神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)   作:きゃら める

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第四部 鋼灰色(スティールグレイ)の嘲り 第三章 3

 

 

       * 3 *

 

 

「やっぱりダメなんだな」

 近藤はそう言って、絨毯の敷かれた廊下に立つアライズしていないガーベラを回収した。

 メイドドールを全部倒し終え、動けないよう縛り上げた上で階段を上り、二階の無駄に長い廊下を歩いてしばらく。

 エネルギー切れとなってアライズが解除されたガーベラのバッテリを交換し、もう一度アライズさせてみようと思ったけど、反応しなかった。

 どうやってるのかわからないけど、リーリエが最初にフェアリーリングの中に似ていると言ったこの屋敷の敷地内は、僕たちでは破れないルールで縛られているらしい。

 色はつけられていないからよく見ないとわからないが、微かな凹凸で豪奢な模様が描かれた白い壁紙が貼られ、時折鍵のかけられた扉があったり、等間隔にカーテンの引かれていない窓がある廊下を警戒しながら歩いてきたけど、数百メートル歩いても突き当たりは見えない。

 外から見たサイズとは明らかに違っている屋敷内は、入ってすぐの迷路と同じく空間が拡張されているようだった。

「本当に上でいいんだよね?」

「うん、それは間違いないよ」

 もう登ってきたホールの階段も見えず、行く先も霞むほど遠くまで続いてる廊下で、不安そうに声をかけてくる夏姫に僕は笑みを返した。

 天堂翔機は四階、最上階の部屋にいる。

 エリキシルバトルアプリのレーダーは距離の表示しかなく、方向の表示すらないけど、歩いたりして観測地点を変えれば動いていない相手の居場所をつかむことができる。

 リーリエに頼んで、屋敷の空間が随時変更されてるみたいで距離は安定しないにしろ、僕は天堂翔機の居所を、正確には彼が持っているエリキシルスフィアの方向をかなり精密に割り出していた。

「たぶんあのクソジジイのことだ、ふたつ目の仕掛けに同じエリキシルドールを投入できないよう廊下を延ばしてるんだ。歩く距離の分だけ疲れるからな、障害を乗り越えたらさっさとアライズは解除した方がいいだろう。どうせ再アライズはできないんだしな」

「まぁ、そうだね」

 苛立ちを隠さない猛臣の言葉に同意して、僕はみんなの顔を見渡す。

 不安そうな夏姫、苦々しげにしてる近藤、諦めたような表情の灯理からも、反論や別の意見はないらしい。

『いくつ仕掛けがあるかなぁ』

「たぶん六つか七つだと思うよ」

「なんでわかんだよ」

 全員立ち止まって、壁に背中を預けたり、軽くストレッチしたりと小休止モードに入ったのを見て、僕は近藤に合図して荷物を取り寄せる。

 中から全員分の、いらないかも知れないが猛臣の分も含めて五本、ペットボトルを出して配った。

「直接会って話したことがあるわけじゃないから推測を含むけど、ここまでのことで天堂翔機の性格を考えると、ね。ひとつの仕掛けで一回のアライズがほしくなるようにしてる。もし僕だったら、こういうアトラクションでできるだけ楽しむなら、人数分プラス一か二くらいの仕掛けを準備するよ。もしくは、一度に二体のエリキシルドールがほしくなるシチュエーションを一個か二個組み込むと思う」

「なるほどねぇ。克樹もそういうとこは性格悪そうだもんね」

『おにぃちゃんはけっこう意地悪だよぉー』

「うっさい」

 いまの重たい雰囲気を吹き飛ばすかのように、夏姫とリーリエがそんなことを言って笑い合う。

 近藤も灯理も含み笑いを漏らし、猛臣すら唇を少しつり上げていた。

「そんなことはいい。近藤、ちょっと外と中の壁、壊すつもりで殴ってくれるか?」

「なんでまた。外と同じじゃないのか?」

「念のためだよ」

「わかったよ」

 飲みかけのペットボトルのキャップを閉めて、手甲を着けたままの腕を腰だめに構えた。

「はっ!」

 気合いの声とともにまず外側の、ずらりと並んだ窓を避けて壁紙の貼ってある壁に拳を叩きつける。

 わずかに壁紙に凹みができて、その裏の建材にダメージがあったことはわかったが、穴を開けるには至らない。

「やっぱりなんかヘンな感触だな。そんなに硬くないのに壊せない感じだ。次はこっちを……、はっ!」

 感想を言いつつ反対側の、普通の構造なら部屋があるはずの内側の壁を殴る。

「こっちは壊れるんだな。なんなんだ? こりゃ」

「いや、こっちも普通とちょっと違う感じだ。外ほどは硬くないが」

 建材には詳しくないけど、土か何かを塗りかめたような内壁は、近藤の拳で穴こそ開かなかったが、砕けて破片を散らした。

「こんなことに何の意味があるんだ? 克樹」

「ただの確認だよ。いざとなったら壁を壊してでも逃げられるかどうかの。近藤でも穴を開けられないなら、エリキシルドールが必要な強度にしてるってことなんだろうね」

 建材の破片で白くなった手甲を拭いてる近藤に答えて、僕は肩を竦めた。

 外に逃げると逃亡扱いで失格になりそうだけど、人間を超える力があるエリキシルドールを使えば外に逃げるのも不可能じゃなさそうだ。

 中より外の壁が強靱なのは、天堂翔機が僕たちで充分に楽しむためだろう。

 ――本当、性格悪いな。

 そんなことを思いつく僕もたぶん似たような性格なんだろうけど、それは置いておくとして、天堂翔機の性格の悪さにため息が出る。

「まぁ、先に進もう。たぶんだけど、そろそろまた次の仕掛けがあると思うけどね」

 ひとつの仕掛けをクリアした後だからそろそろだろうと思いつつ、僕はみんなを促す。

 そこから数十メートルと歩かないうちに、正面に何か影が見えてきた。

 近づいてみると、人よりかなり小型のそれは、金属製の体表が露出している犬型ドールだった。

 犬の形をしてるからというわけじゃないが、普通のより大型でもエルフドールほどではないサイズのそれは、フェアリードールだろう。

 主に愛玩用のペットドールが多いフェアリードールだけど、僕たちの行く手を阻み、目のように赤く光る赤外線照射装置で睨みつけてくるそいつらは、牙とか爪とかが、明らかに凶悪そうに光を反射してる。

「またドールか。できるだけアライズを使わない方がいいなら、またオレが――」

「やめておけ、空手莫迦」

「か、空手莫迦って……」

 前に出ようとした近藤を押しとどめたのは、猛臣。

 まだすぐには襲ってきそうにない犬型フェアリードールに警戒の視線を向ける猛臣は、近藤の肩をつかみながら言う。

「あれは仕事場でちらっとだが見たことがある。第六世代のプロモーションの一環として開発されてた警備用フェアリードールと同じものだと思う」

「警備用でもスフィアドールならオレが――」

「だから莫迦なんだ、お前は。あれはさっきの小手調べ程度のメイドドールとは違う。あの後ろ足は圧搾空気を使ったジャンプ用の機構だ。開発機そのままなら、あの牙も爪も、しっかり刃がついてる。それに両方とも傷つけるためってより、肌を露出させるためのものだ。本命は牙と爪に仕込まれたスタンガンだ。フルオートシステムも個体同士で連携させることが前提のものだろうし、人間ひとりじゃアッという間に無力化されるぞ」

 猛臣の言葉に、僕たちは前方の警備犬ドールに警戒の視線を向けながら、ゆっくりと後退る。

 言葉通りの仕様なら、近藤ひとりで戦うのは無謀だ。ひとり一体足止めして、生身では一番強い近藤に一体ずつ破壊してもらえばどうにかなるかも知れないが、もしその近藤がやられたり、他の誰かが気絶でもさせられて一度に二体以上と戦うことになったら全滅する未来が想像できる。

 エリキシルドールがほしくなるシチュエーションだった。

『おにぃちゃん! 後ろにもっ』

 リーリエの叫び声に、前に顔を向けたままスマートギアのバックカメラをオンにして後方視界を映し出す。

 いつの間に現れたのか、僕たちが歩いてきた方向にも、警備犬ドールが五体現れていた。

「どうする? 克樹」

 夏姫が僕の背中に手を添えて、少し震えた声で言う。

 そういう機能なのか、演出なのか、鋭い牙を見せつけながら低いうなり声を上げる警備犬ドールは、サイズ的には蹴飛ばせそうなほどなのに、恐怖心を煽るインパクトは充分だ。

 ――僕とリーリエでアリシアとシンシアを出すか? それとも誰かふたりにアライズしてもらうか?

 生身で戦うのが厳しい相手なら、エリキシルドールを出すしかない。前後同時に対処するなら、二体のエリキシルドールを出すのが一番だ。

 僕たちは互いの背中をつけながら廊下の真ん中に集まる。

 獲物を追いつめる狼のように、うなり声を上げてゆっくりと近づいてくる警備犬ドール。

 どうするべきか僕が迷っているとき、動いたのは灯理だった。

「ここは、ワタシの出番ですね。――アライズ!」

 両手の上に立たせたフレイとフレイヤの手を握り合わせ、解放の言葉を唱えた。

 光に包まれたフレイとフレイヤが、灯理の手から跳ぶ。

 エリキシルドールとなったフレイヤは前方の、フレイは後方の警備犬ドールと対峙した。

「前後から襲ってくるなら、その両方に対応すればいい。ただそれだけのことです」

 そう言った灯理は、医療用スマートギアの下の可愛らしい唇の端をつり上げ、笑った。

 

 

 

 

「少しの間、ワタシの身体をお願いします」

 前後の警備犬ドールをフレイとフレイヤで警戒しながら、克樹に近づいた灯理は背中からもたれかかるように自分の身体を預けた。

「……わかった」

 抱き締めてはくれず、両肩に手を置いて支えてくれるだけの克樹に少し不満を覚えるが、彼に向けられた夏姫の鋭い視線を思えば致し方ない。

 スマートギアに内蔵したカメラをオフにし、フレイとフレイヤから送られてくる映像情報だけに集中した灯理は、前後五体、合計十体の警備犬ドールをじっくりと観察する。

 すぐに襲ってこないのは、こちらを警戒しているとか情報を収集しているという理由ではなく、克樹や猛臣が言っていたように、おそらくこのドールのマスターの性格の悪さが理由だと思えた。

 充分に怖がらせた上で、襲いかかるつもりなのだろう。

 ――フレイとフレイヤならば、怖がるほどの相手には見えませんね。

 バトル用のサポートアプリをフレイとフレイヤの視界に重ねた灯理は、じりじりと距離を詰めてくる敵のわずかな動きから、その運動能力を測る。

 衣装に隠して装備している武器を頭に思い描いて、どう動くかを考えながら灯理は思う。

 ――この暖かさは、ワタシのものになることはないのですね。

 肩に乗せられた優しい重みと、背中に触れる柔らかな暖かさは、いまだけのもの。

 猛臣の事件のときから急接近した克樹と夏姫は、もういまでは間に入り込む隙がないことくらい、見ていて理解していた。

 正式につき合っていないと言うが、克樹の家を訪ねればたいていは夏姫が出迎えてくれる。夏休みに入ってからはすっかり克樹の家に夏姫が入り浸っている状況だ。

 話を聞く限り家に泊まるまではしていないようで、雰囲気から察するに一線は越えていないように思える。

 最初は押し倒してくるほど強引なのに、まるで小学生のような恋愛観の克樹に怒りすら覚えるし、明け透けな性格の割にいざというとき主体性のない夏姫に苛立ちもする。

 応援したい気持ちと、妬ましい気持ちとが同居していて、エリキシルバトルのこともあって、灯理の心は克樹たちと出会ってからずっと平穏とは言えなかった。

 なぜ、克樹のことが好きだと感じているのかは、灯理自身よくわからない。

 好きという感情はそういうものであることはわかっているし、エリキシルバトルという極限状況もあってのことだというのは理解している。

 しかしいま克樹には夏姫がいて、リーリエもいて、そして彼の一番深いところには百合乃がいる。

 夏姫よりも早く出会っていれば、という「もし」は、可能性すらないように思えた。

 ――それでも、ワタシは自分のやれることを精一杯頑張るだけです。

 叶わないかも知れない願い。

 叶うことはあり得ない想い。

 それを抱きながら、灯理は敵と対峙する。

 恐怖心を与える時間は終わったのか、警備犬ドールは一斉に腰を屈め、後ろ足に力を込めた。

 それを待っていた灯理は、フレイとフレイヤに指示を与えた。

 勝負は一瞬。

 同時に床を蹴ったフレイとフレイヤが敵の間を軽やかなステップで駆け抜けたとき、正常な状態の警備犬ドールは一体もいなくなっていた。

 フレイは駆け抜け様に警備犬ドールの後ろ足に、広がった袖口から取り出したナイフを突き刺し、スカートのフリルから幅広の両手剣を引き抜いたフレイヤは暴風となって敵を斬り飛ばした。

「灯理!」

 夏姫の声を聞くまでもなく、破壊が充分でなかった一体がフレイヤに襲いかかってきているのは見えている。

 倒しきれない可能性を考えて床に着くほどの髪から伸ばしておいた極細のコントロールウィップは警備犬ドールの後ろ足に絡まり、フレイヤに突撃する軌道を描けず壁に激突していく。

 黒いオーバースカートをひらりと剥ぎ取ったフレイヤは、壁に激突する前にそれを絡め取った。

 猛臣のウカノミタマノカミのマントと同じアクティブアーマーと、人工筋を仕込んでコントロールウィップのように動きを操作できるようにしてあるオーバースカートは、もがいても逃げられないくらいに警備犬ドールを拘束していた。

 布地を避け、露出している下半身を両手剣で斬り飛ばす。

 フレイもまた飛びかかれなくなったドールのうなじに剣で破壊して終え、見回してももう動ける敵は残っていなかった。

「腕を上げてるじゃねぇか」

「なんか、装備も増えてたね」

「あぁ、ここまでなってるなんてな……」

 猛臣と夏姫と近藤が、それぞれに驚きの声を上げる。

 フレイとフレイヤを自分の側まで戻し、バトルに集中するために抜いていた身体に力を入れ、克樹から離れて振り返る。

「どうでしたか?」

「あぁ、うん。すごかった……」

 目を丸くしている克樹に、灯理は満足を覚えて笑みを浮かべる。

 克樹たちとやっていた訓練の他にも、もっと強くなろうと、灯理は自宅で鍛錬を積んでいた。その成果が、いまのバトルで発揮できていた。

 ――もし、この強さがあのときあったら、どうなっていたでしょう。

 克樹たちと戦ったとき、いまの強さがあったならば、勝てていたかも知れないと思う。

 けれど、勝てていたとしても、いまより良い状況になっていたかどうかはわからない。

 ――ワタシはいまやれることを、精一杯やるだけですね。

 わからないけれど、灯理は自分の願いのために全力を尽くそうと、胸に右手の拳を当てながら思うだけだった。

 

 

 


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