「これはご褒美なんだ。これはご褒美なんだ。これはご褒美なんだ。これはご褒美なんだ。これはご褒美なんだ。これはご褒美・・・・・・もう嫌だぁぁ!!腕イテェ!臭ぇ!気分的に臭ぇッ!!」
俺は今、鎮守府に対しての無償奉仕ってヤツをおこなっている。その奉仕内容がまさかのトイレ掃除。
今楽だと思っただろう。唯のトイレ掃除と侮るなかれ、鎮守府は広い。そりゃあもう広い。そんだけ広ければトイレだってあちこちにある。それを全部、全部お掃除だ。
最初は俺も楽だって思ったよ?けどさ、多いんだ、そして広いんだこのロリボディに対して。やる気なんて最初だけ、その内「此処で女の子が下半身を露出して用を足すんだ・・・」なんて自分に喝を入れワシャワシャと便器と格闘することになったが・・・とうとうやる気が底をついた。
俺は残念ながらそういう性癖を持っていなかった!というか便器に欲情なんてできねえ!!・・・休憩しよ。
トイレの床だったがお構いなしにドカリと座り込む。目の前には綺麗になった洋式の便器が「ハハハ。響くんありがとう!君のおかげで本当のワタシになれた気がするよ!ハハハ」と言っている気がする。俺はもう駄目かもしれない。
少し休憩していると空いている扉から黒髪の女性がこちらを覗きに来ていた。
「ここも大分綺麗になりましたね。次で最後ですよ響さん、さあ頑張りましょう!!」
「・・・うっす。ハラショオオオ!!やってやるぞ!!チクショーッ!!」
彼女は赤城だった。赤城は「護衛艦の責任は私の責任でもある」と本来ならやる必要も無いのにも関わらず俺を手伝ってくれた。
本当に、なんていうか・・・頭が上がらない。吹雪が狂ったように赤城を尊敬するのもよく分かる。
あーあ、俺がなー、男だったらなー、お嫁さんにしたいんだけどなー。
まぁ、そんな事を考えても仕方ない。最後の仕上げに辺りを拭いて最後の場所に行きますか。
「しかしまぁ、鎮守府って改めて思いますけど広いですねぇ」
「そうですねぇ。こうしてみると毎日掃除とかをしてくれている妖精さん達には頭が上がりませんね」
「へ~、そういえば俺、妖精って見たことないですね。会ったら労いにお菓子を作ってあげるのもいいかもしれませんね」
「響さん、妖精さんにはちゃんと『さん』を付けないといけませんよ?・・・あと響さんって、その・・・お菓子作れるんですか?」
「ええ、クッキーとか簡単な物だけですけど。バターとか砂糖とかどっかり入れて焼くと、甘くて、サクサクして、口の中で溶けて美味しいんですよねー。・・・ヤバイ、食いたくなってきた。久しぶりに作るかな」
そう言った瞬間、赤城は物凄い勢いで俺の前に回り込み、手を握って言った。
「是非、是非作りましょう!沢山作れば妖精さん達も喜んでくれますよああでもたくさん作ると妖精さんは小さいので余ってしまうかもしれませんねそうだ余ったら私達で食べましょうそうしましょう!!」
「・・・ソウッスネ」
・・・・・・そういえば赤城に食べ物の話をしたことが無かった。が、こんなにも変わるものなのか、というくらいに豹変した赤城を見ていると俺の中に有った何かにビシリと亀裂の入った様な音が響く。
「楽しみですね響さん!きっと出来たてのクッキーは美味しいんでしょうね、味見くらいは大丈夫・・・ですよね?」
「ソウッスネ」
あぁ、赤城の口元によだれが光っているのが見える・・・。
これは本当に俺が接してきた赤城なのだろうか・・・。はっきり言って自信が無い。別人だと言われれば俺はあっさり信じる事だろう。
俺は「ああ、クッキー」と言ってトリップしている赤城をどうしようか悩んでいると後ろからガサッと頭に何かが当たった。
まあ後ろから物が当たったら当たり前に振り返るんだが、振り返った先には俺が一番会いたくない艦娘がいた。
「ちっ・・・道の真ん中に立たれたら邪魔なのよ」
大井だ、なんでコイツが此処に居るんだ。そして後ろには北上がこちらの様子を伺っていた。
正直俺はこれ以上騒ぎを起こす気は無く、出来る事なら大井とは会いたくなかったんだけどなぁ。
「・・・なんか用です?大井さん。・・・もしかして謝りにでも来ましたか?」
「はっ、はぁ?なんで、なんで私がアンタに謝らなきゃいけないのよ!謝るのなら私じゃなくてアンタが「わー!!わー!!大井っちストップ!ストップ!行こう、ねっねっ?」・・・北上さんがそう言うのなら・・・・・・」
そうして最後に大井はこちらをキッと睨むと北上さんとどこかに行ってしまった。マジで何しに来たんだ?
「響さん、さっきのは?」
「さあ。まっ、気にしなくていいんじゃないですか?」
そう言って歩こうとするとカサッと足に何かが当たる。
そういえば俺は何を投げられたんだ?そう思い足元に転がっている物を拾い上げる。
「んー、響さんそれゴミですか?」
「ゴミですね、全くもってゴミです・・・ていうか臭ぇっ!!ガチで臭ェッ!!」
そのゴミには見覚えがあった。というより、ついこの前までこいつのせいで俺の人生ならぬ艦娘生がピンチだったのだ。
大井に取られたまま加賀さんに引きずられ、取り返せなくなったため苦肉の策として誰にも読まれない様にと飲み物をぶっ掛けた解体書類の控え。
掛かったの牛乳だったよな、なんでまだ持ってたんだよ、普通捨てるだろ・・・。まさか返しに来たとかじゃないよな・・・・・・?もしそうだったら俺はまたやってしまった事になるんじゃないか?
だって捨てればいい物をわざわざ取っておいて返しに来るんだぞ?負い目を感じてなきゃやらんだろそんな事。
なんか色々考えてこの牛乳が染み付いて臭い解体書類を見ていると非常に腹が立ってきた・・・・・・。
「!響さん!?ちょっとどこ行くんですか!?」
最後のトイレは海側にあったので向かっている途中に海が見えていた。あそこなら一発ぶちかましても問題ないだろ!
俺は海に向かって走り出す、場所は近くですぐについてしまう。
「響さん、演習場に来てどうしたんですか?」
「あぁ、赤城さんこれをですね――――」
そう言って紙を海の方へ高く放り投げる。まだだ、それだけじゃ俺の気は晴れないッ!!
俺は兵装を出し、未だに空を舞っている紙に砲身を向け――――
「――――ぶち抜けッ!!」
砲撃を放つ!
砲撃は紙を打ち破り、その先にある的すら打ち抜いた。狙った訳では無いけど、なかなかこれは格好良いのではないか?
「響さん、もしかして狙ったんですか?」
「もちろんです!これくらいできないと護衛艦なんてできないですからね!」
的に当たったのはまぐれだけど、これくらいの嘘なら言っても問題ないだろう。ですよね?
「ええ、頼りにしてますよ響さん。それじゃあ最後のトイレ掃除に行きましょうか!」
「・・・そうですね。『今日最後のトイレ掃除』に行きましょうか・・・ハァ・・・」
そう今日最後、今日で最後ではないのだ。つまり今日が終わっても明日。明日が終わっても明後日が続く・・・。
ながもんよ・・・これを一ヶ月とか長すぎるよ・・・・・・もう少し加減して欲しかったよ。
そんな事を思っても何も始まらないのは分かってる。トイレ掃除も努力もコツコツやって行くしかないんだ。一人じゃそんな事は続かないだろうけど、誰かの為なら、誰かと一緒ならほんの少し頑張ろうって思えるんだろうな。
そしてほんの少しが人を大きく変えるのだろう・・・俺も変わっているのかなぁ。
それから梅雨に入り初夏にかけての間、鎮守府のどこかのトイレで駆逐艦娘が、いろんな艦娘とトイレ掃除をしているのを、いろいろな艦娘が目撃していた。
そんな鎮守府にも季節が過ぎる。夏の太陽が照りつけ、秋が草木を色付け、冬が全てを白く染め上げる。そして春が再び訪れる。
少女はそんな鎮守府が見える鉄塔に居た。その場所から見える海は輝いていて、「綺麗・・・」と声がこぼれた。
そして鎮守府を見て握りこぶしを作る。
「・・・よしっ」
少女は鎮守府に足を運ぶ。
今日からあの鎮守府に配属されることになったんだ。
そんな少女の胸には不安があったが、負けないくらいの決意や希望、夢があった。