神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)   作:きゃら める

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第二部 黒白(グラデーション)の願い 第一章 3

 

 

       * 3 *

 

 

「本当にありがとうございます。どうかよろしくお願いいたします」

「うん、わかった」

 フレイヤを入れたケースを仕舞った鞄を抱えた中里さんは、僕の返事ににっこり笑って、電話で呼んだタクシーに乗り込んだ。

「これからどうするの?」

 走り去っていったタクシーを見送った後、隣に立ってる夏姫がそう声をかけてきた。

「まぁ、中里さん次第だね。他のことはまだよくわからないし。それよりわからないのは、あの忍者みたいなエリキシルドールだけど。とにかく、あいつの正体を暴くまでは協力するってことで」

「そうだね。レーダーで感知できないなんて、どう対応すればいいんだろ」

「倒すまで警戒するしかないだろ」

「そうなんだけどね。でも、なぁんかあの灯理って、ヤな感じって言うか、裏がある感じがするんだよね」

 もう見えなくなったタクシーの方を見ながら、夏姫は眉を顰めている。

 家の敷地の外、門の前に立つ僕と近藤は、そんな夏姫の様子を見て顔を見合わせていた。

『何なにー? 夏姫、嫉妬ぉ?』

「違うっての! というか誰に対して誰のことで嫉妬してるって言うの?!」

 門扉の隣に設置された玄関チャイムのスピーカーから発せられたリーリエの声に、夏姫はポニーテールを振り乱して振り向き、腰に手を当ててカメラに苛立った顔を見せている。

 背が高めでスラリとした脚をして、胸も標準よりけっこうある夏姫はくっきりした顔立ちのけっこうな美少女に分類されると思うけど、中里さんは小柄で手も足も夏姫以上に繊細な細さで、身体つきは夏姫以上。スマートギアで目元が見えなくても美少女という言葉がまさにふさわしい。

 女同士ってのはよくわからないが、嫉妬するのも仕方ないのかも知れない。

「そんなことはともかくよ、克樹。オレはお前を手伝うぜ」

 突然上の方からかけられた声に近藤の方を見ると、真面目な顔つきをしていた。

「うん。克樹が手伝うって決めたんだもんね。灯理のことはちょっと信じ切れないけど、アタシも克樹の方針に従うよ」

 近藤の隣に並んだ夏姫が、少し前屈みになりながら、僕の顔を覗き込むようにして微笑んだ。

「連絡先は交換したし、何かあったら行ける奴が駆けつける、ってことで。んなことより、明日も勉強会だぞ、ふたりとも。家に帰ったら今日の分、復習しておけよ」

「うっ。わかってるさ……」

「うん……。頑張る」

 途端に渋い顔になったふたりは、今日はとりあえずここまでってことでお互いの家に帰っていった。

 家に入った僕は、みんなに出してたコップを流しに持っていって、洗うのは後回しにしLDKに放り出していた鞄からスマートギアを取り出して被る。

『リーリエ、中里さんのことと、フレイヤのことを検索。わかる限りでいいから情報を集めてくれ』

『うん、わかった』

 アリシアの入ってる鞄を担いで階段を上がりつつ、リーリエにそう頼む。

 作業室に入って鞄から取り出したアリシアを充電台に寝かせ、フルメッシュのチェアに座った僕は、リーリエが探し出してくれた情報を確認していく。

 ――確かに、夏姫の言う通りだな。

 夏姫が警戒していたように、僕だって中里さんのことを信用してるわけじゃない。

 戦って勝ち、エリキシルスフィアを集める必要がある僕たちエリキシルソーサラーが、後で必ず敵として戦う必要がある人物に助けを求めるというのがまずわからない。

 情報を見る限り中里さんは確かに幼い頃から才能を認められるようになった画家で、夏姫や近藤が話していたことに間違いはない。中学の頃のものだけど、いまより髪が短い彼女の写真が、コンクール受賞時のものとして掲載もされていたから、今日来たあの子が中里灯理本人であることもまず間違いがない。

 ――綺麗な目をしてるな。

 カラーで掲載されてる、今日見たのより幼い感じがある中里さんのバストアップの写真。

 微笑んでる彼女の瞳には嬉しさが浮かんで見えて、写真であるのに輝いているのがよくわかる美しいものだった。

 事故で視力を失ったというのも本当で、事故そのもののニュース記事は小さいものだけど、その後に視力を失ったことに対する美術業界関係者の嘆きの言葉なんかが、かなり大きな事件として取り上げられていた。

 さらにその後臨床試験でスマートギアを使って視力を回復したことについては触れられてるニュースは見られず、まともに取り上げてるのはSR社の実績発表が一番大きいくらいだった。

「視力を取り戻したいって言うのは、本当なんだろうな」

 SR社の発表を見る限り、中里さんに使ってるスマートギアによる視界は、実際の視覚と遜色がないということにはなってる。さっきまでの彼女も、とくに視覚で苦労してる様子もなかった。

 でも努力目標として、汎用性を高めるというのと同時に、より現実に近い視界を実現するという書き方から、どの程度かはわからないけど、肉眼に劣っているんだろうと予想できる。

 フレイヤについては情報なし。スフィアカップに中里さんが出場してないのは、地方大会の優勝準優勝者に彼女の名前がないこと、集合写真に彼女の顔が見つからないことでも確かだったが、けっこうよく使われてる神話の女神であるフレイヤという名前のピクシードールにも、彼女らしいソーサラーはいなかった。

『リーリエ。あの黒い奴は、本当にエリキシルドールだったのか?』

『うん。間違いないよー』

 言ってリーリエは、スマートギアの視界に、おそらくアリシアの視覚を使って撮影したんだろう写真を表示してくれる。

 リーリエに扱えるようにしてある画像補正アプリの処理がかけられたその写真では、あると思われる場所にソフトアーマーの継ぎ目が消失していたり、壁を乗り越える際に見えた足首のシワの寄り方なんかに、エリキシルドールの特徴が出ていた。

 もとより僕の身長を超える学校の壁を飛び越えるなんてことは、アライズしたエリキシルドールとほぼ同じサイズの、現在のエルフドールでは実現できない運動性だ。

 レーダーで感知できないのはトリックを使って実現してるのはわかるけど、エリキシルドールを関係のない人に曝す危険性もあるのに、大して距離も稼げない遠隔操作で自分の側から離して中里さんを追わせた理由はわからなかった。

 ――いまある情報だけじゃ、判断するのは難しいかぁ。

 中里さんのことも、忍者のようなドールのことも、いまある情報だけじゃわからないことだらけで、手がかりが足りな過ぎる。

 大きくため息を吐き出して、僕は意識で操作していらないウィンドウを閉じていった。

『あの黒い子のマスター、わかりそう?』

『んにゃ、ぜんぜん。わからないことはとりあえず置いておいて、平泉夫人から出されてる宿題をこなしちゃおう』

『ん……。わかった』

 心配してる風のリーリエの声に答えて、僕はファイルエリアから動画ファイルのフォルダを開いた。

 ふと視界に入ってきた、充電台の上に横たわるアリシア。

 いまのところアリシアは、リーリエの強化のために主に使っていて、夫人に言われたように、僕がフルコントロールソーサラーとしてそれなりになるための訓練に使える時間はあまりなかった。

 ――早く、もう一体のドールを組み立てる必要があるかぁ。

 あの黒いドールとそのソーサラーとの解決を考えて、僕はそんなことを考えていた。

 

 

          *

 

 

 春の陽気にうっそうと枝を伸ばした木には、幹が見えなくなるほどに葉が茂っていた。

 まもなく西の空が赤く染まり行こうとしている頃合い、その高い木の枝の一本で、黒い影が動いた。

 灰褐色の枝にしがみつき、葉の陰に隠れるようにしていたのは、身長二十センチほどの黒い衣装を纏ったピクシードール。

 腕を立てて上半身を起こし、周囲を見渡すように首を振ったそのドールは、スカート状の衣装に触れ、そこに手を入れ何かを取り出した。

 二本のナイフ。

 ドールには大きく、人が扱うようなサイズのナイフを両手で持ち、黒いドールは木に切っ先を突き立てながらするすると下りていく。

 ある程度下りたところで、ドールは木の幹から飛び降りた。

 それを受け止めたのは、濃灰色の手袋をした両手。

 天に差し出すように掲げられた手に着地したドールは、ナイフを衣装の中に仕舞い、膝立ちの姿勢で動かなくなった。

 ドールを片手でつかみ、肩に提げた鞄のファスナーを開けた人物は、静かにそれを中に納めた。

 克樹たちの通う高校の校門の外のスペースに植えられた桜の木の側に立つ人物は、そろそろ暖かい季節であるのに、足首まで裾が伸びた上着を羽織り、フードを目深に被っていた。

 男とも女ともわからない比較的小柄な人物は、顔を隠すように少し俯きながら、いままでやっていたドールの回収などなかったかのようにまばらな人の流れに混じって歩き始める。

「まさかスフィアを奪い取ってないなんて……」

 すれ違う人々に聞こえないほどの声で、フードの人物は呟く。

 考え込むようにさらに顔を俯かせ、簡素で飾り気のないスポーツバッグを肩にかけ直した。

「三人、か……」

 駅へと向かう人々とともに歩き、片側二車線の国道沿いの歩道を歩きながら、小さく言った。

「ここはやはり、各個撃破、か」

 俯かせていた顔をわずかに上げ、フードの人物は歩みを早くして駅へと向かっていった。

 

 


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