「あー、星は好きだが星座とか意味分かんねえよ全く・・・・・・」
第三水雷戦隊の皆が円陣を組んでいたのを見たその翌日、俺は朝早くから資料室に一人篭っていた。
今俺が調べているのは星座。どの時期にどんな星座が見れるかを調べているんだが――――
「ああああ!!頭痛えっ!畜生っ!星なんて空で光って綺麗だな、でいいじゃん!!なんで線で繋いで形を作ろうとするかなぁ!?しかも形似てねえし・・・・・・」
訳がわからないよ・・・・・・。
もう頭痛い。星座なんて覚えられない。
ちなみに俺が今調べている書物の題は『しらべてみよう!夏の星座・冬の星座』という本、・・・ええ、小学生向けの・・・漫画付きの本。
・・・・・・悲しいことに俺は、この本に書いてある事を覚えるのに精一杯手一杯。
座っている机の片隅・・・そこには俺が挫折に挫折を重ねた悲しき顛末が見て取れた。
まず最初に「俺の中の人は大人だから」と取った専門的な星の本は意味不明。
次に「ま・・・まぁ、あれは専門家御用達なんだろ・・・・・・」なんて思いつつ、さっきのより分かりやすそうな本を手に取り読み進めるも頭がねじ切れる錯覚を覚え断念。
それが坂を下るようにゴロンゴロンゴロンゴロンと転がって最後にたどり着いたのは今手に取っている小学生向けの本。
その本をなんとか読み進めることが出来たとき、俺は情けなさより安堵の方が強かった。
だってさ、この本より・・・となると『そらのせいざ』なんて書かれているが中身が絵本の幼児向けしかないんだからな。
とはいえ、その本を読めているおかげで俺はその本より1ランク2ランク上の本を理解出来るのだから侮れないよなぁ小学生向け。
それからしばらくして、そういえばそろそろ昼じゃね?と顔を上げ時計を見ると短針は11を過ぎていた。
疲れた。6時過ぎには篭っていたから腹も減ったし早いけど昼飯にしようかな・・・・・・暁達に会うと面倒だし・・・・・・。
実は今日、授業がある。
俺はその授業を暁達に内緒で休んだのだ。というよりこれからしばらく休み続ける、というのが正しい。
ちなみにこれはサボりではなく、ちゃんと長門に許可を貰っている。
・・・長門は人の理由に込み入ってこない分言い訳考えなくていいから楽だった。これも日頃の行いか。
暁達は・・・適当にあしらえばいいか・・・・・・問題は時間か・・・・・・。
・・・・・・おそらく、俺が昨日見た光景はアニメの2話のシーンだったはずだ。
あの後、アニメだと確かシーンがダイジェストで飛んで3話に繋がったはず・・・・・・。
そして3話の作戦の最後で・・・・・・如月があっさり沈む。
もう時間がない・・・ただ、その時間が1週間後か1ヶ月後かが分からない。
分かっているのは、このままだと俺は友達を助けることなく見殺しにするんだという事。
きっと俺に出撃は無いだろう・・・長門に出撃許可を貰うのも手のひとつだが・・・・・・上手い方法ではない。
この時、許可が貰えなかった場合下手すると何かあるんじゃないかと目をつけられる可能性がある。・・・これも日頃の行いだろうなぁ。
・・・今、俺が思いつく限りで一番の方法は・・・・・・『作戦決行前日、深夜に敵味方に悟られず作戦舞台に忍び込む』
この考えは穴だらけで今の俺には決行するにしても足りない物が有りすぎる。
ひとつが深海棲艦が制海権を取っている所では方角が分からなくなる事。
ふたつ、深海棲艦に見つかってしまった場合・・・魚雷などの攻撃を受ける際、夜間の為、雷跡の発見が困難になる事。
みっつ、夜間に乗り込む事が出来ても作戦決行までは見つからずにその場に留まらなければならない事。
細かい事を上げれば切りが無いが、大きく分ければこの三つだろう。ちなみにひとつ目以外は何とかなる目処が立っている。
問題は方角。深海棲艦が居る場所ではコンパスが狂い、向かうべく方角が分からなくなる。
その為、艦娘は羅針盤妖精さんに進むべく海路を示してもらう、ということになるのだが俺は誰にも悟られることなく目的地に到着しなければならない。
つまり羅針盤妖精さんには頼らず、自力で正しい方角を見つけなければいけないのだ。
この時、思いついたのが星を見て方角を調べる方法。・・・なのだが俺はそんな事は出来ない。
なので授業を放ってでもこの方法を覚える必要があるのだ。
「・・・ふぅ、少し休憩するか」
自分で口に出して一区切り付ける事にする。
時間は無いが少なくとも吹雪の腕前が上がるまで、という点で見ればまだ時間はある・・・おそらく数日位は。
だからこそ焦るのは良くない、無理をせず、その時までに間に合えばいい。
・・・よし、昼飯を取りに行く前にさっきまで使っていた本を元の場所に戻すか。
そしてまた戻ってきて本を読む・・・今の俺にはこれしかできないから。
皆に合わずに如月を助けるための準備を進めていたある日・・・・・・。
最近は工房の一室に篭もり、今度あるであろう作戦内容や場所を海図と照らし合わせていた。
なぜ俺が作戦内容を知っているかというと、単に深夜に提督室などに忍び込んだからに過ぎない。
・・・ただ、忍び込んだり調べ物を短い期間で完璧に行うのは一切の余裕などなく俺は部屋に戻らなかった。
そしてその行動は暁達を心配させるのには十分だったらしく、そんな俺を止めるために暁達は俺の居る工房へと押しかけて来た。
「・・・響、こんな所で何やってるの・・・・・・?」
「おお!暁、それに雷電も・・・一体どうしたんだい?」
「どうした、じゃないでしょ!何日も帰ってきてないじゃない!!いいから早く部屋に戻るわよ!!」
「おやおやぁ?もしかしてアレですか?俺が戻ってこないから寂しくて寝れないとか?」
「ふざけないでよっ!!・・・・・・急に授業にでなくなって、お昼も一緒に食べなくなって、赤城さんの所にも行ってなくて、夜になっても朝になっても部屋に戻ってこなくて・・・・・・聞いたの、夕張さんに・・・最近此処に響がいるって。・・・・・・響はここで何してるの?それは私達に言えない事なの?」
「はっはっはっ。工房で言えない事なんて秘密兵器の開発に決まってるジャマイカ!」
俺がそう言うと暁の後ろにいる二人は部屋の奥にある机に目線を向けた。
この机には俺が計画を実行するために必要な情報をまとめた紙が出ている、これを見られるとこの数日が無駄に成りかねない。
まぁ、見られないようにすればいいだけなんだが。
「ん?・・・あぁ、机が散らかってると話に集中できないよね。すぐ片付けるよ」
返事は聞かない。そしてこれ見よがしに暁達の前で紙を片付ける。
別に何処に置いたか見られても問題ない。暁達が居なくなってから置く場所を変えればいいだけだから。
ふ、と片付けてる最中に暁達を見やると暁達は唖然とした表情でこちらを見ていた。
視線が交差する、互いが互い見やったまま動けなくなる・・・そんな錯覚に陥りそうになる。
そんな中、最初に口を開いたのはやはりというか・・・暁だった。
「響?私達は仲間じゃないの?・・・・・・それは響は私達より強いし、なんでもできるから・・・きっと私達が頼りなく感じると思う。・・・でも、私達だって強くなってる!!響の力に少しでもなれるように努力してるの!!響!私達はそんなに頼りない!?私達は響の邪魔!?・・・・・・今の響が無理してるのがわかるの・・・・・・だから、少しでも力になれれば・・・・・・」
「そっか」それからしばらく目を瞑り「でも言わない」
俺の言葉に暁達は目を見開きこちらに視線を向ける。
「これは俺の問題だから。ああ大丈夫、何も無理なんてしてないよ。だから心配しなくていいよ」
言葉を続ける。
その言葉に暁は何も言わず俯いて、ゆっくりと後ろを向き部屋の出入口に向かう。
そして暁が部屋を出ていく時に「響なんてだいっきらい」という声が聞こえた。
雷達は2~3度、俺と出て行った暁を見やると何も言わずに出て行った。
全身に強い脱力感を感じる。
立ってるのが億劫になる。
俺は力なく傍に置いてある椅子に座った。
「・・・・・・大嫌い、か」
暁が最後に言った言葉は胸に深く刺さった。
それだけじゃない、仲間だと力になりたいと言ってくれた。
そんな優しい仲間に俺は何一つ打ち明けることが出来ないのが何より悲しかった。
俺にはもったいない・・・最高の仲間に言えない事・・・・・・そんなものは沢山あった。
皆に俺が男だったと言って何になる?
その時の記憶で近い内に友達が沈みます?
・・・頼りないから言わないんじゃない。仲間だから言えないんだ。
俺は皆に嫌われたくない。だから、この事を言って白い目で見られたくない。
もしかしたら受け入れてくれるかもしれない。でもそれは『しれない』という憶測であって絶対じゃない。
俺はこの事を言って今の居心地の良いこの場所から出て行きたくない。
俺は結局、自分自身の為にしか動けない。
今回の事もそうだ・・・俺はあの場所から誰ひとりとして欠けて欲しくない。それだけだった。
誰かが欠けたら、きっと欠けた所から何かが失われるのを知ってるから。
俺はただ皆と笑って居たいだけだから。
けど、いささか自分勝手だったな・・・・・・暁に嫌われてしまった。
その場で力なく机に俯いていると部屋に放送が鳴り響く。
放送の内容は明日行われる反攻作戦の作戦説明及びその作戦に参加する艦娘の呼び出し。
呼び出しには俺の名前は入っていない。
そしてアニメで出ていた艦娘の名前がいくつも呼ばれた。
放送が流れ終わった時に俺の中に渦巻いていたのは矛盾。
この日が来なければいいと思いながらも、この日の為に出来うる限りの事をして待ち望んだこの時の事を。
やる事は艦載機を打ち落とすだけなのだが、しくじれないプレッシャーが俺を激しく襲う。
・・・きっと俺は、今から一日、今までの人生に無い濃縮された時間を歩むだろう。
長い、長い一日を乗り越えて。
そうしたら、また皆と笑い合える日常が帰ってくる。
「ふー・・・よし、やるか」
言葉に出して気持ちを切り替える。今の俺に落ち込む時間は無い。
決行は深夜。少なくとも半日は向こうなのだからおにぎりくらいは用意したい。
大丈夫、きっと上手くいく。必ず皆で戻ってくる。
・・・そうしたら・・・・・・あぁ、俺は嫌われたんだったな・・・・・・。
まだどこか虚無感を覚えるが時間は有限。
鎮守府から見える星座、作戦場所の位置などを書いた紙をクシャ、と握り締め、ヨタヨタと工房を出る。
それから時間は経ち、夜10時を過ぎた頃、俺は肩から下げるバッグにおにぎりを数個と紙、懐中電灯などを入れて船着場にやって来た。
気分は昼間程落ち込んでもなく、それなりに気持ちに折り合いもつけてきた。
ああ、そうさ!ここで華麗に助ければ、きっと帳消しだろう!?
そう考えると幾分か楽になる。
必ず成功する、俺は運もいいしな。おかげで空には星がよく見える。
長門の話だと深海棲艦共はこちらの作戦を把握している可能性があるって言ってたが、もし知っていたら明日来るのにその先日に駆逐艦が一隻そちらに向かうなんて思わないだろう。
おそらく、今日は警戒なんてされてない・・・その腐った慢心、背後からブチ抜いてやろう。
とは言っても今夜は移動、ブチ抜くのは明日だ。
この時に必要なのは敵より発見出来る『目』と、素早く移動出来る『足』。
それを満たす艤装を思い浮かべて装備する。
目は電探、足はタービン、そして――――
「よろしく頼むよ、妖精さん」
俺が肩にそう言うと、肩に乗っている妖精さんがビシッと敬礼を返してくれる。
まだ誰にも言っていない秘中の秘、それが『熟練見張員』。
この暗い海でもし敵に見つかった場合、自力での雷跡発見は困難だろう。
それをこの妖精さんに補ってもらうのだ。
戦闘はできなくても逃走は出来る・・・おそらく生き残るにあたって最大級の装備。
さあ、切る札は揃った。後は順当に札を切っていくだけだ。
海に出る際に、一度鎮守府へと振り返る。
空は星が輝いていても辺りは暗く鎮守府の全容は見えない。ただ暗闇に点々と明かりが灯っているだけ。
その光景は、いずれ深海棲艦が鎮守府もろとも艦娘を飲み込んでしまうように見えた。
・・・・・・沈むもんか。日はまた昇る・・・精々つかの間の有利を味わってろ深海棲艦共・・・・・・最後に笑うのは俺達だ。
暗い、何も見えない海を進む。一人で進む。
しばらくすると鎮守府に灯っていた光は見えなくなって星の光だけしか見えなくなる。
進む。それでも進む。
きっとこれが正しいのだと・・・・・・これが皆と一緒に居られる最善の策だと信じて。