とある艦娘が鎮守府に配属になってからもうすぐで一年が経とうとしている頃、この鎮守府に新しい艦娘が配属されることになった。
噂では提督自ら呼び寄せた艦娘らしい・・・。その彼女の名は特一型駆逐艦 吹雪。
おそらく最近、深海棲艦の動きが活発化してきたのを警戒しての戦力強化なのだろうが、何故今更になって特一型駆逐艦?と思う艦娘もたくさんいた。・・・・・・けして声には出さないが。
中には例外があるのだ・・・あの駆逐艦の様に・・・・・・。
その艦娘は問題児と呼ばれ、配属と同時に数々の騒ぎや問題、規則を破る。一時は解体なんて噂もあった。
だがその艦娘は一ヶ月も経たない内に主力の艦隊に配属される事になった。
彼女は常に砲撃飛び交う最前線を動き回る。
ある時は、空に浮かぶ脅威を誰よりも振り払った。
またある時は、漆黒の海の中で誰よりも早く状況を把握することが出来た。
彼女と戦場を駆けた艦娘達は、彼女の事をこう例える・・・・・・。「後ろにまとめ上げた髪を靡かせ最前線を駆ける姿は『獣』の様」だと、「鋭い目付きで艦載機が飛び交う空を睨む様は『獲物を狙う猛獣』の様」だと、「暗闇の中で敵艦を見つける姿は『夜目の効く動物』の様」だと、「誰よりも敵艦隊の攻撃を引きつけて味方を護る時の姿は、彼女の銀色の髪と激しく舞う水飛沫が共に輝いていて、まるで『神話に出てくる聖獣』と錯覚する」と。
そして、ある艦娘は彼女に対して「あの時に庇った事は間違いじゃなかった」と、続けて「私はあの娘を誰よりも信頼している」と言った。
そんな彼女だが、出撃した艦娘以外にはそんな事は伝わっていないらしく、せいぜい「そんなの噂だ」「最前線で戦っている主力の艦娘の戦果を横取りしただけ」と言われ信用されていないらしいが。
鎮守府に配属されてから一度たりとも噂の絶えた事のない艦娘の名は――――
「あー!もうっ!一体どこ行ったのよー!気づいたら何時も何時もいなくなるんだからっ!!」
少女の声が辺りに響く、少女はどうやら誰かを探している様だ。
「ねぇ暁、そろそろ行かないと利根さん待たしちゃうわよ?」
「わかってるけど響が!」
「もしかしたら響お姉ちゃん、先に利根さんの所に行ってるのかもしれないのです」
「「それは無い」」
即答だった。
「うー、じゃあ響お姉ちゃんは何処に行っちゃったのです
「えーっと、響の行きそうな所は・・・部屋、弓道場、工房、演習場・・・って、多すぎて分かんないわっ」
「・・・しょうがないから響はほっといて利根さんの所に行かないと。人を待たせるなんてレディにあるまじき行為だわ」
「そういえば昨日、響お姉ちゃんが『特訓?明日は日曜だぜ、ゆっくりしよう、ゆっくり』って言ってたのです」
暁と雷は電の言葉を聞いて、電は自分の言葉を思い返して頭の中に同じ事が浮かんだ。
「「「逃げた!!」」」
逃げかねない・・・いや、むしろ嬉々として逃げるだろう。響は人が努力をしているのを、自分は何もしないで見るのが大好きなのだ!
とは言っても、響が誰も居ない所でひたすら頑張っているのは三人の中では周知の事実なのだが。
なんで一緒に特訓しないのか聞いたこともある。その時の響は「努力を誰かに見られるのは恥ずかしい。どうせなら普段は何もしないのに、なんでそんな事がいきなりできる!?って驚かれたい」と答えていた。
「早く行きましょ?私達が利根さんにお願いしたのに、私達が早く行かないなんて失礼だわ」
「ええ!いっぱい特訓してすごく強くなって皆に頼れる所を見せつけちゃうんだから!!」
「なのです!電も頑張るのです!!」
三人は響が護衛艦になったと聞いた時同じ事を考えた。それは一番最後に来た響が誰よりも先に、前に進んで行ってしまった事について。
いつか自分達も・・・きっと追いついて、同じ場所で戦うんだ!!
三人がそんな事を考えているとはつい知らず、その少女は新しく来た艦娘と入れ違いになって海を眺めていた。
いつもの高台に上り、後ろにまとめた髪を海かぜに靡かせ静かにそこに佇んでいる。
その少女『響』の様子は鎮守府に来た時のような騒がしさは全く無く、別人のように落ち着いていた。
と言ってもこれが彼女の普通なのかもしれない。
というのも彼女はもともと艦娘じゃない。何かの拍子に艦娘になっていた男だった。
その男の常識では艦娘なんて物は架空の物であり実在なんてしていなかった。
当時の響はその状況に喜び、はしゃいで色々やった。・・・そこにいる人の迷惑も考えず。
そして誰かに注意され初めて気づく、ここは自分だけの場所ではないんだと、艦娘が実在するだけで自分が知っている世界と何もかわらないんだと。
「・・・・・・・・・」
響は思い返す。あの時の迷惑しか掛けなかった自分に優しい言葉を掛けてくれた人達の事を、そんな自分の事を何時までも仲間だと言ってくれた少女たちを。
そしてその言葉に答えたいが為に、ここまでやってこれた自分の事を。
響は思い返す。自分がここに来た意味なんて無い、生まれた意味なんて無い。そんなことは知ってる。
けどそれじゃあ悲しすぎる。なので自分でその意味を作ることにした。
ありがたい事に此処は自分の知ってるアニメに限りなく近い世界の様だ。
なので俺が此処に居る意味はきっと――――
「アニメの物語をぶち壊すために居るんじゃないか?」
自分で言った後「くっくっくっ」と笑いが漏れる。なんて自分勝手な意味なんだ。
けどそれが誰かに迷惑をかける行為だと思っていない。だって誰もそれを知らないんだから。
まぁ、ぶち壊すのは少し先になりそうだけど、と響は考える。
というのも最初の話は一航戦達が強すぎてろくに割り込めそうに無い、というか駆逐艦では戦闘に関して、ほぼ無力と言っていいくらいの火力しかない。
下手に手を出すとどんなに連度の高い駆逐艦でも沈みかねないのだ。なので戦闘に関しては自分が出来ることをひたすらにこなすしかない。
そうやってそれなりの戦果を上げてきたと思っている響だが心の隅にある不安があった。
「ここ数ヶ月、出撃どころか遠征もやってないんだよなぁ・・・」
言葉に出したら不安が増した・・・・・・。
失敗はないはずだ、むしろ出撃した後は賞賛を貰うくらいだった。
じゃあ出撃任務がないのかと言われれば違う、むしろ深海棲艦の本拠地を探すなどで当初より忙しいはずなのだ。
証拠という訳ではなかったが暁達も遠征によく駆り出されていた。
ただ、響一人だけが鎮守府で暇だった。その事については長門に聞いたこともある。その時の返答については「響、もう少し自分の事を分かった方がいい」とだけ。
とはいえ、前に散々悩んだ解体の件については「無い。解体は金輪際、絶対無い」と提督共々、念を押されて言われたので心配はしていなかった。
じゃあ何が不安なのか?
・・・・・・『主人公』だ。
主人公はアニメで赤城の護衛艦を務める事になっていた。響はその立ち位置をお情けでもらう事になった。
だが護衛艦として赤城と出撃した回数は2回。むしろ『戦艦 金剛』と、『第三水雷戦隊』の特別編成で出撃した回数の方が多かった。・・・最近はそれすらも無いが・・・・・・。
つまるところ、響の不安というのは『主人公に今の自分の立ち位置を取られる』のではないか?というもの。
護衛艦の件についても赤城や長門に同じ事を散々聞いていた。「自分は護衛艦がつとまっているのだろうか」「赤城さんは自分より性能の良い駆逐艦が来たら護衛艦を変えるのか」と。
響は自分の頬を軽く叩き目をつぶる。
(考えても仕方ないか・・・)
とりあえず主人公を見に行こう。どうせ変えるにしろ変えないにしろやる事は同じなのだから。
響はもう、うろ覚えになったアニメの事を思い出す。
確か・・・主人公は赤城のとこに行って間宮さんのとこに行くんだっけ?
ちなみに此処からだと弓道場が近かった。
「よし、それじゃー行きますか!フフフ、結構主人公見るの楽しみだったりして」
ただ見るのではない、主人公が努力してるのを近場でニヤニヤしながら見るのが楽しみなのだ。
この響、鎮守府になれるに連れて騒がしい性格がなりをひそめる代わり、意地の悪い性格が現れた様だった。
「――――吹雪さんですか?さっき来ましたけどすぐ何処かに行ってしまいましたよ」
「嘘ぉ!くそう、少し遅かったか・・・・・・!」
どうやら響が来る少し前に主人公は帰ってしまったようだった。
響が知る余地はないが、高台に向かった時も吹雪と入れ違いになっている。
「さっきの子に何か用事があったの?」
「あぁ、加賀さん。あの、えっとですね・・・。!!特一型駆逐艦の一番艦がどんな娘なのかなーって思いまして」
「ふーん、それで、どうして此処に来るのかしらね」
「・・・へ?・・・・・・あぁぁ、えーと、ほら!だって一航戦ですよ!超有名!そりゃあ見に来るしかないってもんですよ!」
「まあ、そういう事にしておくわ。吹雪って子ならさっきそこで顔をぶつけてたわよ」
「見 た か っ た !!」
「「そこまで!?」」
響はガクリと崩れて地面を叩いた。流石にこれは響と付き合いの長い二人が見ても思わざるおえない・・・・・・。
なんてイイ性格をしているんだと・・・・・・。
「あはは・・・で、響さんは吹雪さんを探しに行くんですか?」
「や。そこまで気になるわけでもないんで何処かフラーっとしようかな、なんて」
「なら一緒にお茶しませんか?そろそろ休憩しようかと思ってたんですよ」
「おお、それはラッキー。さっきまで海にいたんで体が冷えちゃって」
「では早く用意しないとですね。加賀さんお茶菓子出してもらえませんか?」
「ええ、いいですよ」
「じゃあ俺は湯呑持ってきますよ」
「はい、お願いしますね」
そう言って三人はテキパキとお茶の用意を始める。
自分自身もう慣れたものだと響は常々思う。ここには週に3~4回は来ている。
最初はお客さんだからと用意されるのを待っていたのだが、毎回待っているのは何とも居心地が悪い。
そのうち時々作ったお菓子を持っていくようになり、それだけじゃ何だからと湯呑を用意する様になった。
今ではそれが当たり前だ。そしてそんな事を思っていると、あっという間に用意が出来てしまった。
用意が出来たので早速三人でお茶をすする。
「あ”~体に沁みる。そうだ、赤城さんから見た吹雪って娘はどんなでした?」
「えー、そうですね・・・いい子そうでしたよ」
「それだけ?」
「後は・・・提督に面倒を見て欲しいって頼まれましたね」
「貴方、さっきからその吹雪って子を気にしてるみたいだけど何かあったの?」
「ハハハ・・・ちょっと気になるってだけです。ほら、俺の後に誰も鎮守府に配属されてないじゃないですか。という事はですよ?俺って先輩じゃないですか!それはもう色々教えるしかないなって」
「・・・・・・。あの子も大変ね」
「ブフッ」
「ちょっ!それどう言う意味です!?ていうか赤城さんも笑わないでなんかフォローを頂戴!!」
そんな事を言っていると辺りにサイレンが鳴り響く。
この音は出撃要請だったはずだと響は思う。二人の顔はさっきまでの穏やかな表情ではなく引き締まった表情になっている。
今回も俺の出撃はないだろうな、そう考え二人に「頑張って来てください。片付けは俺がやっておくんで」と言おうとした時だ――――
『第一機動部隊、第二支援艦隊、第三水雷戦隊に次ぐ――――』
「聞きましたっ!?第一機動部隊って言いましたよ!特別編成じゃないみたいですよ!って事は・・・ひっさしぶりに出撃だぁ!」
「響さん落ち着いて!」
赤城ははしゃぐ響を止めようとするが今の響にそんな言葉は聞こえない。
今回の出撃でどれだけ自分が護衛艦として有能か見せつけてやる!響の頭にはそれしか考えられなかった。