オリ主と第六駆逐艦隊   作:神域の

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終わりそうで終わらないカレー回

でも次回で最後だと思う、そう思う


6-10 策略と絆と裏切りのカレー

「審査員の皆さん。先ずはそのカレーを食べてみてください」

 

 次の審査に移る用意が終わり、これから誰かがおそらく「このカレーのアピールポイントを言ってください」的な事をまさに言わんとしているタイミングで、誰の発言よりも先に瑞鶴が口を開いた。

 

「……ああ」

「う、うむ」

「ぽい?」

 

 話すタイミングを折られた審査員達は、それぞれが瑞鶴がいきなり話した事に困惑しながらも言われた通りに黙って置かれているカレーを口に運んだ。

 突然の空気に再び会場が静まりかえる中、モグモグとカレーを食べる咀嚼音が聞こえる。

 そして審査員達がゴクリと喉を鳴らして数秒後、沈黙に耐え切れなくなった長門が静かに口を開いた。

 

「……これは」

「はい、食べてみて思った通りだと思います」

 

 瑞鶴は、長門のあやふやな問いかけに、あやふやな返答を返す。

 近くにいる観客や他の参加者からは、その会話を聞いても内容をまったく理解できない。

 ……おそらく、この会話の内容を理解している者は少ない。カレーを作った本人達とそのカレーを食べている審査員達か。

 

 だが、そんな考えも直ぐに違うと気づく。

 瑞鶴の発言を不安そうに見ている翔鶴。カレーを食べたはずの審査員達は、皆不思議そうにカレーを見ている。

 ……もしかすると会話の内容を理解しているのは、この空気を作った瑞鶴だけという事も。

 

 

 うまい、素直にそう思った。

 瑞鶴の最初の発言の切り出し……その時点では、もしかして?くらいだったが、それも次の発言を聞いて確信に変わった。

 わざとなのだ。

 話の先をへし折ったのも曖昧に返答して見せたのも全部。

 

 俺が瑞鶴に関心している間に、手持無沙汰なった審査員達は一口食べたカレーを再び口に運ぶ。

 

「……アンタ、なに満足そうにうなずいてんのよ」

 

 その様子を静かに見ていると、ふと横から大井に話しかけられた。

 様子を見るにこの空気に耐えかねたと言った様で、そんな中、普段騒がしくしている俺が静かに事の成り行きを見守っているのでちょっかいでも出してやろう……とでも思ったんだろう。

 ちらと周りを見ても、静まった空気に耐えかねてひそひそと話し出す艦娘は少なくない。未だに神妙な空気なのはその場に居る当事者だけ。

 ……いいだろう。

 順番が回って来るまで暇だし、何よりこの状況で俺一人だけ気づいているというのも何というかツマラナイ。

 そう思った俺は種明かしをする事にした。

 決して待っている時の体制は崩さない。

 それでいて隣にいる大井、そしてその逆で他の艦娘と同じ様に沈黙に耐えかねてひそひそと話している暁達に聞こえる様に……決して審査員達に聞こえないくらいの声で――――、

 

「――――うまい、と思ったんですよ」

「は?カレーが?」

「……チゲェ、カレーは食べてねえよ。そうじゃなくって瑞鶴さんのやり方、……カレーの食べさし方っていうか」

「……」

「まあ簡単に言うとですね?作戦なんですよ。最初の方に長門秘書艦に喋らせなかったのもカレーについて聞かれた事に対して曖昧に返事を返したのも全部」

「……」

「……響、それってどういうことなの?」

 

 返事を返さない大井の代わりに、俺の話が聞こえてきて気になったというようにひそひそと話しかけてきた雷。

 ちらりと暁達の方を見れば、三人はひそひそと話すのを止めて俺の方を向いていた。

 

「――――例え話をしよう。

『事前に答えを聞いた問題』と『全く意図しなかった所に突き付けられた問題』……さあ、難しいのはどっち?」

「えっと……」

 

 突然出した例え話に三人が悩んでいると、俺の言いたい事を察した大井は呆れたように喋る。

 

「……はっ、そういう事ね。……そんな事をあの甲板空母が考えてるなんてとても思えないけど」

 

 だが事実だ。

 意図しようとしなかろうとこの場は今そうなってる。

 

「ねえ響、その例えって意図しなかった問題の方が難しい……でいいわよね?」

「もちろん。前者は……仮に答えが6と知っていれば、その問題の答えは6になるし、問題の解き方とかを知っていなくても大丈夫。逆に後者は突然来る訳だから、簡単な問題でもほんの少し考えるだろう……今の雷みたいに」

「……でも、それとカレーに何の共通点が有るか―――」

「そんなの味わって食べるか食べないかさ。もし審査の時に、『このカレーは辛いのが売りです』って言ったら、たとえそのカレーが実際の所は甘くても『このカレーはこういう辛さなんだな』って審査員は思う。もし何も言わなければ審査員はこういう場だからきっと、『このカレーは普通のカレーよりも甘い。この甘さはリンゴを擦って入れているのかな?』なんて、言ったら気づかない事にも気づくかもしれない」

 

 驚いたように暁たちは瑞鶴を見る。

 どうやら気づいたらしい。あの行動は、カレーを味わってもらう為のものだと。

 

 そうさ、人間の感覚ほど曖昧な物はない。

 目隠しをされれば、「これから熱したスプーンを押し当てる」と言われて、言葉とは違う冷たいスプーンを押し当てられても思い込みによって熱いと思い、体に火傷の跡ができてしまう。

 それくらい人の感覚は思い込みに飲み込まれる。

 それこそ今日みたいに初めて出すカレーを、辛いだの甘いだの言われて食べれば、味なんてろくに分かるはずもない。

 そんな、人と同じ感覚を持った艦娘の欠点を、瑞鶴は初めのやり取りで乗り越えた。

 目上の艦娘に対しての喋らせない、答えをハッキリと返さないといった傲慢と言える対応。顔に出さない度胸。自分の持ち得るものに対しての圧倒的な自信。

 どれかが欠けてもこの空気には持っていけなかっただろう。

 今の状況はまさに五航戦瑞鶴が見せた才能の片鱗だった。

 それも普通ではない……このまま成長をすれば、こんな大会ではなく重要な海戦で場を掌握して多大な成果を上げると予感させる艦娘の片鱗。

 

 俺も暁達と同じ様に瑞鶴を見れば、瑞鶴は勝利を確信した様に横目でこちらを見てニヤリと笑っていた。

 

 だがそんな余裕も、審査員をしている夕立の一言でガラリと音をたてて崩れ去ることになる。

 

 

 

 

「……なんかこのカレー、普通っぽい」

「……へっ?」

 

 予想外だと言わんばかりにポカンとする瑞鶴。

 そして夕立の一言を皮切りに、瑞鶴に追い討ちかけるように審査員達が口を開きはじめる。

 

「うーん……なんというか、旨い、旨いんじゃが普通に旨いというか」

「ぽい。いつものカレーとそんな変わらないっぽい」

「うむ……こう、はっきり言うとガツンと来るものが無い。いたって普通のカレーだな」

 

 ふつう。

 審査員達から出るその言葉を聞く度に、瑞鶴の顔から表情が抜けていく。

 そしてギギギと後ろを振り返ると、

 

「翔鶴ねえ……?」

 

 どうしよう、と言ったように翔鶴を見つめた。

 その様子にさっきまでの余裕は一切無い。

 

 

 それを見ていた俺としては正直な所、そうなるだろうなとも思っていた。

 はっきり言うと瑞鶴の手口は勝負事ではよく使われていて、かくいう俺も大会に出ようと決めた時に、最初に思い付いた作戦がそれであり、一番効果が薄いと最初に切った作戦でもある。

 というのも今回、カレー大会と言うだけあって審査に並ぶのは……まぁカレーな訳だ。

 それが少なくとも、アニメを見ていた俺は二つ以上並ぶのを知っている。

 その事を踏まえて考えればどうなるかなんて判りきった事。

 早い話、基本的に味の濃いカレーを続けて食ってたら、舌がバカになって繊細な味の違いなんて判る訳が無いのだ。

 それこそ毎日違う種類のカレーを食べているくらいでなければ。

 だが、これも分かりきった事で、この鎮守府にそんな奴は当然いない。

 食事は基本、食べたいものを選んで食券をピ。その他といったら自分で作るか間宮さんの所で食べるか。

 こんな食生活で舌が肥える訳が無い。

 これならまだ、「そのカレーはですねー、魚介の出汁をふんだんに使ったまさに旨しなカレーなんですよー」と適当ぶっこいてた方が効果がある。人の感覚なんて事前の情報一つで簡単に左右されるのだから。

 

『はぁい!どんどん参りましょー!!次の審査はぁ……、エントリーナンバー三番!!第六駆逐隊チーム!!それではどうぞー』

 

 無慈悲にアナウンスが大会の進行を進める。

 審査から戻った瑞鶴は顔面蒼白、隣にいる翔鶴は泣きべそをかいている。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい瑞鶴……私の……私のっ……せいでぇ……!私が小細工無しの実力勝負なんて言ったからぁ」

「フフフ……普通。あんなに翔鶴ねえと頑張ったのに……、あれだけ見栄を張ったのに普通……フフフフフフ」

 

 まだ勝負は決まった訳ではない――――はずなのだが、今の五航戦を見ているととてもじゃないがそんな事は言えなかった。

 

「うわぁ」

 

 ……大井、気持ちは分かるが引くな。優しく見守ってやるんだ。

 そうしてちょっとすると、お皿にカレーを盛った暁達がぎこちない動きで審査員達の前に置き始めた。

 

 次。

 この次が俺達の料理の審査。

 そう思うと心臓がドクン大きく跳ねた様な気がした。 

 

 

 

 

「では、第六駆逐隊チーム……カレーの説明を」

「ひゃい!!」

 

 長門は審査開始のセリフを詳しく喋った。多分だが睦月の時の事故を気にしているんだと思う。にしても、ひゃいって……。

 後ろから見てもカチコチに緊張している三人を見て、ついつい大丈夫なのかと思ってしまう。

 

「……」

「……」

「……」

 

 そして三人は心配した通り黙ってしまった。

 三人はそれぞれ、お互いの顔をちらちらとうかがって、誰が先陣を切るのかを決めかねている様だった。

 

「……どうした」

 

 長門がそんな三人を急かすように喋る。

 すると暁が観念したのか、雷と電の方を向いて頷くと、ふぅと聞こえるくらい深呼吸をした。

 

「なが……えっと、審査員の皆さん。さっき私達はカレーの説明をお願いされたんだけど、その……私達のカレーには何か他と違う所というのはありません。しいて言うなら、私達のカレーは普通の甘口のカレーです」

 

 聞けば緊張が判る声色で暁が言ったことは、なんて事の無い事だった。

 

「そうか」

「まって!確かに私達のカレーは普通のカレー何だけど美味しくなるようにって一生懸命作って――」

 

 長門の簡潔な返事。それで終わるのが不味いと思ったのか、まくしたてる様に雷が補足を喋り、

 

「なのです!本の少しでも美味しくなるようにって、吹雪ちゃんが違うルウを二つ入れるとこくが出るって言ってたのを聞いて、電達もその方法を盗っ……パクったのです!!」

 

 そして電が胸を張って、俺のチームの中に敵に塩を送った裏切者の名前を挙げ、言い終わると同時にゴチと辺りに鈍い音が鳴った。

 

「痛い!暁ちゃんすっごく痛いのですっ!!」

「電!変な言葉を使っちゃダメ!!どっかの誰かみたいになっちゃうから!!後、言い直しても意味無いから!!言うなら参考にしたって言って!!」

 

 暁が電を殴った。

 その一撃は相当痛かったらしく、電は頭を押さえてその場にしゃがみこんだ。

 分かる。痛いよねアレ。俺もよーく殴られるから良く分かる。……俺も後で裏切者を処さねば。

 それにしても、暁が俺以外を叩くのは始めて見たが、暁のツッコミは端から見ると想像以上にキレッキレである。

 きっと普段の俺達もああいう風に見えてるんだろうなぁと思っていると、暁が俺の方をキッと睨むと口をパクパクと動かして――――

 

 

 

 

 か く ご し ろ 。

 

 

 

 

 ……え?えっ?え?

 

 意味が分からない。本当に。

 ただ流れは分かる。この流れは後でお説教のパターンだ。本当、どうしてこうなった?

 取り繕おうにも、暁はもう長門達の方を向いていて俺の事が視界に入っていなかった。

 完全に詰みである。誰か助けてくれ!!

 

 そんな俺の心はつい知らず、長門達はカレーを黙々と食べていた。

 

『いよいよ最後のチームの審査になりますっ!!……エントリーナンバー四番。混ぜるな危険チーム!!それでは、準備をお願いしまーす』

 

 結局、長門達は最後まで静かに暁達のカレーを食べた。精々言った事といえば、食べてる途中に「うん……うん……」と頷いていたくらいか。

 いや、そんな事より暁が戻ってくる間際に口パクで「にげるなよ」と伝えてきた方がヤバイ。

 もう、心臓がバクバク言ってる。それが緊張でなのか恐怖でなのか分からない。

 

「もしかして……これが、恋?」

「チビ、ボケッとしないで早く準備して。……ったく、使えない」

 

 ボーッとしてたら、大井が俺をゴミを見るような目で見ていた。

 なんというか、今日は観客からも敵チームからも味方からも風当たりが強いな。そう自覚すると、なんだか虚しくなってきた。

 

 ……まぁいいさ。

 そんな態度をとれるのも今のうちだけだ。俺には分かる。

 場の空気なんて物は、簡単にひっくり返すことが出来ると!

 

 火に掛けられた鍋。

 その中に持ったおたまをトプンと沈ませる。そして底から引き上げる様に、ゆっくりゆっくりと持ち上げる。

 すると、おたまの中に小さな海と島を思わせる世界が出来る。

 ……良くできてる。俺はすくい上げた中身を見て素直にそう思った。

 完璧……なんて思わないが、それでも其処に有る物が完璧に限りなく近いと解る。

 そうしてすくい上げた世界は、別の器へと移し替える。立ち上る湯煙は、まるで生まれたばかりの己の存在を主張しているかの様。

 

 そうだ。

 これは正に俺達が作り上げた新しい世界。

 さぁ、括目しろ。

 今、この場に、新しい伝説が刻まれる瞬間を!!

 

 

 コトリ、と俺が置いた皿。

 審査員達はその中を見ると、目が点になって固まった。

 気持ちは良く分かる。

 何せ目の前に置かれたのは美しい世界。

 ……だが、まだ足りないのだ。この世界には喜びが無い。

 ならばと俺は懐にしまい込んだ、唐辛子の入った袋と違う袋を取り出して、中身をパラパラと振りかける。

 それは一部が風に煽られ器に入る事が出来なかったが、それでも器の世界に入れた物は誰もが皆、その美しい世界に喜びのダンスを踊った。

 

「……なんだこれは」

 

 長門も思わず絶句する。目の前に在る顕現した奇跡に。

 

 それは透き通る醤油ベースの海。

 それは大きく、器に収まらないと言うかのように、海から現れたジャガイモやニンジンの島。

 それは、そんな最高の出来である料理に喜びを表すかのような湯気で揺らめく鰹節。

 そう。

 

 それは正しく、

       『肉じゃが』

             だった。

 

 長門は頭を抱えて唸る。

 

「……もしかしたらと思っていた。いくら響でも実は冗談なんじゃないかと本のちょっぴり思っていた。なのに……、なのに何で肉じゃがっ……!!」

 

 それはきっと誰もが思っていた疑問。

 見れば長門だけでなく、利根も苦虫を噛み潰したような顔で肉じゃがを見ている。いつも通りなのは夕立くらいだ。

 もう、肉じゃがの紹介をしても良いよね?なんて思い始めていると、利根がまるで重犯罪者の口を割らせるかのような重々しい口調である事を聞いてくる。

 

「……のう、響。お主のチームに肉じゃがを作ることに反対した者は居なかったのか?……そういえば吹雪、あのマジメーな吹雪はどうしたのじゃ?あ奴ならぜーったいに反対すると思うのじゃが」

「ああ、ブッキーの意見ですか!へし折りました、実力で。最終的にはブッキーも肉じゃがを作る事に賛成してくれてっ……、この肉じゃがは我がチームの総意です!!」

 

 その質問に、俺は答えを丁寧に返す。その途中で空を仰ぎ、涙ぐむのを忘れない。

 同情を誘うのだ。力尽きた仲間の意志をあたかも引き継ぎましたとアピールするのだ。

 少しでも印象を良くする為に。

 

 ……空の上に居る吹雪よ、見ているか?

 俺、頑張るよ。

 きっと三人で作った肉じゃがで、優勝して見せるから!

 だから吹雪も俺達の事を応援してくれよな!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんじゃとっ……!?この鬼!悪魔!!前から思っておったがお主は本当に艦娘か!?実は深海淒艦が化けているのではなかろうな!?」

 

 いいえ、男です。

 それにしても印象は最悪だったようで、皆が皆、俺の事を「マジかよコイツ……」みたいな目で見てくるのを何とかしたい。マジで。

 いったい俺は、何処で何を間違えたと言うのだろう?

 俺は確かに、吹雪ですら優勝してしまうかもと思わせた肉じゃがでの参加秘話を話し、そして道半ばに散って逝った吹雪に報いる、仲間思いの男気有るキャラクターを演じたというのに!!

 

「解せぬぅぅぅ」

 

 

 

 

 

 どうしても解らない女心。

 あれなのか、今時男気っていうのも暑苦しいのだろうか。

 きっとその辺を理解出来たら、俺はモテモテなんだろうなぁって思った。


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