【Saturday ,August 15 2096
Person:operator4】
端的に表現するのであれば、人々は此処を地獄と呼ぶだろう。
地上に降り注いだ四桁もの鉄の矢は、デルタに対処すべく穴熊から出てきた警備部隊の悉くを物言わぬ屍へと変えていた。
詰まる所、作戦は今の所順調。
「各位、鉄の矢に足を取られるな。慎重に進め」
そう述べ、施設へと入って行く。
幾らパラサイドールの大半が九校戦に出向いて居るとは言え、流石に製造用のリソースは残っていた。
しかし、“大元”がいない。作る為の材料こそあれど、実働可能な個体はそれこそ“オリジナル”まで回したと言う事だろう。
「厄介な事にはなるが、今では無いな・・・」
腰に下げた“刀”を使うのは数回のみになりそうだ。
そして、他の武器を使う機会も実に淡白になるだろう。
「目標の区画を研究所西側と断定。動く物は全て殺し、保存されたデータは破棄し、書類は燃やせ」
九島は判断を誤った。
誤った以上、彼等にパラサイドールを持つ資格など無い。
そうである以上、彼等の結末は半ば決まっている。
「クリア」
鳴り響く発砲音。
警報も鳴り響き、スプリンクラーも作動しているが抵抗は疎らだ。
「クリア。焼夷手榴弾、投擲」
何せ頭を刈り取り、手足さえ捥いだ。
こうなれば、素人でも出来るお使いレベルだろう。
「クリア。メインサーバーと思しき設備を発見、データ消去の為人員を五人割きます」
「残り五名、付いて来い。大元を刈り取る」
二手に分かれ、パラサイドールの製造場所へと向かう。
流石にこの付近は警備員も居る。が、障害ですら無い。
数の利さえなく、装備の質さえ劣る。俺が出ている以上、負ける道理など無い。
「クリア。この隔壁は手持ちの爆薬での破壊は不可能と判断します」
「分かった。各位、戦闘用意」
コマンドを開く。例え物理的であろうと電子的であろうと、我らを妨げる事は出来ない。
隔壁は、原子でさえ残さずに消滅した。
「此処が・・・」
隊員の一人が、そう漏らす。
第九研が主目的とする、その終着点。
九島烈の目指す、妄執の集大成。
例えこの身が人であったとしても、この様なものに頼ろうとするとは。
実際に見てみると、哀れみしか抱かない。
「・・・各位、老人の人形遊びを終わらせる。運搬、及び爆破の用意を」
対パラサイドール用の、以前に用いた“刀”を抜く。
元より動かぬ、ただの屍に近い。意気込みなど不要だ。
パラサイトと呼ばれたそれを宿した“原材料”は、軽い一太刀で“封印”された。
「・・・準備完了まで後二分。メインサーバーも物理的・電子的な破壊に成功との事。迎えは六分後に来るとの事です」
「九島本家の動きが鈍い筈が無い。増援が来る事を前提に進めるぞ」
とは言え、弾薬も装備もさほど使用してはいない。ヘリが直接此処に来る以上大した問題にはならないだろう。
此処までやられた以上、どうあがいても九島の負けは確定している。虎の子の抜刀隊はまだ傷が癒えたとは言いにくく、内乱さえ抱えている。最早、打つ手は悪足掻きしか無い。
準備が完了した所を見届け、声を掛ける。
「よし、撤収する。タイマーは七分後に設定しろ」
そう言って部屋の外に出た。
これで、悩みの種が一つ、確実に減った。
後は、“彼”の事のみだろう。
メインサーバーの処理に向かった隊員とも合流し、外に出る。
そこで、ある意味では予想通りの人物に出会う。
「・・・そうだろうともさ。お前が来ない筈は無い。あの“老師”の妄執が、生易しいものであるはずがない」
そこに居るには、多数の部隊では無い。
国防軍でも、私兵でさえ無い。
唯一人の、老人だった。
「・・・九島烈。また会ったな」
「そうだね。出来れば、この様な結末で会う事は避けたかったのだが」
丁度、ヘリの迎えが来る。
だが、この老人は悟らせなければ死ぬその時まで動くだろう。
この様な男の眼は、今までに何度も見てきた。
「各位、ヘリで離脱しろ。俺は歩いて帰るさ」
「・・・宜しいのですか?」
「作戦は成功している。今必要な事を確実に遂行しろ」
「・・・了解」
それを最後に、ブラボーの隊員達はヘリに乗り離脱していく。
その姿を、なぜか九島烈は羨ましげに見つめていた。
「“烏”の駒は、実に幸せだろうね。道具でありながら大切に扱われ、雑に扱われるなどと言う事がない」
「羨ましいのか、お前達にとっては」
これは、単純な疑問。
主体でさえあれず、駒でしか無い。
「お前達は自分の意思で動きたいとは思わないのか」
魔法師には、耐え難い苦痛では無いのか。
しかし、九島烈はそれを否定した。
まるで、諦めているかの様に。
「それはそうとも。出来うるなら自由に生きたいとも。出来うるならば、この様な事はせずに済ませたかったとも」
研究所内から、更に爆音が響く。
しかしそれさえ見えぬと言わんばかりに彼の想いは吐かれていく。
「だがそれは出来ない。魔法師には力がある。人並みの安全も、幸せも、生まれも、運命でさえ定められ保障されぬまま生きる。
我々魔法師は、ヒトにはなれないのだ」
「しかし、求めて何が悪い。我々はヒトでありたいのだ。ヒトの様に、幸福でありたいのだ。
光宣は今でも禁忌に触れた呪いからか、あの様な目に遭っている。”彼“でさえ、平穏な日々は送れない。十師族でさえ、四葉真夜の様な運命を辿りうる。
力を持つ故であるのなら、それ故に苦しまねばならぬのなら。そして目の前に居る”神“にさえ頼れなかった。なら、化物となりきり、自らがもぎ取るしかないではないか」
その言葉は、とてもヒトから出た想いとは思えなく。
それ故に、何より人に近かった。
「不条理に怒り何が悪い。正そうとする事の何処が間違っている。貴様らが私の想いを砕くのならば・・・。
答えろ、”烏“。我々は、どうすれば良いのだ!」
なればこそ。
最も人らしい彼等には、答えなければならないだろう。
”烏“が鳴くのは、決して死を必要とするからだけでは無いのだと。
「お前自身が語った事全てが正解さ、”老師“」
彼が、彼等こそが正に人間だろう。
例え厄介で、面倒で、諸悪の根源だったとしても。
「今までに、人はそう言った苦痛を乗り越えてきた。無数の悲劇があり、無数の不条理があり、それでも人は立ち上がった。だからこそ、人は今、幸せを享受出来る。
お前達魔法師は、最初から人だったのさ。
ただ、
初めから、彼等には自由がある。
掴もうとするのに、勇気が要るだけだ。
強いて、九島烈にとって不幸であるとしたら。
「決めるのは、今を生きる若者達だ。それは”時代“となり、世を変えていく。
それを止めるのは”烏“にも出来ない。故に人の歴史は廻り続ける。我らはそれが、より多様な物であれば良い」
当事者でない事だけだ。
「お前の抱く妄執は唯のまやかしであり、障害でしかない。故にまだ、お前の行動の意味はまだ決まっていない」
既に陽は登り、鳥も鳴いている。
後三時間も経てば、それを決める火蓋が切って落とされる。
「言ってただろう、”彼“が窓口足り得るのだと。分かっていただろう、俺もお前も主役ではないのだと」
主役は”彼“であり、彼らなのだから。
「主役は司波達也であり、その周りであり、お前の孫であり、七草や十文字、一条の子供たちであり、そう言った若者達だ。俺たちみたいな年寄りは裏で動くに限る。後は委ね、合わせるのに限る」
「・・・そうか」
九島烈は、噛み締めるように呟いた。
「・・・・・・そうか」
妄執から覚めた様で、それでも夢はまだ続いている様で。
「ならば、見届けるとしよう。その結末を。若者が作る時代が、私の行いをどう評するのかを」
以下反省タイム。
作戦開始時間をお兄様との密談で話してた時刻とは大幅に違います。はい、単純なミスです。まぁそのままでも物語進められるし多少は・・・うん。すみませんでした。
一応次話でも述べる様にはしますが、作戦の隠密性を高める為達也にさえ偽の作戦時刻を教えたと考えて頂ければ。不信感は増すだろうけど多少はまぁ。
以上反省タイムでした。
今回は佐伯さんの家庭訪問の前に「九島烈が自身の陰謀から引く切っ掛け」を作りました。
新しい時代を創るのは老人ではないと言う言葉の通りです。魔法師を兵器として生かした時代を創ったのが老師の世代である様に、魔法師を人とする時代を創るのがお兄様の時代なのでしょう。無論それら二つに優劣など付けようは有りません。
そこら辺を1年目老師は分かっていた節がありましたが、可能性を見てしまったので手を伸ばさずには居られなかったのでしょう。
まぁ力ある老人がそれをやると厄介極まりないのだけど、それは別の話。
まぁそんなこんなで諭すのはオリ主が根本的にお爺ちゃんだからじゃないかなと。ハッスルしてる分人間にとっては何より性質が悪いけど。
次回は達也回。まぁなんとかなる。