部屋では、誰が旗艦をやるかで討論になっていた。
「
「私は辞退します。この艦隊のレベルに合わせた指揮を出せる自信が無いので」
「ふーん、あっそう。なら私が旗艦をやろうかしら。英国の帰国子女に旗艦が務まるか不安だし」
「それは反対」
「どういう意味よっ!それ!?」
討論の内容は己が思っている事を言うだけ。ただそれだけ。
誰が良いとかそういうのは一切無い。
金剛が宣言をしたと思えば、加賀さんはメンバーをディスる。
ならばと瑞鶴が自信満々に名乗りを上げれば、間もなく否定の言葉を反される。
この部屋にチームワークなんて存在しない。あるのは、何よりも自身が大事だという自己愛。
仲良くなんて無理だったんだぁ……。
部屋に入った俺は、さっきのくじ引きの時に思った事を完全に忘れた。それだけの醜悪が其処にあった。
吹雪なんて、隣でまた壊れた様に乾いた笑い声を発している。
「…あの、どうでもいいですけど早く旗艦を決めてもらえません?戦艦と空母の先輩がそんなだと安心して戦えないわ」
俺が部屋の状況を呆然と見ていると、不意に大井が淡々とした口調で言った。
見なくても解るくらいに不機嫌な様子で、討論で良く分からなかったが耳を澄ますと歯ぎしりも聞こえる。
「軽巡だからって私達に任せてたら駄目よ」
「重雷装巡洋艦ですけど…そんな事も判らないの?甲板胸がっ…その様子じゃあ、胸だけではなくて頭の方にも栄養がいってないみたいね」
「……なんですって?」
大井の毒舌によって、今にも殴り合いの喧嘩になりそうな瑞鶴と大井の言い合いを、俺は他人事の様に見ていた。
大井が俺以外にここまで言うのを、俺は初めて見る。
おそらく、北上さんが居ないせいで、いつもより怒りやすくなっているのだろう。迷惑な奴だ。
そんな事を考えていると金剛が急に俺達の方に振り返った。
「ねー、ハラショー、ブッキー?二人はこの中で誰が
「ふぇ!?え、えと……」
金剛の質問に吹雪が押し黙る。
それだけじゃない。
あの後、言いたい事は言ったという様にお茶を飲んでいた加賀さんも、そんな加賀さんの後ろで罵り合っていた大井と瑞鶴も、吹雪が誰の名前を言うか気になって見ているのだ。
そりゃあもう重圧が半端じゃない。
しまいには吹雪は助けを求める様に俺の顔を見てきた。が、駄目ッ!
俺はそんな吹雪に対して、いい笑顔を作って首を左右に振った。
迂闊に声を出した己が悪いんじゃあ。
「そそ、それは難しいですねー。ははっ、ははは…」
「なによそれ…まあいいわ。で、一航戦の護衛艦は誰が相応しいと思ってるの?」
結局吹雪は、誰の名前も言わなかった。…チキンめ。
とはいえ、吹雪は言わないという選択をしたわけで…今度は俺が瑞鶴に聞かれてしまった。
その時の皆の様子はというと、金剛は通常運行で、大井は興味が無くなったのか窓の外を見つめていた。
瑞鶴は仲の良さからして、俺が加賀さんの名前を言うと思ってるのか、腕を組みながら睨んできている。
対照的に、加賀さんは余裕の表情でお茶を飲んでいた。
まぁ、誰がどんな顔しようと俺は最初の時点で誰を挙げるか決めている訳で。
「普通に考えたら金剛だろ。鎮守府内でもトップクラスの戦力だし」
そう言ったら、部屋のどこかでゴトッと音がした。
俺は音の出所が気になり、音の鳴った方に顔を向けようとすると、それよりも先に金剛が俺に思いっきり抱き着いてきた。
抱き着かれた時の体制が良くなかったのか、抜け出そうとするも力が入らず、むしろどんどんと締まってきている様な…。
「フゥァラァショオオ!!私…私は信じてたデース!!」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
「あの金剛さん、響ちゃんが腕の中で、もがき苦しんでます」
「ん~?ワオ!ごめんねハラショー」
「…うん。もういいから離して金剛」
一瞬の出来事だったが体のあちこちが痛い。
その事に金剛は謝り、力を緩めこそしたが離す気は無いらしく、俺は未だに腕の中だった。……解せぬ。
俺は金剛の呪縛からどうやって開放されるか悩んでいると、ちゃぶ台を拭いていた加賀さんが、こちらに向いて立ち上がった。
どうやらさっきの音は加賀さんが湯飲みを落とした音らしい。
「ちょっと」
加賀さんはこちらに声を掛けると近づいてきた。
はっきり言うと、うぬぼれではないが俺は加賀さんにかなり好かれていると思う。
だから、その俺が困ってるんだ。きっと加賀さんは金剛に、離してあげなさい的な事を言ってくれるんだと期待した。
「ねえ響、普通に考えればってどういう意味かしら」
けど全然違った。
俺はどうやら選択際の言葉選びを間違えたらしい。
加賀さんの無表情を見た時、俺の期待なんて爆散した。
「ああですね?ほら、加賀さん嫌だって言ったじゃないっすか!?それにほら?あれがその…こうなって」
「ふふーん。加賀、もしかして私に
「違うわ。ただその子が、まるで私よりあなたの方が強いと言っている様なのが気になっただけ。…後、そろそろその子を離しなさい」
金剛にそう言うと、加賀さんは俺の手を掴み、金剛から引き離した。
すると、さっきまでずっと笑顔だった金剛の顔が初めて不満そうな表情を浮かべた。
その時、俺はこの部屋の危険度がどれだけ高いか完全に理解できた。
何てことはない。さっきまで金剛が笑ってたから笑っていられただけだ……。
加賀さんに引っ張られ、部屋の中心に来たことでその空気に触れ、胃がキリキリし始めた。
「ふーん」
金剛が不敵な笑みを浮かべる。
「なら、全員が旗艦をやって、MVPを取った艦がflagShipを務めまショウ」
「その話乗ったあ!!それなら一航戦と五航戦の差が、どれほどの物か解るでしょうし」
「そうね。今後の為にも自身の実力は知っておいた方が良い。といっても、この艦隊は私と響で十分でしょうけど」
「…ッチ、面倒な」
まぁ、そんな訳で奇しくもアニメの展開と同じになった訳だ。
険悪な雰囲気はアニメの比じゃないけど。
それでは早速出撃しようという事になり、皆で海に向かっている最中、吹雪が俺に話しかけてきた。
「ねえ、響ちゃん」
「ん?どったブッキー」
「金剛さん、皆が旗艦をやるって言ったけど私達もやるのかなぁ?」
「ブッキー旗艦になりたいのか」
「そうじゃないんだけど…」
「ま、やる事になっても俺はやらないけどね」
「どうして?」
「はっ…だってブッキー考えてみろ。俺は護衛艦だぜ。皆を引っ張るのが旗艦なのに、その旗艦が進んで怪我しに行ったら本末転倒だろ?」
ズビシッと人差し指を突き出して、俺は吹雪に格好をつけた。
吹雪は俺の方を見る事無く、下を向いていた。まったく見てねえ。
どうやら吹雪は、俺の言葉に何か気になる事があったのかもしれない。
「うん…」
吹雪は一度聞こえるかどうかの声で小さく頷くと、顔を上げていい笑顔をした。
「決めた!私も旗艦やらない!!」
「え?なんで!?」
「だって私…ううん、やっぱり何でもない!気にしないで!」
「その言い方は何でもなくない!何があった!?あの間に何があった!?」
「ほんとに何でもないよ。ただ私じゃなくても加賀さんとか金剛さんとか居るから……」
吹雪はそう言うと、走って先に行ってしまった。
…どうしよう?アニメでは吹雪が旗艦をやっていたのでてっきり俺は旗艦は吹雪になるんじゃないかと思っていたが、やはり現実は甘くねえぜ。…もう少し甘くてもいいんだぜ?
…と言っても正直、誰が旗艦をやっても結果は変わらない。
いつもの様に俺が前線に立って攻撃を引き付けるからだ。
俺は遭遇戦くらいなら無傷で避け続ける自信がある。
それにメンバーの仲は悪くても、吹雪以外は歴戦の艦娘…手段の一つとして個人の力でごり押しもいけるだろう。
そう思っていたのだが、海に出ると金剛は最初に「とりあえず進んで
連携も無い、索敵もしない、そんな艦隊の様子に俺は、足引っ張り合ったりしないよな?なんてことを思いながら電探を使って索敵をしていた。
それからしばらく、誰とも話さないで時間が過ぎた頃。
電探が何かを見つけたらしく、さっきまでのとは違う反応が起こった。おそらく、敵艦隊だ。
その事を金剛に伝えようとすると、金剛は俺が声を出すよりも早く後ろを振り返った。
「皆サーン!Enemyを見つけたデスネー!さっきも言ったデスガ、今から突撃シマース!」
金剛は胸を張って言うと「いい所を見せれば提督もきっと…えへへへ」と急にトリップして敵艦隊の方へ向かって行った。
俺はどんな表情をすればいいか分からなくなった。
金剛も電探を使って索敵してたとは思わなかったし、胸を張って突撃と言われた時は金剛らしいと思った。
けど、その後に艦隊を置いて一人で敵艦隊に突っ込んでいくとは予想をしていなかった。
まだ電探に出ただけで、敵の艦種も正確な数も判っていないんだから。
俺は金剛を追うかどうかで一瞬戸惑ったが、その次にはタービンを吹かして勢いよく残った艦隊の中から飛び出した。
俺の出来る事は少ない。出来る事は、せいぜい艦載機を落としたり、敵の注意を引き付けて隙を作ることくらいだ。
それは俺が、どの艦隊にいても、どんな状況になっても変わらない。考えるだけ無駄な事だった。
「くそ…随分と前に!!」
俺は全力で金剛を追ったが、金剛もフルスロットルで進んでいるらしく、あの一瞬で開いた距離はなかなか縮まらない。
そして、金剛を追いかけてる内に敵艦隊の姿が少しずつ見えてくる。
数は6。戦艦ル級2隻を含んだ…水上打撃部隊と言ったところか。
「金剛!加賀さん達を待って、全員で総攻撃を仕掛けた方が良い!」
「問題Nothing!あんな艦隊、私一人でも大丈夫ネー!」
俺が止めるも、金剛は聞く気が無いらしく、どんどんと敵の前に進んでいく。
…確かに金剛なら、あの敵艦隊くらい一人で倒せるだろう。
なんたって金剛は改二だ。普段の様子では想像できないが、鎮守府の中でも5本の指に入る強さの持ち主なのだ。
それでも、戦艦などに囲まれれば無傷とはいかないだろう。
どんなに強くても被弾は絶対にするはずなんだ。
俺は戦い方で被害を少なくする方法が存在するのに、それを選ばない金剛の考えが解らない。
そんな事を考えながら金剛を追いかけていると、次にル級が金剛に砲身を向けて撃とうとしているのが目に入った。
近いッ!!!
俺は戦艦では無いので、戦艦の正確な射程距離が良く分からなかったが、この距離は飛んでくるというのが、ひりついた空気によって良く分かった。
「それじゃあ行きますネー!!…撃ちます――――」
その状況下で、金剛は砲撃を撃つ為にル級に狙いを定め始めた。
狙いを定める時は回避行動をとるのが難しい。避けると狙いが定まらないから。
つまり今の金剛は、後は撃つだけとなったル級の格好の的でしかありえない!!
その時、金剛は狙いを定める為か速力を落としていて、俺は金剛を追い抜いた。と同時に、ル級の砲身から黒い煙が一瞬で広がる。
俺は理解した。金剛に真っ直ぐ向いている砲身から、金剛に向かって砲弾が飛んできている事を。
このままだと数秒の差で金剛に砲弾が当たる。俺はその数秒でどうすれば金剛に砲弾が当たらなくなるか考えた。
…考えて、俺は倒れ込むようにして金剛の前に割って入った。
その時、ギャリ…と左に付いている装甲から嫌な音が鳴った。
砲弾は俺にかすった事で軌道が逸れて、金剛の後ろの方で着水した。
「ハラショー!!前に出ると危ないデスネー!!――――fire!!」
金剛が叫ぶと、金剛の放った砲弾が撃ってきたル級に飛んでいき、ル級は炎上して海の下に消えて行った。
「ハラショー!後少しで攻撃に当たる所でしたネー」
「あっはっはっ」
どうやら金剛には、俺に砲弾がかすって、そのせいでよろけた様に見えたらしい……。
だけど今の俺は、それは違うと言えなかった。
砲撃はかすっただけで走行などには全くの支障はないが、耐久力でない…精神面を一瞬で削られた。
当たれば沈む。そんな死がたった今、俺のすぐ傍を音を鳴らして通り抜けたのだから。
もう絶対に、戦艦の砲弾の横っ腹に体当たりなんてしねえ。そう思っていると、海面いっぱいに黒い影が泡を吹いて敵艦隊に向かっているのが見えた。
「ふざけんな!くそ大井!!なんで魚雷を撃ってる!?」
「はぁ?そんなの私の勝手じゃない!チビに指図されたくないわ」
俺が大井に文句を言うと、大井は嫌悪を隠しもせずに言った。
状況は最悪だった。
これじゃあ魚雷が通り過ぎるまで、俺はまともに身動きが取れない。
今狙われれば金剛はともかく、駆逐艦の俺はひとたまりもない。
…それでも、艦載機が飛んで来れば状況は変わる。
相手に空母は居なかった。目ぼしいのは重巡リ級くらいか。
空を制圧すれば今回の敵は簡単に倒せる。そんな期待は後ろを振り返ってすぐに消えた。
「どきなさいよ!一航戦なんかに頼らなくても五航戦だけで何とかなるんだから!!」
「退くのはそっち。半人前なんかに任せたらどうなるか解ったもんじゃないわ」
後ろからは加賀さんと瑞鶴が言い争いながらやってきた。
手には艦載機の矢が握られているが、言い争っていて矢を放つ気配は一向にない。
そして大きな声に釣られる様に瑞鶴に砲身を向ける、残った方のル級。
俺は魚雷で近づく事が出来ず、砲撃を当てて狙いを逸らすなんて事も出来ない。
それでも何とかしようと辺りを見回して、加賀さんの近くに吹雪が居るのが目に入った。
吹雪はオロオロとしていて、どうすればいいか解らない様だった。
当然だよな…まともに戦った事も無いのに、あんな指示とも言えない様な指示で敵艦の前に来ちゃったんだから。
俺は嫌になった。
一人で突っ走ってしまう金剛が、
前に味方が居るのに魚雷をばら撒く大井が、
一航戦一航戦と言って何もしない瑞鶴が、
それにムキになって同じ様に何もしない加賀さんが、
実戦経験が足りずどうすればいいか分からなくなってる吹雪が、
そんな状況でもお構いなしにこちらに攻撃を仕掛けてくる深海棲艦が、
そして……そんな状況なのに何もできない自分自身が。
気づけば、ル級は砲身を向けたまま動かなくなった。
狙いが定まったんだ。
後は撃つだけになったんだ。
俺はどうすればいいか分からなくなった。
大井の放った魚雷は、当たるのに少し時間がかかる。
声を掛けても今の加賀さんと瑞鶴には聞こえないだろう。
金剛は砲撃を撃ったばかりで、こちらも少し時間がかかる。
吹雪はあの様子じゃ頼りない。
結局俺は、考えるのを止めて動き出していた。
前にじゃない、後ろに。
後ろで音が鳴った。多分ル級が砲撃を撃ったんだろう。
その音に瑞鶴はハッとなった様に前を向いて俺と目が合った。
「響ちゃん避けてぇッ!!」
吹雪が悲鳴を上げる様に叫んだ。
けどここから動く訳にはいかなかった。
俺が動いたら瑞鶴に砲弾が当たるだろうから。
護衛艦は艦隊の盾で、どんなに嫌でも仲間を守るのが仕事なんだぜ、ブッキー。
俺は砲弾が当たるまでの一瞬に、そういえば前にもこんな事あったなぁ、なんてのんきな事を考えた。
背中に、強いなんて言葉では言い表せない衝撃と身を焦がす熱風、全身を引き裂くような爆音が同時に襲い掛かった。
体の軽い俺は、その破壊力に簡単に吹っ飛ばされ、水面を跳ねた。
おまけ クリスマスなので、この響にクリスマスボイスが実装されたら
「いやークリスマスだねぇ…実は俺、提督にプレゼントがあるんだよ…
ててーん!釘バット~。それじゃあ提督、それ持って俺と街に出撃だ!!
リア充の幸せゲージを破壊してやるんだッ!!………え、駄目?」