昼飯を食べ終わった俺は、加賀さんと一緒に渋々ながら第五遊撃部隊の寮室に戻って来た。
「それでは皆揃った事ですカラ、
イエーイとノリノリの金剛。
だが俺を含めた他のメンバーの反応は薄い。
吹雪は困った顔と笑った顔を器用に混ぜ、「ははは」乾いた笑い声を出している。
大井と瑞鶴は最初の位置で昼前の時と同じ様にふて腐れている。
そして俺と加賀さんはちゃぶ台に陣取り、無心にお茶をすすっていた。
ぶっちゃけ、俺は喋りたくなかった。
多分他の皆も同じだと思う。
少なくとも金剛と吹雪以外は喋った瞬間、言った意見にそれぞれの対立している相手が噛みついて来るのは目に見えていたからだ。
俺と大井。加賀さんと瑞鶴。…まあ俺は例え大井でも意見がまともなら噛みつくつもりは全くないが。
とにかく、そんな状況が俺たちの口を閉ざす事になるのは当然だった。
「アレ~?皆元気が無いデース!ほら!ハラショーも元気を出しまショー!!fire!!」
「……ずず。……そうっすね」
「むー。今日のハラショー、ノリ悪いデース……」
俺に振られても困る。
とはいえこのままだと此処に居る事になるのは事実…しょうがねえ……。
「じゃぁ、先に部屋割りでも決めます?要望とかあれば言うって形で」
「ちょっと…よりによってなんで白髪チビが仕切ってるのよ!?」
この野郎…!!真面目にやってるのにいい気になりやがって!!
「ならテメェがやれよ?お お い さん」
「ああ?なんで私が指図されなきゃいけないのかしら?」
「わー!!大井さんも響ちゃんも、喧嘩しちゃ駄目ですぅ!!」
吹雪の言葉に俺は大井を相手にするのを止めた。
どうせ相手にしてもイライラが溜まるだけだ。
「私は――――」
その殺伐とした中、加賀さんが不意に声を上げた。
俺はそれに嫌な予感を感じた。そう、猛烈に面倒くさくなる…そんな予感が。
「私は五航戦の子なんかと同じ部屋になりたくありません」
「なんですって!?それってどういう意味よっ!!
「私は半人前の子と一緒の扱いを受けたくない…そう言ってるの」
「んなっ……私だってアンタなんかと同じ部屋はごめんよっ!!大体、アンタのお高く留まってるところがまえっから気に入らないのよっ!」
加賀さんと瑞鶴が言い争ってるとを見ると、俺と大井もあんな感じなのかとげんなりする。
周りに目を向けると大井は明らかにさっきよりイライラしてたし、吹雪は笑いっぱなし、金剛に至っては二人の争いを焚き付ける事を言ってエキサイトしている。
なんだ、この協調性ゼロのパーティー。……まぁ初めから分かっていた事だけど。
とはいえこのままでは部屋すら決まらずに一日が過ぎる。そんなのは嫌だ。
こうなったら少し早い気もするが、最後の手段でも使うか。
そう心に決めた俺は、周りに聞こえる様に大きくため息を吐いた。
「埒が明きませんね…どうですこの際、運任せでいきません?そうだな…くじ引きで部屋割りを決めるのは?これが一番公平だと思いますが」
部屋内が静まり、部屋に居る皆が俺を変な目で見てきた。
当然だ。俺は注目されるために芝居掛かった風に、この方法で決まったかのように喋ったのだから。
だが、こうでもしないとこのメンバーと話をすることもできない。
「チビ、さっきから何様のつもり?勝手に決めないで欲しいんだけど」
するとやはりというか、大井が俺の意見に食いかかって来た。
「なら代案を出してほしいですね。このままだと何も決まらないで一日が終わりますよ?パパッと決めればいいんだよ、部屋なんて寝るくらいしか使わないんだから」
この時俺は、強気で言い返しながらも初めて大井に感謝した。よく言ってくれたと。
それはなぜか……、おそらく大井以外にも勝手に決めた事に対して不満を持ってる奴が居るからだ。
つまり大井の言葉は皆の代弁であり、それに普段通りに言い返す事によって、俺はこのくじ引きを自然に成立させる事ができた。
ちなみに代案については、俺は絶対に出ないと確信があった。
理由は単純だ。そもそも部屋割りを決める必要が無い。だってどう分かれるかなんてほとんど決まっている様なものだから。
というのも、俺と大井、加賀さんと瑞鶴が仲が悪いのは既に皆知っている。
つまり普通に考えればこの組では組まない、というのが前提に入る。
そこに金剛と吹雪の二人を入れて3人に分かれたとしても、あるのは4パターンだけで、後はその中から一つを選ぶだけ。むしろ時間がかかる方がおかしいと感じる。
けれど、決まらないのにも理由がちゃんとあった。俺はそれが手に取るように解る。
加賀さんなんかがいい例だろう。
加賀さんはさっき、「五航戦の子なんかと同じ部屋になりたくない」と言った。だけど誰かと同じ部屋なら良いとも、誰かと誰かが離れた方が良いとも、くっついた方が良いとも言っていない。
こっちの理由はもっと簡単だろう。
自分で決めたくないんだ。答えは出てるのに、それを一番に言う事で皆に押しつけがましいと思われるのを恐れていると言ってもいい。もしかしたら意見が通らない可能性があるのなら誰かが言うまで黙ってよう、なんて思ってるのかもしれない。
とにかくだ…それならくじ引きで皆に意見を出してもらおうじゃないか、という俺なりの親切心だ。
選べないのなら、そうなった時の理由を作って選ばせてあげればいい。
俺が言った『運任せ』という理由を。
「じゃあ反対は居ないって事で。今からくじ作りますね」
俺は誰も何も言わないのを確認してから(舌打ちは聞こえた)、自分の手提げ鞄からノートを取り出して、何も書いていないページを1枚切り取った。
ここから6つに分けてくじを作っていく訳だが――――
「アンタ、小細工とかしないでしょうね……?」
「…ハァ……そんなに信用ならねえなら見てればいいだろ…もしあれなら他の皆も不正有無の確認に見てもらえます?」
俺がそう言うとちゃぶ台に艦隊メンバーが集まってくる。
ここまで上手く行くと内心笑いが止まらない。
なにせ俺は、今から作るくじに細工を作るつもりだった。
折り方でくじの種類が解るという単純な物だ。
それなら見られない方が良い…そう思うかもしれないが今回は勝手が違う。
今回の部屋割りは仲の悪い二人が同じ部屋にならないのが前提であり、それ以外ならある程度の融通が利く状況だ。
つまり大事なのは、皆さんにこのイカサマくじを理解してもらった上で、くじを引いたら『偶然にも仲の悪い二人が別の部屋になる』のが大事なのだ。
これならこの人と同じ部屋が良かった、なんて不満もくじなら仕方ない。という風になる……まさに角の立たない素晴らしい方法だろう。
ちなみにくじは、丸が書いてあるのと何も書いていないので3枚ずつ、折り方はノートの長方形を活かして、縦から4回交互に折ったのと横から4回交互に折ったので種類が分かれている。
これならくじを引くときに、開きかけているくじの形でどちらか解るという物。
おまけに作ったくじをちゃぶ台に放置して、入れ物も探しておいた。
ちゃぶ台に置かれたくじは、見た目の形が明らかで、触ってもすぐにくじの種類を特定できるだろう。
更に入れ物は大きな箱を使う事にした。
これを使う事によって、中に入った小さなくじを手探りで探す振りをして、自分の欲しいくじを時間をかけて探れる様にもした。
「ああ、そうだ。くじを引いたら開かずに全員に見せる様にしましょう。それなら誰かが間違えてくじを二つ取っても大丈夫ですから。それじゃあ俺から引いてもいいですか?」
最後の確認として、遠回しに自分がどのくじを引いたか見せようと言うと、加賀さんが「早く引いて終わりにしましょう」と言っただけで他には誰も反対は居なかった。どうやら皆このくじを理解した様だな。
ちなみに引く順番は俺から、加賀、大井、瑞鶴、金剛、吹雪の順番になった。
この順番も理由があり、俺を含む4人が引く前にくじの種類が偏らない様にするためだ。
まさに全てが順風満帆で何もかもうまくいってる、俺はそう思ってた…大井がくじを引くまでは。
俺が何も書いてないくじを引き、加賀さんが丸が書いてあるくじを引いた。
その後加賀さんはくじの入った箱を大井に渡した。
大井は渡された箱に入っているくじを不機嫌そうに引いて、全員に見せた。
「…これでいいんでしょう?さっさと引いて終わりにしましょう」
「は?それでいいのか?そのくじで?」
「うざ…喧嘩を売ってるなら買うけど?」
俺が確認の為にそう言うと、大井は俺を睨みつけてきた。
……そうかよ、それなら別にいいんだ。自分で選んだ結果だ、文句も言うまい。
そう思ってる間にも、箱は大井から瑞鶴へと渡る。
瑞鶴は箱から無造作にくじを取り出し皆に見せた。
そのくじを見た俺は、一抹の不安を覚えた。
こいつら…くじの意味を理解しているのか?と。
最後に金剛、吹雪とくじを引き、全員がくじを持ったのを確認した金剛が「それでは!!くじを開くデスネー!!」とくじを掲げて言った。
その様子はいかにもくじを開くのが楽しみだと言った様な、そんな感じだった。
とはいえ、結果なんてもう出ている訳で――――
「はぁ?なんで一航戦と同じ部屋なのよ!?」
「それはこっちのセリフです。五航戦の子と同じなんて心外だわ」
「こんな結果無効よ!無効!!だって私が白髪チビと一緒なんて可笑しいでしょ!?」
「おお!!これは凄いデスネー!!」
「金剛さんっ!面白がってる場合じゃないですよぅ」
部屋割りは俺と大井と金剛、加賀と瑞鶴と吹雪になった。
俺は、この結果に文句を言っているメンバーをただ黙って見ていた。
肝心な事に気づいてしまったから。
そして少し間を開けて、手に持っているくじを元に折ってちゃぶ台に置いた。
目の前では、この結果に納得のいっていない3人がブツブツと文句を言っていた。
「あ~、そんなに嫌なら、最初から納得できる様にくじを取ってればよかったじゃねえか」
「なにいってるの響…アンタが最初に運で決めるって言ったんじゃない」
「瑞鶴さん、そこが間違ってるんだ。決めようと思えば決められた」
「何を言ってるか分からないんだけど…一体どういう事かしら」
「答えは手の中にある。…くじを元に折り直して、他の人のと見比べれば分かりますよ」
俺はそう言うと、返事を聞かずに部屋から出た。
[吹雪視点]
「なに?あのチビ、格好つけて……気持ち悪っ」
響ちゃんが部屋から出て行った後、部屋の中は変な雰囲気に包まれた。
けど無理もないと思った。
出て行く前の響ちゃんの様子は無表情で、私達を興味の無い物を見る様な目で見てきたから。
そしてそれよりも気になる事があった。
響ちゃんが言った、『くじでも決めようと思えば決められた』という事。
私はそれが気になって、響ちゃんが言った様にくじを引いた時の様に折り直し、眺めてみた。
……解らない。
あっ、そういえば他のくじと見比べるって言ってたような……。
私はそれをやってみようと皆に頼もうとしたけど、皆響ちゃんの態度に怒っている様で、とてもじゃないけど言い出せる雰囲気じゃない。
それでも私は、さっきの響ちゃんが言った事が気になって辺りを見回して…一つ見つけた。
響ちゃんが出て行く前に元に折りたたんで置いていったくじ。
それを手に持った時、私は違和感を感じた。何か違う、と。
それを調べるために、そのくじも眺めたり、自分のくじと並べて見比べた。
そうしたら折り畳んだ時の大きさは同じだったけど、折り目の位置が違う事に気が付いた。
「あのっ、金剛さん!ちょっとくじを見せてもらえませんか!?」
「OK!!でもどうしたのブッキー?もしかしてハラショーの言った事が解ったノー?」
「…響ちゃんのと同じだ。金剛さんのくじって確か何も書いてないくじですよね?」
「Yes!それがどうかしたデース?」
「えっと…まだちょっと…。すいません瑞鶴さん、瑞鶴さんのくじを貸してもらっていいですか?」
「え~っと、吹雪だっけ?一航戦の護衛艦の言った事を真に受けない方が良いわよ?吹雪はまだ知らないだろうけど、響はここに来た時に問題行動ばかり起こした変わり者だから」
「はい、私ので良ければ貸しますよ」
「あ…ありがとうございます、加賀さん」
「ちょっと!?今吹雪は私に頼んでたんだけど!?しゃしゃり出ないでくれる!?」
「ハァ……だから貴方はいつまで経っても半人前なのよ」
「…どういう事よ」
「あの子は何の考えも無しにくじ引きをする、なんて言わないのよ。私は大体の察しは付いたのだけど」
加賀さんは響ちゃんの事よく知ってるんだな……。
そんな事を思いながら私は集まったくじを眺めて、そして開いて確信した。
このくじは丸が書いてあるのと無いので折り方が違う。
「加賀さん…これって」
「ええ。これなら知っていれば選ぶ事もできたでしょうね。道理でくじを作ってる時に私達の前に無造作に置いていた訳だわ」
「でも響ちゃん、こんな事いつ思い付いたんですかね?」
「あの子はそういう子なのよ」
「ちょっと!!無視しないでくれる!?ねえ!?――――」
――――――
俺は部屋を出た後、隣の誰もいない部屋に入って寝転がっていた。
結局、あのくじは何の役にも立たなかった。
誰もくじの細工に気づいていなかった……。
けどそれは、あのメンバー全員が間抜けだとかそういう話じゃなく――――必要がなかっただけだった。
今思い返しても、くじの結果を知ったメンバーはいつも通りの相手に対していがみ合っていた。
その時に俺は、そんなに嫌ならどんな手を使ってでも都合の良い結果にすればよかっただろ、そう思った。
けどすぐに、くじの結果がどうしてそうなったか、その理由に察しが付いてしまった。
なんてことはない……前提が間違っていたんだ。
くじの事にしても変わった折り方をしたんだ。覚えようとすれば何時でも覚えられただろう。
くじを開いた時も、嫌なら誰かのとこっそりと交換でもすればいい。そのチャンスは確かにあった。
最悪、くじを引き直せばよかった。けど誰もその事は言わなかった。
まぁ、簡単な話……『あそこに居た皆は、ああは言っていたが、言っているほど嫌いな奴は居なかった』そういう事だろう。
つまり、俺の作った小細工はまったくの無駄で、別に普通にくじを作ってれば良かったのだ。
「仲良く…ねぇ……」
俺はぼつりと長門の言った事を呟いた。
俺はそれこそ最初は難しいと思っていた事だったのだけど、実はほんのちょっと歩み寄るだけで出来てしまう事なのかもしれない、そう感じた。
コンコン。
不意に扉がノックされる音が聞こえた。
扉がゆっくり開き、吹雪が入って来た。
「やっほーブッキー」
「響ちゃん…今皆と話して、とりあえず部屋割りは置いといて旗艦を決める事になったんだけど、その事でとりあえず皆が旗艦をやってから決めようって事になったの」
「呼びに来てくれたのか。ありがと、すぐ行くよ」
吹雪からその事を聞いた俺は、俺も含めて皆素直じゃないなと、そう思った。