ただし真剣やそれに類する剣を使う場合は鎧を纏え、あとは貴様らで決めよ、良いな?」

 

それだけ言うとツキトは踵を返し、メイド服の女性━━━━咲世子を手招きで近くまで呼んだ。

 

これにアーニャは少しムッとした、実戦では防具や鎧などは一切ない、安全性から真剣なら鎧を着用するのは分かるが、それではハンデが出てきてしまう。

 

元より鎧を着た上での筋トレや素振り等の経験があったアーニャと違い、ナナリーにはそれがないと予測していたからだ。

 

この予測は当たっており、ナナリーは鎧などという重量物を着用したことは一回も無い、いかに心身を鍛えていようと経験に差がある状態での試合はハンデ戦以上に厳しいものがあることを知っていた。

 

そして、2人の実力が拮抗していることは互いに察していたため、鎧の有る無しによって勝算が大きく傾く事も分かっていた。

 

「待ってお兄ちゃん、鎧は重いからフェンシングの防具で」

 

「先に私とアールストレイム卿で剣を交えるかね?真剣を使って生身で…………私は一切構わんが?」

 

アーニャの反論は途中で潰される、振り向きざまに左眼で睨みつけられ、先程以上の濃厚な怒気と殺気を含む言葉をぶつけられては、妹であるアーニャは黙ることしかできない。

 

「ツキトさん、アーニャ・アールストレイムさんが言いたいのは、鎧の有る無しでほぼ勝敗で決まってしまうことを言っているのであって、決して安全性を軽視しているわけではありません!」

 

これに真っ向から反論したのはまさかのナナリーであった。

 

これには少し驚いたツキト、しかし彼としてもアーニャとナナリーの言わんとすることは十分にわかっていた。

 

ゆえにもどかしかった、2人は真剣での試合を望むはずだ、そこで鎧を付ければアーニャに圧倒的に有利な状態を与えてしまい、これが後の遺恨となりかねないことを予期していた。

 

ナナリーを言いくるめようにも、今はラウンズと学生、よくても剣の先生とその生徒であり、あまり強くは言えず、口籠る。

 

言葉に詰まり、暫しの静寂が訪れる。

 

そこで手を挙げたのはナナリーの大親友であるマリーであった。

 

「あ、あの!」

 

「うむ?君はマリー君か、どうかしたかね?」

 

「えっと、あの……その…………ナナリーに鎧を付けて練習する時間を与えて欲しいのですが!」

 

マリーの言い分は、経験の差があるなら埋めてから試合をすればいい、というもので、ツキトにとっては目からウロコの提案だった。

 

なにぶんツキトの脳は良い意味でも悪い意味でも硬い、剣士が向かい合えばすぐにでも…………という考えがある故か、練習時間を設けてまた別の日に試合をすれば良い、という考えは盲点だったのだ。

 

「私もそれがよろしいのではないかと申し上げます」

 

「咲世子?」

 

ツキトのそばに来ていた咲世子がそう言った。

 

「経験の差があってもハンデのある試合がお嫌であるなら、マリー様のおっしゃるように、ハンデが無くなるように練習をなされてから試合を行えばよろしいのです」

 

「………そうしよう、助言に感謝するマリー君、咲世子」

 

ツキトはマリーに会釈して感謝の気持ちを表す、マリーはほっとした表情を浮かべて咲世子を見る。

 

咲世子は親指を立てたグッドサインでマリーを称賛した、マリーも咲世子の援護射撃にグッドサインで返礼した。

 

「では、練習時間に関しても双方で話し合うように」

 

それだけ言うとツキトは今度こそ去ろうとした。

 

「おっと…………言い忘れていた」

 

数メートル歩いてからなにかを思い出したようにゆっくりと振り返ったツキトは、アーニャを見て。

 

「アーニャ、私の生徒は想像よりずっと強い、慢心・油断して負けたなど許さん」

 

「わかった、お兄ちゃんのためにも必ず勝つ」

 

「フッ…………応援している」

 

「っ………ありがとう……」

 

ツキトの激励と微笑がアーニャの鼓動は速まる、冷え切った体温が上昇し、むしろ熱くなってきたように感じた。

 

また、アーニャは自身が名前で呼ばれたことに気がつき、『兄』として応援してくれていること気付き、心の臓がさらに高鳴る、頬も朱色がさしこみ、艶のあるうっとりとした表情を浮かべた。

 

これに対して面白くないのはナナリーだった、いくら妹とはいえあそこまで露骨に婚約者の自分を差し置いて応援するなんて…………と、不機嫌になる。

 

唇をへの字に曲げ、不機嫌さを隠そうとしないナナリー。

 

そんなナナリーに顔だけを向けたツキトは言う。

 

「…………ナナリー」

 

「はい!」

 

表情は固く、口調は厳しい、だがその想いは暖かいのがナナリーにはわかった。

 

アーニャに向けられた激励と微笑以上に、深い愛情が詰まっているのだと確信した。

 

するとどうだろう、不思議と不機嫌な感情は、さしずめ砂の城が風に吹かれるが如く崩れ去る。

 

元気の良い返事を返すナナリーに、ツキトはただ簡潔に言う。

 

「勝て」

 

「必ず」

 

ツキトはナナリーの返答に笑みを浮かべると、今度こそ2人に背を向けて歩き去る。

 

ただの一言であった、しかしその一言に込められた想いはアーニャへのそれに決して劣るものではない。

 

ナナリーの剣の師として、ナナリーの婚約者として、ナナリーの従者として━━━━さまざまな立場と地位を持つツキトの、すべての立場と地位からの激励だった。

 

アーニャへの激励が『兄』と『ラウンズ』の立場からなのであれば。

 

ナナリーへの激励はそれ以外の全てからのもの、そう取ることができるだろう。

 

ナナリーは察しが良いためすぐに気がついた、アーニャもまた、察しが良く理解も早かった。

 

だからこそ━━━━━━2人は、互いが互いに嫉妬した。

 

嫉妬心が湧くなど2人にとって初めてだった、まして同年代の同性にそんな感情が湧くなど…………と、内心でとても驚いていた。

 

この世界に神が存在するのなら、『それは必然である』とでもほざいているところだろう。

 

たとえツキトがいたとしても、そのように言ったはずだ。

 

なぜなら、同じ道を歩き、同じ終着点を目指す者が他にいるのだとして、もし彼ら彼女らが出会ったのだとすれば…………おのずと答えが出るはずだ。

 

「「(邪魔はさせない)」」

 

逆に言えば、それだけ2人は似通っているという意味でもあるのだが、そこはまた、別の話である。

 




徐々に外側の侵食を受けるツキト君。
このままだとじきに門開きそう。

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