オリ主と第六駆逐艦隊   作:神域の

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EX-3 オリ主はなかなか休めない

「……なんだって!?それで、状況はどうなってるんだ!?」

 

 

 

 

 

 

 突然として聞こえてきた大きな声に、俺は思わず目を覚ます。

 

「……ふぁー。……なに?」

 

 その声に、ぼんやりと辺りを見るが近くに人は居なく、俺の居る場所は見慣れぬ粗末な一室だった。

 そこで俺は思い出す。

 そういえば見学という名目で他の鎮守府に来ているんだった、と。

 どうやら俺は、座ってる内に寝ていたらしい。

 まあ、昨日からブッキーの演習に今日は炎天下をお散歩。疲れているのも無理もない。

 

「……ふむ」

 

 それにしても声の主は先程の艦娘のようだが、

 

 

 

 

 

 

「ああ、直ぐ行く!!鎮守府の沖合いだな!?龍田悪い!俺が行くまで何とか耐えてくれ!!」

 

 さっきから声を聞いている感じ、誰かと話をしているらしいが、会話の声色がずいぶんと物々しい。

 

「何かあったのかな?」

 

 そんな声が気になった俺はヨイショと立ち上がり、フラリと部屋を出て、そして直ぐそこでバッタリと例の艦娘と鉢合わせた。

 

 

 

 

「……ッチ」

 

 そして顔を見るなり舌打ちされるってどういう事?

 ……いや、嫌われているのは分かってるんだ。

 物壊して誤魔化して開き直って土下座の四連コンボを決めたのだから。

 ……自分の事ながら、クソどうしようもない奴だと思う。はっはっはっ。

 

 

 ただ、それと舌打ちされたのは、相手が艤装を着けて居る事や焦った様子を見れば関連がなさそうだと直ぐに分かった。

 

「どったの?そんなに切羽詰まって」

 

 だから俺は聞いてみる。

 自然な笑顔を作って、肩をすくめておちゃらけて、少しでも相手が何かを喋りやすくする空気を作りたくて。

 

「……」

 

 けれど目の前の艦娘は、黙って俺を睨みつけるだけだった。

 その有り様は俺を相手にしたくないと言ってるも当然で、俺も思わずため息を吐いてしまう。

 

 艦娘の様子は、明らかに余裕が無い。

 だから少しは落ち着かせよう……なんて思ったのだが、これはいきなり本題に入った方が良さそうだ。

 

「その艤装、「おい、俺は今から少し外すから、お前は大人しく待っててくれ。もしその間に提督が戻ってきたら、俺は出かけたって言っておいてくれ。いいか?くれぐれも鎮守府の物は、むやみやたらに触るなよ?深海棲艦に壊されては直してを繰り返して、ほとんどの物がもろくなってるからな。分かったな?」……」

 

 喋ろうと思ったら、喋らせてもらえなかった件について。

 それどころか艦娘は、言いたい事を言った後、俺に指図するように指を向けながら戸のない玄関から飛び出していった。

 

「……ハァ」

 

 まあ、いいや。

 相手が何をしようとしているかなんて分かりきっている事だし。

 俺はアニメとかに出てくる鈍感系主人公じゃあないからな。その気になれば、それくらい察するんだぜ!

 

 まず先程の会話の内容、艦娘が艤装を展開していた事、あの焦り様……、それに他の艦娘は遠征に出ているとも言ってたっけな。

 そこから考えるに、おそらく遠征に出ている艦娘に何か……、というよりは十中八九で遠征部隊が帰り際に深海棲艦に襲われたと予想が出来る。

 すなわち、あの艦娘はそんな遠征部隊を助けるために出て行ったと推測が出来る訳で。

 そんな状況で、俺が取るべき最善の行動は……。

 

 思うが早く、俺もまた艤装を展開して戸のない玄関を飛び出した。そして目の前を走る艦娘に瞬く間に追い付いて、並ぶように走る。

 

「ッ!?……おまっ、なんだその艤装ッ!?」

「フッフッフッ、良いでしょー。ところで、そんなに走ってどこ行くの?」

「戻れッ!」

「……まあ、聞かなくても分かるけどね。分かってしまうけどね!!それよりさっきの話の続きなんだけどさ、良ければ俺も連れてかないかい?」

「……必要……ねえ!!」

「えー、本当に?言っとくけど俺も此処に来る前に、長門とかからこの鎮守府の話を多少なり聞いてるんだぜ?在籍艦娘数は全六隻。人数の少なさから日々の近海警備もろくに出来ていない、本部に居た事のあるアンタともう一人の艦娘でなんとか成り立っている鎮守府だって」

「……」

「それに言ってただろ?今は自分しかいない。提督と他の艦娘は、買い出しと遠征に行ってるって。

 それってさ?買い出しに艦娘が誰か着いて行ってるんだよね?じゃなければ、提督は買い出し、他の艦娘は遠征って別けて言えばいいんだから。

 そしてもし俺の考え通りなら、遠征に行っている艦娘は多くても四人。

 そんな戦力が乏しい状況じゃあ、本来なら猫の手だって借りたいはずだ。

 

 ……それに、部屋に居る時にアンタの声が聞こえた。

 その口振りからすると、おそらくアンタともう一人の実力は拮抗してるんじゃないか?

 そして、その相手はアンタがそうまで焦って迎えに行かないと行けない状況になってる。

 正直な所、俺はそんな状況にアンタ一人がたどり着いても、事態は好転しないと思ってる。良くて五分五分ってとこだと。

 その事は焦り様を見るに、アンタだって分かってるはずなんだ。だから、俺を連れてけ」

「仮に……そうだとしても、駆逐艦が……戦力になるか!!」

「なるさ。だって聞いてるんでしょ?カレー大会の時に俺の事を。なら知ってるはずだ。俺が強いって事もさ。ああ、期待してくれて良いよ?何せ俺は、あの鎮守府の中でもブッチ切—―」

 

 俺が話してる途中で、艦娘が走るのを止めて俺の胸ぐらを掴む。

 

「ハァハァ……、さっきから……うるせえ。所詮、駆逐艦だろうが。調子に、乗るんじゃねえよ……。俺はな、お前みたいに自分は鎮守府で……一番強いって調子に乗ってる奴を何人も知っていて、ソイツらが簡単に沈んでいくのを何回も見てるんだよっ……!!」

 

 そして艦娘は、言い終わると掴んでいた胸ぐらを離して「お前なんか来ても意味ねえ。戻ってろ」と俺を突き放し、また走り出していった。

 

「まいったな……」

 

 俺はそんな艦娘を尻目に頭をかいた。

 何せ、俺が思ってたのと違う。

 考えていた通りなら、あの後艦娘が「さっきは色々あったが、こういう時は頼りになるぜ!」と言って、一緒に現場に向かい、共闘して友情が芽生え、そしてなんやかんやあった後に、俺が物を壊した事がうやむやになっている。

 そんな完璧な作戦……、題して『アイ、アム、ベジータ大作戦!!』が、決行される事なく失敗に終わってしまったのだから。

 

 俺は焦った。

 まさかこの作戦が失敗するなんて思っても居なかった。

 というか普通なら連れてくよ。戦力が乏しいのなら尚更。

 むしろ戦力になる奴が居るのなら、無理に引っ張ってでも連れていく状況じゃないのか?

 

 そこまで考えて、ふと思う。

 

「あっ、そうだ。あの艦娘よりも早く現場に着いて、恩を押し付けてやろう」

 

 プランAが駄目ならプランBだ!

 えーっと、それで作戦名は……なんて考えていると、艦娘が脇目も振らず海に向かって走り去って行くのに気づく。

 

「まずいっ!?このまま置いていかれたら、恩を売る事が出来ない!ああもう、しょうがない!作戦名は後!今は恩を売る事が先だ!!」

 

 そこで改めてやるべき事を定めた俺は、今度は前の艦娘を追い抜く為に全力で地面を蹴った。

 一歩、二歩と地面を強く蹴る度に艦娘との距離は急速に縮まり、正面に海が広がる頃には俺は艦娘を追い抜いた。

 

「はぁ!?なんだコイツ、馬鹿みたいに足が早え!?」

「当然!!なんたって俺は、多少なら壁だって走れるからな!あと俺は馬でも鹿でもねえ!」

 

 後ろから驚愕する艦娘の声が聞こえ、俺は気分良く返事を返す。

 そして今一度地面を蹴り、高く跳び上がって海上へと水飛沫を上げて着水。

 流れるように艤装に念じれば、辺りに駆動音が鳴り響き、甲高い音を立ててタービンが回りだす。

 

「それじゃ……」

「ちょっ!?ふざけるな戻ってこい!!」

 

 艦娘も怒鳴りながら遅れて海上へと身を乗り出すが、もう遅い。

 なんたって今の俺は、現場に急行する為に最新型のタービンを装備した状態。

 分かりやすく言えば、今の俺の純粋な速力は、艦娘最速の島風だって追い付けない。

 しかも出だしは俺からと、差は開く事があっても縮む事は無いという絶対的状況。

 これはもう、勝ちました。

 

「あばよぅ、とっつぁーん!!」

 

 こんな時のお決まりの捨て台詞を言って、後ろの艦娘を置き去りに突き進む今の俺は、某ドロボウ一味だって両手ばなしに称賛するに違いない鮮やかさ。

 後ろでは艦娘がしきりに何か言ってるみたいだが、おそらく俺の動きの美しさに感動してしまったのだろう。

 照れるぜ!!

 

 

 

 

「……さてと」

 

 ここで気持ちを完全に切り替える。

 まずは電探の反応を確認し、目視でも周囲の状況を確認する。

 まだ陸が近いとはいえ、ここは海の上。

 深海棲艦が何処から来るのかも分からない状況では、流石に俺もふざけない。

 

 そうしてざっくりとだが、辺りに何も無いのを確認した俺は、勢いをそのままに真っ直ぐ、鎮守府から沖へと向かう。

 会話から聞こえた場所の内容は、鎮守府の沖合いとだけ。

 はっきりした場所が分からない今、俺はとりあえず真っ直ぐ進み、電探と目を頼りに艦娘と深海棲艦を探す。

 

 ……あの艦娘が直ぐ行くと言っていたからには、救援を呼んだ艦娘は遠くには居ないはずだ。

 でないと困る。物凄く困る。

 具体的にいうと、遠くの場合、俺が救援を呼んだ艦娘を見つけられない可能性が出てくる。

 するとどうだろうか?

 あれだけ啖呵切って意気揚々と飛び出したのに、お前は何をやってるんだ……、と誰もが俺を冷たい目で見るに違いなく、俺も凄く恥ずかしい思いをする。

 でもまぁ、

 

「……あれか」

 

 そんな心配は杞憂で終わりそうだ。

 

 俺が前方に何かを見つけるのと、電探が反応したのは同時だった。

 豆粒よりも小さい何かがこちらに近づいて来ていて、俺もまた真っ直ぐ進む為、豆粒程の大きさの物はあっという間に認識できる程に大きくなった。

 

 それは、二人の駆逐艦の艦娘。

 髪は黒と茶で、二人共汗だくではあったが無傷と言って良い程に綺麗。

 ただ、魚雷発射菅には本当なら挿弾されている筈の魚雷が一発も無い事から、何処かで深海棲艦と戦闘が行われた事が分かる。

 

「おーい!!」

 

 俺は、そんな二人の艦娘に手を振って呼び掛ける。

 もしかしたら救援を呼んだ艦娘に対して、何か知っているかもしれない。

 

 二人の艦娘はというと、一瞬戸惑ったようにお互いの顔を見合わせる。

 そして、互いにうんと頷くと俺の方へとやって来て、黒髪の艦娘が口を開いた。

 

「あの……僕達に何か?」

 

 艦娘の第一声は、知らない人に声を掛けられた時のお手本のような返しかただった。

 だた、その声を聞いた俺は、声の中に不安や苛立ち、そして焦りのようなものが混じっているように感じた。

 ……間違いない、こいつらで当たりだ。

 

「ああ。実は見学で他の鎮守府から来てるんだが、そんな時に救援の要請を聞いてね。それで今そこに急いで向かってる所なんだけど……、もし二人が何か知ってたら教えてほしいなって思ってね」

 

 ならばと俺は、なるべく手っ取り早く自分の経緯を言って、相手の言葉を待った。

 すると艦娘達は、さっきまでの探るような表情を一変させて目を丸くして驚く。

 

 そして――、

 

「あのっ!なら天龍っ、天龍さんは何処っ!?」

 

 次には黒髪の艦娘が取り乱して、すがるように俺の服を掴んで揺さぶる。

 俺は体格がこの駆逐艦の子と近い事や、足場が海で踏ん張りが効かないせいで、揺さぶられると視界がガクガクと揺れた。

 

「ちょっ!?落ち着け!あの艦娘……天龍は後から直ぐ来るから!!天龍より俺の方が足が速いから、先に行ってくれって言われててね!?」

 

 艦娘の思わぬ行動に、俺はとっさに嘘をつく。でもまあ、来るのは本当だし問題は無し!

 ちなみに艦娘は、その言葉に「……ホント?」と若干だが落ち着くと俺の服をソッと離してくれた。

 

 いやー、危ない所だった。

 あのまま揺さぶられていたら、寝不足と相まって吐き気を催し、今目の前にいる駆逐艦の子に汚いシャワーを浴びせていたかも。

 なんて事を思いつつ、ふと艦娘達に再び目を向け、一つ気になった事を聞いてみた。

 

「ところで……、お前らだけか?会話を聞いてた時、確か『龍田』って名前を聞いたんだが」

「龍田さんは……僕達が逃げる時間を稼ぐ為に……」

 

 黒髪の艦娘に言われ、この艦娘達が来た方を見ると、朧気ながら遠くで一人の艦娘が一隻の深海棲艦と戦っているのが見えた。

 艦娘はジグザグに動き、深海棲艦に狙いを定めさせないようにして上手く立ち回り、隙あらば砲撃を当てていた。

 その動きは無駄がなく、洗練されている。長門が、本部の艦娘は凄いと言っていたのも頷ける。

 ただ、そんな艦娘の攻撃は遠目から見ても深海棲艦には全く堪えていない。

 それどころか気味の悪い笑みを浮かべて、砲身を艦娘に向けているのがハッキリと分かった。

 

 俺はそれを見て思う。……なんであんなに遠くに居るのに、深海棲艦だけはハッキリと分かるのだろう?と。

 

 ……もちろん理由は、そうだと知っているからだ。

 体から吹き出す、海の青に目立つ赤黒く輝くオーラ。

 そのせいで、戦っている艦娘より一回り大きい背丈。二回りも大きい艤装が良く見える。

 そして、あの深海棲艦を知っているのなら、顔には能面のような笑みが張り付いていると想像するのは実に容易い事だった。

 

 戦艦ル級。

 

 本来なら本土付近の海域には滅多に現れず、また戦艦の砲撃射程距離から、本土に絶対に近づけてはいけないと言われている……深海棲艦の一つ。

 それもエリートクラスともなれば、深海棲艦が巣食う海域の深層にでも行かないとまず見ることのない強敵。

 

 俺はそんな想定外の姿を目にして、すぐに戦っている艦娘の元に向かおうと思ったが、その艦娘の戦いっぷりに思わず足が止まる。

 

 戦艦ル級。それもエリート相手に、あろうことか戦っている艦娘は一歩も引けを取っていない。

 それどころか決定打こそ無いものの、ル級の攻撃を確実に避け自身の攻撃は当てる姿に、あの艦娘は増援無しに一人で戦艦級を倒せるんじゃないか?と思ってしまう。

 

 少なくとも、増援は急ぐ必要はなさそうだった。

 他の鎮守府に連絡を取って、戦力を整えた後に増援に向かう。そしてル級を倒す。それで問題はないはずだ。

 まあ、増援が来るまでの間はル級をあの艦娘が一人で足止めする事にはなるのだが、あの戦いを見ている限り足止めが難しいという訳でもない。

 だというのに焦って増援を要求する訳は……。

 

「なあ」

 

 サッと辺りを見て、俺はポツリと口を開く。

 

 

 

 

「もう一人、何処行った?」

 

 

 

 

 聞いてる情報は、鎮守府の艦娘は六隻だ。

 一人は鎮守府に居て、何人かは分からないが一人以上が買い出しに出かけている。

 そして今ここに二人。遠くで戦っているので一人。

 ……普通ならこの状況、買い出しに行っている艦娘は二人だと思えてもおかしくない場面ではあるのだけど、俺はこの鎮守府で戦力になるのが、元本部の艦娘二人だけだと長門から聞いている。

 

 そう考えるとどうだろう?

 遠征は少なくとも深海棲艦に襲われるリスクがある。

 そんな場面で買い出しなんかに艦娘を二人以上連れていく……、なんてことはあるのだろうか?

 普通なら三隻より四隻。

 数が多い方が強くなるのは当たり前で、戦力に不安を覚えるのなら遠征に数を割くという考えは、戦力強化の方法としてはあまりにも単純で効果的な方法だ。

 そう。馬鹿でなければ……、俺が思った通りなら、此処には艦娘が四隻いなければおかしい。

 

 この時、俺は急いで応援を呼んでいた理由と、今ここに三人しかいない理由に察しがついていた。

 多分ーー、

 

「もう一度聞くぞ……?はぐれた艦娘は……どっちに逃げた?」

 

 俺が二人に面と向かって言うと、黒髪の艦娘は唇を噛みしめ、茶髪の艦娘は堪えきれなくなった涙をぽろぽろと流す。

 

「あのねっ……?深海棲艦がっ……攻撃してきてぇっ……ぐすっ。……卯月ちゃんと……はぐれちゃったぁぁぁ」

 

 茶髪の艦娘は、それだけ言うとわんわんと泣き出した。

 とてもじゃないが茶髪の子から何かを聞ける状態じゃない。と、黒髪の艦娘に向かい合う。

 

「時間が無い。どっちだ?」

「……」

 

 俺の問いに、黒髪の艦娘は唇を噛みしたまま答えない。だがーー、

 

「……右だな」

「えっ?」

 

 ーー聞いた一瞬、黒髪の艦娘の目が泳いだ。

 多分、はぐれた艦娘を気にしたのだろう。そして、その動きははぐれた艦娘の位置を知るのには十分すぎる程。

 はぐれた艦娘の事を言わない理由は分からないが、大体の場所が分かった今、これ以上時間を割くのは無意味だ。

 そう思った俺は、はぐれたという艦娘の元へ向かう為に再びタービンを回すと、「待って!!」と黒髪の艦娘に腕を捕まれた。

 

「どうした?」

「あの……ル級だよ?それもエリートっていう、凄く強い深海棲艦だよ?」

「それって艦娘を追ってる深海棲艦の事か?」

 

 俺が聞き返すと、黒髪の艦娘はこくりと頷く。

 

「……ハァ。まぁ、何とかなるだろ。ありがとな、心配してくれて」

「……駄目だよ」

 

 手を振り払おうと思った時、黒髪の艦娘は手により力を込めた。

 

「……だってル級だよ?戦艦だよ?そんなの……駆逐艦が行ったって勝てないよ……。それより天龍さんを待ってーー」

「でも、時間が無いぜ?」

「ッ……!だけど行ったって助ける所か一緒に沈んじゃうかもしれないんだよ……!?それなら天龍さんを待っていた方が良いに決まってるじゃないか!?」

 

 

 

 

 ポタリと、暖かいものが俺の手に当たる。

 気づけば、黒髪の艦娘も涙を流していた。

 その表情は目を開き、歯を食い縛り、悔しそうで、諦めていて……ほんのちょっとした事で壊れてしまいそうだ。

 

 ここで俺は思う。

 さっき黒髪の艦娘が言った事は、一体誰に向けて言ったものだったのか。

 

 もしかしたらこの艦娘は、相手が戦艦だからと、自分が向かったってどうしようもないと分かっていて、それなら助けに来てくれる筈の艦娘を待った方が良いと、助けに行きたい気持ちを抑えて……自分にそう言い聞かせて、此処まで逃げてきたのかもしれない。

 

「……」

 

 言葉が出なかった。

 いつもはどうでも良い事を、誰彼構わずに言っていたのに、夢も希望無い現実に直面している女の子に俺は、何一つ掛けてあげられる言葉がなかった。

 

 大丈夫任せろ?そんな言葉、今会ったばかりの駆逐艦に言われて信用できるはずが無い。

 なら、俺は強いから平気だとでも?……嫌味にしか聞こえない。

 離してとでも言ってみようか?……なんて、そんな風に拒絶したら、この子は壊れてしまいそうだ。

 

 ……結局、少し考えた所で良い言葉が思い浮かぶ訳でもなかった。

 こんな時に俺は、無責任な事を言いたくなかった。

 だからというか代わりというか、俺は精一杯に自然な笑みを作って……空いた方の手で艦娘の頭を壊れないように優しく、ほんのちょっとだけ強く撫でる。

 

 これで、誤魔化せれば良いのだけど。

 

 黒髪の艦娘は、なんの抵抗もするわけでもなく、ただただ俺に好きなように撫でられるだけだった。

 そして次第に、艦娘の手から力が抜けて……俺の腕をスルリと離す。

 

 ……もう、いいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いってくる」

 

 俺は最後に、両手で黒髪の艦娘の頭をグシャグシャと撫でて、はぐれた艦娘が居るであろう方へと急ぐ。

 

 まだ、間に合ってくれ……!


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