小町から優しく背中を押された翌日、俺はいつもより早めに登校し、普段は全く見ないようなクラスメイト達のやり取りを観察していた。
もちろんこっそりとね!
こんなことで何がどう分かるのかは知らないが、こんなんでもやれる事はやっとこうと思う。
常にぼっちの俺には、リア充共がどんな風に青春を謳歌しているかなんて全然分からんし興味もない。
だが今手を差し伸べようとしている相手はまさにそんなリア充代表格。が、正確には元が付く。
そんな奴をまたリア充に戻すなんて無理ゲーをクリアする為には、こんなしょーもない観察でもいつかは役に立つかも知れんからな。
クラスメイトに見つからないように観察していたら、俺の耳に天使の囁きが届いた。
「八幡〜!おはよっ」
そうなのだ!神は我を見放さなかった!
クラス替えをした俺に奇跡が訪れた。なんと戸塚とまた同じクラスになれたのだ!
戸塚以外にも元二年F組が数名居るらしいのだが、見たこともねえ。聞いたこともねえ。車もそれほど走ってねえ。
「八幡がこんなに早く来てるなんて珍しいね!いつもこんな風に早く来てくれれば、毎日朝から八幡とお話出来るのにな!」
よし。毎日早く来よう。
頬を染めながら笑顔でそういう戸塚にそう誓うのだった。心の中で。
「……おう、ちょっとな」
「……八幡、なにかあったの……?ちょっと難しい顔してるけど」
心配そうに覗き込んでくる天使。
なに?小町といい、天使にはなんでもお見通しなの?
言おうかどうか迷ったのだが、以前自分のことも少しは頼ってほしいと寂しげで儚なげな笑顔で言われた事を思い出す。
ゆうべ小町にもみんなに話聞いてみれば?って言われたしな。
他のクラスメイトに聞こえないように、小声で話し掛けてみる。
「あー……、戸塚はさ。相模の噂って知ってっか……?」
すると戸塚はちょっと苦しそうな表情になった。
「相模さん……?うん。ちょっとだけど……、噂は聞いてるよ…?もしかして八幡の部活に相談とかがあったのかな……」
「ああ……。相模の友達、えっと結城?とか折澤?とかって奴からお願いされてな」
「結城さんと折澤さん……。そっか……。詳しくは分からないけど、大変そうだよね……。僕になにか出来る事ってあるのかな……」
「いや、別にそういう訳じゃなくて……、というか難問すぎてまだそこまで到ってない」
そうなんだ……と俯く戸塚だが、不意に潤んだ瞳で伺うような上目遣いで不安そうに見つめてくる。
いやなに戸塚?朝から心臓バクバクしちゃうからやめて!?いややめないで!?
「あの…八幡……。僕を嫌いにならないって……、約束して……くれる…?」
嫌いになんかなるかよバカヤローっ!
危うくノータイムで叫ぶとこだったわ……
だがこの光景、なんかデジャヴ感じるんですけど。
「どうか、したのか?……なにがあろうと戸塚を嫌いになんかなるわけねえだろバカヤロウ」
八幡結局言っちゃってるよ!
すると戸塚は一瞬嬉しそうな、でもやっぱり不安そうな複雑な笑顔を見せると、すぐさま神妙な表情に変えて理由を語りだした。
「僕さ……、相模さん達の事……、あんまり好きじゃ…ないんだ……」
え?なんだって?
天使戸塚が、あんまり好きじゃ無い……だと……?
世界中のみんなを愛し愛される戸塚が、人を嫌いになる、だと……?
あいつらぁ!俺の戸塚になにしやがったぁぁぁ!
「だって……、去年の文化祭の後に…、相模さん達が八幡の悪口をみんなに言い触らして……、八幡がとっても悲しい思いしたから……」
全俺が泣いた………
あの時学校中が奇異の眼差しを俺に向ける中、戸塚だけは本当にいつも通りに接してくれた。
あの空気ってバケモンに自分だって巻き込まれちまう危険だってあるのに、そんな事一切顧みずに。
平気な顔して普通に接してくれていると思っていたのに、裏ではそんな風に悩んでくれてたんだな。
ああ……。俺はこんなにも幸せで許されるのでしょうか……。
どうしよう!もう戸塚ルート確定だよう!
「ばっか……、別にあんなの大した事じゃねえよ……。それに俺の為にそんな風に思ってくれてるお前を嫌いになんかなるわけねえじゃねえか……。だから心配すんな」
すると戸塚は目に涙をいっぱいに溜めて、最高に幸せそうに笑ってくれた。
「えへっ…!良かった…っ。人を悪く言う僕なんて、八幡に嫌われちゃうかと思った……っ」
俺はそんな戸塚をそっと抱きしめた…………………………………かった思いをなんとか理性で抑えた………っ
クッ!理性のばかやろうが……
がんばった理性さんに対してばかやろうなのかよ。
しかしさっき感じた既視感はこれか。
そういや前に由比ヶ浜にも同じような事言われたな……。
しかも同じく相模の件で。
やっぱ女の子ってのは、人の悪口とか言って近しい人に悪く思われる事に敏感なんだな。
って戸塚男の子じゃん!あっぶね〜!あまりの可愛さに騙されるとこだったぜ……
いや待てよ?俺つい昨日戸塚の性別を気にするなんてちっちゃすぎるとか言ったばっかりじゃねえか。
クソッ!俺はまだまだ小さい男だな…、恥ずかしい。穴があったら入りたいぜ……。
あ!だったらちょうどちっちゃい男だし戸塚のポケットに入ればよくね?
戸塚にお持ち帰りしてもらおう☆
帰ったら茶碗風呂に入れてもらわないとなっ!
「でも……、八幡は僕なんかよりずっと嫌な思いしてるのに……、それでもやっぱり…相模さん達を救っちゃうんでしょ……?」
清らかな涙に濡れた力ない笑顔でこてんっと首を傾げる。
「やっぱり八幡はすごいよねっ……!僕、八幡のそういう所が、すっごく格好良いと思うよっ……」
守りたいこの笑顔……。
いや必ず守るぞこの笑顔!
「そんな救うなんて偉そうなもんじゃねえけど、やれるだけやってみるわ」
「うんっ!八幡がんばってねっ!」
「おう」
ぱぁっと輝くような笑顔で応援してくれた戸塚に片手を挙げて応えた。
二日連続で天使に背中押されちまったな。
これは神のご加護がありそうだ!
× × ×
「比企谷君。これから訪ねたい人が居るのだけれど、早速だけど来てくれるかしら」
放課後。部室の前まで来ると、部室に入らず扉の前で待っていた雪ノ下が早速そう切り出した。
由比ヶ浜も一緒に行く気のようだが、まだどこに行くのかは分かっていないようだ。
「ああ……。そうだな、まずはそこからだな」
雪ノ下がどこに向かおうとしているのかはすぐに分かった。
俺も昨夜から、いや依頼を受けている最中から、ずっと違和感を感じていたからだ。
俺が即答でそう答えると雪ノ下は満足そうに頷いて、早速目的地に向かう。
その道すがら、雪ノ下と確認の意志疎通をとる。
「確かに違和感は覚えるんだが、なんとなく何でなのかは分かっちまうんだよな……」
「ええ……そうね。たぶん予想通りだとは思うのだけれど、その通りだった場合は余計に解決が難しくなりそうね…」
「え?なに?ヒッキーはゆきのんの目的聞いてるの!?あたしまだ聞いてないんだけど……」
「いや、聞いたわけじゃねえよ。ただ不思議に思わないか?こういった問題が起きたら絶対に放っておかない人が居るだろ。それなのに相模が不登校になってからひと月以上も経っちまってる。その間、俺にも雪ノ下にもなんの話もせずに、だ。いつも鍵を貰ってきて先に部室に入っているはずの雪ノ下がまだ部室の外に居たのがヒントだな」
そう。こんな問題あの人が絶対に放っとく訳がない。
「…………職員室。あっ!平塚先生か」
ご名答。
生徒指導も行っている平塚先生が、こんな問題を放置しておくはずが無いのだ。
たとえ他の教師が放置したとしても、あの大人だけはそんな事はしない。
だったらなぜひと月以上もの間、なんの進展もないのか。
相模の意志が思いの外固く平塚先生が苦戦していたのだとしても、少なくとも俺や雪ノ下の耳には入るように相談なりなんなりしてくるはずなのだ。
だからまずは状況確認と進展具合などの情報収集の為に平塚先生の元に行かなくてはならない。
そしてなぜそんな話が俺たちに下りて来なかったのか。
だがそれについては俺も雪ノ下も想像はついている。
俺たちは職員室を扉をノックした。
× × ×
「やあ、三人で訪ねてくるなんて珍しいな。わざわざどうした?」
平塚先生は自分のデスクで書類を整理しながら、笑顔で俺たちを招き入れてくれた。
「平塚先生。三年C組の相模さんの事でお聞きしたい事が……」
雪ノ下が前置きなしに訊ねると、平塚先生は一瞬苦い顔をしたあと他の教師達の様子を伺うように周りを見渡した。
はぁ〜……。やっぱりか……。
なんとなく分かってはいた事だが、なかなか精神的にくるものがある。
その平塚先生の対応に雪ノ下と顔を見合わせていると、平塚先生はその様子に苦笑いをする。こちらの意図を察したようだ。
「すまないな……。面倒だが生徒指導室まで来てもらえるか?」
俺たちは何も言わずに平塚先生の後に付いて生徒指導室へと向かった。
「取り敢えず掛けたまえ。………さて、相模の件か。……奉仕部になにか依頼が入ったのかね?」
普段奉仕部への依頼は大概平塚先生を通して行われる。なぜなら奉仕部の存在自体知られておらず、悩みのある生徒が生徒指導を行っている平塚先生に相談するなり、平塚先生自身が放ってはおけないと判断した生徒を奉仕部へと紹介するからだ。
だが今回は、依頼人が以前奉仕部に紹介されてきた相模から存在を聞いていた為、平塚先生を挟まずに直接依頼にやってきたのだ。
「はい。相模さんと仲の良かった生徒から依頼を受けました」
「そうか……。まったく情けない話だな……。こんな問題が生徒から生徒へと相談が行くなんてな」
自嘲気味に笑うその表情は、本当に悔しそうだった。
なぜこんな状況に陥っているか一人理解出来ていない由比ヶ浜が、ポカンとしている。
「学校側の方針っすか……。ま、うちは県下有数の進学校っすからね。今までこんな問題はそうそう起きなかったろうし、慣れてないんでしょうね。表沙汰にはしたくないでしょうし」
「ああ……。まったく本当に情けない……。もちろんC組の連中には出来うる限りの指導は行ってはいるのだが、いかんせん表立っては出来ないのだよ……。相模の家にも一度訪問したのだが、会ってはもらえていない。本当は毎日でも赴いてとにかく話だけでもしたいんだが……」
「いくら生徒指導の教員とはいえ、教頭や担任を差し置いて、平塚先生一人で何度も赴く訳にはいかないという事ですね?孤立だけならまだしも、それが虐めにまで発展してしまっては、学校側も及び腰になりますから……」
「ああ……!本当に情けない…。教員によっては、虐めが酷い段階に入る前に不登校になってくれて良かったなどと言う輩さえ居る……。ハッ!孤立も虐めもまだ軽い段階だから、保護者が問題にしようとしてもまだ大した問題にはしづらく、このまま不登校のまま学校を去ってくれるのを望んでいるんだそうだ。今ならまだ穏便に良い進学校に転校をお勧め出来ると保護者にうそぶいてなっ!…………………………クソッ…これが教師のする事かぁっ!」
ドゴォンっと力強くテーブルに拳を叩きつける。
いや女性に対してドゴォンって擬音はおかしくないですかね!?
いやいや今この部屋揺れましたよね!?
テーブルが撃滅されちゃうんじゃないかと思ったよ!
「…………本当にすまない。君達にこのような汚ない大人の姿を見せたくはなかったのだがな……。我が校の方針としては、下手に説得して登校させ、その後取り返しのつかない虐め問題に発展してしまうくらいなら……っ、まだ問題になり辛いこの段階で……、穏便に転校を勧めするという事だ……虐めなどではなく、クラスに馴染めないという本人の問題として……な……」
ああ……。予想はしていた事だが、本当にくるものがあるな………。
平塚先生の辛く痛々しいその姿に、俺たちは何も言えずにいた………。
この度もありがとうございました!
今回は真ヒロインの登場でした!
途中まではとつかわいいで和んでたんですが、後半は重くなっちゃいましたね。
戸塚と平塚先生の出番が逆だったら和やかに終われたのかも知れませんが……。モヤモヤしちゃったらスミマセン!