冷たい視線が彼方此方から突き刺さる。
「……はい。それでは、我がチームの肉じゃがのアピールポイントを説明したいと思います……」
たぶんこれは俺のスルースキルを試されているんだ。そう思うことにした。
じゃないと辛くて涙が出ちゃう。
だって女の子だもん!
…………、
……今のは忘れよう。
今のは我ながら気持ち悪かった。だって中身は成人男性だもん。
それに今更、視線の一つや二つ何だっていうんだ。こちらとて死線の一つや二つ越えている。
……切り替えろ、気持ちを。
腐っても勝負。
ふわふわした気持ちで居たら負けてしまう。
目を瞑り、両腕をダラリと下げて、息を大きく吸って、吐き出す。
「……よし」
体の何処か奥底で、気持ちが切り替わるかのようにガチッと音が鳴った気がした。
「では改めて……、我がチームの肉じゃがのコンセプト。言い換えれば肉じゃがを通して知っていただきたい事は、ズバリ艦娘なら誰もが持っているであろう
先ずは相手を会話に引きずり込む。
聞かせる体制を作る。話の途中に動きを混ぜて相手を飽きさせず、用意した物に意味があると思わせて興味を引く。
「――――当時、それこそ第二次世界大戦での大帝国の敗退の大きな要因には物資の不足がありますが、それは食料も例外ではありません。本土では学校のグラウンドが芋畑になっていたりと、知っている記憶では人々には食料はあまりにも行き渡らなかった」
呼吸を作る。
俺が喋った事を聞き流さない様に、間を置く事で喋った内容に向き合ってもらう。
「――――そして、それは戦闘に出ていた兵士も例外じゃない。当時の兵士の食事は、基本乾パンだったそうです。今の時代を生きていると、とてもじゃないが考えられません」
ちらと辺りを見回す。
するとさっきまで冷ややかな目線を送っていた艦娘達は、それぞれが俺の話を聞いて考え込む様にうつむいていた。
「……その最中、時の人であった東郷平八郎が、海兵達に旨い物を食わして英気を養ってほしいと、英国のビーフシチューを当時の物資で試行錯誤に再現した物が、知っての通り肉じゃがです」
感傷入るように審査員達が、目の前に置かれている肉じゃがを見つめる。
「――――今回、私達が用意した肉じゃがは、その当時の物に少々アレンジを加えて再現した物になります。……昔に比べ、今は調理技術も向上して美味しい物が手軽に食べられ、物資にしても足りないと言いつつもそれ程困る事はありません。そんな今だからこそ当時の事を思い出し、姿こそ見えずとも人々に支えられている事を思い出し、今ある
会場は重い空気に包まれた。
それは誰もがかつての戦い、そして今の戦いに思うことがあったから。もちろん審査員である長門、利根、夕立だって例外じゃない。
俺はそんな想いを、肉じゃがを通して形作った。
後は進ませるだけ。
ほんのちょっと、チョンと押すくらいでいい。
だから後は勝手に判断してくれ。
「――――当時の記憶を持つ艦娘なら、これがきっとどんな物か解るはず。……どうぞ、食べてみて下さい」
まあ、当時の人達の想いと言っても良い物を切り捨てられると判断出来るのならの話だが。
軽く一礼して話を終える。
横では俺の話をおとなしく聞いていた大井が、呆れ顔で俺を見ている。
「よく言う」
「完璧だろう?」
吐き捨てるように言われた言葉に、俺は胸を張って答える。
喋る内容なんて、肉じゃがを作ると決めた時に決まっていた。
これこそ俺の考えた勝つ為の作戦の一つ。それは付加価値の付与。
分かりやすく例えを出すと、袋に入っているポテトチップスを片方をティッシュの上に、もう片方をお皿の上に置いた場合どちらが美味しそうか?と言う話。
まあこんな話、誰かに聞くまでもなく俺は皿の方が良いと答える。
それはティッシュの方は汚そうとか、皿の方は丁寧に出されたからと理由が付くのだけど、分かる通りポテトチップス自体の味や見た目は、選択の理由に全く反映されていない。
この、物自体は両方同じなのに、選んだときに出てくる差。これこそが付加価値。
例えではティッシュや皿というショボい物で説明したが、この付加価値というのは侮れない。
それこそ当時三百円程のおもちゃが、後に発売数が少ないと分かるとその価値が十倍百倍と跳ね上がる。
同じ飲み物でも、地味なロゴから綺麗で派手なロゴに変えるだけで売り上げが上がる。
すなわち付加価値とは、時にその物自体の価値を歪めてしまう程の魔性の力。
この話を大会前日に先程の演説と共に話したら、大井と吹雪がとんでもない嫌悪感を表して退いていた。
けど、しょうがないんだ。
今回、俺はどうしても負けたくない。
俺自身、過去の人達の想いを利用するのは本の少ーし気が引けたけど、それ以上に勝ちたいんだ。使えるものは何だって使うさ。
だってそうだろ?
ここで勝たなければ、暁たちが優勝したら、
俺が黙って見ている中、審査員達は作った肉じゃがを食べた。
「うまい」
直後に一言、誰が言ったかは分からないがそんな言葉が聞こえた。
見れば、審査員は皆口に手を当て、目を見開いている。
おそらく、意図して出た言葉ではない。それは本当に旨い物を食べた時に出る素の反応。
俺はその反応を、当たり前の様に受け止める。
当然だと思う。
人は皆、甘い物を食べたらしょっぱい物が食べたくなる。渋い物なら甘い物。
カレーみたいなこってりした物なら、肉じゃがの様なさっぱりした物が食べたくなるに決まっている。
そう。俺はカレー大会を逆手にとって、チームの肉じゃがを誰のチームよりも前に目立たせた。
味付けは旧海軍時代の、醤油、塩、砂糖、みりんに日本酒を少々加えた薄味のシンプルな物。ただ、シンプルだと言って侮るなかれ。
今回の主な材料は肉とジャガイモ。この二つは結局の所、塩振って食えば旨いのだ。
カレーの様な香辛料などを増しましに入れたら、下手をすると素材の良い所を潰しかねない。
味付けをあえてシンプルにし、素材の味を生かし、食べたら暖かく何処か懐かしくホッとする味。それが俺達が目指した肉じゃがだった。
何より、俺の語りも圧力を掛けて他のチームの料理を選べ難くする為だけに喋ったのではない。
……その先。
自信があった故に、あえて圧力を掛ける。
すると審査員は少なくとも不味いとは言い難くなるだろう。当然何か言おうと言葉を探す。
そんな不安感を、本当に旨い物で上書きする事によって安心感に変える。この肉じゃがには、本当にそれだけの価値が有るのだと思わせる。
心情のギャップを利用した単純な手。
俺が肉じゃがを作ると決めた時に思い付いた二重三重の作戦は、今正にこの瞬間に間違いなく効いていた。
「……で、どうする」
「……っぽい」
「……なら……じゃな」
各チームの料理を食べた審査員達は、どのチームを優勝にするかで集まって話し合っている。
その様子を見て、俺は自分のチームが優勝するのを疑わない。
全てが上手く行った。思った通りに事が運んだ。ならばこの先も、想像するのは実に容易い事だ。
『……はい。たった今、今大会の優勝チームが審査員の判断により決定された模様です』
『わぁ!どのチームの料理も美味しそうだったから誰が一番か那珂ちゃん分からないよー!』
『はい。私、霧島もどのチームが優勝を手にするのかとても気になる所です。……それでは!!皆様大変お待たせしました!!これより審査員代表として、我が鎮守府の秘書艦長門より、今カレー大会栄光の座を手にするチームを発表していただきます!!』
ワァと、待っていたとばかりに歓声が上がる。
それが俺には、俺達の優勝を喜ぶ声に聞こえる。
見ていろ……、俺達が勝つ瞬間を。
そして暁、雷、電、俺を誘わなかった事を後悔しろ。
「それでは……今期カレー大会、優勝チームを発表する」
長門が声を発すると、歓声で騒がしかった会場が一瞬で静まる。
「今期カレー大会優勝チームはーー」
無意味な引き延ばし。
ダララララと妙に凝ったドラムロールが俺の耳に響く。
早くしろと思う。後はもう決まった事を言うだけなのだから。
「……優勝チームは、暁、雷、電の第六駆逐隊チームの甘口カレー!!」
…………?
んん?なんか思ってたのと違う。そう思ったときには、先程よりも大きな歓声が会場を埋め尽くし、暁達が喜びのあまり飛び跳ねる。
更には隣で、ズサと地面に膝を付いた音が聞こえた。
「はっ……?なんですって……!?負けた?私達……私の作った肉じゃがが……、私が北上さんの為だけに作った『愛情たっぷり大井特製、よければ毎日北上さんの為に作りますよ肉じゃが』が駆逐艦のおチビ共のカレーに負けた!?」
待ってくれ。
いろいろ言いたい事があるのだが、これだけは言わせてくれ。
「違うから。昔懐かしほっこり肉じゃがだから」
俺の考案した肉じゃがに変な名前付けないで。
俺の言葉に大井は耳を貸すことなく、そして歓声に掻き消え誰の耳に入る事も無く、カレー大会は閉幕した。
――――――――
「んーやっぱ、
大会終了後、参加者の作ったカレーは見ていた艦娘達にも配られた。皆も食べ比べをしてみてね、という事らしく、例に倣って俺もカレーの食べ比べをしているのだが……。
どう食べても、正直なところ暁達のカレーが五航戦のカレーに勝っている所が無い気がする。となると考えの行き付く先は、
「……やらせか」
まあ極端な例えだが、長門や夕立なら暁達を贔屓するくらいはありそうだ。
「……ハァ」
それにしても、本気で挑んだだけあって自分でも驚くほど落胆が酷い。
逆に言えばそれだけ勝ちたかったという話になるのだが。
……、
……やっぱり、暁達に何も知らされてないというのはでかいな。仲が良いと思っていただけ特に。
「……」
黙って手に持っているカレーを口の中に掻き込む。
ドロリとしたカレーは喉を通ると、張り付いたように香りと熱を発して存在を主張してくる。
……うん。やっぱり俺はカレーがそこまで好きじゃない。
熱いし冷めにくいし、後味が残り過ぎて他の物を食べても味が分からなくなるし、何よりカレーはうんこの隠語になっているのが嫌すぎる。
今日カレー食ったんだーと誰かが言うと、俺には今日うんこ食ったんだーと聞こえる。
もうハッキリ言うと、カレー食ってると終始うんこが頭にちらつく。頭の中でカレーとうんこがグルグル追いかけっこする。
カレー食ってうんこ出すってもう訳ワカメ。
「……響?」
「うん?」
俺がカレーを食べながら物思いに耽っていると、暁達がニマニマとしながら俺の方へと近づいてきた。
手にはうん……げふんげふん、カレーと優勝チームに贈られるトロフィーがある。
「……どうした?」
一瞬、嫌味でも言ってやろうかと思って……止めた。
暁たちは楽しそうだったから。水を差すのも悪いと、柄にもなく思ってしまった。
俺がそんな事を思ったなんて暁達は知るよしも無く、最初と変わらない笑顔で話しかける。
「ねえ響、カレーおいしい?」
「カレー?……ああ、うまいうまい」
暁達がこっちに来た理由が分かった。感想を聞きに来たのだ。
返事を返す時に、なんて返そうか迷って適当な返事になったが、暁達はそんな事を全然気にしなかった。
「……よかったぁ。これなら今回の作戦は文句無しね!!」
「?」
暁の言っている事がよく分からない。味の感想を聞きに来たんじゃないのか?
話に付いて行けず、どう反応を返そうか悩んでいると、雷と電もニコニコと持っているカレーを見せつけた。
「実はねっ!このカレー、響の為に作ったのよ!!」
「俺?」
「なのです!この間の編成で響お姉ちゃんだけ別になっちゃったから――――」
「それでねっ?響にはいつも、なんだかんだ勉強とかを手伝ってもらってたでしょ?だから何かお礼ができたらなーって思ったのっ!!」
「……へえ」
マズイ。こんな事初めてでどうしていいか分からん!!
……と思ったが、そうなると一つ分からない事がある。
「なあ、それって物送るとかでもよかったんじゃないのか?何でまた内緒で大会に出るなんてめんどくさい事を……」
「それは……」
暁が言いづらそうに顔を伏せる。
「……それは、普段、私がお姉さんなのに、響だけ別になっちゃったのに、私達の事を心配して話しかけてくれてるのを知ってるから」
「……」
「だから響に頼らないでお料理を作って、響が居なくても私達は大丈夫なんだって所を見せたかったの……」
ああ、なんだ……そんな事か。
「ははは」
「……響?」
「はは……なんていうか、嫌われたかと思ったよ。心配して損した」
俺が手に持っている暁達が作ったカレーが入っていた皿に目を向ける。
今、負けた理由が分かった。
料理なんて物は誰かに食べてもらうもので、食べてくれる相手の事を思って作っていない料理なんて、どれだけ味が良くても勝てる訳がない。
そんな当たり前な事を俺は忘れていた。もし俺が御託を並べるよりも、相手を出し抜く事よりも、誰かに美味しく食べてもらう事を思っていればもしかしたら――――
「ああーーーー!チクショウ負けたぁ!!超くやしい!!」
俺は地べたに体を預けて叫ぶ。
服が汚れても、髪に砂がついても、周りの艦娘が白い目で見てきても気にしない。
無様に負けて、悩みが消えて、初めての贈り物を貰って……無性に体がうずいてしょうがなかった。
「ねえ響」
そんな俺に暁が話しかける。
「今度はどうしたの?」
「えっと、響達が作った肉じゃがは何処にあるの?長門秘書艦達が美味しそうに食べてたから食べてみたくって」
「ああ、それなら大井が北上さんに食べさせるって鍋ごと向こうに――――」
――――持ってった。そう言おうとして大井が向かった方向を見ると、
「待て!!大食い一航戦の青い方!!それはアンタの物じゃないのよ!?返しなさいっ!!」
「待って加賀さぁん!!私にも一口……いや、半分下さい!!」
「ダメです。これは譲れません」
鍋を持って走る加賀さんを、大井と赤城さんが追いかけている……。
「いや……なにやってんの?」
その様子を見た俺は、思わず言葉が出た。
いや、分かるよ?多分鍋の中身が肉じゃがなんだろうなって事くらいは直ぐに察するよ?
でも何で追いかけっこなんかを……。
「……ねえ暁――――」
「雷!電!私達も加賀さんを追いかけて、肉じゃがを奪取するわ!!」
「「おおーー!!」」
……暁達は、俺が何かを言う前に加賀さんを追いかけて行ってしまった。
そんな様子を眺めていると、それに釣られてか追いかけっこの参加者が増える増える。
最終的には、鎮守府のほとんどの艦娘が追いかけっこに参加する珍事に発展した。
もう、この鎮守府にはまともな艦娘は俺くらいしかいないのかもしれない。
「……カレーたべよ」
俺は現実逃避に、暁達が置いて行ったカレーを食べる。
俺の為にと作ってくれたらしいカレーは、最初に食べ比べをしていたカレーよりも美味しく感じた。