俺は渡された紙を見ながら新しく配属になった部隊の寮を探していた。
『第五遊撃部隊』アニメでは主人公の吹雪が新しく配属される部隊だ。
その部隊に、どんな理由だか知らないが俺が加わる事になった。
アニメの部隊の人数は6人だった。
つまり、そこに加わるという事は、本来いるはずだった誰かが何処かに別の場所に行った…という事になる。
とは言っても、その部隊がまるっきり変わっている可能性もある訳で――――
「…チッ…嫌なもん見た」
そんな事を考えて寮を目指していると、道の先に大井が紙を見ながら前を歩いてるのを見つけた。
大井とは盛大に喧嘩をしてからだいぶ月日が経ったが、未だにお互いの事を疎ましく思っている。
あの一件以来、大きな騒ぎこそ起こしていないが、どこかで顔を合わせるたびに大井の野郎がねちっこくいちゃもんを点けてくるのだ。
ちなみに大井はアニメだと第五遊撃部隊に配属になっていたはず。
その大井が俺が向かっている道の先にいるって事は…あのクソッタレファッキンホットビッチも、俺と同じ場所を目指してるって事じゃねぇか!!
「怒畜生ッ!!」
俺は悪態を付いてから、回り道をすることに決めた。
ただ、普通に遠回りをする訳じゃない。
遠回りをした上で、あのビチ糞ローパッカンヘアーよりも先に部隊の寮に着かなければいけない!
かくして俺は、全力疾走して大井よりも先に寮に着く事が出来た。
その後すぐに、扉を開けて入って来た大井の驚愕から嫌そうな顔に変わるまでの変化は見ていてとても気分が良い。
「どうしたんです?大井さん。思いっきし犬の糞踏んじまった!!って顔してやがりますけどぉ?」
「クソガキッ……そうね。まだ犬の糞踏んだ方がましだとこの部屋に入った時思ったわ」
「あらら、そうですか。所で…部屋の出方って分かってます?お帰りは後ろですよ?後ろにありますよ?大井さんも早く新しい部隊に行った方がいいですよ?」
「うふふふふ。貴方も子供なら子供らしく、お使いでも行ってなさいな。それとも迷子かしら?まったく近頃のガキは馬鹿だから困るわ」
「「・・・・・・・・・・・・」」
「「ああ?」」
こめかみがピクピクと牽きつくのが分かる。
大井と顔を合わせるのは久しぶりだった。
前に会ったのは何時だろう?
確か・・・2カ月くらい前だったか。
・・・・・・本当に、こいつはいつも態度がでかくて気に食わねぇ。
とは言っても初日から騒ぎを起こしたくはない。
そう思ってるのを知ってか知らずか、大井もその後は舌打ちをしただけ俺には何も言わずに俺の座ってる位置から、一番遠い所にドカリと座り込んだ。
大井の後に北上さんが来ないのを見るに俺が北上さんポジションを奪った事になるのだろうか?・・・・・・だとしたら嬉しくねえ。
にしても、提督は何を考えているんだ。
もしこれで向こうの部屋に瑞加賀が居たら、この艦隊のコンセプトは、不仲にある艦娘をとりあえずぶち込みました感しかない。
「まさかねぇ・・・」
「白髪チビ!一人で喋らないでくれる?気持ち悪いんですけど?」
「はぁ?てめえには言われたくないね!!さっきからブツブツ北上さん北上さん言いやがって・・・耳が腐り落ちるわ!!」
「言われて当然でしょう?なんで北上さんじゃなくでアンタなのよ!」
「ウルセー!!俺だって知らんわ!!そんな文句、俺じゃなくで提督に言えやボケッ!!」
やっぱ、気に入らない。
俺と大井はそれ以上話すのを止め、ただ無言でお互いを睨みあった。
すると、ほんの少しだがガチャ、とドアノブの回る音が部屋に響いた。
視線が自然と扉に向かう。
「・・・あのー、しつれいしまーす・・・・・・」
扉が少し開き、その間から吹雪の顔がひょっこり現れた。
「またガキ・・・」
「・・・ハァ」
大井はさらに嫌そうな顔をしていたが、俺は吹雪の様子を見て、さっきまでの気分が削げ落ち、倦怠感に包まれた。
どうせ言っても言い返してくるんだ。
それなら大人としてガキの文句くらいサラッと流した方が楽、そう思った。
「・・・え~と、響ちゃんと大井さんも第五遊撃部隊ですか?」
「まあね」
「は?ちょっと、アンタと同じ艦隊にしないでくれる!?」
「あー、ハイハイ。だったら早くその艦隊に行けばいい」
「チッ・・・なんで私がこんな艦隊に・・・・・・」
「あれ・・・?響ちゃん?大井さん?何かあったんです・・・・・・か?」
吹雪はそこで初めで不穏な空気を感じたのだろう。
少しこちらの方に注意を向けながらおずおずと聞いてきた。
「別に何もねぇよ」「別に何もないわ」
「「・・・・・・・・・」」
「あ・・・被った」
「「ああ?」」
「ひいっ!!」
吹雪が呟いた事が聞こえて、削げ落ちた感情に燃料がぶち込まれた様にさっきまでの感情が湧いてきた。
・・・・・・OK。
やっぱ駄目だ。超ウゼェ。
というより、吹雪の物言いがまるで大井と一緒にされた様な言い方だったのが気に食わねえ!!
「「こんなクソ野郎・・・と・・・・・・」」
言いかけた言葉を引っ込め、大井を見やる。
また被った。よりによってこのクソ野郎と。
罵ってやりたかったが、連続で言葉が被った事で、どのタイミングで喋りだせばいいか分からなくなった。
故に、また無言でのにらみ合いが始まる。
俺は大井に、「鼻くそを口いっぱいに詰め込んで幸せでも感じてろ」という念を込めて、ひたすら睨み続けた。
「あは・・・あはははは・・・・・・」
すると吹雪の口から乾いた笑い声が聞こえた。
どうやら、こちらを見ながら後ろのドアノブを手探りで探している様で、さっきから吹雪の右手が右往左往している。
コツンとドアノブに手が当たる。
それを恐ろしい速さで掴むと、扉をゆっくり開けて笑いながら部屋を出て行った。
パタン、と扉が閉まる。――――刹那、外から物凄い吹雪の声と此処じゃない扉をしきりに叩く音が聞こえた。
「うわーん!加賀さん瑞鶴さん、響ちゃんが大井さんがぁ!!グワーって、グワーってぇ!!」
「――――HEY、ブッキー!!・・・どうしたノ?なんか様子がおかしいデース」
「――――いったい何の騒ぎ?ノックするにしても限度があるでしょう」
「ちょっと待て一航戦!まだ話が終わってない!」
「それ所じゃないんですよぉ!!あっちの部屋で響ちゃんと大井さんが喧嘩してるんですぅ!!」
「「「!?」」」
・
・
・
「これが新しくできた艦隊のメンバーですか」
加賀さんがため息交じりにそう言うと、部屋に集まった皆はそれぞれの顔を見て、思い思いの表情をした。
「これは中々Crazyな艦隊ですネー」
「というかこのメンツで艦隊として機能するのかしら?」
「瑞鶴さん、不安になる様な事言わないで下さいよ・・・」
メンバーは思った事を言うと俺と大井に目を向けた。
俺と大井は仲が悪い。
その事は鎮守府に居る艦娘なら誰でも知っている事だろう。
なにせ、初めの様につかみ合いの喧嘩にはならなかったが、どこかで関わる度に大井と争ってきたのだ。
余りの喧嘩の多さに俺と大井が道をすれ違う時は、俺の所では暁達が、大井の方は北上さんが俺達の間に割って道をすれ違うくらいだ。当然挨拶はしない、代わりに舌打ちするが。
鎮守府内でも『大井と響を合わせるな』なんて暗黙のルールだってある。
そんな仲の二人が同じ艦隊にいては連携など取れない、そう思うのも無理はなかったし自覚もあった。
誰もが誰も藪を突きたくない一心で口を閉ざしている中、吹雪がおずおずとだが先陣を切って喋りだしたのは凄いと思った。
「・・・あの、響ちゃんと大井さんって仲悪いんですか?」
内容は藪を突く所ではなく、ロケット花火を狂ったように藪に打ち込む内容だったが。
大井の方を横目で見ると、そっぽを向いて、話しそうな雰囲気ではないし、周りも本人が居ては答えづらい様なので「そうだよ」と簡単に言って席を立った。
「響ちゃん・・・?どうしたの、急に立ち上がって」
「どうもこうも、もう昼だから飯食いに行くんだよ。行きたい所もできたし」
そう言って、俺は部屋を出た。
廊下に出ると、さっきまでの重苦しい空気から解放されて随分と楽になった。
すると、俺の他にも誰か部屋を出た様で、後ろからガチャリと扉の開いた音がした。
「まったく・・・あなたは本当に団体行動に向いてないわね」
「加賀さん・・・いやぁ、集まって早々に一人でお茶を飲み始めた人に言われるのはちょっと」
「何か問題でも?」
「ないですけど。でもどうせなら俺の分も淹れてくれても良かったのに」
「部屋の隅に真っ先に座って不機嫌そうにしてた子に言われたくないわね。所で、行きたい所って何処に行くのかしら」
「ああ、提督室ですよ。なんでこんな艦隊になったのか聞きたいですし」
俺は隠す必要もないので普通に言った。
加賀さんは「そう」と返しただけだった。会話が止まった。
・・・まあ、会話する内容でもないしな。
そう思って、俺は提督室に向かって歩き出した。
「・・・」
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「えー、加賀さん?どうして付いて来るの?」
「私も気になるもの。どうして五航戦の子なんかと一緒なのか」
「そういえば、加賀さんは瑞鶴さん嫌いでしたもんね。未熟とか生意気とかで」
加賀さんに思い出したかの様に言うと、加賀さんはフイッと横を向いてしまった。
そんな様子を見ていると本当に新しい艦隊は大丈夫なのか?と不安になってくる。半分くらい俺のせいでもあるのだけど。
また会話が止まり、黙々と歩いていると丁度提督室から長門が出てくるところを見つけた。
俺は片腕をだるーと上げて、長門に話しかけた。
「ちわー。長門さん、今から昼です?というか中に提督います?」
後ろからゴスッと叩かれる。
「加賀、私は気にしてない。普段の響はこんな感じだからな。それと提督は少し前に用事があるとかで出て行っていないぞ」
「マジですか・・・」
「なんだ、提督に用でもあったのか?よければ私が伝えておくが」
「いえ、ただ・・・なんで新しい艦隊がああなのかなーっと」
気を使ってくれる長門に、俺は言いたい事をオブラードに包んで言ってみた。
すると長門は「そんなことか」と笑って、「それなら私が話そう。加賀も響もお昼はまだだろう?一緒に食べないか?」と誘ってくれた。
かくして俺と加賀さんは、長門に言われるがままにホイホイっと付いていくのでした。
道中、加賀さんに、
「・・・どうしたの響、顔がにやけてるわよ」
「いえ、『食べないか』と『やらないか』が頭の中で変換されまして」
「?」
なんてやり取りがあったり。
食堂に着くと、それぞれが食べたい物を選んで開いている席に適当に座った。
昼時なのに空いているのを見るに、他の艦隊は上手い事やっていて、みんなしっぽり仲良ししてるのだろう。
「――ところで、加賀さん長門さん、向かいめっちゃ空いてますよ?これ、ボートなら重さの寄り過ぎで転覆しますよ?」
「それなら大丈夫よ。これボートじゃないから」
「ああそうだ。それに食堂が混み始めたら大変だからな」
「そうじゃなくって、お二人に挟まれてると凄い落ち着かないんですよ」
その時、カウンターで食券を出した時に貰ったアラームがピピピと鳴り出した。
それをラッキーだと思い、急いで席を立ち、座っていた椅子を丁寧にテーブルの下に締まった。
もう、この席に座る気はなかった。
その後、アラームとから揚げ定食を流れる様な動きで華麗に交換し、二人の対面・・・それもテーブルの端に席を取った。
PiPiPi! PiPiPi!
俺が椅子に座ると、同時に二人のアラームが鳴りはじめた。
二人は席を立ち、それぞれエビフライ定食とカレー特盛を持って戻って来た。
すると長門は料理をテーブルの上に置いて、俺の座っている椅子を持ち上げたかと思うと、椅子を真ん中に置いた。
ふと横を見れば、俺のから揚げ定食が加賀さんの手によってスーとスライドして目の前にやって来た。
「えっ?なにこれ?」
その疑問には誰も答えてくれない。
ただ分かる事は、俺はまた挟まれた、という事だ。
この時、俺は自分の身に何が起こったかを理解すると同時に、二人にこの事を聞くのを諦めた。
「――で長門さん、どうして第五遊撃部隊はあんなにカオス何ですか?」
それから食事を初めて数分、俺はいよいよ長門に艦隊の件を聞く事にした。
「ん・・・・・・それはだな、提督がこれからの艦隊戦は戦力や戦術より艦娘同士の絆が重要だと言っていてな」
「それで私や五航戦、この子と大井が同じ艦隊になった訳ですか」
「はは・・・絆って、24時間テレビじゃないんだから」
長門が話した事は簡単で、なんだそれ?と思わせる様な物だった。
その事に俺は苦笑いしたが、それと同時に前に長門が話していた事も思い出していた。
作戦漏洩がヤバい。
そうなってくると、その場の艦隊だけじゃなく他の艦隊との連携が重要になってくるのは当然だった。
そう考えると絆っていうのも割と外れていない様な気もする。
「長門秘書艦、つまり提督は私達に仲良くさせる為にこの艦隊を作った、そういう事でいいのかしら」
「そうだ。金剛は艦隊の仲を取り持つ役として、吹雪は鎮守府に来てまだ日が浅いからな・・・仲が悪いと言っても第五遊撃部隊は第一線で戦う艦娘を集めたんだ。きっといい刺激になると思ってな」
「来て早々泣きましたけどね、ブッキー」
「あなたのせいでしょ」
ペシッと加賀さんに頭を叩かれる。
その衝撃で掴んでいたから揚げが零れ落ち、テーブルをバウンドして床の奥に転がって見えなくなった。
「お・・・俺の・・・キャラアゲが・・・・・・ぽろりんちょしたぁ・・・・・・」
「そんな大げさに言わなくていいでしょうに」
俺はおもわず加賀さんを見た。
できるだけ悲痛な表情をして見た。
「キャラアゲ・・・・・・」
「・・・・・・あー分かったから、私のエビフライあげるから許して」
「わーい。加賀さん素敵っす!流石加賀さん!よっ日本一!あと貰うばっかなのも悪いんでキャラアゲと交換しましょう」
俺の悲痛さを分かってくれたのか、加賀さんはエビフライを一つ掴むと俺の皿に置いてくれた。
その大人な対応に、俺は加賀さんをヨイショしたのちにから揚げを一つ加賀さんの皿に置いた。
そして、いざエビフライを食べようとした時、長門の様子が少し変なのに気が付いた。
「・・・どうしたんです長門さん、食べないんですか?」
「いや・・・食べるには食べるんだが・・・・・・」
そう言った長門の目線は、自分の皿と俺の皿を行き来していた。
その事に気づいた俺は、から揚げを一つ摘まんで長門の皿に置いてあげた。
「人が違うの食べてると、なんか美味しそうに見えますよね」
「いや、そうじゃなくってだな?」
「俺も次はカレーにしようかな」
騒がしくなってきた食堂の入り口を見ると、艦娘がちらほらと来はじめていた。
それを見たことで艦隊の事が頭に浮かんで、少し頭が痛くなった。