「ほいよ」
「ありがと」
目の前のベンチに座る女の子に今買ってきた飲み物を手渡すと、俺もその隣に腰を掛け自分の缶を開けた。
『ルミルミっていうの、キモい』……と、半年ぶりの謎の高揚感を受けたあと、俺は留美を連れて学校からちょっと離れた公園まで来ていた。
だってほら、流石に学校の前とか近所で女子中学生と話してるのってまずいでしょ、色々と。
普段は俺の事など路傍の石ころ程も認識しない連中のくせに、こういう時だけは俺のステルス機能をあっさり突破してくんだよな、あいつら。
ま、公園に来たはいいものの結局ご近所の奥様方の目が怖い事には変わりないんですけどね。
お願いだから通報するまえにまず確認取ってね!
「んで?今日はどうしたんだ?」
元々近所の小学校に通っていたわけだから、学区的にもここからそんなに遠くない中学に通ってはいるのだろう。
だがわざわざうちの学校に来て俺を待っているなんて、なにかしらの理由が無いわけはない。
鶴見留美
去年の夏休みに千葉村へ林間学校の手伝いに行った(強制連行。ここ重要)際に知り合った子だ。
その林間学校では子供同士の流行りとかいう低俗なお遊びで仲間はずれにされていた。
助けを求められ、俺のどうしようもなく最悪な手段で一応の解消はしたのだが、その後偶然再会したクリスマスイベントではやはり一人のままだった。
それが俺の行った手段での結果なのかと思うと、己の無力さに反吐が出そうなほどだった。
そんな留美がわざわざ俺に会いに来るなんてのは、また中学で辛い目にでも遭ってるのではないかと不安になっていた。
しかし留美の話は、俺の心配とは真逆のものだった。
「八幡……。ごめんね。本当はもっと早く会いに来たかったんだけど、ちゃんと自分の事は自分で出来るようになるまでは会いに来ないように決めてたの」
「ん?なんで謝るんだ?謝られるような事をした覚えはないぞ」
「私ね、八幡にずっとありがとうって伝えたかったの。林間学校の時もクリスマスの時も言えなかったから」
ありがとう?俺は留美にありがとうなんて言ってもらえるようなことは何もしちゃいない。
俺はただ、小学生を脅かして仲違いさせただけだ……。
「俺はお前に礼なんて言われるような立場じゃねえよ」
そう言ったのだが、留美は聞こえなかったのか心底不満げに俯いた。
「おい、聞いてるか?」
「…………お前じゃない。………留美」
OH……。それまだ生きてるのか。なんかちょっと成長しちまってるしなんか恥ずかしいな……
「お、おう悪い……。えっと留美……」
「……ん」
「だ、だから俺は留美にお礼を言われるような…」
「それは違うの。八幡の言いたいこと、確かに分かる。でもそれは八幡の問題で、私は八幡にありがとうって言いたかったの」
留美は俯きながらもそう言った。
そしてチラリと俺を見ると、今度は目を合わせて語りだした。
「確かに八幡のしたやり方は最悪。小学生の女の子を怖がらせてバラバラにさせるなんて、本当に最低。……でもあのあと八幡が辛い顔してたのも知ってる。あんな嫌な事する為に、八幡が苦しい思いをしてくれてたのも分かってる………。でもね、でもそのおかげで私は惨めな思いをしなくなった。結局あのあとも一人だったけど、もう惨めさは感じなくなれたの」
………惨め、か。
「だからこれからは一人でなんでも出来るようになりたくて頑張った。勉強も、運動も。そしたら自信が持てた。そしたらもっと惨めさなんか感じなくなった。私も八幡みたいになれた。」
ったく……。駄目だろ、俺みたいになっちゃ……。
「そしたらね!私中学生になってから友達が出来たの。一人で出来るようになったから。自信もてたから。ホントはいつまた裏切るかも、裏切られるかもって怖くて、まだそこまで踏み込めてないんだけど、でもその子も私と同じような境遇でね。その子となら本当の友達になれそう……。だからもっと惨めじゃなくなるの」
「そっか……。良かったな」
留美の笑顔につい頭を撫でちまったら、ちょっと恥ずかしそうに頬を染めてコクンと頷いた。
「……うん。……だからありがと」
なんだよ……。ホントに俺は礼を言われるようなこと、何一つしてねえじゃねえか……。
それは俺なんかじゃなくて留美の頑張りだろ。
ただ嬉しかった。最低な解消の仕方ではあったが、あんなきっかけでも留美は救われた……いや、自分の力で強くなれたんだな。
むしろ今の留美に俺の方が救われているんだろう。
× × ×
惨めじゃなくなったから頑張れた……か。
結局はそういう事なんじゃないのか?俺は、俺達は思い違いをしてたんじゃないのか?
固定観念だったのかも知れない。
相模はカースト上位の人間であり、そのくだらないプライドが高かった。
だからてっきり相模を救う・相模を学校に来させるイコール、クラス内での・学校内での立場さえもなんとかしなきゃならないと考えていた。
一度ぶっ壊れたカーストの立場を元通りに?一度トップカーストから落ちた人間を復活させる?
そんな事出来るわけねえじゃねえか……。
なにを思い違いをしていた。なにを自分の力を過大評価していた。
もっと単純で良かったんだ。
相模だって文化祭で逃げ出した時は、一人ぼっちな惨めさで居場所がなかったから逃げ出したんじゃないのか?
体育祭の時は最後まで頑張れたじゃねえか。雪ノ下達もめぐり先輩も居たから一人じゃなく惨めではなかったから。
だったら……、惨めさだけを排除してやりゃいい。
相模は留美と比べたら遥かに弱い人間だ。
だからはじめから一人だとなんにも出来ない。
小中学生よりメンタル激弱ってまずそこがまずいんだが、少なくとも相模はすでに一人ぼっちじゃ無いって所だけはクリアしている。
あの二人が居るからな。
だったらなんとかなるんじゃねえの?
「八幡……?どうしたの?」
やべっ!留美が隣に居たこと忘れて難しい顔しちまってたな。
「いや、なんでもねえよ………留美、ありがとな」
「?………なんで八幡がお礼を言うの?…………でも、なんかいい顔になったし、まあいっか」
こいつこんな表情で笑えるんだな。
こんな風に笑えるならもう心配ない。
しかし次の瞬間、留美ははぁ〜……と深い溜息を吐いた。
「どうかしたのか?」
すると留美はまた恥ずかしそうに俯くと意外な言葉を口にした。
「だって……、私、八幡と歳が離れすぎてるんだもん。八幡と一緒の学校に通えたら、つまんない学校も少しは楽しくなるかも知れないのに、私が高校生になるころには八幡は大学生だし、私が大学生になるころには社会人」
いや、もしかしたら実家で家事してるかも知れないよ?
しっかしまさか俺が同じ学校に通いたいなんて女の子に言われるとはなぁ……それにしても……
「あのな、留美……。それはいくらなんでも恥ずかしいんだが……」
中学生相手になに照れちゃってんでしょ!八幡ったら!
でも相手は子供とはいえ、そんな事言われちゃったらさすがに照れるでしょ?
照れ隠しにコーヒーを煽ると、
「ねえ、八幡」
「ん?」
「留年してよ」
「ブフォッ!」
思いっきり噴いちまった……
急になんてこと言いだしちゃってるんですかね!この子は!
「ゴハッ!ゴホッ!おま、急になんてこと言いやがんだよ!死ぬかと思ったわ!大体何回留年すりゃいいんだよ!」
「だってつまんないんだもん」
しれっとそんな事を言うルミルミはドSなんですかね!?
黒髪ロングで美少女でドSとか、この子将来雪ノ下さんになれる素質あるんじゃないですかね。
なにその素質超怖い。
「うーん……でもなぁ……私が大学生になるころには……うーん」
とあれこれ悩んでらっしゃるけど、なんかもう次になに言われるのか怖いんですけど…
「ねえ、八幡ってさ」
……なんでしょうね?
「彼女いるの?」
「ブハァッ!」
いや何回噴き出させるんですかねこの子はっ!
「ゴホッ!な!なんだよ急に……。まあ別に居ねえけど」
答えちゃうのかよ。
「そりゃ八幡なんかに彼女なんて居るわけないよね。………………だったらさ、私が高校生とか大学生になってもまだ彼女いないんだったら、私が彼女になってあげる……」
いやだからなに言ってるんですかこの子は!
そんなに真っ赤になって俯いちゃったら本気みたいじゃん!
「お、おい…」
「……だってさ、八幡なんてずっとぼっちでしょ?で、私だっていつまたぼっちになっちゃうか分かんない。……でもぼっち同士でも二人になればぼっちじゃなくなる……。だから仕方ないから、私が可哀想な八幡を引き受けてあげる……」
マジかよ……。
父ちゃん母ちゃん小町。俺初めて彼女が出来ました……。
でもその子はほんの三ヶ月前までは小学生だったのです。
だめだ即逮捕だわ。
だが、恥ずかしそうにもじもじしながら俺の顔を伺う留美を見てたら、思わず笑顔になっちまった。
「ありがとな、ルミルミ。ルミルミに余計なお手数掛けないように頑張って彼女作るわ」
頭をポンと撫でてやると留美さん超不機嫌モード。
「ルミルミゆーなっ!……それに別にそんなに無理してがんばんないでもいいし……」
最後の方はゴニョゴニョと何言ってっか分からなかったが、え?なんだって?……などともう一度聞くのも無粋ってもんなのだろう。
話も終わり、結構遅くなっちまったから留美をドキドキしながら家の近くまで送ってやった。
あ!ドキドキってのは通報的な意味でね☆
もう近くだからここまでで良いと掛けていく留美。
その先のかどを曲がる前にこちらにクルリと振り向く。
「八幡!また会いに行くから、その時はあんなに甘ったるい缶コーヒーじゃなくて、パフェとか奢ってよ」
「おう、パフェくらいいくらでも奢ってやるぞ」
そういうといつもは年の割に大人びた留美が、年相応のすげえ良い笑顔で一言。
「うんっ!やくそく!」
かどを曲がって見えなくなるまで手を振り続けていた。
ありがとな、ルミルミ。今日会いに来てくれて、本当に良かった。
× × ×
その日の夜、ベッドで仰向けになり小説の文字列だけを目で追いながら、頭のなかでは別の思考を巡らせていた。
依頼人達の事、小町が天使な事、戸塚がかわいい事、平塚先生の事、雪ノ下達との話し合い、そして鶴見留美との再会。
しばらく考え込んでいると、あるひとつの案が思い浮かんだ。
「ハッ…、なんだよそれ…」
思わず笑っちまう。なんとも単純でなんとも馬鹿らしくなんとも俺らしくない案だ。
ちょっと前までの俺なら一番毛嫌いしていたやり方かも知れない。
俺らしい所と言えば、結局は解決ではなく解消でしか無いという所か。
でも、これならなんとかなるかも知れねえな。
「明日話してみっか。あいつらに笑われちまうかもしんねえけどな」
× × ×
翌日部室に集まったいつものメンバーに俺の考えを話した。
「本当にあなたらしくないやり方ね。でもその考え方は嫌いではないわ」
クスリと雪ノ下が微笑を浮かべる。
「ねっ!ヒッキーらしくないよねっ!でもそれならあたしががんばれるね!」
うし!と小さくガッツポーズする由比ヶ浜。
「まーいいんじゃないですかー?……………あ!それはそうと先輩。きのう正門で中学生くらいの女の子と一緒にどっかに行っちゃったって、友達からの目撃情報があるんですけど……」
ニヤリとする一色。うん。目は笑っていませんね。
………………ってかなんだよ?その情報……
大体その情報は今ぶっ込んでくるとこなの?
せっかく綺麗にまとまりそうな所だったんじゃねえの?
これはアレだよ?もしこれが小説とかだったら、温かい気持ちになって、皆で一丸となって頑張ろう!と、次話に向けての引きのシーンと言っても過言じゃないくらいのシチュエーションだったよ?
由比ヶ浜くらい空気を読めよいろはす……
「………比企谷君、あなた……」
「ヒッキー……、さすがにそれは……」
なんつー目で見やがるんですか君たちは!
俺には一切の信用とかは無いのかな?無いですね。戦慄の眼差し感がハンパないんですけど……
雪ノ下なんて普段ならとっても良い顔で嬉々として罵倒してくる癖に、なんでこういう時はリアルにドン引きなんだよ。
「待て待て待て!それは違う!誤解だ!……一色!お前急になんてこと言い出すんだよ!今タイミング的にそういうところじゃ無かったでしょ?」
「いやー、だってこんな面白情報入手しちゃったら尋問しないわけにはいかないじゃないですかー」
尋問って……。せめて追及くらいにしといて貰えませんかね……。だいたい面白情報って、その笑ってない目と低っくい声のどこら辺が面白なんだよ。
「いくら年下好きだって言ってもさすがにそれは無いです。いくら大好きな年下のわたしが相手にしてあげないからってそれはいくらなんでも気持ち悪いですだったらもっとわたしにガンガン攻めてくればいいじゃないですかそれならちょっとは考えない事もないですごめんなさい」
「もう長いわ早いわで何言ってんだかよく分かんねえよ……。だから違うっつってんだろ。留美だよ留美。林間学校とクリスマスの時の鶴見留美。あいつが昨日会いにきてくれたんだよ」
疑いの眼差し……と言うよりは完全に犯罪者を見るような視線のこいつらに、昨日の出来事、そしてだからこそこの案を思いついたって事を懇切丁寧に説明した。
さすがに彼女になってあげる……とかって危険な話題には触れなかったが……。
だってそれ出しちゃったらたぶん明日の朝日は留置場で拝むことになっちゃうでしょ?
そもそも留置場って朝日拝めんのか?ま、一生知らなくてもいい情報ですね。
気を付けなくっちゃっ!雪ノ下さんの通報に☆
「ホントっ!?そっかぁ……!留美ちゃん良かったねっ」
「そうだったの……。あの子、強くなったのね……良かったわ」
この二人はとても優しい笑顔で留美の変化を喜んでいた。ずっと気に掛かってたんだろうな。
今度遊びに来たときは部室に連れてきてやるか。
一方のいろはすは、
「それならそうと早く言ってくださいよー。ガチで焦ったんですから!」
と、なぜかぷく〜っと膨れっ面。
いや膨れたいのはこっちだろ……。せっかく綺麗に終われそうだった雰囲気返せこのやろう。その膨れた頬っぺたをつんつんしてやりたい。
でもそれをやるとセクハラだと訴えられて根こそぎ搾り取られそうだから、
「なんでお前がぷんすかすんだよ。冤罪食らって心の傷受けたのはこっちだっつーの」
亜麻色のフワフワな髪にポフッと手刀を食らわせてやった。
「あうっ」
さすが一色だぜ。チョップの食らい方ひとつ取ってもあざととさを忘れないとはな。
そんなアホみたいなやり取りがようやく一段落つくと、雪ノ下が顎に手を当て神妙な表情に変わる。
「先程の比企谷君の提案なのだけれど、確かにそれなら根回しさえうまくいけば成功の可能性が高いわね。であるならばそれ以前の問題として、あの二人にどうしても確認を取らなければならないわね……」
そう言うと由比ヶ浜に向き直る。
「由比ヶ浜さん。結城さんと折澤さんをここへ呼んでもらえるかしら」
さて、ようやく相模と向き合う前の最後の正念場だ。
俺達の声があいつに届くかどうかは、結局の所依頼人であるあの二人次第、か……。
ようやく物語が動き出します。
そして次回はたぶんちょっと重いです。
しかしルミルミのヒロイン感ハンパないですね!
今日は時間が空いたので、これからもう一本書こうかと思ってます。
なので明日には次が更新できる………かな…………?