無事にカレー大会にエントリーを決めた俺は、部屋に戻るついでに購買に寄ってカレーの材料を買った。
そして部屋に居た大井と吹雪、試食係を買って出た北上さんを連れて、俺達一向はカレー大会に出すカレーを作る練習をするために食堂にある台所の一角を借りてカレーを作る事にした。
「ということで、早速カレーを作っていきたいと思います」
「痛い痛い痛い!なんで響ちゃんはおたまで私の頭をポカポカ叩くの!?」
吹雪が言った様に、俺は吹雪の頭を軽くではあるがおたまで何度も叩いていた。
もちろんこれには理由がある。というのも、俺はついさっき吹雪のせいで酷い目に合ったのだ。
「そんなの決まってるだろうが……何が3時だ適当言いやがって…俺が頼みに行った時はもうすでにながもん達が来週のカレー大会の打ち合わせしてたわ!変な顔で見られるから、受付って3時までですよね?って言ったらフツーに『午前中までなんだが』、って言われたわ!恥かいたよチクショウ!!」
「それならどちらにしろ間に合わなかったんだから私のせいじゃないよぅ」
「馬鹿野郎、遅れてるって知ってたら俺はもっと謙虚に頼み込んでたわ!」
その事について俺は文句を言ったら、予想外に吹雪は自分のせいじゃないと反論してきた。
まさか吹雪が言い返してくると思っていなかった俺は、一瞬おたまを持っていた手を止め、少し威力を増加させたおたまの一撃を反省していない吹雪にお見舞いしてやった。
吹雪の頭におたまが当たると、カツーンと良い音が響く。
「痛い!」
俺は、痛みで頭を押さえて涙目でこちらを見ながら「う~」と唸っている吹雪を見て気分が晴れた。
やっぱりブッキーはこうでなくちゃいけない。
そんな事をしていると、そのやりとりを退屈そうに見ていた大井は気だるそうに言った。
「白髪チビが恥かいたのはどうでもいいからカレー作るなら早くしてくれない?」
「……おい、どうでもいいってどういう意味だゴルァ」
「そんなのも判らないの?それはもちろん、チビの存在自体が恥そのものなんだから恥かいたところで今更過ぎるって事よ!」
「…わかった。表に出ろよ、カレー作る前にボロ雑巾を作ってやる」
「…そういえばさっきチビに喧嘩を売られたのを思い出したわ。ボロ雑巾を作るなら協力してあげる…目の前にちょうど白いのが居るし、汚しがいがあるわ」
沈黙が少し訪れた後、大井はガタリと席を鳴らして立ち上がる。
俺はそれに合わせる様にダンッと調理台を叩いて立ち上がった。
「わ、わーあ。そういえばどんなカレーを作るのかなー。響ちゃん、袋の中から材料出しちゃうねー…?」
すると吹雪が急に俺が持ってきた袋を漁りだした。その時の言葉は棒読み。
どう見たって俺達の注意を逸らそうと必死になっているのが分かる。
……しょうがない…今はカレーを作るために厨房を借りたんだ。大井を制裁するのは俺の寛大な精神によって後にしてあげよう!
「…っけ、手が汚れるからボロ雑巾を作るのは後にしてやる」
「そうね。汚れが着いたら落とすのに苦労しそうだから今は勘弁してあげる」
だが俺の優しさで大井が調子に乗らないように釘は刺しておく。
すると大井は吸って吐く様に言い返してきやがった。
コイツ……!なんて生意気な……!!
「…えーと…ざ、材料は何かなー!?ジャガイモに人参、玉ねぎ、お肉と…あれ?」
俺と大井がにらみ合っていると、吹雪はまたしても焦った様に袋の中に手を突っ込み、周りの注目を集めんとばかりに袋の中身をぶち撒くように取り出して、ふと首をかしげて動きが止まる。
「どうしたブッキー」
「響ちゃん…違うカレールーが2つもあるよ。どっちも辛口」
「ああ、それはだな――」
「どうせチビの事なんだからルーを買ったのを忘れて、違うのを買ったんでしょ?自分で買ったのも忘れるなんてチビのくせに老化が進んでるのかしらぁ、その白髪みたいに」
「……ふふ」
この時、俺のテンションは最高にハイってやつになった。
大井の言い方こそ気に食わない言い方だったが、俺には大井が「私は何も知らないので、響さんよろしければ教えてくださいませんか…?」と言っている様に聞こえた。
俺がここにきて圧倒的に上に立った瞬間だった。
「ふはは…あーっはっはっはっはっ!!そんな事も分かんないのか!?なら、俺がババアなら大井ちゃんは無知なガキンチョだなぁ!?市販のカレールーってのは他社製品のルーと合わせるとカレーの味が良くなるんだよ!俺が意味も無くルーを2つも買う訳ないだろバーカ!!」
だから言ってやるのだ!
出来るだけ嫌みったらしく、イラつくように偉そうに!俺は部屋で大井に面と向かってハブられた事実を言われた事を物凄く気にしているんだ!!
その気持ちをほんの少しでもお返しできればいいなと、さっきからずーっと思っていたんだざまーみろ!!
言いたい事言って気分の良くなった俺は、したり顔で大井に目を向け、ふふんと笑ってやった。
すると大井の表情は苦虫を噛み潰したような表情に変わっていく。
今の大井を見ていると気分がいい!!
たいして物も知らないくせに、でかい口叩くからこうなるんだバーカ!!
ちなみに、違う種類のカレールーを混ぜるとコクが出るとか聞いたりするが、俺はそれをやってみて「あ、カレー凄く旨なってる…」なんて感じた事は一度もない。一度たりとも無い。
それでもルーを2つも勝ってきた理由は…唯の験担ぎだ。
折角カレー大会に出る事になったんだ。どうせなら、少しでも手間や工夫を凝らしたカレーを作ろうと思うのは当たり前だと思う。
気が済むまでほくそ笑んだ俺は、手近にあったジャガイモを手に取り、包丁で素早く皮を剥いていく。
そして一口位の大きさに切ったジャガイモをカラの鍋に取りあえず入れておく。
「ブッキーも大井も棒立ってないでそろそろカレー作ろうぜ」
俺がそう言うと、大井はハッとして包丁とジャガイモを掻っ攫って皮を剥き始めた。
大井の手付きは皮剥きに慣れていない様で一回一回の動作がゆっくりでぎこちない。そして時より「なんで白髪チビが…」とブツブツ言ってるのが聞こえる。
そんなに俺がジャガイモを剥けるのが不思議か。
「手、切るなよ」
「うっさい!!」
大井の手付きが怪しいので親切心で注意すると、間髪入れずに返事が返ってきた。
ただ大井は皮を剥き始めてからジャガイモから一度も目を逸らしていない。というよりジャガイモにメンチを切っている。
そしてその様子を頬杖をついて何も言わずに微笑ましそうに見ている北上さん。
なんかあっちは放って置いても良さげな感じだった。
それに比べて吹雪はというと、こちらも両手を伸ばしてジャガイモと包丁を取ろうとしているのだけど、手を伸ばしたままで包丁を握らずに動かない。
「……なにやってんのブッキー」
「りょ…料理した事ないでござるぅぅ…」
「ブッキー口調がおかしいでござる。それと俺、絆創膏を買ってきたから、もし手を切ったとしても平気だよ」
「……平気じゃないよぅ」
「ですよねー。それじゃあ料理するにあたって、まずは包丁を握るところから始めようね」
「う、うん」
言われた通りに包丁を握る吹雪。
包丁を取った方の吹雪の手はガクブルと震えて、持っている包丁が2つにも3つにも見える。
「ブッキー…今は残像剣とかして遊ばなくていいから。刃物で遊ぶと危ないから。…取りあえずさっき俺がやったみたいに皮剥こうぜ」
「わかってる…わかってるんだけどぉ……」
そうは言っても、さっきから全く動く気配の無い吹雪に、俺はため息を吐いた後にもう一度ジャガイモを手に取った。
「いいか…見てろよブッキー。まず包丁は刃の付け根を手に持って横に構える。
そしたら、もう片手でジャガイモをの側面を包丁の刃に当てて…包丁を動かすんじゃなくて、ジャガイモの方を少しずつ削る様に動かして皮を剥いていくんだ。
そんで、皮を剥いたら最後にジャガイモの芽を包丁の手元にある角っこでほじる様に取ったらお終い。…ね、簡単でしょう?」
「わぁー…」
「ほれブッキー、見てないでやってみれ」
「…うん」
沈んだ声で返事をした吹雪は、恐る恐る左手に持っているジャガイモに包丁を近づける。
包丁が近づくにつれて包丁を持っている吹雪の手の震えが大きくなる。
俺はその様子に一抹の不安を覚え、吹雪の顔を覗いた。
すると、吹雪の目はなんかもうグルグルと渦を巻いた様に回っていて、更に吹雪は小さく何かを呟いていた。
そしてその独り言は次第に大きく、聞こえるくらいになっていく。
「――の側面に刃を当てて削る…ジャガイモの側面に刃を当てて削る…ジャガイモの――」
「吹雪!?」
吹雪が壊れた。
俺がそう思った瞬間、吹雪は何を思ったのか「わあああ!!」と声を上げて、持っているジャガイモの間芯に包丁の刃をザックリと食い込ませた。
あまりにも突然の事に、俺は驚いてビクリと体が飛び上がる。
「側面に当てたらジャガイモを動かす…側面に当てたらジャガイモを動かす…」
「そこは側面じゃないんですけど!?」
更に吹雪は包丁の刃が半分ほども食い込んでいる状態のジャガイモを、強引に、ねじ切るように動かしていく。
ジャガイモは吹雪の動作に耐え切れないようでミシミシと悲鳴を上げた。
「フブキサン…?ジャガイモにそんな調理法はナイヨ?」
「側面に当てたらジャガイモを動かす…側面に当てたらジャガイモを動かす…」
俺が言っても吹雪は聞く耳を持たず、必死にジャガイモを破壊せしめようと躍起になっている。
ジャガイモからミシミシという音だけではなく、バキバキという音も聞こえてきた。
「もうやめて!吹雪!とっくにジャガイモのライフはゼロよ!」
俺が吹雪を必死に止めていると、ジャガイモの音が少しずつ大きくなっていった。
そして調理場にバキョリと音がひとつ鳴った。
その時、俺の目に飛び込んできた光景は――――歪に割れたジャガイモが吹雪の手の内から飛び出して宙に舞う光景。
宙に舞ったジャガイモは、当たり前の様に重力に従い、下に落ちて――――ゴロリと床に打ち付けられた。
……どうしてこうなったし。
俺はその悲惨な光景を目の当たりにし、手で目頭を押さえた。
「吹雪ェ…」
「………あ、あ…れ?」
「もう…ジャガイモはいいから他のやろう……玉ねぎならジャガイモより楽だから」
「…うん」
「玉ねぎはてっぺんから半分に切って、根っことてっぺんを切り取って、あとは適当な大きさに切るだけでいいから…できるよね?ブッキー」
「あはは…」
「出来るって言ってくれブッキぃぃ」
「出来る…かなぁ…」
俺の懇願に吹雪は曖昧な返事を返してきた。
そりゃそうだ。俺はさっきの光景を見ていたんだ…出来る!なんて自信満々に言ったら即座に吹雪の頭におたまラッシュをしていた事だろう。
とはいえこのままじゃ何もできない訳で。
「…あー、ブッキー。ちょいと失礼」
なので俺は吹雪の後ろに回り込み、吹雪の両手に手を添えた。
「えっ…えっ!?響ちゃん!?何してるの!?」
「うるせー。このままじゃブッキー何もできないだろうが。だから俺がブッキーの手を動かすからブッキーはその時の感覚を覚えろ。…まぁ、一回やっちまえば自信が付くだろ」
「……ぁぅ」
何も言わないので早速吹雪の手を動かして玉ねぎと包丁を手に取らせる。
最初、は吹雪の手を包丁や玉ねぎの近くまで動かしても吹雪は物を取らなかったが、「取って」と言うと吹雪は大人しく包丁と玉ねぎを手に取った。
……これはあれだな…前にテレビで見た、介護用に開発されたアシストロボットかカーナビになった気分。
もし仮に全自動アシスト響ちゃんがあったら……間違いない、売れる。
そんな馬鹿な事を考えていると、吹雪が両手に持っている物を力のあらん限りに握りしめているのに気が付いた。
「テニチカラガハイリスギテイマス。チカラヲユルメテクダサイ」
「……」
「あれ…無視?ツッコミは?…ブッキー?おーい」
吹雪はボケても呼んでも返事をしない。
なので俺は後ろから吹雪の顔を覗いた。
吹雪の顔は真っ赤に染まっていた。…こういう時は確か、耳に息をフーって吹きかけるんだっけか?
やったら吹雪はさぞ良いリアクションを見せてくれるんだろうなぁ。
…だが、残念な事に俺は人の耳に息を吹きかけて喜ぶ趣味は無かった。
ましてや吹雪は刃物を持っている。
そんな事やったら吹雪は錯乱して刃物を振り回すだろう…そしたら俺がヤバイ。そう俺の直感が言っている。
流石に意味も無く身を危険にさらす真似はしたくなかったので、俺は吹雪をからかう程度で満足することに決めた。
「おやぁ?フブキサンもしかして照れてらっしゃる?ヴァタークシに手を握られて…照れてらっしゃる?」
「ウェエイ!?てっ、照れてないッスよ!?」
「そんな、キレてないッスよ…みたいな言い方せんでもいいのに。あぁそうだ吹雪、俺がいくら料理ができて気づかいもできるナイスガイだからといって…惚れてくれるなよ?」
「惚れないよ?」
あまりにも最初にからかった時の反応が面白かったので、間髪入れずにボケを含めてからかってみました。
そしたら即刻マジトーンで返事を返された件について。
「惚れないよ」
更には同じ事を二度言われる始末。
さっきまでの楽しかったと思えていた気持ちはいつの間に消え失せて、心に極寒の真冬が訪れる。
「……」
「…あれ?響ちゃん?なんか急に喋らなくなったけどどうし――」
「なぁ吹雪…無駄口叩く暇があったら、まず先にカレーを作らないといけねぇよなあ?」
「――えっ……最初に話しかけてきたのは響ちゃんじゃぁ…」
「うるせえこのタコス!!……いいか吹雪?先に言っておくが、俺は吹雪が指を切ったとしても泣きわめいたりしても料理を続行するからな。覚悟しろよ?」
「…なんで響ちゃん怒ってるの……?」
「返事はYesかハイだろうがァ!!」
「ぴいっ!?」
もう俺は吹雪が返事をしなかったことについてはどうでもよかった。
今はただ、吹雪の手を俺が動かして玉ねぎをひたすら切らせるだけでいい…そう、吹雪なんて永遠に
それから俺は、買ってきた玉ねぎが尽きるまでひたすらに吹雪の手を自分の物のように動かした。
それは吹雪が「響ちゃん!もっとゆっくり動かしてぇ!怖いよお!!」と泣き言を言っても素知らぬ顔で吹雪の手を動かした。
それは吹雪が「響ちゃん!目が、目が痛いよう!」と訴えても「俺は痛くないよ」とその訴えを一掃して吹雪の手を動かした。
終いには吹雪が「響ちゃんは私の後ろに居るから目が痛くならないんだよう!!」と泣きながら叫んだので「そうだよ。痛くならない様に吹雪の後ろに居るんだよ」と今更ながらに教えてあげた。
すると吹雪はそれっきり、グスグス言いながらも俺の動かすままに大人しくO・S・Mになった。
それから20分くらいだろうか?
玉ねぎを切り終えた事を確認した俺は、吹雪の手をそっと離してあげた。
すると吹雪はグスグス言いながら俺の方に振り返る。
「うわぁ……」
吹雪の顔はヤバかった。
涙と鼻水で顔がべちゃべちゃになっていたのだ。
……これは女の子が決してしていい顔ではない。
俺は真っ赤な目をしてこちらを見てくる吹雪を出来るだけ見ない様にしつつ、どうしてこうなってしまったかを考えた。
……そうだよね。答えなんて解りきってるよね。
俺が吹雪の手を握りっぱなしだったから、吹雪は涙も鼻水も拭けなかったんだ……!!すまねえ…すまねえ…!
悪いと思っていながらも、吹雪のグッチャグッチャの顔を見ていると謝りたくても言葉が出てこない。
心に渦巻く罪悪感と今の吹雪の顔の醜さから、しばらく吹雪から顔を背けていたが、時間が経つにつれ罪悪感が次第に大きくなっていき、俺はとうとう観念した。
「…吹雪、やり過ぎた…マジゴメン」
「……びびぃきじゃんの…ばがぁ…」
「本当にゴメン」
「…ほんどぉにっ…いだがっだんだがらっ……!」
「すまねえ吹雪ぃ…」
「グス…グス…ずびっ」
「ぁぁ、鼻をすするんじゃない……ほら、鼻かもう?な?」
俺はポケットからティッシュを取り出して、吹雪の鼻にティッシュをそっとあてた。
そして「ほれ…鼻かめ」と言うと、吹雪は遠慮がちに鼻をかんだ。
「…後は顔を洗ってきな?こすると酷くなるから水で流すように洗うんだぞ…?」
「…グス……ん」
俺が顔を洗う様に促すと、吹雪は素直に顔を洗い出した。
それにしても今の吹雪を見ていると、やり過ぎたな…と思う所がある。
そんな気まずさから、吹雪から目線を外してジャガイモを剥き終わったであろう大井の様子を確認する。
大井は未だにジャガイモ相手にメンチを切っていた。切るのはメンチじゃなくて皮なのに。
そして、その傍で大井を見ていたはずの北上さんとふと目が合った。
「……さっきの見てました?」
「うん、バッチリ。響、分かってると思うけど泣かしちゃダメだよー?」
「……はい」
誰かに言われると、改めて罪悪感が凄い事になってくる。
今度誰かに玉ねぎを切らせる時は、加減をしようと誓った瞬間だった。
それから大井がジャガイモを剥き終り、吹雪の玉ねぎによる症状が治まる間に、俺は残りの具材をざっと切り終えた。
そして目の前にはグラグラと音を立てる鍋がある。
いよいよ鍋に具材をぶち込んで、カレーを煮込む作業に入る事が出来る訳だ……だというのに俺の周りで音を立てているのは鍋だけで、俺達はそれぞれが適度な距離を取って無言で立っていた。
大井はこれ以上ボロを出さないために、吹雪は泣き止んだばかりなので話す気分じゃないのだろう。
そんな状況に、俺は内心で頭を抱えて思った。どうしてこうなったし、と。
俺の予想では今頃、なんやかんや有りながら皆でワイワイ言いながら楽しく料理をしていたはずだったんだ!!
それがなんだ……誰も言葉を発しねえ!!空気が重い!!ホントどうしてこうなったって……理由は分かってるんだよなぁ。
全部俺が悪い。
大井には知らないからと言って馬鹿にした。そんな事すれば喋りたくも無くなる。
吹雪は泣かしてしまった。泣き顔を見られたら気まずくもなるだろう。
それを分かっているから俺が原因の今の現状が耐えられない。と同時に、鍋の水の温度が上がっていくのに反比例して自分のやる気が失せていくのが分かる。
もともと俺が大会に出ようと思った理由も大したものじゃない。
大井と吹雪も俺が無理やり誘ったようなものだ……ここらが潮時かな……。
「ねえ響、どうして鍋を2つも出してるの?」
そんな事を思っていると、横から声が掛かったので振り向く。
どうやら聞いてきたのは北上さんだった様だ。
俺は鍋の事について、もったいぶって教えようと思って…止めた。そんな気分じゃない。
「片方は湯煎に使うんですよ」
「湯煎?」
「…響ちゃん、湯煎ってチョコレートを溶かすときにやるやつだよね…?」
俺が簡潔に北上さんの問いに答えると北上さんは首を傾げ、代わりに吹雪がおずおずと言葉を繋げて聞いてくる。
「それ。カレー粉ってぶっちゃけ小麦粉の塊なんだよね。だからカレーは火にかけている時は焦げない様にかき混ぜないといけないんだけど、大会で使う大鍋を使うとなると、ちゃんと混ぜるってのがプロでも難しくて十中八九下が焦げる。するとさ?当たり前の様に味と匂いは落ちる。それをさせない為に湯煎をやるんだよ……まぁ、湯煎はカレー粉を入れてからでいいんだけどさ」
「……!」
吹雪の目が大きく見開かれる。凄い事を知ったと言いたげに。
「…ねぇ、大井っちはカレーに湯煎するの知ってた?」
「……お…オホホホ、北上さんは知ってました?」
「全然!というより、今までのカレー大会でも湯煎を使ってる艦娘を見た事がないから…もしかするとこの事を知ってる艦娘って鎮守府に居ないんじゃないかな……?」
北上さんと大井は二人で何か盛り上がっている。
なんというか、唐突に誘ったというのに皆はよく俺に付き合ってくれていると思う。
だからこそ言わなければならない。
「なぁ吹雪、それに大井と北上さんも。突然誘った俺が言うのも何なんだけど……嫌になったら何時でも辞めてくれて構わないぜ?……嫌な思いをしてまで俺に付き合ってもらう義理なんて無いしな」
はっきり言って、俺はもう辞めたかった。カレーなんてどうでもよくなった。
だが辞められない事情もある。
意気揚々と長門の所に乗り込んだ手前、その数時間後にやっぱ辞めますは言いづらいものがある。
まあ、さいわいカレーは適当に作ればそんなに手間の掛からない料理でもある。
一人で大会に出て、適当にカレー作って、適当に終わればいいやと、そう思った。
だというのに二人から帰ってきた返事は俺が思っていたものと違った。
「……は?誰がチビに付き合ってカレーを作ってるですって……?冗談じゃないわ!!確かにチビと大会に出るのはしゃくだけど、私はチビに付き合ってカレーを作ってるんじゃないわ!私が大会に出たいから……今ここでカレーを作ってるんじゃない!!思い上がらないでくれる?」
「そうだよ響ちゃん……確かに急に大会に出ようって言われた時はびっくりしたけど、私は嫌じゃないよ……?皆でカレー作るの楽しいし。だから辞めてもいいなんて…そんな事言わないで…?」
驚いた……まさかそんな事を思っていたなんて。
じゃあ何か?結局、腐っていたのは俺一人で大井と吹雪は普通にやる気だったと。
そこに俺が水を差し込んだのか……ダサいなんてもんじゃない。最悪だ。
だって俺がしたことは二人の気持ちを踏みにじる事をしたも当然だったんだから。
「…変な事言った。材料も切れてて後は煮込むだけなのに辞める理由も無いよな。なら早く作ろうぜ」
「だから白髪チビが仕切るなって言ってるでしょう!?」
「うるせえ!ジャガイモの皮を切らずにメンチ切ってる奴がしゃしゃり出るんじゃねえ!!」
「大井さんも響ちゃんも喧嘩を止めてカレー作ろうよぅ…」
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あの後、出来たカレーを皆で食べて意見を言い合ったんだっけ。
で、トッピングは何が良いって話になって、俺がテンションに身を任せて自分のカレーにオリーブの妖精の如く、カレーがオリーブオイルでひったひたになるまで掛けたんだよな。
あれはヤバかった。
3口で胃もたれを起こし、カレーが半分になる頃には吐き気が襲い掛かり、完食した夜はうなされて寝付けなかった。
誰だ、オリーブオイルは体に良いって言った奴…見つけたらぶん殴ってやる……!
そんな事を考えていると横から吹雪が声を掛けてきた。
「あのさ…響ちゃん、固まってどうしたの…?もう大会始まってるよ……?」
「ん?…ホントだ、いつの間に……って固まってるのはやる夫だお?…何、まだ緊張してるのかお?おっ?」
「もうその事は忘れてよ!」
「嫌だ」
吹雪をからかいながら大会に参加している艦娘を見ていると、隣で暁達と足柄さんが何か喋っていた。
…あ、見て解る。足柄さんが腰に手を当て、おっほっほと笑っている…と思ったらこっちに近づいて来やがった!?
俺は悟った。
調理されると。足柄さんは今、カレーの材料を探している。
生きの良い、新鮮な肉を探してさまよっていると。
今宵も飢えた狼は血に飢えている。