神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)   作:きゃら める

29 / 150
第一部 終章 克樹と夏姫と近藤誠
第一部 天空色(スカイブルー)の想い 終章


終章 克樹と夏姫と近藤誠

 

 

 寒かった冬が終わり、春が訪れた。

 と言ってもまだまだ寒さを感じる高校二年の最初の日、ほとんど寝ていて聞いてなかった始業式やその後のホームルームも終わり、今日学校でやるべきことはすべて終わっていた。

 そのまま帰ってもよかったんだけど、僕は何となくここに来る必要がある気がして、誰もいない屋上に来ていた。

 終業式の日にもきっちり掃除をしたというのに、始業式の今日もいろんなところを掃除していたが、その後屋上の鍵は閉め忘れたらしい。

 遠く眺める街並みには、あれだけ降った雪もすっかり消えてしまっている。

 冬の痕跡が消えるように、あの事件のこともすっかり風化して、いまでは人の口に登ることもなくなっていた。

『もう、なんで夏姫がおにぃちゃんと同じクラスなのっ』

「仕方ないだろ。僕が決めてることじゃないんだから」

 朝来たときに貼り出されていたクラス分けを知ってからリーリエは文句を言いっ放しだ。

 何がそんなに不満なのかわからないけど、人工個性である彼女には、それだけ不満に感じることがあるんだろう。

 同じクラスになったのは、夏姫の他の僕の知り合いではあとふたり。

 ひとりは教室にも始業式にも姿を見せなかったけど、今日来てるだろうと思っていた。

 階段室の扉が開く音がして、僕は振り返る。

「よぉ」

 向こうから声をかけられる前に、僕はそいつに声をかける。

 元々短かった髪はすっかり刈り上げられてしまって、青い頭を丸見えにさせていた。

 見上げるほど高かった気がするのに、妙に背中を丸めて済まなそうな顔をしているのは、近藤。

「やっぱり来てたか」

「……あぁ」

 軽く手を上げてためらうような足取りで僕に近づいてくる。

 僕に倒された後、近藤は警察に自首した。

 テレビでも報道されたし、学校でも騒ぎになったし、方々でばたばたすることになった。

 結局、恋人を失ったときのものと、親元を離れたストレスが原因ということで処理されたらしい。

 壊したピクシードールの弁済なんかはあったらしいし、怪我した人への慰謝料もそれなりに必要だったらしい。三ヶ月の停学も食らっていた上、退学の話もあったし、実家に連れ戻すなんて話も出ていたらしい。

 でもいま、こいつはここにいる。

 被害者は皆軽傷で、一番怪我が大きかった遠坂も、よろけた拍子に車に軽くぶつかって頭を打ったくらいで、三日ほど入院して精密検査を受けた程度。今日は相変わらず教室で僕に口うるさく文句を言ってきたりしていた。

 まぁ、遅刻ぎりぎりに登校した僕が悪かったのかも知れないが。

「……なんで、なんだ?」

 言いづらそうに、僕から目を逸らしたまま近藤が言う。

「何がだ? 別にいまお前はここにいる。それがすべてだろ」

「本当ならオレは刑務所だかに入れられてもおかしくなかったはずだ。でも不起訴処分ってことになった。ストレスが原因ってことだったとしても、少なくともしばらくはどこかに収監されてたろうし、学校だって退学が相応だった。……何か、お前がしたんじゃないのか?」

「いったい僕のどこに、そんなことができる力があるって言うんだよ」

「いや、何となくだが、そうなんじゃないか、と思ってな……」

「別にいいじゃないか。いまさら、そんなの」

 僕はフェンスに身体をもたせかけて、空を仰ぐ。

 モルガーナに願ったことが、どれほど効果を発揮したのかはわからない。でもおそらく、近藤へのずいぶん軽い処分は、彼女が何かしたからだと思う。

 あいつに借りをつくるのは癪だったが、僕にだって大切な人を失ったときの悲しみや辛さはわかる。

「そうだ。これ、返しておくよ」

 右肩に提げていた鞄の中から、小さなアタッシェケースと、ワインレッドのスマートギアを取り出し、近藤に押しつけた。

「お前、これ……」

「手持ちの使い古しのパーツしか使ってないから、色とかヘンだし、性能は保証しないぞ。動かせるってだけだ」

 アタッシェケースの中身は、ガーベラ。

 もう使うことのない余り物のパーツを中心に、使えるものを使って僕はガーベラを修復していた。

 僕は自首する近藤にガーベラとスマートギアを返すことなく、自分の鞄の中に放り込んでいた。

「スフィアもそのままだ」

「なんで、お前……」

 驚いたような顔を僕に向けてくる近藤の視線から逸らして、明後日の方向を向く。

「あーーーー!! こんなところにいたっ」

 でかい声を響かせたのは、夏姫。

「明美が探してたよ! あんた、掃除から逃げたでしょう?!」

「始業式の日から掃除なんてやってられるか」

 頬を膨らませながら近づいてきた夏姫が、僕のことを睨みつけてくる。

「あれ? 近藤?」

 これだけうすらでかい奴なのに顔を見てからその存在に気づいたのか、僕の横に立ってる近藤を見上げて夏姫は首を傾げていた。

「あの、オレ……。浜咲に――」

「ふぅん。やっと直したんだ? ガーベラ」

 近藤の手元にあるアタッシェケースの中身を眺めてから、僕の顔を微かに笑みを浮かべて見つめてくる夏姫。

「昨日の晩、そいつ用の状態のいいパーツを選んでてほとんど徹夜だよ」

「だからやる気になったんだったらさっさとやっておけば、って言ったじゃない。直前になってからやり始めるんだから、克樹は」

「ラストスパート型なんだよ、僕は」

「面倒臭がりなだけでしょ」

「えっと、あの……」

 容赦のない言葉を口にする夏姫とそれに応じる僕の間で無視される形となった近藤がおたついていた。

「ちなみに近藤の話は聞いてあげない。あたしはあのときのことも、明美のことも許してない。でも、あたしは克樹に一度負けた。だからエリキシルバトルのことについては克樹の方針に従う。あなたも克樹に負けてる。どうするかは、近藤自身が決めればいい」

 強い瞳で睨まれて、近藤が言葉を詰まらせる。

 助けを求めるように僕の方を見てくる彼に、僕はただ肩をすくめるだけだ。

「でも、さ。聞いてみたかったんだけど」

 恨みを込めていたような瞳の色をあっという間に塗り替えて、夏姫は前にもした質問を僕にしてくる。

「なんで克樹は、あたしのも、近藤のも、スフィアを奪い取ろうとしないの?」

 僕なりに考えはあるが、確証があることじゃない。わざわざ口にするような理由でもないと思っていた。

「それは、オレも聞いてみたい。なんでオレのスフィアを奪わないんだ?」

「く……」

 下と上からの視線に挟まれて、背後のフェンスで僕の逃げ場はなくなっていた。

『それはあたしも聞いてみたかったー。奪っちゃえばいい、って思ってるわけじゃないけど、どうしてなのかわからなかったんだもん』

 イヤホンマイク越しにリーリエにまで迫られて、いよいよ僕の逃げ場はない。

 諦めてため息を吐き出した僕は、仕方なくその理由を告げた。

「あのとき、エイナは言っただろう。『戦って集めろ』って」

「うん。それはわかってるけど」

 まだわかっていないらしい夏姫が首を傾げる。

「『戦って奪い取れ』じゃない。『戦って集めろ』だ。いまここには、三人のエリキシルソーサラーが集まってる。そしてエリキシルスフィアも」

「うん、確かにそうだけど」

「まぁ、そうだな」

 理解できていないようで、二人の頭の上には大きなハテナマークが浮んでいるようだった。

「集めろ、って言葉は、手に入れろって意味じゃないのかも知れない。こうやってスフィアが集まること。それでも条件を満たすんじゃないか? とね」

「そんなこと考えてたんだ」

『へぇ』

「それで大丈夫なのか?」

 やっと理解したらしい三人が口々に言う。

「さてね。それで正解なのかどうかはわからない。でもそれが正解かどうかわかるまでは、このままでいいかな、と」

 ふたりに背を向けて、僕は代わり映えのない風景を眺める。

「じゃああたしは、それがわかるまでは、克樹を手伝うよ」

「――オレも、オレのできることがあるんだったら」

『あたしはいつでもおにぃちゃんと一緒だよっ』

 この前までは僕の側にはリーリエしかいなかったというのに、ほんの少しの間に騒がしくなったものだ、と思いながら、僕はこっそりとため息を漏らしていた。

 

 

             「神水戦姫の妖精譚 第一部 天空色の想い」 了




「神水戦姫の妖精譚」第二部予告!

 ある日、助けを求めて克樹の胸に飛び込んできたのは、視覚障害者用スマートギアを被った美少女、中西灯理。エリキシルソーサラーである彼女は、謎の敵に追われていると言う。
 灯理が操るのは純白の煌びやかなパワータイプピクシー、フレイヤ。彼女を追う名もソーサラーも不明な黒いドールはレーダーに映らず、克樹たちは苦戦を強いられる。
 事故で視力を失った灯理は言う。機械では得られない、肉眼でこそ見える鮮やかな世界が見たいと。そのためならばいつか克樹たちと戦うことになっても必ず勝つと。
 白と黒との邂逅が、克樹たちを新たな戦いに誘う。
 第二部「黒白(グラデーション)の願い」に、アライズ!


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。