すぐ近くからゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。
うちどんだけ緊張してんのよ……
「失礼します……」
扉を開き視界に広がったその景色は、嫌でもあの日を、遥とゆっこと初めてこの場所を訪れたあの日の事を思い起こさせた。
『へぇ〜、奉仕部って雪ノ下さんたちの部活なんだぁ』
『自信がないっていうか……。だから、助けてほしいんだ』
『みんなに迷惑かけるのが一番まずい………失敗したくない……誰かと協力して成し遂げることもうちの成長の一つ……』
……だめだ……あまりの羞恥に顔が熱くて赤くなってるのか血の気が引いて青くなっているのかさえも分からない……
ここ最近ベッドで悶えているのとはまるで異質のうちの黒歴史。
悶えながらも、本当は胸の奥ではポカポカして優しくくすぐってくるような、あの暖かい黒歴史とはまるで別物。
胸の奥からうち自身を真っ黒く凍り付かせるかのような、そんな黒くて冷たい黒歴史。
でも……“それ”がなければ“それ”が黒歴史とは気付かないままで居たんだもんね……
人生ってホント分かんないや。
胸の奥底から沸き上がってきた黒くて冷たいその気持ちを、そのさらに奥から沸き上がってくるそんな暖かくて優しい気持ちでそっと拭うと、うちはもう一度その部室の景色をまっすぐに見なおした。
× × ×
「さがみんっ!?」
「結衣ちゃんやっほー……」
ビクついてる心をみんなに見透かされないよう結衣ちゃんに挨拶をして改めて室内を見渡すと、突然の意外な来訪者にみんな驚いた顔をしてた。
まぁ最初に声をあげた結衣ちゃんはもちろんのこと、その隣に座ってる雪ノ下さんも少しだけ目を見開いている。
比企谷にチラリと目を向けると「うわっ……こいつマジできやがったよ……」とあからさまな迷惑顔……
……比企谷、あとで覚えてろ?
そして……うっわぁ……マジで居るよ生徒会長。
比企谷とか由紀ちゃん達から話は聞いてたけど、ホント入り浸ってんのね、この子。
なんかこの年下生徒会長から早くも敵意を感じますが……
「お久しぶりね、相模さん。今日はどのようなご用件なのかしら」
「あっ……雪ノ下さん久しぶり……えっと……いくつか用件はあるんだけど、まずはうちが全然知らない時から奉仕部には色々とお世話になっちゃったみたいだから、ずっとお礼を言いたくて」
そしてうちは佇まいを整えると、その場で深々と頭を下げる。
「奉仕部のみなさん……!この度は大変お世話になりました!ごめんなさい。ホントはもっと早くお礼に来なくちゃいけなかったんだけど、正直うちがこの部室にどのツラ下げてお礼にくればいいのかって、ずっと悩んでて……それでも、ようやく決心が付いたので伺いました」
震える心と身体を踏ん張らせて、うちは嘘偽り無い気持ちを述べた。
この期に及んで自分を飾り立てたってなんの意味もないし。
「みなさんには謝らなきゃいけない事はたくさん……山のようにたくさんあるのは分かってるけど、自分の愚行で迷惑を掛けた相手に軽くて薄っぺらい綺麗事を並べ立てて謝るよりも、綺麗でなくてもみっともなくても、心からの感謝を伝えるべきだって、自分なりに考えて来ました。……うちなんかに礼を言われたってなんにもなんないかも知んないけど……単なるうちの自己満足かも知んないけど……これだけは……言わせてくださいっ……その……っ……ありがとうございましたっ……」
うわっ……うちホントにみっともないな……
あれだけ覚悟決めてきたのに、下げた頭から唯一視界に入る床にはボタボタと生温い雫が落ちまくってる。
「そう………。残念ながら今回の依頼で私はなんの役にも立てなかったのだけれど、奉仕部部長として貴女が満足できる結果を得られた事はとても喜ばしく思います。………クスッ、硬くなってしまってごめんなさいね。相模さん。奉仕部は貴女の来訪を心から歓迎するわ」
涙と鼻水でみっともなく汚れたグチャグチャの顔をあげると、そこには今まで見たことのないような雪ノ下さんの優しい笑顔があった。
格好悪くてそっちに顔は向けられなかったけど、視界に入ってしまった比企谷もちょっとだけ微笑んでくれているように見えた。
その横に座っている敵意剥き出しだった後輩生徒会長でさえも優しい眼差しを向けてくれている。
ああ……うちはこの人たちに認めてもらえたのかな……
「相模さん。紅茶、飲むかしら?」
結衣ちゃんに肩を抱かれながら、用意してくれた席に腰掛けると、その部室は温かい紅茶の香りに包まれた。
× × ×
あ"ぁぁぁぁぁぁ……またやってしまったぁ……
今夜からは新たな黒歴史に悶える日々が始まるのか……
なんかここ最近うち人前で泣きすぎよね。
今日なんかは、ただただお礼を言いにきただけのつもりだったのに、ほぼ無関係の後輩の前だというのに大泣きしちゃうだなんて……どんだけ涙もろいのよ……
今うちは雪ノ下さんが淹れてくれた紅茶が入った紙コップを震える両手で持ちながらプルプルと羞恥に俯いている。
なにコレ超美味しい!うちが淹れる紅茶なんかとはまるで別物っ!
そう意識を逸らして恥ずかしさを誤魔化していたら、ようやくちょっと落ち着いてきた。
部室内は恥ずかしさに俯いているうちを気遣ってか、取り敢えずうちを放置して雪ノ下さん達は素知らぬ顔で勉強に取り組んでいる。
依頼者側のうちの席から見て右側では雪ノ下さんが難しい顔で溜息をつきながら結衣ちゃんに勉強を教え、向かって左側では比企谷が勉強に集中しようとしているのを生徒会長がちょっかい出して邪魔しているといった構図だ。
てか一色さん……比企谷好きすぎでしょ……なんかこう……モヤモヤするっ……
じゅ、受験生の勉強の邪魔しちゃいけないってのっ!
それにしても……比企谷のやつ……
うちがあれだけの醜態を晒したってのに、まったく素知らぬ顔でお勉強しやがって……
ま、まぁ比企谷にはうちの人生史上最大級に醜態晒しまくってるから、今さらっちゃ今さらなのかも知んないけどさっ……
でもあんただって、うちにとんでもない醜態晒したんだからねっ!
あんたのあんな姿を見たのはうちだけなんだからね!
ってなにこれ……なんでうちツンデレキャラみたいになってんの……?
いやいや一切デレてないし!
ふんっ!涼しい顔してられんのも今のうちだけだっての。うちが入ってきて即迷惑そうな顔した分のお返しも込めて、その涼しい顔を凍り付かせてやる。
今このメンツであれを言ったら確実に困んでしょ!?あんた。
先ほどまでの羞恥を取り敢えず横に置き、うちはニヤリと比企谷に問い掛ける。
「ねぇ、比企谷」
ずっと俯いていたうちの急な問い掛けに、比企谷だけでなくその場全員の視線が集まる。
「おう、なんだよ」
めんどくさそうに返事すんなぁ……こいつ!……今に見てろ〜?
「うちの誕生日プレゼントは?ずっと待ってたんだけど。ちゃんと用意してくれてんの?」
「………………………」
場が凍り付く。
雪ノ下さんの冷たい視線が突き刺さり、へ?って表情で結衣ちゃんが見つめ、は?って表情で後輩に睨まれてる比企谷の「しまった!」って表情に、うちの気持ちは踊りだす!
ぷっ!ざっまぁっ!
「おい相模……今それ言わなくても…」
「は?せんぱい……なんですか……プレゼントって」
「え?ヒッキー?……いつのまにさがみんとそんな約束したの……?」
「比企谷くん……あなたは一体なにをやっているのかしら……」
「あ、急にごめんね。前に比企谷がうちの誕生日プレゼント用意しとくって言ってくれたからさっ」
三人の視線がうちに突き刺さる……こっわ……
でも負けないっ……!
「ちょっと待て、お前がどうしてもよこせと…」
「で?用意してあんのっ?だったら頂〜戴!」
真っ赤になって奉仕部+オマケ会長の視線から逃れようとしている比企谷の目の前に行き、ニコニコと両手を差し出す。
「お前……絶対嫌がらせだろ。……へいへい。ちゃんと用意してますよ」
すると苦い顔でカバンをごそごそしだす。
こらこら。「ちっ……こんなことなら先にどっかで渡しときゃよかったぜ……」って聞こえてるっての。
「……ほらよ」
カバンから乱暴に取り出された雑貨屋さんかなにかの紙袋に全員の視線が集中するなか、うちはその袋を受け取った。
「……あ、ありがと」
比企谷をとっちめる為に敢えてこのシチュエーションでねだったのに、なんだかちょっと照れてしまった……そして女性陣の視線が痛いっ……
「よ、よしっ!じゃあ開けていいよね?」
「は?今開けんの……?」
「もううちの物なんだからいつ開けようとうちの自由でしょ?」
引きつる比企谷を無視して袋から出したプレゼントは可愛らしく包装してあった。
包装を解いている最中に「ちょっとトイレ……」と逃げ出そうとした比企谷の首根っこを一色さんが捕まえていたけど気にしなーい。
包装を解くと、その中身は小さな花モチーフのとても可愛いピアスだった。
「わぁ……結構可愛い……比企谷、意外とセンスあんじゃん……」
ヤバい……本気でちょっと嬉しい……真面目に選んでくれたんだ。
「先輩いきなりアクセサリーとかさすがにありえなくないですかガチで引くんですけどわたしだってそんなの貰ってないんですけどどういう事ですかマジでキモいです!」
「いや4月の誕生日にさんざん買い物に付き合わされた挙げ句に服とか買わされたじゃねぇか……」
「ヒッキー……あたしだってアクセサリーなんて貰ってないのに……」
「半月前の誕生日に雑貨やらなんやらプレゼントしただろうが……それに去年首輪やったろ」
「あれサブレのだしっ!?」
「てかなんでピアスなんですか!?チョイスが先輩らしくなさすぎてホントにキモいです!」
「そうだよ!ヒッキーキモい!」
「……キモいキモい酷すぎない?相模が安いのでもなんでもいいからピアスがいいっつったんだよ……」
ひぃっ!結衣ちゃんと一色さんが睨んできたっ……
さすがにこの場で開けるのはやり過ぎた……
それにしても……予想よりも荒れちゃったな……ぷっ!比企谷ゴメンね!
あれ?静かに比企谷を睨んでるだけだと思ってた雪ノ下さんが、いつのまにか不満げに眼鏡掛けてる。
あの人眼鏡なんて掛けてたっけ?
「えっと比企谷。すごい可愛いんだけど、なんでこれ選んだの?」
「……ああ、なんかたまたま入った雑貨屋で花言葉の説明と一緒に何種類かそんなのが置いてあってな……そん中の花言葉のひとつが今のお前に合ってる気がしたってだけだ」
「……へぇ!なんか似合わなー!比企谷のくせになんかキザっぽい!ちなみになんて花でなんて花言葉なの?」
「うっせ……花は……え〜っと、アフリカンマリーゴールドって花らしい。意味は勝手にグーグル先生に教われ……」
そんなに照れられるとこっちも照れるっての……!
「そ……。まぁ……あんがと。一応もらっとく……」
「おう……捨てるなり魔除けに使うなり、まぁ好きにしてくれ……」
うちはニヤつきそうになる緩んだ顔を誤魔化すようにカバンを開けて、大切にプレゼントをしまうのだった。
帰ったらじっくりと見てやろうっ♪
× × ×
さて!ちょっと調子にのりすぎて変な空気になっちゃったけど、実はここからが本題だっ……!
でもこの空気の中じゃ超反対されそう……とくにあの生徒会長に……
順番間違えたかなぁ……プレゼントを最後にとっとけば良かったぁ……
でも早く比企谷に仕返ししたかったんだからしょうがないじゃんっ。
ジト目で睨んでくる女性陣の視線に気付かないフリをして話題を変えちゃおう!
「んん!ん!……え、えっと!」
うちは佇まいを今一度整えて、真剣な表情をある一点に向けた。
「……えっと、前に比企谷に言っといたんだけど、今日はとびっきり厄介な依頼を持ってきました。…………雪ノ下さん!ひとつお願いがあります」
そしてうちはカバンから一枚の紙を取り出した。
それは、放課後補習に行く前に教室で書いた一枚のプリント。
そのプリントを受け取った雪ノ下さんは目を見開き驚いたのだが、何かを言われる前にうちから先に言わせてもらうね。
「……うちは、相模南は……奉仕部への入部を希望します……!」
続く
ありがとうございました!
今回は後日談②となります。
次回でついに本当にラスト!大団円予定であります!
それにしても、このSSを機にさがみんSS増えないかな〜……と思ってたのに、一切増えませんね……orz
私が思ってたより遥かに需要あったのにな〜……
ちなみにピアスネタは完全な創作です。
あんなピアスが存在するかどうかは一切知りませんし、そもそもあんなコンセプトでアクセサリーが作られているのかどうかも知りません><
花言葉ありきで考えた単なるネタです。
アフリカンマリーゴールドの花言葉は『絶望を乗り越えて生きる』……だそうですっ☆