ナナリーにとっては念願の瞬間がやってきました。
それと、今回は12000文字でだいぶボリュームがありますが、ほとんどnoside視点ですので悪しからず。
ツキトside
「はっ……はっ……………ハァッ!!」
ッ!
ベキィッ!!
ズゴゴゴゴゴ………ズシィン!!
音を立てて木が中程から倒れる。
木刀を地面に突き刺し、あぐらをかいて座る。
持ってきたスポーツドリンクをあおる。
わずかに7歳にしてコードを得てしまったがために、体力はその時点でほぼ固定されてしまっている、ということが改めてわかった。
デートの日から1ヶ月と少しが経った、C.C.から身にならないアドバイスをもらってコードの効力を抑えた状態での特訓は、とても効果的なものであった。
いくつか問題点も浮き上がってきたところで、その解決に努めた。
中でもトップクラスは体力の無さ、とはいえ前世込みのままで維持されてきたため、一般人からすれば十分に基地外じみている。
「それでも足りるかわからんのが、この世界なんだがな」
特訓を始めてから数日で、私は咲世子やスザクといったチート運動神経持ちには、現状の能力では厳しいものがあると考えついた。
「さて、続きだ続き」
確かにコードによる回復能力と無限のスタミナがあれば、勝てない敵など私には存在しない。
しかし…………いずれ捨てるコードに頼るのは、かつて『最強』を目指したこの私としてはどうなのか?
「決まっている………」
カッコつけた言い方で回答するなら。
「断じて………断じて『否』である」
そもそも、不死身の力に頼り切るのはかっこ悪い、それにこういうものは死亡フラグになると聞くしな。
強者への挑戦こそ、私の求めるもの………弱者をいたぶり、見下すのは、私らしくない。
そして私が頂点に立ったのならば、挑み来る者達を全力でもって相手取る。
これぞ私の憧れた、かつての…………。
「目標は、遠い」
だが、ゆえに、燃えるというもの。
そして見せつけよう、こんなどうしようもなくガキでしかない私を愛してくれるナナリーに。
そして、年明けのラウンズの晩餐会に来るであろう愛しき妹であるアーニャにも。
「ハァッ!!」
ベキィッ!!……ベキィッ!!……
…………しまった。
「熱が入ると周りが見えなくなるのは、悪い癖だな」
なんてかっこよくいってみたところで、やり過ぎてしまったことに変わりはないし、過去を変えることもできない。
殴りすぎて木を倒し過ぎてしまった………。
つい、出来心で…………クラブハウス周りの木を相当数伐採してしまっていた。
この季節に寒風を受け止める壁になってくれる木をこんなに切り倒してしまった私は、バカ以外に他ならない。
あるいはアホかもしれん。
「処分するにも、この量ではな………」
この量の木を処分できる金はあるし、ポケットマネー程度、財布からスッと出すくらいの出費にしかならんわけだが…………将来的にはナナリーとの共有財産になるわけだし、無駄遣いは良くない。
しかし、あれもこれもと我慢していては、ナナリーに要らん心配をさせてしまうだろう。
なら、この量の木を有効活用できる方法を見出すべきだろう。
「………クレアを頼ってみるか」
ふっと湧いて出たそんな考え。
時間はまだ早い、ひとまずはメールを送って、答えはあとで聞くとしようか。
メールを送ってと、あとはこの大量の木を一箇所に集めて今日は終わりだな。
「よいっ……しょっ、と」
これも筋トレだと思えば苦ではないな。
「さっさと終わらせて、シャワーを浴びて、着替えて………」
やるべき事を口に出しながら歩く。
「へくちっ!」
やはり、この季節に裸同然のサラシのみというのは堪える。
しかし、厚着のまま特訓して汗だくになって気持ち悪いのは嫌だ。
「…………たまにはシャツでも着てやってみるか」
私、ツキト・アールストレイムは特訓から1ヶ月で確かな実力の向上を感じるのであった。
ナナリーside
あの、ツキトさんとの本音で語り合えたデートから1ヶ月。
あれから週に1回くらいのペースでツキトさんと一緒に過ごしています、ツキトさんの休日を潰してしまうのは悪いと思っていました。
でも…………。
『うん?休日を潰すのは悪いから、デートは控えるって?』
『はい、お仕事を頑張っているツキトさんの邪魔になるのは、ツキトさんのお嫁さんに相応しくないですし』
『うーん、僕はナナリーとのデートで1週間の疲れを取って、癒してもらってるから、週に1回くらいでデートしたいんだけど……』
『えぇっ!?////あにょ……あの、それではツキトさんが……』
『あ!別にデートじゃなくても、例えばクラブハウスでのんびりするとか、ナナリーの練習に付き合うとかでもいいよ』
『そ、そんなので……』
『僕にとっては最高に楽しい時間なんだけど……』
『じゃあ、その、週に1回のペースでお願いします』
『じゃあ毎週1日は空けておくように伝えておくね』
『(うわあああああ!!嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しいぃぃいいい!!)』
という感じで、ツキトさんに頼まれてしまっては仕方ありませんね、ツキトさんの頼みですもの。
ナナリーは幸せ者です……。
それに今日はツキトさんとフェンシング部の練習!俄然やる気が出てきます!
「やります、やりますよ、やってやります」
「ナナリー?」
「マリーさん?どうかしましたか?」
「カッコいいアールストレイムさんの妄想するのもいいけど、ほら」
「え?」
マリーさんが指差した向こうには、困り顔の先生が。
「あっ、ごめんなさい先生!」
「気をつけてくださいね、ランペルージさん(よかった、ランペルージさんは優等生の中でも抜きん出た優等生、彼女に授業を聞いてもらえなくなったら私教師として終わるとこだったわ……)」
「はい、気を付けます」
「今日は休日の自由参加型の補習授業ですから、そこまで気にしませんけどね(とは言っても、彼女が参加する時点でクラス全員参加みたいなものだけど)」
先生が前を向いたところでふぅ、と一息ついてマリーさんの方を見る。
「ありがとうございますマリーさん」
「別に構わないわよ、それよりナナリー、今度はまたどんな妄想してたの?」
「えっ?それは………////」
「あれあれあれ?どんなこと考えて、いーたーのーや、ら?」
「そ、そんなエッチなことじゃないですよっ、ただ、今日の朝早くからトレーニングをしてたツキトさんの…………」
「ほほう?読めたよ、さしずめ汗だくになったアールストレイムさんにキュンキュンしちゃったわけだねっ」
「あ、違います、上半身サラシだけになったツキトにドキドキして………あっ」
「ほほ〜ん?(…………は?サラシだけ?)」
「ゆ、誘導尋問は卑怯ですよっ」
小声でマリーさんと話す、授業中にこういうことをするのは良くないですけど、ツキトさんのことでからかってくるマリーさんに対抗するうちに、ノートを取りながらこうやって話し会うこともできるようになっていました。
マリーさんはまだできないみたいですけど。
「っていうかこの季節に上半身ほぼ裸ってヤバいんじゃない?」
「私も止めようとしたんですけど、一生懸命トレーニングをしているところを邪魔してしまうのは………」
「あー、そうだよね、アールストレイムさんはラウンズだもんね」
「まあ、それもありますけど……」
「でもさあ、珍しいよね」
「はい?」
「アールストレイムさんみたいに庶民に優しい貴族って、なかなかいないよ?私があったことある貴族っていったら、顔だけ良いマザコンとかホモとか下心丸出しの中年ハゲくらい………見た目だけじゃなくて性格も良い貴族なんて、アールストレイムさんくらいのものよ」
「マリーさんに同感です」
実は、マリーさんは結構熱心なツキトさんのファンで、彼女で婚約者の私のことを羨ましがっていました。
今は吹っ切れたそうですが、こうやって毎日ツキトさんのことでからかってくるということは、まだ気はある、ということでしょうか。
ちなみにマリーさん自体は一般家庭出身、そして私の1番の友達です。
「でも、最初は驚いたなあ、学校から出てくって聞いて、いきなり決闘を挑むんだもの」
「そうでもしないとツキトさんが遠くに行ってしまうと思って………」
「それで決闘は受けてくれたし、勝たせてくれたっていうわけかあ」
「ツキトさんに全力を出されたら、私の剣なんてカスリもしませんから」
悔しさと嬉しさが混じって変な気分でしたけど。
「かー、愛されてるよねナナリーは、私も恋愛したーい」
「マリーさんならすぐに……」
「容姿端麗頭脳明晰で誰にも負けないくらい剣の達人で財産もあって慈愛に溢れた男の人がどこかにいないかなー?」
「フェンシング部男子の部の部長さんはどうですか?」
「事故物件なんてこっちから願い下げ、っていうかその人って私の嫌いな下心丸出し系貴族じゃないの」
「ですよね」ニコッ
手をひらひらさせて要らないと表現するマリーさん。
「あーあ、アールストレイムさん並みの聖人なら一発オーケーなんだけどなー」
「ケニー君はどうですか?」
私はクラスでも人気者(らしい)ケニー君(詳しい名前は覚えていません)をあげてみました。
ケニー君は中級クラスの貴族出身で、友達曰くイケメンで、友達曰く人種問わず優しく接することができて、友達曰くある程度の個人の財産もあるみたいです。
小声で言ったはずなのにケニー君がビクッと反応しました、こっちをチラチラ見てきます。
「ケニー?あーー……」
マリーさんがケニー君をじっと見つめます、ケニー君は正面を向いています、もうこっちをチラチラ見てはきません。
ケニー君はマリーさんの2つ隣なので横顔を凝視していることになりますね。
ケニー君はマリーさんに見つめられてもう耳まで真っ赤みたいです、女性経験無いのでしょうか?
「ん〜、アールストレイムさんに比べたら見劣りするけど………まあそこそこ良いんじゃない、うん、及第点」
「辛辣ですよねマリーさんって」
「えーじゃあナナリーから見てどう?」
「お兄様とツキトさん以外の男性はみんな同じようにしか……」
「「「「「「(みんな同じ……)」」」」」」
「ほら、ナナリーのほうが私より辛辣よ」
「自分が辛辣であることは否定しないんですね」
ケニー君は正面を向いたまま涙を流していました、ごめんなさいケニー君。
(結局熱心に授業を聞いてくれたのは数人だけ、あとはみんなナナリーさんとマリーさんのほうを気にしてました………クスン)
キーンコーン………
「補習授業はここまで、あとは自由ですので、寮に帰って遊ぶのもここで勉強するのも良いですよ、ただ、勉強する場合は教室の鍵を………」
先生の説明を聞きながら荷物をまとめて立ち上がる、マリーさんと一緒に談笑しながら部室に向かう。
部室の前には人だかりができていて、たくさんの人がいました。
そこには私のところにツキトさんとの決闘をセッティングするように言ってきた人たちもいました。
その前には、他の人に比べて低い身長、赤みの強いピンク色の髪、右目に特徴的な大きな眼帯。
「む、ナナリー、やっと来たか」
珍しく制服姿(ポニーテール)のツキトさんがいました。
「ツキトさん!?今日は遅れるって言ってたはずじゃ……」
「予定より早く用事が片付いてな、まあ暇になったんでしばらくここで待たせてもらった」
「そうだったんですか……」
うぅ、ツキトさんを待たせてしまいました……。
「気にすることはない、出来るだけ長くナナリーと一緒に居たくて、つい早く来てしまっただけなのだしな」
「ツキトさん////」
(このストレートな好意の伝え方が最高にかっこいいわ……)
「そういえば君は……」
ツキトさんがマリーさんのほうを見てそう呟きました。
「彼女はマリーさん、私の親友なんですよ」
「は、初めましてアールストレイムさん、マリー・スクルドです」
「そうかナナリーの………ナナリーと仲良くしてくれてありがとう」
「そんな恐れ多い!」
「いやいや、ナナリーの親友ともあれば、私としても良い関係を築きたいと思っているのだよ」
「そ、そうなんですか……」
顔が真っ赤ですよ、マリーさん。
「さて、このまま3人で近くの喫茶店ででもゆったりと話をして見たいところではあるが………どうする?ナナリー」
「えっと……マリーさん、その、今日は」
「良いって、アールストレイムさんとナナリーの約束のほうが先だし」
「ありがとうございます、今度3人で遊びに行きましょうか」
「マジで!?ありがと〜!」
「わっ!?いきなり抱きついたら危ないですよ!」
抱きつかれてバランスを崩しかける、もう、マリーさんはいちいち反応がオーバーなんですから。
しばらくマリーさんの戯れつかれていると、ツキトさんが震えながら声を殺して笑っていることに気づきました。
「ツキトさんも笑わないでください!」
「ははは、す、すまないナナリー、んっ……」
今の『んっ』がかわいいとか思いましたよ、えぇ。
「もう!早く練習しますよ!マリーさんも良い加減にどいてください!」
「あーん、ナナリーのイケズ〜」
マリーさんを引き剥がしてツキトさんの腕を引いて強引に更衣室に……。
「あの、ナナリー?私は男だからその………女子更衣室には……」
「ダメです、ツキトさんの裸は私のものです、誰にも見せたくありません」
「いやそうは言っても……」
「今なら誰もいないのでノーカンです」
「ナナリーがいるだろうに……はぁ」
戸惑い溜め息をつくツキトさんを引っ張って更衣室に連れ込んだ。
抵抗せず、困った顔をしていましたが、微笑んで。
「ナナリーは強引だよね」
と言われた。
全身が熱くなった。
no side
「いやー、ナナちゃんもやるね」
「『あなたは私のもの!』っていう意味の言葉をあんなに堂々と言うなんてね」
「けしからんわ、実にけしからんわね」
「風紀乱れるぅ〜」
「「「「だが、それでいいっ!!」」」」
フェンシング部の女子の部の方の部員がキメ顔でそう言い、ナナリーがツキトを更衣室に連れ込むと言う、男女の立場逆転してね?という問題よりも、それっていいのか?という疑問を周囲に植えつけたために固まっていた場の空気を和ませた。
「久しぶりよね、アールストレイムさんが学校に来るの」
「本国から帰って来て、忙しい仕事の合間を縫って恋人に会いに来る………オー!ロマンティックッッッ!!!」
「この純粋な思い………プラトニック・ラァァァァアアアヴッッ!!」
フェンシング部以外の女子も叫び出す、やはり学生、皆恋愛話が好きなもである。
「うおおおおお!!見たかよおい!我らが女神様のちょっと怒ったけどでもメチャクチャ嬉しいよぉみたいな表情とお声をヨォ!!」
「ほぼ、イキかけましたわ」
「あ^〜いいっすねぇ〜」
「やっぱランペルージさんは女神、アールストレイムは悪魔だって、はっきりわかんだね」
男子も男子でうるさく騒ぎ始めた、この場のほぼ全員がこの様なのは、ナナリーとツキトの関係への興味が大きい。
学園一の美少女と言われ、事情が話せないため庶民出身ということにしているナナリーと。
貴族出身でラウンズであるものの、考えが庶民的な面があり人から高い評価を受けるツキト。
年の差や立場・出身の差、それらを諸共しないまるで恋愛小説のような純粋な恋愛に、夢見る乙女が騒ぎ立てるのも仕方ない。
誰もが2人の中を応援していた、一部を除いて。
「くそッ!」
「そう物に当たんなよ、壊れんだろ」
「つってもよお!あんな……くそったれえ!」
ガンガンとロッカーを蹴る男子生徒、何を隠そうこのモブ、ツキトに決闘を申し込んだ奴らなのだ!
「仕方ねえだろ、そこらの男と絵に描いたような白馬の王子様がいたら、誰でも王子様選ぶだろ」
「王子様は王子様でも、あんなヒョロヒョロじゃあねぇ……」
モブの1人はツキトの全身を見てそう言った。
「あんなんすばしっこいだけだろ?」
「でもランペルージさんとの決闘では、剣を弾き飛ばしていたぜ?」
「ようは力の使い所ってやつだろ、ボクシングやってる俺ならそんくらい余裕だぜ」
実際はただ振り抜いただけでナナリーの剣が吹っ飛んだのであるが、そんなことは露も知らないのである。
「力押しすればいけるっしょ」
「平押しでどうにかなる相手かぁ?ってか勝負の方法はどうなんだよ?」
「ランペルージちゃん曰く、あっちで決めるんだと」
「んだよそれぇ!?ぜってぇ剣じゃねえかよ、俺もう無理」
「諦めんのはっや!」
「でもよお、ランペルージちゃんは勝負の方法も考えとくって言ってたぜ?もしかしたら、もしかするんじゃね?」
ちなみにモブ達がナナリーをナナリーと呼ばずランペルージで呼んでいるのは、どこか遠慮がちなところがあると言うのか、それとも少々ウブなのか、もしくは揃いも揃って童貞のヘタレなのか…………。
間違いなく最後に言ったやつで大正解、こいつら不良ぶってるくせにみんな仲良く童貞なのである。
ナンパ歴0、もしくは半日が大半を占め、中には2年ほどの奴もいるが成功回数は驚愕の0である、憐れ。
ついでにナナリーは勝負の方法は考えるとは言ったが、ほぼルールの変更等であり、ほとんど頭に残っていないのであるが………。
そうこう言っている間に、着替え終わったナナリーとツキトが更衣室から出てきた。
ナナリーは真っ赤、対するツキトは涼しい顔である、いったい何があったのやら、と多くの生徒が邪推する。
肉体的な接触は何もなかった、しかしナナリーは赤面しているわけだ。
それは更衣室に入って互いに背中を向けて着替え始め、途中からナナリーが振り向いてツキトの半裸をガン見、これでもかとガン見。
気づいたツキトが振り向いてナナリーの表情から察して、苦笑いを浮かべ、ナナリーが謝りながら正面を向き直した。
直接的な接触も無しにデレデレ、デレデレしやがってこの…………失礼。
まあ、そんなことがあったわけだ。
しかし、剣を交える場、ピストに立った2人の雰囲気は一変する。
ナナリーからは油断の一切が消え去り、女神と形容される笑顔は真剣な表情となった。
フェンシング部の先輩に審判役を頼み、深呼吸をし脱力、闘志というロウソクに火を灯し構えをとった。
ツキトからは先ほどまでの一般人に怖がられないように出していたオーラや気と呼ばれるものを消滅させる。
流れ出る地獄で燻る業火に似た殺気、体育館中に充満したそれは、本来の数分の1程度。
頭の防具を着け、まるで全身が鋭い一振りの剣になったかのように、静かに構えをとった。
決して消えぬ強い闘志、焼き尽くさんばかりに燃え滾る殺気が衝突。
体育館中の生徒は誰もかれもが気圧された、多くの生徒は闘志と殺気の衝突の余波で立ち眩み、2人の背に陽炎を幻視した。
フェンシング部で2人をよく知る生徒や、敏感な生徒は立っていられなくなり、その場にへたり込んで震え始める。
中には怯える生徒まで出てきた。
それほどまでに2人の精神は頑強にして凶暴だった。
もとより努力家であり才能もあってより強くなり、それでもまだ目標へ届かず、決して消えぬ闘志を宿して鍛錬を積むナナリー。
才能と呼べるものなどなく、ただただ努力によって強くなり、今は自分を目標とする少女を試すツキト。
ツキトは殺気で表現した。
『私の隣に立つならば、まずはこれを超えてみろ』
ナナリーは闘志でもって答えた。
『なら、見ててください、今から、超えますから』
2人は無言であった。
審判役を務めるナナリーの先輩が立った。
2人がすでにマスクを着用し、構えを取り、スタートラインにもついている。
準備は万全、いつでもいけるという2人の様子を見て、叫んだ。
力の限り、叫んだ。
「Allez‼︎(始め!)」
待っていたと言わんばかりのツキトの最速の突き。
踏み込みの音すら聞き取れない足捌き。
反応が遅れたわけでもなく、ただ理不尽に速すぎる一撃。
しかしナナリーはこれを避け、反撃に転じる、しかしナナリーが突くよりも速くツキトの突きがくる。
ところで、視聴者の皆様はフェンシングのルールについてご存知でしょうか?
これは大まかに言って3つに分かれ、『フルーレ』、『エペ』、『サーブル』と呼ぶ。
2人は『エペ』の勝負をしている。
誰が言ったわけでもなく、強いて言えば、ただ更衣室でエペ用の剣を2人とも同時に取って、審判がそれを見てエペだと判断したからに過ぎない。
エペのルールは至ってシンプル、どこでもいいから突いて得点を得るのみである。
同時突きも認められ、優先権などはない。
本気の2人にそんなルールでフェンシングをやらせたら、もはや超次元というレベルの剣戟の応酬になるのは分かりきったことである。
一般にエペのルールは互いの選手が慎重になり比較的長時間の試合になるものだが、2人の試合は決着がつきそうだ。
怒涛の突きを放ち続け一歩も引かないツキトに対し、ナナリーはなんとか弾いて反撃をしながら生きながらえている現状だ。
しかし、本気のツキトの突きを見て弾き続けるナナリーに限界が見え始める、反撃の回数は徐々に少なくなっていき、ついに防戦一方になった。
元より経験者でも、それこそ本職の騎士でもツキトの最速の突きは見切ることは難しい、この1ヶ月でその速度がさらに速くなっているのなら、尚更だ。
そんなものをナナリーは無理に捉えて迎撃しているので、負担は想像を絶するほどに大きい。
時間にしてほんの数十秒後、ナナリーの集中力に隙間が生まれ、ツキトの攻撃がナナリーの右肩にあたり、得点を得て、審判機がツキトの勝利を示した。
試合の時間は2分もない、高精度な審判機を使っているため連続でも得点を得やすくなっているのもあるのだろう。
審判の号令で互いに握手をして礼をする。
拍手、喝采。
体育館中に、学園中に響き渡る拍手と歓声。
マスクを脱ぎ汗まみれとなったナナリーは、自分にとっての巨大な壁を改めて認識し、泣きそうになった。
逆にツキトは今すぐにでもナナリーを抱きしめて褒めてあげたかった、これほどまでに強く成長したナナリーを、今すぐにでもマリアンヌ合わせたいとも思った。
ツキトがマスクを脱いだ瞬間、ナナリーもツキトも、意識が引き戻された。
ツキトは汗をかいていた、それもナナリーと変わらぬほどの多量の汗。
あの時の決闘とは違う、涼しい顔ではなく、本気で闘ったと間違いなく言える量。
ツキトは驚愕ととも歓喜した、無意識に笑顔を浮かべる。
(この充足感……本気の剣闘に偽りなし、やはりナナリーは、強い!!)
そしてナナリーはハッとした、試合中、ツキトはどちらの手で剣を握っていた?
左手ではなかった、なら……右手だ、右手に剣があった。
瞬間、ナナリーの中で湧き上がる、なんとも言えない高揚感、得点板を見る、差が開き過ぎているものの、いくらか得点を得ている。
ナナリーは、確かなレベルアップをその身で感じていた、確実にツキトの次元に近づいていっている確証があった。
嬉しくなり、笑みが溢れる。
(強くなってる!練習は無駄なんかじゃない!)
それが精一杯の試合をしての清々しい笑顔に見えたギャラリーからは、2人に再び大きな拍手が送られた。
拍手の中、ナナリーはツキトを見てこう心で言った。
(どうでしたかツキトさん、私の剣は?)
それに対してツキトはこう答えた。
(掛け値無しに、素晴らしい剣だ)
ナナリーと、ナナリーの行ってきた努力への賞賛だった。
ナナリーside
「あの時以上、いやそんなものじゃない!あぁ!形容する言葉が見つからない!!」
拍手が鳴り止んでからツキトさんの方へ行こうとした時、ツキトさんはそう叫びました。
そしてしばらく何かをつぶやいた後。
「ナナリー、お前は素晴らしい、持った才能も、行ってきた努力も、何のかもが素晴らしい」
ツキトさんは私の手を取りました。
恍惚とした顔とどこか夢を見ているような虚ろな目。
「つ、ツキトさん……どうしたんですか?」
「………すまない、少し興奮していて我を忘れていた」
正気に戻ったのか、申し訳なさそうに謝って手を離……。
「離しませんからね」
「む……(今の動き、速い!)」
と思ったら真剣な表情に………どうしちゃったんでしょうか?
「何かあるのなら話してくださいね?」
「ふぅ………ナナリー、私はナナリーの成長に驚き、同時に大きな喜びを感じているんだ」
「………ふふ、驚いてくれたようで、何よりです」
「あぁ、私も一度剣を交えた者がこれほどまでに強くなっているとは思わなかった…………だからこそ嬉しい」
握っていたはずのいつのまにか手が解かれていて、ツキトさんは両手で私の手を握ってきました。
「これほどまでに嬉しく思ったことはない、自分自身のことのように嬉しい……」
「つ、ツキトさん!?////」
うっひゃぁ!嬉しいですけど恥ずかしいです!!
………なんか、私より手が柔らかい気がするんですけど?
謎の敗北感を感じます………。
「この調子ならもう何年もしないうちに私を超すだろうな」
「ツキトさんを超える!?無理ですよ!ツキトさんのスピードにもついていけてないのに!!」
「ははは、らしくないな………私の隣に立って見せるんじゃないのか?」
ググッと近づいてくるツキトさん、挑発的な笑みを浮かべて煽るようにして。
「っ!言ってくれますね、えぇ、立ってみせますよ!追い越して置いて言っちゃいますから!」
思わずムッとして売り言葉に買い言葉でそう宣言する。
…………いえ、宣言してしまいました。
「ははは!それでこそ!私の伴侶だ!」
さっきまでピストの真ん中にいた私たちですが、ツキトさんは握っていた手を離して、ピストの端、スタートラインに立ちました。
「ナナリー、見ての通り、私の準備は出来ている………」
瞬間的に、試合中にずっと感じていた圧力のその何倍もの圧力が私を襲ってきました。
「ひぅっ……」
情けなくも悲鳴がこぼれ出る、身体中が震える、血の気が引いてフラつく感覚がします。
「感じてくれているようで何より、今感じているのは私の本気の殺気だ………私はな、ナナリー、今お前を殺す気でここに立っている」
気力だけで何とかスタートラインまで歩いて、震える手で剣を構える。
「かかってくるがいい、お前の超えるべきは、お前の目の前にある」
ツキトさんの出す強烈な圧力………殺気に、剣先が震えて定まらない。
でも…………私は嬉しく思いました。
今まで飄々と本気の勝負を避けられ、決闘でも手を抜かれて、まるでそこにたまたま落ちていた勝利をただ拾っただけ。
そこからは悔しくて、何日も練習してきました。
そして今、本気を出したツキトさんと対峙している。
震えは止まりました、汗も引っ込みました、心臓はいつも通り、でもこれからの本当の本気の剣闘に向けて弾んでいます。
言葉は自然と出ていました。
心の中で叫ぶのではなく、言葉にして。
「そこで待っててください、今、行きますから」
ツキトさんはニィッと笑い、言いました。
「来い」
たった一言、それで十分だろうと言うように。
先輩がフラフラと立ち、試合前の確認をします。
と言っても、もう構えてしまっているので、マスクを着けるだけですけど。
「En garde!(構え!)」
互いにマスクを着け、再度構えます。
「Etes-vous Prêts?(準備は良いか?)」
「「Oui」」
ツキトさんと声が重なります。
「Allez‼︎‼︎」
ツキトside
「うぅ……」
体育館のかべによりかかり、体育座りでちゅーちゅーとスポーツドリンクを飲むナナリー。
2度目の試合は私の完封勝利、終始攻め続けてナナリーの攻撃を一撃ももらわずに勝った。
ナナリーの成長が嬉しすぎて、本気かつ全力で持って、本当に突き殺す勢いで剣闘をした。
ナナリーは直前までは震え、青ざめていたのに、すぐに調子を取り戻し、私の言葉にも落ち着いた声で返してみせた。
それが快感の如く私の身を駆け巡り、本当の剣での闘いを知ってもらおうという気持ちが、ナナリーの一言で全力で叩き潰す方向に変わってしまった。
そして今、全力で闘ったために消耗が激しい体を休めるため、ナナリーの隣で同じようにスポーツドリンクを飲んでいる。
心境は全く違うが。
「壁は高いうえに分厚過ぎます……」
「ふっ、私は簡単に超えられるほど小さくも薄くもないぞ」
「全くです、違いを見せつけられました」
「腐ってもラウンズだからな、とは言っても、危ないところはあったが」
2度目の試合でも何度か危ない場面があり、避けきれずに弾いた攻撃があった。
「これがフェンシングじゃなかったら避けれていたくせに………」
「あぁ、フェンシングじゃなければもっと余裕をもって勝てただろうな」
ボソッと呟いた言葉にも煽りを含んで返す。
ナナリーは負けず嫌いだ、それもルルーシュと同等かそれ以上の。
やる気を出させるには褒めるか煽るかの2択だが、こう言った勝負事には煽った方が良いとわかっている。
「ツキトさんのイジワル」
「ふふん、なんとでも言うがいい」
「ツキトさんの……かっこよくて素敵で謙虚で勝負の時の凛々しい顔がとっても……」
「すまないがそれ以上はやめてくれ」
なんとでもとは言ったが、そう言うことは恥ずかしいじゃないか……。
「ふぅ………まだまだ、届きそうにありません」
「私はこれからも鍛錬を積む予定だから、届くのはさらに難しいだろうな」
「ツキトさん、私がそれくらいで諦めると思ってるんですか?」
汗をタオルで拭ったナナリーが満面の笑みで問いかけてくる。
「いいや、ナナリーは頑固者だからこの程度じゃ諦めたりしないだろう」
「しつこい女だと、嫌いになりますか?」
そんなもの………。
「それは私の1番好きなタイプだぞ」
好きに決まっている。
「これからもたくさん迷惑をかけます」
「むしろ迷惑だと思わせるようにことをこれまでにしたか?」
「こ、これからもたくさんツキトさんの自由な時間を邪魔をします……」
「むしろナナリーといる時間こそ自由な時間なんだが?」
「………これからも、たくさんツキトさんに……キスしたり、押し倒したり………します」
「ウェルカム」
「〜〜〜っ!!!//////」
顔を隠してジタバタするナナリー、耳まで真っ赤で本当に可愛い、もう今すぐ結婚したい。
「さて、そろそろ練習に混ざろうか」
「あっ、そうでした」
今こうして体育館の壁に寄りかかっているのは、男女のフェンシング部が練習をしているからだ。
ここから見た限りでは何人か素質がある者がいる、努力を重ねていけば選手としてきっと大成するだろ。
「どうせなら、2人でやるか?」
「いいですね、手加減はしませんよ」
「それはこっちのセリフだ」
「ふふっ、じゃあ剣はどうします?エペですか?サーブルですか?それともフルーレですか?」
「今日はナナリーの練習に付き合う気できたから、ナナリーが決めてくれ」
「じゃあ…………サーブルで行きましょう!」
意気揚々と宣言したナナリーは、自分の脇に置いたバッグからサーブル用のよくしなる剣を取り出して立ち上がった。
私もサーブル用の剣を取り出し、立ち上がる。
先に剣を構えて待っているナナリーに向かって歩いていく。
一歩一歩近づくたびに、胸が弾んでいく。
「「Etes-vous Prêts?」」
同時に言って、おかしく思って、互いに笑ってしまった。
気を取り直して、練習を始めた。
本気で全力のツキトとのフェンシングによる剣闘。
一般人からすれば、常識外れの移動速度と見切らせてもくれない剣閃、本気ともなれば殺す気満々の殺気と圧力を集中的にかけてくるわけなので、心がポッキーのようにすぐに折れます。
さらに戦闘スタイルが基本的にガンガンいこうぜ!なので、凄まじい突きを繰り出しながら超高速で迫ってくるので、もはや恐怖。
無限の剣が正面から高速で飛んでくるようなものです(それなんて無限の剣製?)
そんなツキトが本気の殺気を出しても審判役の先輩ちゃんや周囲の人が倒れなかったのは、殺気を垂れ流したのではなく、ナナリーだけに向けてビームのように放出していたので、周囲の人は殺気に当てられることがなかったので無事だったわけです。
そう、無事です(体や精神に不調が出ていないとは言ってない)