オリ主と第六駆逐艦隊   作:神域の

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EXー2 オンボロのちんぢゅふ

 崩壊した建物。草の生い茂るアスファルト。鎖に繋がれて動けず死にかけている犬。強盗があったと思わせる、ガラスが割られた無人のコンビニ。

 

 海に近づけば近づくほど人は居なくなり、深海棲艦の攻撃の影響は強く見れるようになった。

 途中で歩いてきた海岸線沿いなんかは、ほとんどの建物が深海棲艦の攻撃によって瓦礫と化していて、無事な建物の方が珍しいくらいだ。

 そして今、俺はやっとの思いで目的地である鎮守府がある場所に着いた筈なのだが、

 

「ここで……あってるんだよな?」

 

 その鎮守府?を見ていると、胃がキリキリしてきてどうしようもない不安感に煽られる。

 簡単に言うと、超帰りたかった。

 

 何せその建物は掘っ立て小屋と呼ぶに相応しく、壁はトタンで出来ていて、窓の縁は枠が合っていないようで隙間が空いている。そして直ぐ側の、倉庫と思われる小屋は半壊状態。

 更におまけと言わんばかりの、壁に掛けられた蒲鉾板を思わせる粗末な板に書かれた、干からびたミミズのような『ちんぢゅふ』の文字……。

 

 

 

 

 よし、帰ろう。

 ここに鎮守府は無かった。

 あるのは瓦礫と瓦礫を集めて作ったガラクタだけだ。

 

 俺は体の向きを180度変えて、元来た道を戻ろうと一歩を踏み出す。

 すると計ったかの様に後ろからガタッガタガタッと、立て付けの悪い引き戸を開ける音が鳴り、

 

「よぅ、良く来たな。遅いから道に迷ってるのかと思ったぜ」

 

 後ろから声を掛けられた。

 俺はどうしようもない気持ちでいっぱいになりながらも、まさか……まさかなと今一度欠陥な建物に目を向けると、そこには俺が勤めている鎮守府には居ない艦娘が立っているではないか。

 ……どうやら、この建物は本当に鎮守府なようで、俺の目的地だったらしい。

 

「誰か冗談だと言ってくれよ……」

「どうしたんだ?早く来いよ。それともビビって動けないか?」

 

 俺が絶望しているとはつい知らずに前にいる艦娘は言いたい事を言った後、カラカラと笑いながら建物の中へと消えていった。

 

 ……俺はマジで、この鎮守府で三日間過ごさなきゃいけないのか?

 そんな事実にため息を吐いて、仕方無しに先の艦娘を追いかけた。

 

 

 

 

「うわぁ」

 

 そして中に入って更に言葉を失う。

 鎮守府の中は外見以上にひどい物だった。

 罅割れた壁に板の抜けた床、割れっぱなしのガラス窓。

 

「こっちだ」

 

 俺がそんなボロ屋に呆気を取られていると、前の艦娘はぶっきらぼうに一言言って、廊下の奥にある部屋へと入っていってしまう。

 

「俺って、一応客だと思うんだけどなぁ」

 

 なんか、案内が雑だ。……まぁ、言う程気にはしてないんだけど。

 

 文句は無いが、どうしようもないやるせなさにため息を吐きつつ、俺はボロ鎮守府の中にあがり込もうと……、

 

「あれ?」

 

 入り口の引き戸が閉まらねえ。

 さっきの様子を見るに相当立て付けが悪いとは思っていたが、まさか中途半端な所でうんともすんとも行かなくなるとは。

 

「……ハァ」

 

 今日は厄日だ。

 そんな事を思いながら俺は引き戸から手を放し、そして代わりにと引き戸に軽く回し蹴りを放った。

 理由は特に無い。強いて言うなら、手より足の方が力が強い訳で……まぁ簡単に引き戸が閉まるかなと思った訳だ。

 

 ちなみに蹴りをいれた引き戸はというと、ボギャーンと音を響かせ、蹴った所から横に真っ二つに割れた。

 そして床に散らばる引き戸だった物。

 

「うわーい。力加減を間違えたあ」

 

 けどまあ、これはしょうがないのではないだろうか。何だって俺は眠いし疲れているし、そういう状態の人間というのは普段の状態よりミスをしやすっ!?

 

「おいっ、いまのデカイ音はってなんだこりゃああ!!?」

「深海棲艦だっ!!深海棲艦が鎮守府に攻撃を仕掛けてきやがった!!」

「なんだと!?……クソッ!!あいつらまた……っていうかお前、怪我とかは大丈夫なのか!?」

「ああ、俺は大丈夫だけど入り口が……」

「……それはいい。もう何回も壊されてるしな。また直せばいいさ。……にしても深海棲艦の奴ら――――」

 

 急に戻ってきて今、壊れた引き戸を見て考え込む様にブツブツ言っている先の艦娘を見て、俺は気づかれない様にホッと胸を撫で下ろした。

 

 ……どうやらうまく誤魔化せたらしい。

 壊した引き戸をどうしようかと悩む暇もなく急に戻ってくるものだからかなり焦ったが、何とかなった様で良かった。……なんて、そんな事を思っていると、

 

「――なあ、ひとつ聞きたい事があるんだが」

 

 先の艦娘が、壊れた引き戸から俺へと目線を移した。

 この時俺は、この艦娘の目を見て疑われているのだとハッキリと理解した。

 

「えーと、なんでしょう」

 

 それでも俺は、平然と相手に受け答えを返す。

 おそらく嘘がバレた。それは間違いない。

 何せ引き戸には深海棲艦が壊したと言える、砲撃や機銃の痕跡がない。ただ、だからといってそれが俺が壊した事になるかと言えば……。

 

 ……大丈夫。俺が壊した事までは分からねえ。だからなに聞かれても問題無い。

 

「さっきお前、入り口が深海棲艦に壊されたって言ったけど本当か……?」

 

 ということで、落ち着いて次の相手の言動を予想していると、前の艦娘は俺がほとんど予想した通りの質問をしてきた。

 当然ながら、予想していたという事は対する答えだって既に決まっている訳で、

 

「……いや、実は深海棲艦は見てないんだ。ただ、辺りが深海棲艦に壊されているみたいだから、てっきりそう思ったってだけで……」

 

 俺はその決めていた答えを申し訳なさそうに言った。

 

 ……まさに完璧。この答えを聞いたら、誰であろうとこれ以上の追及をする気にはなれないだろう。

 何せ向こうから見たら、知らないと言っている者がなんの責任もないのに落ち込んでいるのだからなあ!?

 

 これで入り口の件はナアナアで終わる。誰も俺が壊したとは知らずに。

 

 ……ああ、そのはずなのに、

 

「……へーえ」

 

 目の前の艦娘は相も変わらずに、俺に疑いの眼差しを向ける。

 その隻眼は、まるで俺が犯人だと言いたい様に。

 

「……えーっと、まだ何か……?」

 

 背筋に、暑さと無縁の汗が伝う。

 どれだけ怪しもうと普通ならバレない。俺はそう理解しているにも関わらず、今、目の前に居る艦娘の動言がどうしても気になって仕方ない。

 

「……ああ。お前ちょっとこっち来てみろ」

 

 前の艦娘は、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか俺を近くに呼んだ。

 そしてその艦娘は少ししゃがみこむと、足元にあった引き戸の破片をいくつか拾った。

 

「これ、なんだと思う……?」

「…………」

 

 俺はその質問に答えようとするも言葉が出ず、代わりに笑顔を必死に作って誤魔化した。

 と言うのも、その艦娘が拾った破片は引き戸の枠であった一部分であり、もっと言うとソレは俺が蹴りをいれた所でもあった。

 当然、引き戸が真っ二つに割れる威力の蹴りをいれたのだから、その部分には俺の足と同じ大きさのへこみが出来ている。

 

 そんな訳で、突如として証拠を捕まれたせいもあり、もしかしたらバレたのか?なんて思ってしまうのも無理はなかった。

 ……ただ、それでも理性の、ソレを見て解る奴はいない。という声の方がまだ強く、俺は前の艦娘の様子を内心穏やかで無いながらも静かに見守った。

 

 艦娘は俺のそんな考えを知らずに、俺が見ている中、持っている破片を直すように繋げ合わせると静かに言った。

 

「見てみろ。此処の部分は他の部分と違って、えらく凹んでいると思わないか?多分、引き戸が壊れた原因は此処にデカイ衝撃が来たからだな」

「……へっ、へえー」

「……まあいい。でだ、その跡を見れば大体どんな物がぶつかったか解るんだがな?この跡がまた、相当衝撃が強かったみたいでクッキリと跡が残ってるんだ」

「そっ、そっすかぁー」

 

 ……きっと、探偵物でよくある種明かしを聞いている時の犯人の気持ちは、今の俺と全く同じなんだろうなぁと思う。

 もう、出来ることならゲロって楽になりたい所だが、一度嘘をついた手前、俺は嘘を引っ込めるに引っ込めなくなっていた。

 それに希望もあった。それはこの艦娘が実は、俺が犯人である証拠にまで到っていないという事。

 ただ、前の艦娘の話は無情にも最悪の形で続く。

 

「――で、この跡と同じ位の物を俺は少し探したんだがな……」

 

 ここで艦娘は俺に指を指した。正確に言うと、俺の足元を。

 

「――どう見ても近くにある跡とピッタシって言えそうな物ってのが、お前のつま先くらいしかなくってな」

「……ハハハ。その言い方だと、まるで俺が引き戸を壊したって言ってる様に聞こえるじゃないですかー」

「ああ。そう言ったつもりだったが分からなかったか?」

「……へえ」

 

 前の艦娘は、迷い無く俺が犯人だと言い切った。引き戸の破片をチラリと見ただけでだ。

 ここで俺は確信する。今、俺の前に居る艦娘こそが長門が言っていた本部にいたという艦娘なのだと。

 ……ああ、それにしても他の艦娘とはレベルが違うとは言っていたが、まさかこんなくだらない事で差を見せられる事になるなんて。

 

「……はっはっはっ」

「どうした?急に笑いだして。もしかして嘘がバレて自棄にでもなったか?」

「まさか。ただ、アンタが言ったことは要所要所のこじつけであって証拠じゃないなって思っただけさ。だってそうだろ?そのへこみだって俺の足と大きさが偶々同じってだけで、俺が壊した証拠には至らないのだから」

 

 正直、ここで壊した事を認めても良かった。

 何せ、誰がこの状況を見ても怪しいのは俺で、道理があるのは目の前の艦娘だった。

 ……ただ、ここで認めると俺の心の中に気がかりが一つ残る。

 それは前の艦娘が、俺が犯人だと言い切れた理由だ。

 というのも、相手は僅かな時間で状況を的確に判断して正解にたどり着く手練れ。

 そんな相手だからこそ、俺が犯人だと言い切ったからには、俺が言い逃れ出来ない証拠を目の前の艦娘は掴んでいて然るべきなのだ。

 

「――なあ?もしかしてアンタは状況論だけで俺を犯人扱いするのか?もちろん……あるんだよな?そこまで言いきるのなら今、此処で証明できる決定的な証拠って奴がよ」

 

 俺はそれが気になった。

 俺が言い逃れようのない、前の艦娘が持っている確証。

 まあ、俺が駆逐艦だからまくし立てればボロが出ると思っている可能性もあるけど。

 そんな俺の考えを他所に、目の前の艦娘は俺の代わり映えした態度に一瞬だけ目を見開くと、

 

「なるほどな。それが本性ってわけか。……証拠ならもちろんあるぜ」

 

 艦娘は再び不敵に言い切って、俺の足を指差した。

 

 俺はこの時、心底ガッカリした。

 この期に及んで、まだ凹みと足の大きさが同じだとのたまわっているからだ。

 確かに、凹みと俺の足と大きさはピタリだろう。だが探せば足以外にも同じ大きさの物は沢山見つかる訳で。

 ハッキリ言って、決定的な証拠にはならないのだ。

 それこそ、俺の靴に壊した時の傷が付いているとか壊した引き戸の方に俺の靴の塗料や着れっぱしでもなければ……、

 

 そこまで思って、ふと自分の靴を見た。

 

「何かが……」

 

 この時になって気づいた事がある。

 ……自分の靴の隙間に何かが、木の欠片が挟まってる。

 

「……この凹んだ部分、簡単に並べてみたのは良いんだが、損傷が酷くってなあ?見れば分かると思うんだが欠けた所が多々あるんだ。……おそらく、その欠けた部分の大半は衝撃でどっかに散らばったんだろうが……、俺はこうも思うんだ。もしかしたら、この欠けた部分は壊した物に紛れてるんじゃないかってな」

 

 俺が足元に目をやっている中、前の艦娘は不敵に言葉を紡いだ。

 ……なるほどな。

 確かに艦娘の言う通り、この欠片は俺が蹴り壊した部分の物である確立は高い。

 おそらくこの木片は、俺が引き戸を蹴破った時に靴の隙間に入り込んだ物だろう。

 そう思いながら俺は、靴に挟まった欠片をつまみ上げて、前の艦娘にも見えるように手のひらの上へと欠片をのせた。

 すると欠片を見た艦娘は尚も得意気に話を続ける。

 

「やっぱり、そこに証拠があると思ったぜ。きっと、今俺が持っている破片の欠けた何処かに、その欠片がパズルみたいにピタリと合わさる。それでお前が犯人なのは決まりだな。……それともどうする?この期に及んで、それは偶然靴に入り込んだんですって見苦しい言い訳でもしてみるか?」

 

 俺は、自身の推理が正しいと笑う艦娘に対し、フゥと息を吐いた。

 ……積みだった。

 なんというか、こんな欠片が俺が犯人である証拠に繋がるなんて思ってもみなかった。

 

 そうして俺は落胆と同時に、手のひらをクルリと翻す。

 すると欠片はカラリと床に落ちて、俺はそれを躊躇い無しに踏みにじった。

 

「なっ!?」

 

 目の前の艦娘は、意味が分からないと言うかの様に声をあげる。

 俺はそんな様子を気に止めず、欠片を踏んでいる足に体重を掛ける。

 

 当然の如く、足元からはパキパキと欠片が割れる音が聞こえる。

 そうして足をグリグリと動かして音が変化したのを聞き取った俺は、欠片を踏んでいた足を何事も無かった様にスッと退かした。

 そして俺は、目の前で呆けている艦娘に向かって踏んでいた物を蹴り出しーー言う。

 

「……証拠なんて無い。最初からお前の妄言だったな――」

「証拠は今お前がっ……クソッ!」

 

 俺の一言に状況を察した艦娘は、先ほどまでの表情を一変させ顔を歪ませた。

 何せさっきまで言っていた証拠とやらは、そこら辺に散っている木屑に成り果てた。これでどうやって俺が犯人であると言えるのか。

 

「だから最初に言っただろう?これは深海棲艦の仕業なんだって」

 

 積み。そして、だめ押しとばかりに俺は改めて同じ事を言った。

 お前の意見は引っ込めろと意味を混めて。

 前の艦娘は、俺が言いたいことが分かるのだろう。歪ませた顔をより歪ませて、苛立った様に、悔しそうに舌打ちをした。

 

 その様子を見て、俺は目の前の艦娘が屈した事を悟る。

 所詮、本部の艦娘と云えど女子供だった。その事に多少なり落胆した俺は「ハァ……」とため息を吐く。

 

 長門が、「本部の艦娘は凄い」って言ってたから期待をしてたんだけどな。

 ……まあ、確かに状況の整理や判断は凄かった。……ただ、それ止まりだ。

 そんなのではなく俺が期待していた物はもっと別の、偽造とか冤罪とか暴力とか……ドロドロとどす黒い物を期待していたんだが……、

 

「……ハァ」

 

 再びため息が出る。

 てっきり、本部なんて如何にも権力とかが蔓延っていて汚職とかが日常みたいなイメージを持っていたせいで、目の前の艦娘があっさり引き下がったのが以外だった。

 ……もし俺が目の前の艦娘の立場で相手が犯人だと確信したら、俺なら証拠をでっち上げて相手を犯人に仕立てあげるのに。

 そうすればその事を逆手に取って、こんな鎮守府とおさらば出来たのに。

 

 思うようには中々いかない。

 このままだと大人しく三日間を過ごさないといけないなと思いつつも、とりあえずは少ない荷物を置いて一眠りしたいなと前の艦娘を無視して先に歩を進めようとすると――、

 

 

 

 

「マジで何なんだコイツ……。ヤバいのはこの間見た時に分かってはいたが、些かヤバ過ぎるだろ……。長門達はどうやってコイツの手綱を握ってるんだ……?」

 

 ――と、後ろからボソリと呟く声が聞こえてきた。

 そして続け様に、「こうなったら恥を忍んで聞いてみるしかないか……」とも。

 

 この時、俺の脳裏にこれから起こるであろう出来事が過る。

 

 それは、あの艦娘が言うように長門に電話する。内容は俺の話だ。

 すると長門は、なんでそんな話をするのかと疑問に思って聞いてくるだろう。

 そこから語られる事は先ほどの出来事。

 当然、証拠は俺が踏み潰したから犯人と断定されてはいないが、まあ、誰が聞いても黒いのは俺だろう。……いや、俺の信用を考えるに、この艦娘が「戸が壊れた」と長門に言っただけで長門が謝りだす可能性すらある。

 そこからは悲惨だ。

 帰れば、問題を起こすなと散々言っていた大淀からはやっぱりかと言わんばかりに冷たい視線を向けられ、大井には嘲笑われ、更には暁のレディがどうとかのお説教が始まる。

 最終的に俺の評価は駄々下がり、終いには無能の烙印を押されて鎮守府から追放……解体。

 

「……フッ」

 

 もう、笑うしかない。

 地獄だ。このままでは俺に未来は無い。

 どうにかしてあの艦娘の口を塞がなければ……。

 

 

 俺は覚悟を決めた。

 

 手段を問わない覚悟を。

 目的の為なら鬼でも悪魔でも成る覚悟を。

 

 俺は進めようとしていた歩を戻し、未だ悔しそうにする艦娘の前に向かう。

 そして距離が一メートルも満たない位置に差し掛かろうとしたところで、俺は行動を起こす。

 

 先ず、その場で床に膝を付き、手のひらすら床に投げ出す。

 更に額を床に付こうと思える位置まで持っていき、そこから一切の動きをしない。

 

「……は?」

 

 すると頭の上から声がした。

 この体制では相手の様子は見えないが、声色で目の前の艦娘が戸惑っているのが分かる。

 どうやら前の艦娘は、俺の行動の意図が分からないらしい。

 ……全く困った奴だ。社会人なら相手の行動を見て、何をどうしたら良いかを察するべき場面なのに。

 

 俺は内心で愚痴を吐きつつも、社会の常識を少女に求めるのも難しいかと、未だ分かっていないであろう前の艦娘に分かるように言葉を静かに紡いだ。

 

 

「先ほどはすいませんでした。反省しているので何卒、電話は……チクるのだけは止めてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が用件を言うと、またも艦娘の困惑した声が辺りに静かに染み渡る。

 

「……」

「……」

 

 そして沈黙と……。

 

 

 ……うん。ちょっと待ってほしい。

 相手から何の反応も無いのは困る。

 何せ、俺の今の体制は床しか見えない状態で、相手が声を出すやら動いてくれないと相手の様子が分からない。

 というより、俺の声は聞こえてたのだろうか?

 もしかしてあの二回目のは?は、何を言っているか聞こえないが為のは?だったのでは無いだろうか?

 可能性は、ある。

 俺が何を言っているか分からないが故に、目の前に居るであろう艦娘はどう反応して良いか分からない……。

 というか居るよね?目の前に。

 実は俺が見ていないのを良い事に、忍び足で電話を掛けに行ったとかはないよね?

 ……あばばばば。

 

 ふと思った最悪の事態に全身が震えるが、俺は前に艦娘がまだ居ることを信じて同じ体制をとり続けた。

 

 聞こえないのなら何度でも言ってやろう。

 分からないのなら噛み砕いて教えてやろう。

 もし居なかったらその時は……誰か俺を助けてくれ!!

 

 俺は決意を再び滾らせる。退くなんて選択肢は初めから無い。

 もし前の艦娘が忍んで電話を掛けに行ったなら、俺は絶望して泣きます。

 俺はそんな決意の下に息を吸った。そして、

 

 

「先ほどはすいませ「ちょっと待って」」

 

 もう一度、と喋り始めた途端に前の艦娘から静止がかかる。

 その事に俺は、とりあえずは艦娘が電話をしに行っていなかった事に安堵しつつも、何故俺の言葉を遮ったのかが気になった。

 まあ、此処は相手が動いたんだ。様子を伺うとするさ。

 

 俺は言いかけた言葉を飲み込み、変わらぬ姿勢のまま相手の次の出方を探った。

 

「あー」

 

 悩んでいるような声が聞こえる。

 そしてしばらく溜めた後に、「……訳わかんねえ」と吐き捨てられた。更に続けて「何やってんの……?」と。

 

 ハァと、思わずため息が出そうになるのを寸での所で飲み込む。

 どうやら前の艦娘は、俺の行動が理解できないらしく、頭を悩ませていたらしい。

 

 ……全く、どうしようも無い。

 俺が今やっている事なんて見たままだっての。

 ……それでも、こちらがお願いをしている手前、何をしていると聞かれたら答える義務があろう。

 

「土下座です」

「ああ……うん」

 

 だから俺は言った。簡潔に。

 前の艦娘はというと、俺の言葉を聞くと尚も煮え切らないと言った様に声を上げ、そして……再び無言の時間が訪れる。

 俺はこの間、変わらず頭を下げ続けた。

 きっとそろそろ相手から、「もう、頭を上げていいよ」と言われるに違いないから。

 そうさ。

 さっきまでの不可解な間は、相手が俺が土下座をしていることが分からなかっただけ。美少女が頭を下げ続けていると知れれば良心が痛み、許さずにはいられないというのが世の常だ。

 だからそろそろ、さっきの事は水に流して「許す」と言ってくれて良いんだよ?……じゃないとね、

 

 

 さっきから床に散らばっている木片が足に食い込んで地味に痛い!!

 このままだと響ちゃんの白魚の様な脚に跡ができちゃうよ!

 

 

 

 

 事が起きたのはそれから直ぐ。

 前の艦娘はため息を吐くように一言言うと、尚も続けて言葉を言った。

 

「お前さぁ……、さっきまでの態度は何処行ったんだよ……」

 

 俺はその言葉を聞き、ここで初めて相手の心境を完全に察した。

 つまり、前の艦娘は俺の代わり映えした態度に呆気にとられていた、と。

 

 まあ、相手の立場から見れば無理もない事なのかもしれない。

 何せ、さっきまで喧嘩腰だった相手が急に土下座をしてくるのだから。

 そんな事されたら俺だって「えっ?コイツ何やってんの?」と思うに違いない。

 

 ……ただまぁ、俺からすればこれはチャンスだ。

 というのも相手は今、書くに当たって思考が止まっていることが分かったのだから。

 ならば今、俺のするべき事。それは……相手が戸惑っている隙に押して押して、俺の謝罪を確立させる事よ!!

 

「にしても……本当に先程はすいませんでしたぁ!!自分、調子乗ってました!ノリノリでした!!ですがっ!!今はもう反省しております!!それはもう、海よりも深く、広がるは大地の如しです!!」

「お前さあ!!マジでなんなんだよ!?誤魔化そうとしたり態度が悪くなったり、それで今度は土下座……。お前にはプライドってのが無いのか!?」

「ありません!クソの欠片ほどもありません!!」

 

 俺はきっぱりと言った。

 すると場の熱がスッと冷めていく。そして、

 

「……んな事言い切るんじゃねえよ……ハァ。なんかもう、スゲー疲れた。……お前ももう、あれだ。分かったから顔上げろよ」

 

 前の艦娘はとうとう折れた。

 呆れる様に言われたのは置いといて、俺はその言葉を待ちわびたと、ガバッと顔を上げた。

 

 不意に、前の艦娘と目が合う。

 ……なんか、ゴミを見る様な目で見られている。

「……このブタが。……ッペ」……とされると、一部の界隈ではご褒美とされそうな表情で、俺の事を見下してらっしゃる。

 

 やめてくれ。

 俺はどちらかと言うとSだから。そんな目で見られても嬉しくな……くもないかなあ。

 うん。

 艦娘は基本、みんな可愛いから。

 どんな表情であれ、美少女に見つめられるってのは悪い気分じゃない。

 

 ただ、やはり気になるのは艦娘のこの表情。

 様子からして俺の謝罪をよく思っていないのは明白で、このまま放って置くと俺が油断した隙に電話でチクられる可能性もなきにしもあらず。

 正直、俺は安心なんて出来るはずもなかった。

 やはり此処は、何処でも簡単に出来る口だけの謝罪ではなく、誠意が目に見える圧倒的謝罪で相手の艦娘のハートをガッシリキャッチする他ない。

 

「あの、後これを」

 

 思ったが吉日。という訳で俺は早速、相手に有るものを差し出した。

 

「……これは?」

「手土産として買ってきました。謝罪の気持ちです」

 

 それを艦娘は怪訝そうに見つめる。

 

 差し出した物、それは俺がここに来る前に買っていたお菓子の詰め合わせ。

 なんというか、本当ならこういった渡し方をするつもりはなかったのだが、……日頃の行いってこういう時に出るよね!

 いやー、まさか手ぶらじゃ忍びないと買っていた手土産にこんな使い道があるとは。

 正に切り札。

 俺はこの行動ひとつで相手に誠意を見せつつ、尚且つ、相手がそれを受け取るかどうかで相手の心境も分かるという二重構え。

 受けとれば、なんやかんやで許したと言えるし、受け取らなければ激おこなのだろう。

 

「……」

「……」

 

 今正に俺の未来が決定付く時。

 というか電話したってこの艦娘にメリットなんてないでしょ?

 だから細かい事は忘れて、早くお菓子を受け取りな!お菓子美味しいよ!

 

 

 ……そして前の艦娘は、俺が念を送ってる間に決断したらしい。

 俺の手から重みが無くなると、ふぅ、と息の抜ける音がした。

 これは……勝った。

 

 

 

「反省、してるんだな?」

「はい」

「壊した事、認めるんだな?」

「はい」

「もうこんな事しないな?」

「いぐざくとりぃ」

「お前本当に反省してるんだよなぁ!?」

「はい」

 

 俺の返答を聞くと艦娘は、顔に手を当て、疲れ果てたと言うように息を吐いた。

 

「駄目だ。コイツ、絶対に反省してねえ……」

「いや、反省はしてます。次はバレないようにやります」

「……」

 

 艦娘が人を殺せそうな目で俺を睨み付け、露骨に舌打ちをする。

 

「……もういい。電話はしねえ。お前がどうしようもない奴なのは来る前から知ってたからな。それよりも、今日から三日間は覚悟しろよ……?俺がみっちり扱いてお前をどこに出しても恥ずかしくない艦娘にしてやる」

 

 そして艦娘が恐い顔で言った事はある種の死刑宣告。

 内容に、俺の事を知ってるみたいな事を言ってるのが気になる所ではあるのだが。

 というか、最後の発言もおかしい。

 扱くって何よ。

 その言い方だとあれだぞ?最初から俺がどうしようもないから、この三日間でまともにするつもりだったって聞こえるんだけど!?

 

 もう既に嫌な予感……というよりは確信があった。

 正直、初めから見学に二泊三日は長すぎると思っていた。

 だから俺は、ぶっちゃけて聞いてみる。

 

「……えと、あの。……見学……ですよね?なんだか話を聞いていると最初からブートキャンプをやるつもりで俺を呼んだ様に聞こえるんですけど」

「そうだけど?」

 

 すると艦娘は普通に、それがなにか?と言いたげに返事を返す。

 

「あれれ?おかしいぞう?俺、長門秘書艦に見学って言われてたんですけど」

「……ああ、体はな。どうもお前は規律や礼儀ってのが分かってないみたいだから、長門に俺が教えてやろうか?って聞いたら断られたんでね。しょうがないから提督方に気になる艦娘がいるから見学に呼べないかって無理を言ったんだーー」

 

 

 続けて、「最初は一週間みっちりやるつもりだったんだが、流石にそれはってお前のところの提督に断られてな。ならと粘りに粘って三日にしてもらったんだ」と艦娘は話すが、俺はもうそれどころじゃない。

 

「……え?……てい?……てことは見学は嘘?ていうか初対面ですよね?」

「ああ、そうだな」

「じゃあ何で俺を名指しで呼んだんですか?」

「お前が礼儀も規律も知らないクソヤロウで、そんな厄介者を一人前の艦娘にする為だ」

「……よくもまあ、会ったことも無いのにそんな事が言い切れるんですかね?」

「そりゃ、お前の事を知ってるからだ」

「どうやって知ったんです?」

「カレー大会で見た」

「……うわああああ!!」

 

 俺は艦娘の話を聞いて発狂した。その日の出来事は、クソヤロウと呼ばれるには余りにも心当たりが有りすぎた。

 でも、でもだ。

 

「だとしてもちょっと待ってよ!?あれってお祭り事じゃん!その日だけ羽目を外しちゃったとは思わないの!?」

「ああ、確かに思った」

「ならなんで!?」

「気になったんで、普段のお前の事を他の艦娘から聞いたんだよ。曰く、廊下は走る、窓から飛び降りる、居眠り、話を聞かない、消灯時間を過ぎても出歩くのは日常茶飯事。それどころか戦艦や空母の先輩方にため口を当然のように使い態度も悪い、軍規違反も当たり前。……なのに、長門達はお前にろくな注意もしない。おかげでお前が調子に乗って困ってるって」

「……うわあ」

 

 事の次第を知って、思わずぼやいてしまうのは仕方ないと思う。

 何せ俺を呼んだ動機が、「長門が注意できないなら、かわりに俺がやってやるぜ!」なのだから。

 

「……なんか、面倒な相手に目をつけられたなぁ」

「何か言ったか?」

「別に、なんでもありません」

「……ふーん。ま、いいか。後お前、荷物はそっちの部屋に置いて適当に座ってていいぞ。今は提督とか俺以外の艦娘が、買い出しやら遠征で居ないからな。お前を鍛えるのは龍田達が戻って来た後だ」

 

 艦娘はそう言うと、俺が先程渡したお菓子の詰め合わせを持って再び奥の部屋へと行ってしまった。

 

 

「……ハァ」

 

 これから三日。

 自分のせいとはいえ、好感度が最悪な状態で始まる見学という名のシゴキに、俺は今後この鎮守府で何をする事になるのか不安になった。

 

 ……まぁ、とりあえず後で壊した戸を直さないといけないよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく、呼ばれる事が無かった俺はゴザに座ってうつらうつらしていると、先程渡したお菓子の詰め合わせを持った艦娘が不満そうな顔をして俺の方へやって来た。

 

「……おい、ちょっと聞きたい事があるんだが、コレなんだ……?」

「えっ?何ってお菓子の詰め合わせ……もといクッキーがたくさん入ってる缶ですね」

「ちげぇよ!!俺が聞きたいのは、何で手土産として渡されたクッキーの缶の包装が既に開いていて、あまつさえ中身が減っているのかって事だよ!?」

「……ああ。それはですね、ここに来る途中、腹が減って死にかけてまして、少し食べました。ソレ、かなり旨いですよ!」

「旨いですよ、じゃねえよ!!開けた物を謝罪の品として渡すんじゃねえよ!!」

「でも、まだそれにクッキーいっぱい入ってますよ?」

「量の問題じゃないんだよ!!モラルの問題なんだよ!!……ああもう!皆が戻ってきたらビシバシ指導してやるからマジで覚悟しろよ!?」

「うぃーす」

 

 艦娘は一通り言いたい事を言うと、お菓子の詰め合わせを持って戻っていった。

 その始終を見ていた俺は思う。

 今、この鎮守府にはあの艦娘しかいないと本人が言っていた。にも関わらず、クッキーの包装を確かめ、中身まで覗いているという事は……。

 

「一人でこっそり食おうとしてるじゃん……」

 

 ある事実に気づいてしまったが、俺はそれを心の中に留めておく事にした。


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