神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)   作:きゃら める

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第一部 天空色(スカイブルー)の想い 第一章 3

       * 3 *

 

「エイナ?」

 それはちょうど、アリシアの交換パーツをスマートギアを使って調べてるときだった。

 リーリエがコントロールするアリシアの動きをもっと良くして上げたいとは思っていたけど、とくにバトルをするわけじゃないから、性能と耐久力と一緒に価格も上がった第五世代パーツにするのも気が引けて、処分特価が始まりつつある第四世代のままでいいか、なんてことを考えていた。

 スマートギアに表示された映像付きの音声着信の相手は、「エイナ」と表示されていた。

 登録名をニックネームにするのなんて珍しいことじゃないから、番号非通知の着信が僕の知り合いの誰かかと思うけど、そもそも僕の通話用番号を知っている人なんて数えるほどしかいないし、その中でニックネームで通話してくる奴なんてひとりもいない。

 エイナと言えばエレメンタロイド、人工の「精霊」エイナのことくらいしか思い付かないけど、自律行動が可能な人工個性と言えど、僕に電話してくることなんてあり得ない。

 家ではスマートギアを被りっぱなしのことが多いから、必要なとき以外照明も点けてなくて、部屋の中は薄暗い。棚や机が床面積の大部分を専有していてあまり広くなく、ドールパーツや試作フェイスパーツでごちゃごちゃしてる中で、僕はワタワタと慌ててしまう。

 フルメッシュのオフィスチェアに座り直して、慌てる必要なんてないことを思い至る。

 とくに通話に応じる必要なんてないと思ったけど、十コールでも切れない着信に、僕は少し興味を引かれていた。

 ポインタを思考で操作して、こちらの映像をオフにした状態で着信ウィンドウの応答ボタンをクリックする。

 アニメか何かのキャラクターのように整えられたセミロングのピンク色の髪。若干大きめに見えるものの、リアルな人間に近いサイズの目は笑みを浮かべ、でも少し不満そうに薄ピンク色の唇を尖らせている女の子は、確かにエレメンタロイド、エイナの姿だった。

『やっと出てくれましたね。でも何故カメラオフなんです?』

 着信にはカメラ映像ありでの応答を求めているのはわかっていたけど、見知らぬ相手にこっちの映像を送る気なんて起きない。

 姿こそエイナだけど、これはたぶんアバターだ。

 音声着信の映像をエイナに差し替えるアバターは、エイナを管理しているエイナプロダクションから販売されていたし、自力で3D映像を造り上げたものを頒布したり無料で提供してたりするデータはネットに溢れかえっていた。

 ――たぶん誰かのいたずらだろう。

 僕にこんないたずらを仕掛ける相手は思い付かないものの、片付けていない部屋を見られずに済んだことだけは確かだった。

『別に構わないだろう。それで君は誰で、いったい何の用なんだ?』

『スマートギアを使っていらっしゃるんですね。仕方ないですね……。それならば、よっ――と』

 エイナの姿をした誰かは、言いながら映像が映し出されている通話ウインドウの縁に手を掛けた。

「は?」

 思わずイメージスピークをするのを忘れ、僕は声を上げていた。

 女性らしい起伏は大きいものではなく、どこか中性的な感じのボディライン。そのラインを活かしつつ、ひらひらやふわふわとした装飾の多い、髪の色と同じピンク色の服を身につけたエイナの姿が、ウィンドウから飛び出してきて、僕の目の前にある机の上に腰掛ける。

 身長はたぶん、エルフドールを意識しての、百二十センチ程度と子供サイズだった。

 僕のスマートギア越しの視界では、いままさに、目の前にエイナが座っているように見えていた。

「な、なんだこれ!」

 僕の家の端末には通常の通話ソフトしか入れてないから、ウィンドウから飛び出すような映像が実現できるはずもない。

 まさか本当に目の前にエイナが現れたのかと思って、僕はスマートギアのディスプレイを跳ね上げてみる。

 でもそこには誰もいない。

 少し前まで見ていたのと同じように、片付けられていない机があるだけだ。

 あくまでエイナはスマートギアの表示上で、通話ウィンドウから飛び出してきているだけだった。

『ダメですよ。その状態ではわたしと話せませんよ』

「リーリエ! セキュリティチェック! クラックされてる可能性がある!!」

 ギアのマイクを瞬間オフにして、僕は部屋に設置されてるリーリエ用の集音マイクに向かって呼びかける。

 いつもならすぐに応答があるはずのリーリエからは、何の返事もなかった。

『すみません、音山克樹さん。いまはその子とは話ができないようにしています』

 ディスプレイを下ろして、マイクをオンにする。

 再び視界に現れたエイナは、くっつくほど顔を近くに寄せて笑みを浮かべていた。

 もう少しで唇と唇が触れてしまいそうな距離に、僕は急いで部屋の一番後ろまで身体を遠ざける。

『ふふふっ。その反応が見れたなら、充分ですね』

 唇に右手の人差し指を当ててさも楽しそうにしているエイナ。

 そんな様子を無視して、僕は問う。

『……何をしたんだ?』

『そうですね。魔法を使った、と言ったら信じてくれますか?』

 魔法、という言葉を聞いて、僕は顔をしかめていた。

 そんなものは存在しない、なんて一笑に付すことはできない。少しばかり、心当たりがあったから。

『今日は特別なスフィアを持つ貴方に、あるバトルへの招待をするために来ました』

 いま僕が持ってるピクシードールに搭載しているスフィアは、確かに特別なものと言えた。

 第四世代スフィアドールの宣伝を兼ねたスフィアカップの中で行われたピクシーバトル。その上位入賞者にのみ授与された、当時の次世代型スフィアだった。

 SR社が開発したスフィア自体、かなり特別なものと言ってもいいかも知れない。

 特殊な製造方法で製造した宝石のような結晶に電気を通すことによって演算を行うクリスタルコンピュータと呼ばれるものをコアとして、主に人型ロボットの小脳として機能するよにつくられている。もっと多くの分野に使えそうなクリスタルコンピュータだけど、どういう事情なのか、SR社はあまり原理などは公開せず、おそらく相当高い演算能力を持っているだろうにも関わらず、スフィアドール用のものしか出荷を行っていない。

 スフィアを発表するまでは全くの無名で、発表のほんの数年前に日本で起業したスフィアロボティクス社に対抗して、ロボット関連企業がスフィアと同等のものの開発に取り組んだり、スフィアをばらして解析しようとしたけれど、今のところ技術供与を受けた会社以外からは同等だったり同様だったりする製品は登場していない。

 その中でもスフィアカップの地区大会の三部門それぞれの一位と二位の人だけに配られた次世代型スフィアは、最初に開発されて以降制御系統の増加の他は進化のなかったスフィアを大きく変えるものだと宣伝されていた。

 その次世代型スフィアも第五世代スフィアドール発表と同時に量産出荷が開始されているけれど、SR社から直接先行してもらうことができたアリシアに搭載した次世代型スフィアは、確かに量産のものとは違う特別なものと言えた。

『そのスフィア、エリキシルスフィアを持つ人の中で、資格を持つ人だけがこのバトルに参加することができます』

 どんなに精緻でリアルな3D映像と言っても、人工物に過ぎないはずのエイナの目は、でも微かに笑みを浮かべ、僕の目を真っ直ぐに見据えて奥底を覗き込んでくるようだった。

『エリキシルスフィア?』

『そのスフィアは、命の水エリクサーを生み出す力を持ちます』

『命の水って、いったい……』

『エリクサーは命に関わる大きな力を持つ水です。それを得ればあらゆる病を治し、望むならば死して塵となった者であっても、復活させることが可能です』

 本当にエイナの言ってることが魔法というか、ファンタジー染みてきた。

 ハッキリ言って信じることなんてできない。

『もちろんこのバトルのことも、エリクサーのことも、公に晒すようなことはあってはなりません。そんなことをしようとした時点で、バトルへの参加資格を失います。詳しいことは、こちらのマニュアルをご覧ください』

 言ってエイナの左手に現れたのは、書類を示すアイコン。

『それからこちらのアプリをインストールしてください』

 肩の上に掲げた右手には「エリキシルバトルアプリ」というアプリ名と 、それのインストールの可否を問うボタン。

 ――非常識だ。

 命の水エリクサー、エリキシルスフィア、それから、魔法。

 どれをとっても現実離れしすぎていることを、僕は信じることができない。

 ――でも……。

 エイナから視線を外して、僕は考える。

 エイナの言うエリクサーが命に関わる奇跡を起こせるというならば、僕が望んで止まないこともまた、可能になるだろうか。

 ズボンのポケットに右手を突っ込む。

 そこにある堅い感触を確かめていた。

 二年の間に触り慣れてしまったもの。

 それを使う機会が得られるときを、僕はずっと待ち続けていた。

 使うべき相手を、ずっと探し続けていた。

『もし、もしもだよ、エイナ。こんな望みは、エリクサーで実現可能なの?』

『聞かせていただけますか?』

 ふんわりと笑うエイナに、僕は僕がずっと抱き続けていた望みを告げる。

 それを聞いて、笑みに影を落とし、複雑な表情を浮かべるエイナだったけど、少し考えるように目をつむった後、言った。

『克樹さんの望みは、エリクサーによって実現可能です。ただし、条件があります』

『それは何?』

 その条件を聞いた上で、僕はエイナに言う。

『わかった。僕はエリキシルバトルに参加する。どうすればいい?』

『細かいことはこちらのマニュアルを。それからアプリのインストールを』

 言われた通りにマニュアルのファイルを受け取って、アプリのインストールを開始する。

『エリキシルドールとそれを操るエリキシルソーサラーと戦い、スフィアを集めてください。そうすれば命の水は得られ、克樹さんの望みは叶います』

 インストールされたアプリがアリシアとのリンクを完了したことを告げる。視界の少し下に現れたアプリのメインウィンドウにあるのは、音声入力を求める表示。

『いま貴方の胸の中にある願いを込めながら、「アライズ」と唱えてください。そうすれば、エリキシルスフィアに秘められた力が解放されます』

『うん』

 子供のような背格好で、でもどこか大人びた顔をしたエイナは、何故か泣きそうな表情をしているようにも見えた。

 エイナから無理矢理視線を外して、彼女が座っている左側とは反対のところに置いてある、充電ベッドに寝かせたアリシアのことを見、僕は叫ぶ。

「アライズ!」

 アリシアが光に包まれるのと同時に、少し浮き上がるように動き、床の上に着地する。

 光が収まったときいたのは、エイナと同じ百二十センチ、エルフドールサイズのアリシア。

 そうして僕は、エリキシルバトルの参加者、エリキシルソーサラーとなった。

 


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