神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)   作:きゃら める

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第四部 鋼灰色(スティールグレイ)の嘲り 第三章 2

       * 2 *

 

 

 さすがに直線距離でも一キロ近くある迷路は、マップがあっても複雑な構造のために脱出まで二時間近くかかった。

 たどり着いたのは平泉夫人の屋敷よりも新しいはずだけど、あれより歴史も重厚さも感じる豪邸と呼べそうな建物の前。

「やっぱり、入るしかないか」

 歩き疲れて昼食を摂りつつ休憩して、屋敷の周りを回って正面入り口以外に入れそうなところを探してみたけど、無駄足だった。

 裏口や勝手口はあるものの、鍵がかかってるし、近藤が殴りつけても傷ひとつ着けることはできなかった。白く塗られた外壁も同様。

 それどころか古風な洋風窓のガラスすら、近藤の拳でも工具でも割ることはできなかった。

 迷路のサイズが現実離れしてるのと同じように、外壁や窓ガラスは見た目とは違って、大幅に強度を増してるらしい。

 ただ絶対に壊せないような感じではなく、人間の力を超えるエリキシルドールならばたぶんどうにかなる、程度の強度だろうと思えた。

 ――それはたぶん、天堂翔機の思うつぼだしな。

 そう判断した僕たちは、結局正面の、見上げるほどの高さがある木の扉の前に立っていた。

「行くぜ」

 どうせもう招待は受けてるのだから、遠慮する必要などない。

 腕っ節なら一番の近藤が先頭に立ち、扉を開けた。

 高い位置に吊された豪奢なシャンデリアに照らし出されているのは、二階まで吹き抜けになっている走り回ることすらできそうな広さの玄関ホール。

 元々は近くの鉱山主の建物だったこの玄関ホールは、パーティの会場になったり、商談の場となったり、坑夫たちが寝泊まりする場所としてなど、様々な用途に使われていたという。

 左右と奥には扉があり、左手には緩い弧を描いて二階へと至る階段があるホールには、調度品すらなくがらんとしている。

「嫌な予感しかしないんだけど」

「えぇ、ワタシも同じです」

「僕もだよ」

 不安げな表情の夏姫と灯理に同意の言葉を返したのとほとんど同時に、奥の扉が開かれた。

 現れたのは、芳野さんが着てるのとグレード的にもあまり違いがなさそうなメイド服を着た小柄な女性たち。

 手に手に金属製の警棒を持つ彼女たちは、人間ではなくスフィアドール。その数、五体。

「マズいぞ、克樹。こんなにエリキシルドールがいたんじゃ?!」

「ちっ。俺様がやるしかねぇか!」

 ゆっくりと近づいてくるメイドドールに身構える近藤と猛臣だが、それを制したのはリーリエだった。

『違うよ! あれは全部エルフドールだよ。レーダーの表示見て!』

 言われて僕もレーダーの表示を見てみると、僕たちの側にあるのはアリシアを除く四つの反応。夏姫と灯理と近藤、それから猛臣の分だけだ。

 スマートギアの表示に、リーリエがメイドドールたちの目の部分を拡大して見せてくれる。

 アライズすると人間との違いを見つけるのが難しくなるエリキシルドールと違い、その目は動くことのないカメラアイカバーだ。

「だったらオレひとりでどうにかなるな。荷物、返すぜ」

 言って近藤は僕が預けていた荷物を押しつけてきて、自分の鞄から何かを取り出す。

 彼が両腕に着けたのは、バトルピクシーが着けているのに似た、手甲。

 最初に填めていた手袋よりも頑丈そうで肘まで覆うそれは、たぶん今日のためにどこかで造ってもらってきたものだろう。

「エルフドールならオレでもとくに問題ないだろ。見たところ、持ってるのはあの警棒だけみたいだしな。ここはオレに任せてくれ」

 近藤の言う通り、メイドドールが持っているのは金属製だけど、ただの棍棒だ。電撃を放つスタンバトンですらなさそうだった。

 エルフドールの運動性は大人の男性に大きく劣る。たとえ天堂翔機が何らかの手段で第六世代の、第五世代を大きく超えるパワーが出せる予定の規格に則ったパーツを使っていても、格闘家である近藤に勝ることはないはずだ。

「わかった。任せた」

「あぁ。……ひとつ訊きたいんだが、あれって、いくらくらいするものなんだ?」

 じりじりと近づいてくるメイドドールを指さし、ワインレッドのスマートギアを被った近藤が訊いてくる。

「運動性の高いエルフドールなら一体で高級車一台分かそれくらいはすると思うけど」

「いや、あのクソジジイのことだ、第六世代規格の警備用ドールかなんかだろう。開発機だとしたら、一台で高級外車何台分かそれくらいの値段してもおかしくないな」

「……壊していいと思うか?」

「……壊すしかないだろ」

「うぅ」

 値段を聞いて途端に萎縮してしまったらしい近藤。

 こんな状況でそんなんじゃ困るわけだが、僕だってあれを壊して良いと聞いても、たぶんためらうと思う。

「えっと……、あった! これ、使えませんか?」

 そう言って灯理が差し出してきたのは、スタンガンがふたつ。

「近藤! 壊さなくていいからドールを転ばせろっ。できれば一体ずつ、うつぶせに」

「わかった!」

 近藤が答えた瞬間、一番近づいてきていたドールが襲いかかってきた。

 

 

 

 

 思ったよりも鋭い攻撃をしかけてきたメイドドールに、近藤は若干の驚きを覚えていた。

 それほど詳しいわけではないが、エルフドールの運動性は人間に大きく劣り、日常生活程度には問題なくても、緩慢にも見えるものに過ぎないと聞いたことがあった。

 克樹の言ってる通り警備に特化した、もしかしたら猛臣の言う第六世代規格のドールなのかも知れない。

 そんなことを思いながら、念のため電撃などに警戒しつつ、コンパクトに振るわれた横からの警棒を受け流す。

 ただ受け流すだけでなく、半ばすれ違うように接近した近藤は、ドールの腕をつかみつつ脚を払った。

 ――思った以上に重いな。

 少ない知識の中では、軽量化により人間を下回る程度の重量のはずだが、うつぶせに倒れるように投げたメイドドールは、小柄な割に筋肉質な人間よりも重さを感じるほどだった。

「克樹!」

「わかってる!」

 残り四体のドールを警戒しつつ、うつぶせにしたドールの背中を踏みつけると、じたばたするばかりで起き上がることができない。

 筋力を強化してあるとしても、しょせんはただのエルフドール。人間の身体を振り払うほどの力ない。

 その間に近づいてきた夏姫、灯理が両腕を押さえ込み、猛臣が頭を押さえ、克樹がドールのうなじにスタンガンを当てた。

 バチッ、という音が一瞬した後、ビニールが焼けるような匂いが微かにして、メイドドールの動きが完全に止まった。

 スフィアドールのうなじの辺りは、データラインが集中しているスフィアドールの急所。そこに強い電撃を当てればシステムを再起動させるまで正常に動作できなくなるはず。

 それをいま克樹が実証して見せた。

「どんどん行くぜ!」

 叫んで近藤は次のドールに自分から襲いかかる。

 おそらく警備用に格闘動作を仕込まれているのだろう、喧嘩程度は経験があるらしい克樹や、それと同じくらいの戦いっぷりだった猛臣には厳しいかも知れない相手だった。

 だが近藤には、メイドドールは決して強い相手ではなかった。

 ワインレッドのスマートギアを被っている近藤は、二体同時に反応したドールを、格闘ゲームのアシスト用アドオンアプリを改造した喧嘩サポートアプリの表示を助けにいなす。

 空手を中心とするいくつかの武術を組み合わせている近藤は、本来一対一の試合を想定した練習を積んでるが、喧嘩サポートアプリで二体同時に相手をしながら、三体目四体目の動きも把握することができていた。

「克樹!」

「大丈夫っ」

 少し時間差をつけて二体目、三体目を転がすが、克樹と夏姫が一体を、灯理と猛臣がもう一体に取りついて活動を停止させる。

「か、克樹さん!」

 あと二体、と思ったときに上がった灯理の悲鳴。

 スマートギアの視界で彼女が指さす右方向をサブウィンドウに表示してみると、扉が開かれて新たに五体のメイドドールが姿を見せていた。

「どうする? 克樹っ」

「ぐっ」

「仕方ねぇ。ここは俺様が……」

 戸惑う夏姫と、迷う克樹に、メイドドールから奪った警棒をなってない構えで持つ猛臣。

 パワーはそこそこでもスピードは人間よりも遅いくらいのメイドドールは、克樹たちでも一体ならば問題ないだろうが、五体も来られては叩き伏せられるのが落ちだろう。

 ――オレだって、オレ用の技術を磨いてきたんだぜっ。

 少し離れた場所に置いた自分の鞄をちらりと見、近藤は新たにアプリを立ち上げる。

 エリキシルバトルアプリ。

「ここはオレに任せろっ。アライズ!」

 迫り来るメイドドールに手を出しかねている克樹たちに言い、近藤は梨里香を復活させたいという、自分の願いを込めて、唱えた。

 ケースから出し、あらかじめリンクしておいたガーベラが、鞄を飛び出すのと同時に光を放った。

 一二〇センチのエリキシルドールとなったガーベラを、近藤は克樹たちの前にいるメイドドールに突撃させる。

 克樹や夏姫と戦った頃には、せいぜいドールと一緒に歩いたり、ゆっくりとした動きを自分とドールで同時にできる程度だったムービングソーサリー。

 近藤はそれを可能な限り鍛え上げ、防御と攻撃の役割を切り換えつつ分担しているフレイとフレイヤを参考に、自分とガーベラで同時に戦えるようにしていた。

 エリキシルドール同士の戦いであるエリキシルバトルで、進歩させたムービングソーサリーが役に立つ機会なんてないだろうと思っていた。

 しかしいま、意味あるものとなっていた。

「近藤?! 大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。ここはオレがなんとかするから、転けさせたドールの方は頼んだぞ」

「わ、わかった」

 心配よりも驚きが大きいらしい克樹に答えた近藤は、痛くなりそうなほど加熱している頭をフルスピードで動かして、自分とガーベラの視界を脳内で認識しつつ、まだ六体残っているメイドドールと対峙する。

 ――オレだって、自分の願いを叶えるために、無駄かも知れなくても頑張ってるんだよ!

 心の中で叫びながら、近藤は拳を繰り出した。

 

 

 


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