神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)   作:きゃら める

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●前回までのあらすじ

 命の奇跡を起こせるという水、エリクサーを求めて音山克樹は身長二十センチのロボット、ピクシードールを百二十センチに変身させて戦うエリキシルバトルに参加することにした。
 ドールの中枢であるスフィアを奪い合うその戦いを、誘拐事件に巻き込まれて死亡した妹、百合乃の脳情報から生み出された疑似脳、人工個性リーリエを伴い、ピクシードール「アリシア」で戦う克樹は、貴重なドール「ブリュンヒルデ」を持つ浜咲夏姫を下し、スフィアを奪わずに仲間にした。
 エリキシルバトルの誘い手であるエイナは、バトルの主催者であり、スフィアドール業界を裏から操る魔女モルガーナに生み出された人工個性。裏で糸を引く人々がいる中で、バトル参加者がわからず通り魔的にドールを持つ人を襲っていた近藤誠と彼のドール「ガーベラ」を倒す。
 近藤も仲間に加えた克樹たちの前に現れたのは、画家として有名な少女、中里灯理。視力を失った彼女は騙してスフィアを奪い取ろうとするが、克樹はそれを看破する。二体のドールを同時にコントロールできる希少な能力デュオソーサリーの使い手である灯理を、克樹はリーリエの操るアリシア、自身が操るシンシアの二体を持って打ち倒した。
 克樹の協力者である平泉夫人、叔父である彰次もまたモルガーナとの関わり合いを深める中、中盤戦となったエリキシルバトルを克樹たちは戦っていく。

●登場人物一覧

・音山克樹(おとやまかつき)
 主人公の高校二年生。フルコントロールソーサラー。根暗でオタクと言う評判であるが、お節介で責任感は強い。
 妹を誘拐事件で失い、犯人を苦しめて殺すためにエリキシルバトルに参加する。確かな願いを持ちつつも、主催者であるモルガーナに不審を抱いている。
 使用する主なピクシードールは防御パワータイプのシンシア。

・浜咲夏姫(はまさきなつき)
 克樹のクラスメイト。セミコントロールソーサラー。キツめの性格であるが、元気で朗らかな女の子。ポニーテールがポイント。
 過労で亡くなった母親の復活を願い、エリキシルバトルに参加する。使用するドールは母親の形見でもあるブリュンヒルデ。
 克樹とキスの約束をしている。

・リーリエ
 百合乃の脳情報から構築された人工個性。フルコントロールソーサラー。克樹のことを「おにぃちゃん」と呼ぶ元気いっぱいの女の子。ただし疑似脳であるため、身体はない。
 使用する主なピクシードールはスピードタイプのアリシア。
 克樹にも見せない独自の行動をしている様子がある。

・近藤誠(こんどうまこと)
 克樹のクラスメイト。フルコントロールソーサラー。スポーツ少年であったが、通り魔事件で逮捕されてからは弱気。
 病死してしまった幼馴染みにして恋人であった梨里香の復活を願いエリキシルバトルに参加する。
 スフィアカップ全国大会三回戦に進出した猛者。

・中里灯理(なかざとあかり)
 克樹たちとは別の高校に通う女の子。セミコントロールソーサラーにしてデュオソーサラー。おしとやかで控えめな女の子に見えて、けっこう押しが強く、ずる賢いところがある。多くの人が認める美少女。
 スフィアカップに出場してないながら、視力を失い、試験型のスマートギアで視力を補う臨床試験の際、リハビリとしてスフィアドールを与えられた。そのときSR社の人間から特別なスフィアを受け取っている。

・モルガーナ
 魔女。

・平泉夫人(ひらいずみふじん)
 本名は平泉敦子(ひらいずみあつこ)。三十代後半の資産家女性にして、克樹とリーリエの師匠であるフルコントロールソーサラーの猛者。エリキシルバトルには参加していない。
 穏やかで思慮深い人物であり、スフィアドール業界を支えている裏方の人物。モルガーナに危機感を感じ、対抗することを考えている。

・音山彰次(おとやまあきつぐ)
 克樹の叔父にして、現在彼の保護者。
 スフィアドール業界でも上位にいるロボット関連企業ヒューマニティパートナーテック社の技術部長。さらに平泉夫人の要請により何かの開発を開始している。
 モルガーナのことを知る数少ない人物。

・遠坂明美(とおさかあけみ)
 克樹のクラスメイトで、幼馴染みの女の子。スポーツ少女で快活な性格をしており、クラス委員にも選抜されるなど人望も厚い。ただし所属している陸上部や弱小。
 百合乃のことを知る人物。

・エイナ
 モルガーナが生み出した人工個性。エリキシルバトルのメッセンジャーとして克樹たちの前に現れるが、彼女自身の意志で動いている様子もある。
 エレメンタロイドとしてアイドル活動を行っている。

・音山百合乃(おとやまゆりの)
 克樹の妹。平泉夫人に対抗しうるほどの力を持ったフルコントロールソーサラーだった。
 誘拐事件に巻き込まれて死亡し、脳情報をモルガーナに取り出されている。欠損のあった脳情報は破棄される形で克樹に渡され、リーリエを生み出すこととなる。

・火傷の男
 本名不明。百合乃を誘拐して死に至らしめた人物。
 克樹が殺したいと思い、エリキシルバトルに参加した願いの対象。

●用語集
・スフィアドール
 スフィアと呼ばれる球体のクリスタルコンピュータを搭載した人型ないし動物型のロボットの総称。スフィアロボティクス社がスフィアを開発し、他の追随を許さない性能により、十年の間に一気に世界に広がっている。
 ただし人型、ないし動物型に制限されており、スフィアの性能が充分に活かされていないと言われている。スフィアのコアを提供しているのはモルガーナであり、彼女の思惑によって様々なことが決定されていると思われる。

・エルフドール、フェアリードール、ピクシードール
 スフィアドールのサイズによる分類。現在のところエルフドールは身長百二十センチ、フェアリードールは六十センチ、ピクシードールは百二十センチとされている。フェアリードールはサイズの自由度が大きく、三十センチ以上百センチ以下のものは概ねファアリードールに分類されている。
 エルフドールは人の代わりに仕事をするロボットとして注目されているものの、現在のところ高価で、低価格化と百五十センチ程度の大型化が目標にされている。
 フェアリードールは動く人形としてやペットロボットなどとしてのものが多く、完成品での販売が多く、最も普及しており、比較的低価格。
 ピクシードールは主に趣味のスフィアドールとされ、自作要素が強く、パーツ単位で販売されていることが多い。スフィアカップと呼ばれる大会にて行われたトーナメントバトル以降、全国各地で自作ピクシードールによるローカルバトルが開催されている。

・スフィアロボティクス社 SR社
 スフィアを開発し、スフィアドールの規格を決定している会社。
 新興企業ながら一気に広がったスフィアドール業界の中心。スフィアの技術を公開していないため、一社独占状態となっている。ライセンス生産している会社もあるが、事実上スフィアロボティクスの傘下である。
 モルガーナが所属している模様で、スフィアロボティクス社の動向はすべて彼女が握っていると思われる。

・ヒューマニティパートナーテック社 HPT社
 音山彰次が技術開発部長をしている日本のスフィアドール業界の有力企業。スフィアドールだけでなく様々なロボット開発を行っている。
 ピクシードールのパーツなども開発、販売しているが、主力はフェアリードールであり、開発の中心はエルフドールに移りつつある。
 ロボット以外にも様々な技術や商品の開発と販売を行っている。

・ヴァルキリークリエイション社 VC社
 夏姫の母親、浜咲春歌が勤めていたピクシードールを中心とした開発会社。
 強いこだわりを持った開発を行っていたが、時代の流れに置いて行かれて経営が破綻。スフィアロボティクス社に吸収された。しかしヴァルキリークリエイション社の開発した技術は、現在の第五世代ドールに多大な影響を残し、ブリュンヒルデを含む五体のオリジナルヴァルキリーなどスフィアドールの歴史に名を残している。

・フルコントロール、セミコントロール、フルオート
 スフィアドールのコントロール方式。
 フルコントロールはドールを自分の身体と一体として扱うような高等技術。スマートギアを必須とする。
 セミコントロールはコマンド打ち込み式でドールを動かす方法。携帯端末などでも行えるため、多くの人が使っているコントロール方法。
 フルオートは完全に自動制御でスフィアドールを動かす方法。エルフやファアリーではフルコントロールが主。ネットを経由して外部システムと接続することにより、細やかなコントロールも可能。

・スマートギア
 脳波を受信してポインタ操作を行うBCIデバイスにBICデバイスに、ヘッドマウントディスプレイ、ヘッドホンなどを組み合わせた統合型マンマシンインターフェイス。ヘルメット型やヘッドギア型、眼鏡型などがある。
 神経情報を送信するようなダイブを行えるデバイスではなく、あくまでディスプレイやキーボード、マウスなどを統合したもの。脳波を使ってポインタ操作を行うため、熟練が必要であるが、慣れると複数のポインタを同時に扱えたり、疑似発声であるイメージスピークなどが行える。
 外部カメラ、集音マイクを搭載しているものが多く、メインビューに実視界を表示して、端末のウィンドウを仮想的に視界に表示して使い、身体を動かしながら様々な操作を行うことが可能。ただし公道上での使用は禁止されている。

・アドバンスドヒューマニティシステム AHS
 HPT社が開発したスフィアドール用フルオートシステム。ネットを経由してスフィアドールをコントロールすることが可能。
 音山彰次が基礎理論を持ち込んで開発し、HPT社で商品化したもの。エルフドールを家政婦や事務員のように行動させたりと、かなりの高機能であるものの、エルフドールが現在のところ広く普及してるとは言い難い状況となっている。ペット型フェアリードールなどにも広く利用されている。

・エリクサー
 命の奇跡を起こすことができるとエイナが言う奇跡の水。詳細は不明。
 死亡し、身体がなくなった人間でも復活が可能とされているが、本当に存在するかどうかは定かではない。ただ、第一部にて死にかけた克樹に使用され、傷を消し去り彼の命を救っている。
 モルガーナが関係していると思われるものであり、エリキシルバトルの報酬とされている。


第三部 序章 ブレイクポイント
第三部 極炎(クリムゾン)の怒り 序章


 

序章 ブレイクポイント

 

 

 開いたエレベーターの扉をくぐり、このところの暑さのためか、むっとする消毒液の臭いを感じながら、うつむき加減の夏姫はまばらに人がいる待合室を抜ける。

 ゆっくりと開く自動ドアが開き切るのを待って、病院の建物から外に出ると、外は薄暗く曇ってきていた。

「よぉ」

 扉の脇の壁に背中を預け、空と同じように暗い顔をしている夏姫に声をかけてきたのは、ひとりの男子。

 克樹ではない。

 背は克樹と同じか、若干高めで、彼よりも少しがっしりしているらしい身体に、袖を折り曲げて縮めたジャケットを羽織る彼は、攻撃的や獰猛といった言葉が似合いそうな顔つきをしていると、夏姫には思えていた。

「話、聞いてきたんだろ?」

「うん。正式なのは、また後日ちゃんと計算して出すって話だったけど」

「いくら請求されたんだ? 見せろよ」

 言われて半袖のブラウスにジャンパースカートだけの、夏の制服を身につけた夏姫は、肩に提げた鞄から先ほど渡された紙を取り出し、男子に渡す。

「くっ。またずいぶんな金額を請求されたもんだな」

 そこに書かれているのは、夏姫に請求される予定の暫定金額と、請求内容の詳細や、請求の理由。

 もし高校をいますぐに辞めて働きに出たとしても、何年かければ返済し終わるのかわからないほどの金額が、そこには書かれていた。

 本来は払わなくてもいいのかも知れないとも思うが、法律といった詳しいことはわからない。わかったとしても、支払いを拒絶すれば切り捨てなければならないものがある。

 父親の、命を。

「さすがにこれはぼったくりが過ぎるってもんだろう。俺様の方で掛け合って減額するさ」

「本当に? そんなことできるの?」

「できるさ。俺様を誰だと思ってる。しかし、ゼロにはならねぇ。何割かってのがせいぜいだ」

「……そっか」

「それに、これだけの金額なんだ。最初に言ってたあれだけじゃぜんぜん足りねぇよ」

 そう言われるだろうことはわかっていた夏姫だったが、覚悟できていたとは言えないその言葉に、表情を曇らせる。

 さも楽しそうに歯を見せて笑う彼は言った。

「最初の条件以上の金額については、貸すだけだ。働いて返せ」

「でも、そんな金額……、何年かかるかわからないよ」

「わかってるさ。だから、お前は俺様の召使いになれ。何、悪いようにはしないさ。高校だって行かせてやるし、行きたいんだったら大学にだって行っていい。ただし、貸した分を返し終えるまで、俺様のところにいろ」

 その提案が貸してもらう金額に見合うものなのかどうか、夏姫には判断できなかった。具体的な条件もわからない。

 猛臣のところにいろと言うのだから、いまの高校も辞めなければならないだろう。克樹たちと次に会えるのは、返済を終えた何年も後になるかも知れない。

 そうだとしても、夏姫には選択肢がなかった。父親である謙治の命を救う方法を、彼女は思いつけなかった。

 うつむき、顔を歪ませる夏姫。

 強く引き結んだ唇を細かに震わせ、しばらくの間押し黙っていた彼女は、意を決したように顔を上げた。

「――わかった。その条件でいい」

「ちゃんと言え。どんな条件をお前は飲むってんだ?」

 夏姫の瞳を覗き込むように顔を近づけてきた彼に、夏姫は唇を噛む。

 あまりはっきりと言いたくはなかった。

 言わなくても同じだと思った。

 けれど、求められたからには言わなければならなかった。

「わかり、ました。……アタシは、貴方の召使いになります。それから、アタシのエリキシルスフィアを、貴方に売ります」

「それでいい」

 満足したように唇の端を歪ませて笑う男子から、夏姫は目を逸らした。

 頭の中に思い浮かぶ顔に、呼びかける。

 ――ゴメンね、克樹。

 

 


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