「――――じゃあ響さんはここで大人しく休んでくださいね」
「・・・ありがとう、赤城さん」
工房を出て数分、赤城の部屋に連れられた俺は、流れるままに布団に寝かされる事になった。
赤城は俺を布団に寝かすと、部屋の見えない方へ歩いて行ってしまう。
部屋の布団は、工房のベットとは比べものにならない位ふかふかで寝心地がいい。
それと、とても優しい香りがした。
・・・。
・・・・・・。
うん、寝れないよね。
人の布団・・・それも女の子のだとなると特に。
故に、暇を持て余す事になったんだけど・・・部屋をジロジロと見回す訳にもいかず、仰向けになって微動だにせず天井とにらめっこすることになった。
・・・・・・。
・・・あそこのシミ・・・人の顔に見えるな。
「・・・?何か、ありましたか?」
「あー、退屈なもんで、ぼけーっとしてました」
「くす・・・濡れタオルを持ってきましたよ。おでこに載せますね」
赤城は薄く笑いながらそう言うと、俺の前髪をかき分け、デコに濡れタオルを載せた。
濡れタオルは固く絞ったのか、解いたときに絞った時の跡が残っているようで、乗っているところが軽くごつごつした。
「響さん、調子はどうですか?」
「・・・ええ。さっきより楽になりました」
「そうですか・・・それは良かった」
実際のところ、タオル一つで調子なんてすぐに良くなるもんじゃない。
調子は相変わらず悪いし、静かにしている今でも頭痛と眩暈で参っている。
・・・・・・けど、嬉しいって心の底から思う。
何気ない一言を反すだけで笑顔を向けてくれると、調子は良くならずとも一人の時の様な焦燥感は薄れ、心に余裕ができる。
「・・・ほんと、どうやってかえすか・・・・・・」
「どうしました?」
「いえね?鎮守府に来てから赤城さんたちにお世話になりっぱなしで、どう恩返ししようか悩んでるんですよ」
「なーんだ、そんな事ですか。気にしなくてもいいのに」
「まぁ、体裁ってやつです。赤城さんはなんかしてほしい事とかあります?できる範囲で、ですけど」
「んー・・・それなら、体調を良くして暁ちゃんと早く仲直りしてほしいですね」
「なかなおり・・・・・・」
「仲の悪い響さん達を見てると寂しいですから。・・・響さんは暁ちゃんと仲直りしたくないんですか?」
「いえ・・・そういう訳じゃないんですけど」
赤城の問いに、なんて答えればいいか分からない。
仲直りしたくない訳じゃない。
ただ、終わりの無い戦いの先にある『確実な轟沈』の前に、俺は仲直りする意味を見いだせなかった。
・・・・・・そういえば、赤城はどう思っているんだろう?
俺が鎮守府に来る前から、ずっと戦ってきた赤城。
赤城はこの海戦に何を思ってるのだろう?
「赤城さん・・・赤城さんはこれまで続いている戦いに疑問を感じた事はありますか?
・・・俺は・・・戦いはずっと、終わり無く続くと思いました。
そして、戦いの中で疲れていき、前にいる者から順番に沈んでいくんだと。
・・・・・・それなら、仲直りなんて意味無いと思いませんか?
仲直りしたところで沈んで誰かを悲しませる位なら、このままの方がいいと思いませんか?」
気づいたら、俺はあの日に思った事を赤城に話していた。
あの日に感じた、避けられない運命、絶対的な別れの事を。
その疑問に対する自身の答えを。
・・・・・・赤城さん、あなたはなんて答える?
俺に同意するか?それとも否定して、絶対に沈まないなんて言うのか?
聞きたかった。
この疑問に対する、自分以外の答えを。
何を思って戦っているのかを。
その言葉に赤城は――――
「戦いは終わりますよ」
あっけらかんと答えた。
・・・・・・開いた口が塞がらない。
その答えに俺はまたしてもなんて返せばいいか分からなくなった。
赤城は、そんな俺を気にすることなく、更に言葉を続ける。
「絶対に終わります。いつ終わるかは分からないですけど、絶対に。だから仲直りが意味無い・・・なんて事はないんですよ。大丈夫!戦いが終わればきっと平和になります!」
赤城の答え・・・・・・それは『いつか』『きっと』などが入っている曖昧なものだった。
根拠なんてない・・・・・・余りにも信用に欠ける答え。
俺が予想していた答えとは違う・・・いや、答えじゃなく願望の様な言葉だ。
子供が空を飛びたい!と言っている様な、サンタクロースは居る!と言ってる様な答え。
俺は、現実を見ろッ!!と言いたかった。終わる気配なんてないだろッ!!と叫びたかった。
けど・・・そんな事を思う前に分かってしまった。
一緒だったんだ・・・・・・と。
俺だけじゃない・・・・・・赤城も俺と同じ事を思った事があるんだろう。
終わりの無い戦い、何時かやってくる死。
ただ、俺と違ったのは、だからといって自棄になる訳でもなく、その現実から逃げる訳でもなく、それを知った上で希望を信じて戦っていた・・・・・・ということ。
赤城の答えには、俺が言って欲しかった全てがあった。
「・・・赤城さんは強いですね」
「そんな事ないですよ?それに私がこうやって思えるのは、ある娘が私にこんな事を言ってくれたからなんですよ?『もしそんな運命があるなら壊してしまえばいい!!』って」
「っ!!・・・・・・それは・・・頼もしいですね」
「そうなんです。その娘の事は今でも頼りにしてるんです」
その言葉には聞き覚えがあった。
当然だ、それは俺が言ったんだから。
あの時は鎮守府に来て日も浅く、その時の嬉しさもあって気分で言ったんだっけ・・・・・・。
覚えててくれたんだ・・・・・・。
あの時の根拠の無い戯言みたいな言葉を・・・あろうことかずーっと!!
「赤城さん、戦いは終わるんですよね・・・?」
「勿論!絶対に終わります」
「・・・それはいいな・・・・・・そうなれば戦う必要は無いし、誰も沈まないだろうから」
「そうです。響さんも沈みませんし、私や加賀さんも沈みません。暁ちゃん達だって――――だから、泣かなくても大丈夫なんですよ?」
そう赤城に言われても涙は止まらなかった。
理解してしまったから。
きっと・・・いつか・・・この言葉の中に、どれだけの辛い思いが入っているか。
そして、それでも前に進んでいこうとする強い意志。
この時、あの日から感じた疑問に俺が思った答えと違う答えができた。
信じてみよう。
赤城がそうした様に、俺も・・・根拠の無い言葉だとしても、何時か沈むと決まっていたとしても、馬鹿みたいに、一心に何時かそんな日が来ることを。
その後、しばらくすると涙が止まり、気持ちもだいぶ落ち着いてきた。
「あの――――」
声は鼻声で少し恥ずかしくなったが、気づかないふりをして言葉を続ける。
「――――赤城さんはどうして俺の・・・その娘の根拠の無い言葉を信じようなんて思ったんです?」
「それは、笑ってたからです。まっすぐこちらを向いて、自信満々にその娘・・・響さんが言ったからです」
「・・・じしんまんまん」
「自信満々です。片手を握って上に突き出してもいましたね。その後、弓道場に戻る間ずっとクルクル回りながら歩いてました。」
「うわぁはずい」
「そんな事ありません。その時の響さん可愛かったですよ?年相応って感じで」
「うわぁぁぁぁん!!」
年相応って!いや、響ちゃんは可愛いけど!!年相応ってぇ!!
「ただい・・・・・・赤城さん、どういう状況?」
「あぁ加賀さん、戻ったんですね。実は響さんが工房で体調を崩しているのを見つけて、ここで看病しようかと」
「その子の部屋には連れてかないの?」
「響さん、暁ちゃんと喧嘩して部屋に居づらいそうです」
「・・・呆れた」
その事については自覚があるので何も言えず、少し目を逸らしてから、わざとらしく話を変えることにした。
「・・・そういえば赤城さんはどうして俺が工房に居るって分かったんです?」
「実は工房に行く少し前に那智さんとすれ違いまして。今日響さんが授業を無断欠席しているから居そうな所をしらみつぶしに探すっ!!と言ってたので私が代わりに探す事にしたんですよ。・・・反攻作戦の後、響さんが思い詰めてると長門秘書艦からも聞いてましたし」
そうか・・・・・・長門か。
あの時に長門に話した事を今考えると、恥ずかしかったりする。
なにせ自棄っぱちで言った言葉だ。
それも前を向いて諦めずにいる人が居る・・・そんな中で。
「・・・・・・俺、もう一度、本当に頑張ってみます。・・・勉強も演習も、遊びや海戦だって、暁との仲直りも」
「私は今来たところだからよく分からないけど、あなたはまず病気を頑張って治さないとね」
ガックシきた。
俺、いい事言ったのに。
「あのー加賀さん?俺今、決意を新たにした主人公の体で話したんですが」
「そんな顔真っ赤にして言われても格好良くないわ。それより、後少しでお昼だけど赤城さんは食べたの?」
「ああっ!!もうそんな時間ですか!」
・・・もはや相手にされない。
この二人・・・俺と昼飯の審判は迷い様もなく昼飯らしい。
・・・・・・そうだよね・・・これが日常だよね。
頭が痛くなってきた・・・二つの意味で・・・
二つで頭
「・・・・・・響、なにニヤニヤしてるの?」
「いえ、うまいこと思いついただけです。でもくだらないので心の中に秘めておく事にしました」
「そう」
「それじゃあ少し早いですけど間宮さんの所に行きましょうか。響さんも少しは食べないと良くなりませんからね」
赤城はそう言うと「歩けますか?」と手を差出してくれた。
掴んだその手がひんやりしていると思うのは、俺の体温が異様に高いからだろう。
俺は赤城の手を借りて立とうとするも、手足が震えてまともに立つ事ができない。
しまいに加賀さんは「いつも通り喋ってるから大した事ないと思ってたけど重病ね。待ってて、今、果物と薬を貰ってくるから」と部屋を出て行ってしまう。
そして、やっぱり迷惑をかけているな・・・・・・と思った刹那――――扉の向こうから誰かか爆走している様な音が聞こえた。
耳鳴りかな・・・。
だって今の時間は、ぜかまし授業のはずだし。廊下を爆走しそうな艦娘って、残りは俺くらいなもんだし。
そういう事なので、この事は忘れることにした。
「・・・そういえばさっき、加賀さんが食べ物持ってくるって言ってたけど、俺・・・食べれるか分かんないですね・・・」
「大丈夫!食べれなくても私がいますよっ!」
うわぁお、なんて頼もしい。
おまけに胸を拳でドン、とするジェスチャー付きだ。
「加賀さんは何を持ってきてくれるんでしょうか・・・」
そして赤城の変なスイッチが入り、食べ物の事を考え始めたようだ。
こうなると、俺の為に持ってきてくれるんですよね?なんてツッコミは無駄だろう。
それに、俺も喋り過ぎて疲れたので少し目を閉じる。
すると、視覚がなくなった代わりに他の器官が鋭くなったように感じた。
布団の匂い、息づかい、自分の呼吸で動く布団の感触、廊下から来る僅かな地響きでさえも。
・・・んん?地響きって、それに近づいてる?
そこから廊下を走る音が聞こえたと思ったら、扉がガタガタと揺れだす。
「えっ?えっ!?な、何事ですか!?」
赤城が驚く中、俺は目を開け扉に注意を向けた。
扉は揺れ終わったかと思うと、まるで消えたかの様に外側に勢いよく開き――――
「ハァッ・・・ハァッ・・・薬・・・貰って・・・きました・・・」
加賀さんが矢の様に飛び込んできて、息も切れ切れにそう言った。
「・・・ああ、びっくりした・・・加賀さんでしたか。早かったですね」
「ハァッ・・・ハァッ・・・え、え・・・薬が早くっ・・・見つかったものですから・・・」
いや・・・早いなんてレベルじゃない。
薬っていったら、医務室のある棟まで数百メートルあるし、手に持ってるリンゴやらオレンジを見るに購買にも行ったんだろうって予想がついた。
とてもじゃないがこんなに早く帰ってこれないだろう。
計った訳じゃないが5分と掛かってないんじゃないか?
そんな加賀さんはというと、手に持っていた薬やら果物を畳の上に転がして、畳に両手、両膝をつけてゼイゼイと肩で息をしている。
「えと・・・加賀さん?俺の為に薬を取りに行ってもらってありがとうございます」
「・・・お礼はいいから・・・あなたは早く・・・病気を治しなさい・・・」
・・・本当にありがとう。そしてごめんなさい加賀さん。
俺は、俺の為に走って、疲れて、休んでいる加賀さんを見て、あっこれOTL・・・
そして赤城は畳に転がったリンゴ、オレンジを片手ずつで掴み――――
「それじゃあ私は果物を剥いてきますね。響さんはオレンジとリンゴどっちがいいですか?」
「えっと、じゃあリンゴで。・・・っあ、摩り下ろしたりするの無しでお願いします。固形物の食べ物をドロドロにして食べるの苦手なんです、俺」
「待ってっ!・・・・・・よし、大分落ち着いたわ。赤城さん、リンゴは私が剥くわ」
「でも、今さっき加賀さんは戻ってきたばかりじゃないですか。私がやるんで、休んで居てください」
「大丈夫よ、そんなに疲れてないから。それより赤城さんは響の面倒を見てあげて」
加賀さんがそれを横から取って、行ってしまう。
残ったのは俺と、妙にしょんぼりした赤城だ。
「・・・赤城さん、もしかして切ってる最中に食べるつもりでした?」
「そんなまさか!いくら私でも加賀さんが響さんの為に持ってきてくれた物を食べたりしないですよ!!」
「そ・・・そうですよねー」
「――――ただ・・・剥いたリンゴの皮は食べてたかもしれません」
「・・・・・・はは、オレンジだったら食べなかったんです?」
「もうっ!響さん、いくら私が食いしん坊でもオレンジの皮は食べれませんよ!」
「えっ?オレンジどころか柑橘類は皮食べれますよ?・・・まぁ、市販の物は皮にワックス付いてるの取ったり、熱通して柔らかくしたりしないとまともに食えないですけど」
「・・・・・・おいしいですか?」
「よく茹でてから砂糖で漬ければ、まぁ」
そう言った途端、赤城の表情がパァッと明るくなった。
その顔は、とても良い事を聞いた!!って感じだった。
皮・・・そこまで食べたいか?と思わなくもない。
そしてこの後、加賀さんがウサギカットしたリンゴを持って来たり、リンゴを食べてる途中に赤城が「響さん、オレンジっ!オレンジ食べたくなりませんか!?」と聞いてきたりした。
俺はそれを、赤城達に看病してもらうのも中々大変そうだな、なんて思いながらもやっぱり嬉しかった。