『マイク音量大丈夫?チェック…1…2…っはーい!皆さんお待ちかね~!!鎮守府カレー大会開幕っ!!…司会、実況は私、金剛型4番艦霧島!現場実況は~?』
『はいは~い!艦隊のアイドルぅ那珂ちゃんっで~す!』
梅雨入りして後少しで夏が来る、そんな今日この頃…我が鎮守府では毎年行われているカレー対決をやる事になった。
会場の中心…グラウンドには選手が、そしてトラックの外側にはこの大会を見ようとギャラリーが沢山いた。
ちなみにこの大会は他の鎮守府と比べても大々的に行われるらしく、他の鎮守府からこの大会を見に来る艦娘が結構いる。
……補足としては俺を含めた第六駆逐隊は、カレー大会自体が初めてなのだが、俺は結構この大会を知っている。
アニメ第6話、吹雪が主人公であるはずなのに第六駆逐隊にスポットが当たってアニメ一本を丸々使った…早い話、第六駆逐隊の為の話だったりする。
この話は某掲示板でも『6話は良かった』と彼方此方で言われ、その後のピザとのコラボにも『主人公!』『六駆!』『六駆!』と、たった1話で主人公を食った、…ある意味伝説的な回なのである。
俺はもちろんの事この回は好きで、憑依したばかりの当時はこの大会が来る事を楽しみにしていた。……その後、日頃の行いがバカスカと帰ってきて苦労しまくったせいで、エントリー締め切り直前までカレーの事なんてさっぱり忘れていたんだけど……。
『――はーい!声援ありがとー!それじゃあ最後の参加チームを紹介するねっ!』
そんな事を思い出して悦に浸っていると、中ちゃんがとうとう最後の――俺達のチームの紹介をする様だった。
那珂ちゃんはこちらに顔を一度見てから観客に視線を戻し、神妙な口調で話し始めた。
『…ごくん。…実は那珂ちゃん、この大会が始まってからずっとこのチームが気になっていました』
那珂ちゃんが話し始めると、さっきまで各チームに声援を送っていた観客も那珂ちゃんの雰囲気に飲まれて押し黙り、大会に緊張感が生まれ始める。
そして誰もが喋るのを止めた頃、最初にこの雰囲気を作り出した那珂ちゃんが再び観客にマイク越しで話し始めた。
『…いったい誰がこのチームの参加を予想したでしょう』
その緊張感は、観客席からつばを飲み込む音が聞こえてくるのではと思えるくらい物静かで淡々としていた。
『…私は今、この奇跡の光景を目の当たりにして、この出来事は本当に起こっている事なのか分かりません。それは――――このチームの事を知っている艦娘の皆さんなら分かってくれる事でしょう……』
そこで審査員、参加者、観客が一斉に俺達に目線を向けた。
俺は過去に、こんなにも目線を向けられた事はあったかどうか思い出した。
…無い。俺の人生にここまで注目された事は一度たりともなかった。
そしてこれからもそんな事は無いと思っていたんだが…人生、本当に何が起こるか解らない。
極度の緊張感が全身を襲い、喉が渇き体が震える。だが、普通に考えれば嫌な症状なのに嫌だと感じないのはどうなんだろうな?
きっと、これが武者震いってやつなのだろう。
今日は俺の実力で勝ちを取りに来た。誰にも真似されないような、俺のやり方で勝利を掴みに来た。
スピーカーから那珂ちゃんが息を吸う音が聞こえる……その後更に間を開けてから、那珂ちゃんはさっきとは真逆の、興奮した口調で元気よく最後の紹介に入った!
『もう一度言いますっ!誰がこのチームの参加を予想できたでしょう!?
艦隊が再編成された際には、ある艦隊の心配をした艦娘は少なくないと思います!
この鎮守府にある暗黙のルールを、まさか本人達が破りに来るなんて誰も予想が付かなかったはずっ!!
この鎮守府始まって以来の仲の悪さで、混ぜるな危険とまで言われた艦娘達がまさかの手を取り合っての参戦です!!
紹介しますっ!!響ちゃん!大井さん!そしておまけで吹雪ちゃんの……混ぜるな危険チーム!!』
那珂ちゃんが俺達のチームを紹介し終わったと同時に、グラウンドが観客の大きな声援に包まれる。
俺はその声援に対し、拳を上に突き上げて返事を返した。
正直、エントリーしたのが締め切り直前、開始1週間前で料理なんて数回しかしていなかったが、その限られた中で出来る限りの事をしてきた。
はっきり言おう。俺は優勝する自信が無ければこんな所に立っていない。
暁達…いや、大会の参加者には悪いが…今回の優勝は諦めてもらうとしようか。
「白髪チビ」
横から声が掛かる。
それに俺は振り向くことなく淡々と返事を返した。
「なんです?」
「分かってるわね?足引っ張ったら61cm酸素魚雷を穴という穴にぶち込むから」
「はっ、俺より料理が出来ねえ奴の言うようなセリフじゃねえな。でもまあ、安心しろよ…俺はやる気だぜ」
「ふん」
大井は相変わらず事あるごとに突っかかってくる。
と言っても、そんな事は今に始まった事でもない。問題はこの場に立ってから一度も喋らないでいる吹雪だ。
俺は吹雪の顔を横目で覗き、その様子を確認した。
その顔は目を見開き口角を不自然に吊り上げたまま微動だにしない。まるで出来の悪いマネキンを見ている様だ。
「ブッキー大丈夫か?なんか凄い顔してるけど」
「きっ緊張して気分が悪くなってきたお…」
「…ブッキー……今からニックネーム、やる夫に変更な」
「違うのっ!今のは緊張して口がうまく動かなかったの!!ていうかやる夫って誰!?」
さっきとは一変して騒ぎ始めた吹雪を無視して、俺は会場を見回した。
前では那珂ちゃんの大会前のマイクパフォーマンスも終盤で、開始の合図もすぐに行われる事だろう。
その開始の合図までの間に、俺はどうしてこの大会に参加することにしたのか、そしてその為に過ごした一週間を思い出していた。
そう、あれは丁度一週間前の部屋での事……。
――――――
「響ちゃん!…私、護衛艦になりたいのっ!」
「…うん、なればいいと思うよ」
その日は出撃が無い日で、暁達と予定が合わなかった俺は久しぶりの休みという事もあり部屋でゴロゴロとしていた。
すると、同じく睦月や夕立と予定が合わなかった吹雪が突然部屋にやってきて、いきなりそんな事を言った。
正直ね、勘弁してほしかった。
というのもこの第五遊撃部隊、最初の出撃以降、誰も被弾せずに多くの海戦を勝っており艦隊のメンバーが歴戦の強者というのもあって出撃の数が半端じゃなく、多い日は一日3回の出撃…なんて事もあったりした。
「そうじゃなくって…私は赤城先輩の護衛艦になりたいのっ!」
「頑張ってね。応援しているよ」
「響ちゃん、ふざけてないでちゃんと聞いて!」
その貴重な休みがブッキーによってご覧の有り様だ。
俺は目の前で騒いでいる吹雪に渋々顔を向けて、ため息を吐いた後に言った。
「あのねブッキー。俺にそんな事言われても困るのよ。護衛艦を決めるのは俺じゃなくて赤城さんか提督だから。俺自身は護衛艦降りる無いし…分かったら赤城さんの所でも行ってきな」
「そうじゃなくってぇ!!だからね?…あの…その」
「男ならハキハキ喋らんかい!!」
「女だよっ!!だからね、私が言いたいのは……響ちゃんにも負けないよって事なの!!」
気付いたら宣戦布告をされていた俺。
この場合、なんて返事をすればいいか悩むところだが、取りあえず思い付いたのは3つだ。
1つ目、「キィィ!生意気な小娘っ!」と言ってビンタ。
2つ目、王道で「なんて言ったかよく聞こえなかった」と鈍感系主人公を演じる。
3つ目、心優しく、そして熱く「出来る出来るッ!!絶対出来るッ!!」と応援する。
…まあ、この中からなら2か3が無難かな。ビンタは無いわ。
「じゃあ3で」
「何が!?」
「あぁ、俺疲れてるからぬるめでオナシャス。後ブッキーはテイクアウトで。帰ったらゆっくりしたいんで」
「響ちゃん、意味が分からない!意味が分からないよっ!」
「察して」
「何を…?」
「俺、ブッキー弄るの疲れたんだ……」
「私が響ちゃんに弄られる方が疲れるよぅ……」
「…うっさいわね。ガキならガキらしく外で遊んでればいいものを」
俺と吹雪が互いに意気消沈すると、部屋の片隅から嫌みったらしい声が聞こえてくる。
そうだ、大井だ。
吹雪は文句を言ってくる大井に対して、「ごめんなさい」と頭を下げるが俺はそんな気にはなれない。
「お前と喋ってねえんだよ。分かったらお前がガキらしく外で遊んでくるんだな」
「…なんですって?このドチビがっ」
「まぁまぁ大井っち、抑えて抑えて」
「…北上さんが言うのなら。……北上さんに感謝しなさいよ」
これから言い合いになる、そんな所で偶々遊びに来ていた北上さんが大井をなだめる事で、大井は表情を一変して矛を収めた。
…俺はこれが嫌いなのだ。
俺は相手によって表情をコロッと変えるクソッタレが昔っから大嫌いなのだッ!!
だけどせっかくの休日を俺は大井と言い合いをして疲れたくない!
そう感じていても俺の中に沸いた怒りが中々収まってくれなくて、俺は畳の上をのたうち回った。
「うっぜ!超うっぜ!!大井超うぜええええ!!」
せめてものと思い、俺はどれだけ今の大井がうざいかを全身を使って表現してみた。
途端に聞こえる舌打ち。
ふとそちらに目を向けると、大井がゴミ屑を見る様な目で俺を見ていた。
「目障りだからどっか他所でやってくれるかしら」
「他人の行動にいちいちケチをつけるのなら、他の所に行った方が安上がりだと思いますよ?」
「「……………」」
…やっぱ駄目だ。コイツには言葉だけじゃ足りねえ。
どちらが上かを改めて懇切丁寧に教えてあげる必要がある。
「なぁ大井さん、表にでろよ。演習場に行こうぜ?またボコボコにしてやる」
「ええ!?ちょっと待ってよ響ちゃん!その言い方は」
「クソガキ……いいわ。言っとくけど、まぐれは何回も起こらない…今日こそ、その生意気な面に魚雷を叩き付けてあげる」
「大井っち、落ち着こう?折角の休みなんだしさ?」
「あぁ、止めないでっ北上さん!私はこのクソガキを先輩として正してあげないといけないんですぅ!」
「お前に正されるくらいなら、俺は自害を選ぶわ」
暫しの硬直、そして言葉を交わす事無く俺と大井は部屋を出る為に互いに扉を目指す。
だが面倒事がひとつ。扉は一つでドアノブも一つな訳で。
「退け無乳!目障りだから私の前を歩かないでくれる!?」
俺よりも先に行こうと俺の右肩を爪を突き立てる様に掴む大井。
「なめんな!」
肩を強く掴まれた俺は、とっさに左手を伸ばし、倒れ込む様にしてドアノブを手中に収めた。
それでも大井は往生際が悪く、ドアノブを掴んでいる俺の手を引き離そうと、今度は腕を掴んで引っ張り出した。
「あああもう!この手が邪魔で出られないんですけど!!」
「だったら掴んでいるその手を除けろガチレズ!俺が先だったんだよタコ!!」
「アンタがさっさと出ないから退かそうとしてるんじゃない!分かったらその乳と同じ様に引っ込め!!」
「うるせえ!テメエはその乳と一緒で出しゃばり過ぎなんだよ!根元から引きちぎってやろうかぁ!?」
言葉に次ぐ攻防。
だが、そんな物はこのクソッタレには意味が無い事を俺は重々承知していた。
…あまり使いたくなかったが、こうなってしまってはもう実力行使しかない。
俺はドアノブを掴んでいる手とは反対の――自由な右手を手刀の形で上に掲げ、俺の腕を掴んでいる大井の腕にそれなりの速度で何度も、何度も振り下ろした。
「しつこいんだよっ!離せタコスッ」
そう……伝家の宝刀『チョップ』である。
必要以上に執拗に同じ場所に振り下ろされる俺のチョップは大井の顔を歪ませるには十分な威力を誇っていた。
だが大井もこの程度でやられている玉じゃない。
そもそも、この程度で音を上げる奴なら一年近くも喧嘩仲にはならない。
俺は苦痛に顔を歪ませる大井を後目にチョップを放つ間隔を速めていった。そんな時、ふと気づくとドアノブを掴んでいる左手が痛くなってきている事に気が付いた。
その痛みは最初は地味な物で、俺はその痛みを気のせいだと放って置いたのだが、その痛みはどんどんと強くなっていた。
その時に流石におかしいと感じた俺は、大井の顔を見て原因はコイツだと確信した。
大井は俺のチョップに顔を歪ませながらも何処か笑みを浮かべていたのだ。
そして痛む右腕に目を向けると俺は衝撃の光景を目の当たりにした。
コイツ…大人しくしてると思ったら、掴んでいる手とは逆の手で俺の腕を陰湿的につねっていやがるっ!?
俺はその事を理解すると、チョップの威力を無言で上げた。
すると大井も俺の腕の皮を掴み直し、歯を食いしばってつねり上げる。
「やめようよ響ちゃん、凄い事になってるよ!?」
「うるせえ!!ここで退いたら男じゃねえ!!」
それを見ていた吹雪が俺を制止するが、俺は執拗にチョップを放ち続ける。
「よしなよ大井っち、凄いみっともないよ…」
「いくら北上さんでもっ…この白髪チビだけはァァ!!」
それは大井もだった。
北上さんが引き留めようとも、大井は俺の腕をひたすらにつねり続ける。
「いってえんだよ!!もげろッ!もげろォッ!!」
俺はここまでの人生でこんなにつねられた事は無く、痛みによって目に涙が浮かんできたが、大井には負けたくないという一心でチョップを振り下ろし続けた。
「毎回毎回生意気なのよっ!!ちぎれろっ!ちぎれろッ!!」
対して大井は顔には変化は無かったが、俺には大井が限界だというのが分かっていた。
俺の腕を掴んでいる手の握力がかなり弱くなっている。
ここが正念場だ。
ここで音を上げなければ勝てる…そう確信した俺はここ一番で必殺のチョップを放とうと、腕を天高く振り上げた。
だが、結果的には俺の必殺のチョップは大井の腕に振り下ろされる事は無かった。
というのも、俺が今まさに必殺のチョップを放たんとした時、ドアノブがガチャリと音を鳴らし、扉が勢いよく開かれた。
そのせいでドアノブを掴んでいた俺も、その腕を掴んでいた大井も一緒になって廊下の方へと吹っ飛んだ。
「HEY!ハラショー、大井っち、そんな所で仲良く何やってるノー?」
扉を開けたのは金剛だった。
俺と大井は金剛の足元の方に転がって、その目前で止まった。
すると大井が金剛の言葉に対して盛大に反感した。
「誰がこのチビと仲良くですって!?」
「耳元で騒ぐんじゃねえよ!その口縫い付けてやろうか!?」
「HAHAHA!昨日の敵は今日の友ネー!」
その様子を見ていた金剛は楽しそうにそう言ったが、部屋の方で吹雪がボソッと「それを言うなら、喧嘩するほど仲がいい…じゃないかなぁ」と呟いたのが聞こえた。
そしてブッキー…俺達は別に仲良しではない。
俺は心の中で悪態を付くと、未だに腕を掴んでいる大井の手を振りほどき、静かに立ち上がった。
「で金剛、何しに戻って来たの?」
「おお!YES!実は必要な物があって、それを取りにきたネー!」
俺はこの時、何の脈拍もなく金剛に何か用事があるかと聞いた。
別になんてことはない。ただ、感だとかでもなく普通にそう思ったのだ。
それに対する金剛の答えはYES。
つまり用事があるって事だ。
だが不思議と自分から用があるかを聞いたのに、金剛が用事があると答えた時、ある違和感を覚えた。
それはスッキリとしない何か。
それの違和感がわかったのは金剛が「またね、ハラショー!」と言って部屋を出て行こうとした時だった。
俺はその言葉を聞いた時、頭の中である光景を思い出した。
『ごめんね響。今日も用事があるの。また今度ね!』
それは今日…暁達に会いに行った時の会話の内容と似通っている。
…それだけじゃない…吹雪がなんで此処に居るかを聞いた時も似たような事を言ってなかったか?
『今日は睦月ちゃんも夕立ちゃんも用事があるって』
今日の事だ。そんなすぐに忘れるはずもなく俺は吹雪が確かにそう言ったのを思い出した。
キーワードは用事だ。
この用事が今さっきの金剛に、何かあるか?と俺に聞かせたのだ。
「待った金剛!!…用事って何……?」
気が付けば俺は金剛を呼び止めていた。
思えばここ最近暁達だけじゃない…どことなく鎮守府全体が慌ただしくなっている事にも気が付いた。
この時俺は、まだ誰にも言えないような…大規模な作戦の準備をしているのでは?という考えが頭に浮かんだ。
だがその考えは金剛の一言で間違いだとすぐに気づく。
「何って…それはもちろん!
「なんだ、カレーフェスティバルね…」
「うん!ハラショーは出ないみたいだけど
どうやら、何かの作戦とかではないらしい。
俺はその事に安堵した後に――――
「…ええ!?どういう事!?」
――――新しい問題を与えられることになった。
俺が出ないって何?
その事を聞こうにも金剛はもうすでに部屋から出て行ってもういない。
全身に悪寒が走る。
心の中である考えが浮かんだが俺はそれを必死に否定した。
だって暁達がそんな事するはずがないもの。
だが、否定すればするほど今朝の出来事が頭をよぎる。
『また今度』
「嘘だぁぁぁぁ……」
俺はこの時完全に理解した。
今回、皆が言っている用事とはアニメ第6話の鎮守府カレー大会の事で、暁達はその大会に俺に内緒で『3人』だけで出ようとしているのだと。