手を開いたり閉じたりを繰り返す。
次に窓を開けて、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。
「復☆活!!」
「病み上がりなんだから大人しくしてなさい!!」
「・・・はい」
ポージングをして、高々に宣言したら加賀さんに怒られてしまった・・・・・・。
赤城達の部屋でお世話になって3日。
二人の看病もあって体調は日に日に良くなっていった。
おもに加賀さんが「お風呂に入ったら体調が悪化する」と体を拭いてくれたり、加賀さんが「体を冷やすのは良くない」と服をダルマになるまで着せられたり、加賀さんが「立てないくらい体調が悪いんだからこれくらいまかせなさい」と食べ物を口に運んでくれたり・・・・・・。
何というか、過保護だった。
実は昨日の時点で体調は問題なく回復していたんだけど、加賀さんの「駄目。まだ治っていないんだから大人しくしなさい」の一言で外に出るのを諦めることになった。
ちなみに赤城には食欲が沸かなくて物を残してしまった時に、残りを食べてもらいました。
「・・・ところで響、さっき私が言った事覚えてるでしょうね・・・?」
そんな感じに俺がこの三日間をしみじみ回想をしていると、加賀さんがジト目でそう言ってきた。
「・・・なんか言いましたっけ?」
「とぼけると怒るわよ。・・・いい?もう一度言ってあげる。あなたは病み上がりなんだから外に出ても騒いだり走ったりしない事。分かった?」
「えー・・・・・・加賀さん、もしですよ?もし俺が外で騒いでいたらどうします?」
「そうね・・・もし、あなたが外で騒いでるのを見たり聞いたりしたら――――」
「・・・したら?」
「あなたをふん縛って布団の中に放り込むわ」
「hahaha!またご冗談を」
「あなたがどう思おうと私は本気よ。布団の中で身動きの取れない生活をしたくなかったら言う事を聞く事ね」
「加賀さんそれは言い過ぎっすよ。ソフトに、ソフトにいきましょう」
加賀さんは何も言わない。
唯々、ジト目でこちらを見つめてくるだけだ。
「haha・・・マジっすか」
本気だと分かるのに時間は掛からなかった。
加賀さんの無言を貫く姿勢、見つめ返しても逸らさない目線は『決めた事は実行する』そんな決意が見て取れた。
そんな加賀さんの眼力に戦慄していると後ろから頭に手を置かれ、軽くわしゃわしゃされる。
「でも加賀さん、響さんの気持ちも分かってあげましょう?だって、病気が治って暁ちゃんと仲直りしに行けるんですから」
後方からの赤城の援護だ!
そうだ!もっとフォローして!!
そんな心が通じたのか、赤城は顔を覗いてきてニコッと笑う。
俺もニコッと笑う。
加賀さんだけが目を覆い、ため息をついて、呆れるように言った。
「赤城さん、私にはその子が『やったー。これで自由に色んな所にいけるぞー』と考えてる様にしか見えないわ」
「失礼なっ!加賀さん、俺は他の事も考えてますぅ!!」
「・・・・・・聞いた?赤城さん、今この子『も』って言ったわ」
「あはは・・・それはそれとして、響さんが外に出るのなら病気がぶり返さないように暖かくして行かないと駄目ですね」
赤城に言われ、窓から外を見る。
今日は晴れていて風もなさそうで、どう見ても寒くなさそうだ。
「赤城さん加賀さん、今日暖かそうですよ。それに俺、防寒着とか持って無いですし」
「そうやってまた言い訳して・・・・・・ちょっと待ってて」
加賀さんはそう言うと箪笥を開き、がさがさと服を漁りだす。
もう聞く耳無しって感じ。
「赤城さん・・・加賀さんが本人の意思とは関係無しに何かガサゴソしてる」
「加賀さんは響さんの事が心配なんですよ。ね?加賀さん」
赤城の目線の先には、今まさにタンスを漁り終えた加賀さんがこちらに戻ってくるとこだった。
「そんなんじゃないわ。私は唯、あなたがいつまでも此処に居るのが気になるだけ。後、外に行くならこれ貸してあげる」
そう言われて両手いっぱいに渡されたのはしっかりした防寒着だった。
ぱっと見だけでジャンパー、手袋、マフラーなどが山の様に・・・・・・。
「・・・加賀さん?今、冬でしたっけ?俺の記憶が正しけれは花粉の季節がサヨナラした頃のはず――」
「それでも、また寝込むよりはいいでしょ?」
「ま・・・あ・・・ところでこれ全部とかじゃないですよね?」
「・・・・・・そんな事聞かなくても分かるでしょう?」
「そ、そうですよねー!こんなにいっぱい着れないですもんねー!」
「全部着るに決まってるじゃない。何の為にタンスから出したと思ってるの」
「赤城さぁん!!!」
「加賀さん・・・?私もその量はどうかと・・・」
その後、赤城との必死の説得で全部着ることは免れ、俺の必死の説得もあって、もこもこしたパーカーひとつで納得してもらった。
パーカーは加賀さんの物なだけあってぶかぶかで、着ると丈が長く膝まで隠れ、袖先から手が出ない。
これはあれだ。
トレンチコート一着で暖かくなってきた深夜の繁華街を練り歩き、見つけたターゲットに己のイチモツを見せつける露出狂になった気分だ。
「――じゃあ俺、鎮守府を練り歩いて暁探して己の誠意を見せつけてきます」
「はい、いってらっしゃい」
「・・・響、マフラーと手袋は本当にいいの?」
「大丈夫です。もうかなり暑いんで」
加賀さんには丁寧に断りを入れて、素早く部屋を脱出。
グダグダと部屋に居れば、加賀さんが両手に持っている呪いのマフラーと手袋が自身の装備になりかねない。
部屋を出てから俺は、気の向くままに外を歩いていた。
分かれ道があったら右や左に、そのせいで同じ道を歩く事もあった。
当てもなくふらふら歩いていたのは、こうしていれば暁に会える気がしたからだ。
と言っても日当たりの悪いジメジメした所を歩いたり、行った先が行き止まりだったりすると、やっぱり感じゃなくて普通に探した方がいいのかなって思ったりもする。
けど、今更普通に探すのは負けた気がして嫌だったので、当てもなく感だけで探す事更に数分。
もう2~3回同じ道を通り、そこで何度もすれ違った艦娘に白い目で見られ始めた頃、ふと何かが来る気がして、身を曲がり角に潜めて向かっていた方向に目を向ける。
すると曲がった先から影が三つ出てきて、そのすぐに暁達が現れた。
暁達は俺の居る方向とは真逆に曲がり、楽しそうに・・・あるいていった・・・・・・。
その光景を見た俺は、鈍器で後頭部を殴られた気分になって、地面にあぐらをかいて俯いた。
・・・あの三人、俺が居なくてもたのしそうだったなぁ・・・・・・。
響なんて居なくても私達は毎日楽しく暮らしてますよーって感じ。
あの空気の中、俺が「あかつきー!仲直りしよーぜ!」って出て行っても、はぁ?みたいな目で見られそうで怖い。
・・・・・・それでもいくか・・・前を向いて進むって決めたし。
改めて覚悟を決めて曲がり角から出ようとした時、俺は一番大事な事に気が付いた。
なんて話しかければいいんだ?と。
さっき考えた様に「仲直りしよー」なんて軽く言ったら、今度こそ本気で嫌われる。だって、部屋に居られないくらい喧嘩してるんだし。
そんな事を考えてる内に暁達はどんどんと向こうへ進んでいく。
もはや考えてる暇はなかった。
尾行しよう!
後を付いていけば必ずチャンスが来るはず。
今はひたすら耐え忍んで、後に来るチャンスを確実に物にするんだ!!
そうと決まればやる事は少なかった。
暁達に見つからない様に後をつける。
距離は視界に時々入る位の距離を保つ。
この時、変に物陰に隠れたり人の居る所を通ったりはしない。
周りに人がいるんだ。こそこそしていたら周りに注目されて、そんな空気が相手に伝わるとも限らない。
人の居る所を通らないのは相手が人影に隠れて見失ってしまう可能性があるから。
そして距離を必要に保つのは、相手に見つかっても、どこかの曲がり角で曲がったりさえすれば何とかなってしまうからだ。
ただ、かなりの距離を保つ為、曲がり角に入られると当たり前の様に見失ってしまう。
だから歩いている先に何があるか、どこに向かっているかを推理する。
そうすれば見失ってもその場所に先回りしたりできる。
ちなみに暁達が向かっている先にあるのは『甘味処間宮』だ。
三人の楽しそうな表情からしても、まず間違いない。
ばれない様に距離を取りながら後を付けると、案の定向かう先は間宮さんの所で、店が見えた時の光景は今まさに外にある椅子に三人仲良く並んで座って、特盛あんみつを食べているところだった。
外なら都合がいい。
これなら裏にまわれば話を盗み聞きする事も出来そうだと、俺は大回りをして素早く店の裏手に回り、茂みに身を潜めた。
・・・・・・・・・・・・。
「――それにしても最近暑くなってきたわねー」
「けど雷、そのおかげで間宮さんのアイスがより美味しくなるんじゃない」
「あ~む・・・あうっ!?アイス食べてたら頭がキーンってなったのです・・・・・・」
どうやら三人はアイスに舌鼓を打っているらしい。・・・三人で。
それをはぶられている一人が見てるって知ったら、どんな反応をするのかね?
もう若干、諦めて新天地に向かった方が楽になれる気がするが、それでもチャンスは来ると信じて、あんみつを食べている光景を見続ける。
するとアイスの冷たさで頭痛を起こした電が、あんみつを見つめたまま動かなくなった。
そうだ電・・・間宮名物特盛あんみつと言ったら俺なんだ・・・・・・。
初日にあんみつ食ったせいでキチ狂いあんみつ大好き認定され、夏どころか冬でも間宮さんに「響ちゃん今日もあんみつでいいの?」なんて疑問形で言われながら特盛あんみつを出され続ける始末・・・・・・。
断るのも悪いので寒さと冷たさに震えたりしながら約一年間、あんみつ食い続けてきた俺を・・・・・・あんみつ見て思い出さない訳がないよなァ!?
「どうしたの電?もうお腹いっぱい?もしそうだったら私が食べてあげるわっ!」
「・・・そうじゃなくって・・・・・・響お姉ちゃんが寝込んでるって聞いてるのにお見舞いに行かなくていいのかな・・・って」
YES!そうだよ!それが聞きたかった・・・・・・!
ここが好機だ!
このしんみりした空気に乗って本人が現れて謝れば・・・きっと許してくれるよね?
こうなったら行くしかないっ!
向こうからやって来た様に見せて今の流れに乗るんだっ!
そう思って、チャンスを逃さない様に来た道を急いで戻ろうとした時、後ろから暁の声が聞こえた。
「いいのよ、行かなくて。響は自分から出て行ったんだから。響は一人がいいんでしょ。だから私達に何も言わずに出ていくんだわ。お見舞いに行きたいのなら二人で行って。私は・・・響の顔なんて見たくないんだから」
さっきまで・・・仲直りするんだ!って思ってた自分が馬鹿らしくなった。
暁にそこまで嫌われたなんて思ってなかった。
俺は、戻ろうとした道に行くのを止めて、茂みから暁達の前に顔を出した。
三人は俺がこんな所から出てくるとは思わなかったのだろう・・・三人共、俺の顔を見てぎょっとしていた。
「・・・暁・・・・・・ごめんね・・・・・・?」
本当なら、もっと言い訳とか言うつもりだった。
けど、今の暁の顔を見て言えるのはこれが精一杯だった。
それでも、言葉は少なくなったけど言いたい事は言えたはずだ。
視界の端では雷と電が何かを言っているが、何を言っているかは聞き取れなかった。
それどころじゃなかった。
俺は暁の答えを・・・それが例え悪い物でも、聞かないと前に進めない気がした。
・・・・・・いつもなら言うだけ言って、答えなんて聞かずに逃げていただろうに。
赤城が知らない所で、辛い事から諦めずに、きっとなんて言葉を信じて戦っているって知ってしまったから・・・・・・。
この程度の事で俺は逃げたくなくなってしまった。
それから待った。かなり待った。ずっと待った。
暁は俺が何処にも行く気が無いのが分かったのか、ゆっくりと口を開いた。
「・・・・・・どっかいって・・・私は響の顔なんて見たくない。大嫌い」
「暁っ!響だって謝ってるんだから許してあげよ?ねっ?」
暁の答えは相変わらずだ。
雷は俺の事を庇ってくれてるらしく、暁を必死に説得していた。
「もういいよ雷・・・それじゃあね」
その光景が情けなく感じて、もういいと、気にしなくていいと雷に伝える。
駄目だった。
ここまで嫌われたらな・・・・・・そう思って、暁に言われた通りに何処かに行こうと後ろを振り返ろうとした時。
「・・・なんで?なんで暁は響を許してあげないの?なんで響は暁に言われた通りに何処かに行こうとするの?」
目の前に、今にも泣きそうな顔で、今にも泣きそうな声でそう問いかけてくる雷がいた。
雷はさっきまで俺の味方をしてくれていた。
それがどうして泣きそうになってるかが分からない。
分からないのは暁も同じな様で、さっきと違い、おろおろと辺りを見回している。
しまいには雷がぐずりだし、それにつられて電も泣きべそを掻き始める始末。
もはや俺に取れる選択肢は一つしかなかった。
俺は素早く暁の横に移動し、肩を組んで雷に見せつけるように「ほら!!もう大丈夫だから!仲直りしたから!もう何処にも行かないから!!」と笑いかけて言った。
暁も同じ考えに至ったらしく、肩に手をまわして「雷?もう怒ってないわ!ほら!ほら!」と必死になって言っていて・・・・・・。
「・・・ふふ・・・あはははははっ!!」
さっきまでどう仲直りしようかと考えてたのが馬鹿らしく思えた。
初めからこうしてれば良かった。
喧嘩したからといって変に距離を置いたのが良くなかった。
「な・・・なによっ!いきなり笑って!」
「はは・・・暁?俺が今までふらっと出て行ったりしたのは理由があるんだ。・・・理由は言えない。まだ言う勇気が無いんだ・・・。でも、いつか言うから。必ず言うから。だから俺の事、許してほしいんだ」
自分でも都合の良い事を言ったと思う。
裏を返せばその時が来ないと言わないと言ってる様なもの。
「・・・今さっき、もう怒ってないって言っちゃったから許してあげる。でも絶対だから、絶対言わないと怒るからね」
けど暁はそんな言葉で許してくれた。
ようやく仲直りができた!
そのことが嬉しくて、数日間動けなかったのもあって、その場でグルグル回る事にした。
ようやく肩の荷が下りた!
やっと今までが報われた気がした!
「ねえ・・・さっき、『ぶかぶかのパーカーを着た響が間宮さんの方へ走っていった』って聞いたのだけど・・・・・・あなたはそこで何をしてるの?」
うん・・・・・・気がしただけで、まだ報われたわけじゃなかった。
この後、加賀さんに首根っこ掴まれて布団に放り込まれるのは別の話。